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ゲームの恋が呼び寄せしもの

作者: ウォーカー

 家族連れが夏休みに旅行の準備をしていた。

その家族は、父親、母親、兄、妹の四人家族。

しかしその中で一人だけ、旅行を渋る者がいた。

それは兄である、飯島いいじま研介けんすけ

研介だけは旅行に参加せず、一人家に残るつもりでいた。

家族が言う。

「研介、本当に一緒に行かなくていいんだな?

 おじいちゃん、おばあちゃんが寂しがるぞ。」

「わたしが留守の間は、ご飯も作ってあげられないのよ?

 宿題はちゃんとできるの?」

「どうせお兄ちゃん、ゲームしたいから旅行に行かないんでしょ。」

図星だった。

研介は大のビデオゲーム好き。

特にパソコンでインターネットに接続して、

遠くの他人と一緒に遊ぶゲームが大好きだ。

夏休みはやりたいゲームが盛り沢山。

だから家族旅行も断ったのだった。


 その翌日。

研介の希望通り、研介を除いた家族三人は、家族旅行に出かけていった。

それを見届けてから、研介はベッドに大の字になって、

咎から解き放たれた自由を実感した。

今日からしばらくは、何をしてもしなくても、叱られることはない。

「さーて、今日の昼飯は何にしよう。そうだ、ピザにしよう。」

研介の母親が作ってくれる食事は、

いつも栄養を考えているせいで油っ気が足りないと思っていた。

だから研介はまず、食事の自由を味わうことにした。

インターネットでピザの宅配を注文して、

きっかり三十分でピザは届けられた。

ピザの箱を開けると、いつもの素麺と野菜の天ぷらなどとは違う、

色とりどりの食材が美味しそうに並べられていた。

今はピザを取り合う妹もいない。

ピザ一枚丸ごと独占できる贅沢に悦びを感じていた。


 一人っきりの研介の享楽は食事だけでは終わらない。

研介は好きなものだけの食事を終えると、

早速、自室に戻って、パソコンを起動させた。

たくさんのゲームがある中で、慣れた様子で一つのゲームを起動させる。

それはインターネットで遠くの人たちと接続し、

一緒にファンタジー世界を冒険するゲーム。

今、研介が一番熱中しているゲームだ。

研介はそのゲーム世界の中で、一人の冒険者となり、

世界を開拓することに夢中になっていた。

「よーし、今日から頑張るか!」

研介は不眠不休の意気込みで、ゲーム画面に向き合った。


 それから夏休みの間、研介はゲームに熱中していた。

最初は食事も出前を頼んだりしていたのだが、

好きなものばかり食べていてもすぐに飽きてしまう。

今では、手間がかからないエナジードリンクとお菓子が食事代わり。

一日中、ずっと椅子に座ってゲームを続ける日々。

そうしていると、ある日、一人のプレイヤーに気が留まった。

「あずみ」と名乗るそのプレイヤーは、

研介が遊ぶ時間帯には、いつもいるような気がして、実際そうだった。

そうしていると、あずみの方から、「けんすけ」に話しかけてきた。

けんすけは、研介がゲーム内で使っている名前だ。

「けんすけくん、で良いんだよね?けんすけくんは学生?」

「あ、ああ、そうだよ。あずみちゃん・・・の方は?」

「あたしは、いつも家にいるの。」

学生ではないのだろうか。

研介はあずみの個人的事情に踏み込むことがためらわれた。

あずみのメッセージは続く。

「わたし、けんすけくんがこのゲームによくログインしてるの気付いてた。

 ねえ、わたし達、お友達になりましょ?」

「えっ、う、うん。いいけど。」

そうして、ゲームの中のけんすけは、あずみと友達になった。


 あずみは本人の言う通り、いつもゲームの中にいた。

研介がけんすけとしてゲームをしてる時も、そうでない時もおそらくは。

けんすけがゲームにログインすると、あずみは嬉しそうに話しかけてきた。

「わたし、けんすけくんがログインするの、ずっとずっと待ってたよ。」

それから、けんすけとあずみは、ゲームのファンタジー世界を一緒に旅した。

風の吹く草原を駆け巡り、日が陰る森の中を歩き、

砂漠では砂に巻かれ、山脈では厳しい山登りを味わった。

けんすけもあずみも、ファンタジー世界での旅を楽しんだ。

いつしか二人は手を結び、笑顔を向け合う仲になっていた。

今日も研介は食事もろくに摂らずに画面に向かう。

もちろん、今日もあずみとファンタジー世界を旅するために。

あずみは今日もそこにいて、けんすけを迎えてくれたのだった。


 それからも、研介は、いや、けんすけはゲームに没頭していた。

没頭していたのはゲームか、それともあずみか。

本人にもそれを口に出すのは恥ずかしかった。

食事はおろか食事代わりのエナジードリンクも飲むのを忘れる有り様。

研介はげっそりとやせ細り、目の下にくまを作っていた。

それでも研介はゲームをするのを止めない。

あずみに逢いたいから。

けんすけとなって、あずみと一緒にファンタジー世界を旅したかったから。

「けんすけくん、待ってたよ。」

研介には、あずみのこの言葉が何より大事だった。

そうして今日もまた、けんすけとあずみは、

ファンタジー世界を二人っきりで気ままに旅していった。


 あれから何日が経っただろうか。

出かけていったのは誰だったか・・・両親と、誰だったか。

研介はゲームに、いや、あずみに没頭し、

睡眠も食事もろくに取らない日々を過ごしていた。

部屋の中には食事代わりのエナジードリンクの空き缶や、

食べかけの栄養食品などが、そこら中に転がっている。

小バエが飛んでいるのにも特に気にしてはいないようだ。

「あずみちゃん!逢いに来たよ。」

「けんすけくん、待ってたよ。」

二人はゲームの中で、頭の中のイメージで、抱き合っていた。

ゲームで繋がる二人の仲を邪魔するものは無い。

二人はゲームの世界の中で抱き合い、口づけを交わしていた。

「あはは、あずみちゃん、こっちに来いよ!」

「待ってよ、けんすけくん。」

花畑の中で、けんすけとあずみの二人はじゃれ合っていた。

食べ残しのゴミだらけの部屋よりも、

草木が香るゲームの中のファンタジー世界の方が、二人にとっては現実だった。

しかしそんな二人の楽園は、終わりを迎えようとしていた。

もうすぐ夏休みの終わりが近付いているのだ。


 今日も研介はあずみに逢いに行く。

食事も摂っていない。睡眠もほとんど取っていない。

夏休みの宿題など、教科書を開いたこともない。

生活のすべてを捨てて、研介はあずみと一緒にいることを選んだ。

あずみは問う。

「けんすけくん、学校は?」

けんすけは答える。

「そんなの構うものか。僕はこれからもあずみちゃんとずっと一緒にいる。」

するとあずみは答える。

「ありがとう、けんすけくん。でも、そんなことできるのかな?」

「できるよ。二人で旅に出よう。

 もちろん、ゲームの中だけじゃない。現実で、だ。」

するとあずみは、潤んだ瞳で応えたように見えた。

「ありがとう、けんすけくん。

 じゃあこれから、けんすけくんを迎えに行くね。

 そうしたら、一緒に旅に出よう?」

研介はしょぼしょぼする目を擦った。

確かにあずみは、今から研介を迎えに行く、と言った。

研介は当然の疑問を持つ。

「あずみちゃん、どうやって?」

研介はあずみに、自分が男子学生であること以外、個人情報は教えていない。

多分、そのはずだ。

にも関わらず、あずみは研介を迎えに行くという。

研介はキーボードを叩いた。

「あずみちゃん、僕を迎えに行くって言った?

 どうやって?どこに住んでるかもわからないのに?」

するとあずみはくすっと笑った。

「わかるの。はっきり教えてもらわなくても。

 けんすけくんのことは、何だって知ってるよ。

 ほら、もう着いた。」

ガチャガチャ、ガチャン。

研介の家の玄関で、物音がした。

玄関の扉が開けられる。無言。

玄関の鍵はかけていただろうか?研介は覚えていない。

何者かが玄関を上がり、歩いている。

研介の部屋は二階にある。

それを知っているかのように、何者かが階段を上がってくる。

トントントン。足音が階段を上り終えた。

足音は真っすぐ研介の部屋を目指し、部屋の前で止まった。

「まさか、あずみちゃん?」

研介は椅子から立ち上がって、部屋の扉の前に立った。

その扉を挟んだ向こう側には、何者かがいる。

本当にあずみなのか?それとも・・・。

あずみが研介の住所を知っているはずがない。

しかし、話の断片から住んでいる場所を推測した可能性はある。

普段、何気なく家の近所の話もしていたから。

そんなことを研介が考えていると、

扉の向こうの何者かが痺れを切らしたのか、扉をノックしてきた。

コンコン。コンコン。

ノックの音にしかし、研介は扉を開けられない。

扉に鍵はかかっていない。

ガチャリ。扉のノブが回され、ギィィーと扉が開いた。

扉の向こう、そこに立っていたのは・・・。

「けんすけくん、だよね?」

現れたあずみは、口は笑顔だが、目は笑っていない。

研介はあずみの足先から顔へと視線を上げていく。

そこにあった顔は、見知った顔。

「研介!ゲームばっかりやって、何をしているの!

 わたしはずっと見ていたんだからね!」

あずみの正体は・・・研介の母親だった。

母親は鬼の形相。

研介は、夏休みの宿題もせず、

食事も疎かにしてゲームにうつつを抜かしていたのを、

ゲームの中で母親にずっと見られていたのだった。あずみとして。

その後の母親のお説教は、研介の百年の恋をも覚ますものだった。



終わり。


 ゲームのキャラクターと、操作している人は、必ずしも一致しないもの。

それはわかっているのですが、同じイメージを持ってしまうのも人情。


ゲームで友達になった人が幽霊だったら怪談ですが、

それがいわゆるネカマだったり、あるいは親兄弟だったら、

ホラーになるのではないかと思い、この話を書きました。

最後にホラーを感じていただけたら嬉しいです。恐ろしや恐ろしや。


お読み頂きありがとうございました。


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