クーデター
トウショウ王国になって五年となった今から十五年前。
イサムとサチに第一子が誕生した。
黒目黒髪の男の子。名前をアイファウスト。アイファウスト・カミミヤ王子殿下となった。
その二年後。マッドジョイと妻イフィスの間にも女の子が誕生した。
金髪のブルーアイ。名前はアイミーナ。アイミーナ・ロ・レンジャーとなった。
ただ、女神の祝福は長くは続かなかった。
今から十年前。アイファウストが五歳の誕生日にクーデターが起きた。
理由はたった一年でエウゲレスタン帝国を凌ぐ重税と消える財政だった。民の生活は困窮を極めた。
頑固者で真面目一辺倒のマッドジョイが発起人となりクーデターを起こした。
王城の控室にイサムとサチがポロシャツにジーンズのラフな格好で、テーブルを挟んでソファに腰かけ、お茶をしていた。
サチの横でイサム達とお揃いの装いでちょこんと座るアイファウスト。
イサムの後ろに立つクラウス。
「あなた。外がかなり騒がしいです」
「女神様が仰った通りになったな」
「はい。やはり民達からの情報は全て嘘だったようですね」
「あぁ。ザイスターにまんまと騙されてしまったよ。
財政報告も治世も正反対に捻じ曲げられていたようだな」
「二年前から、世間を見て回る事を拒否された時に気付くべきでした」
「まぁな。英雄が表に出ると軍を挙げての警備が必要になるほどのパレード並みになる。
一目見ようと国内外から全ての輩が大挙して来る。死傷者が出るほどの大混乱。
『如何ほどの無駄な経費が掛かるとお思いですか』納得の説得だったなぁ」
「お忍びだと、教会の残党に狙われる。狙われている。
実際、三度ともピンポイントに刺客を放たれ返り討ち。
教会とやらの繋がりの全く無いスラムの住民。証拠は何も無かった」
「あん時も『ご無事で何より。安堵いたしました。このような危険な事は、これからはお止めください』と、今思えば白々しかったな」
「今思えばザイスターの思惑通りでした。
結局、一年前に情報収集の為に作った喫茶店も機能できませんでした」
「外には行けず、アイデアだけ取られて終わったな」
「わたくし達が居なければコーヒー豆も紅茶も全く手に入らなないのに。
それであっても悔しいですね。
裏社会を全く知らないわたくし達に世を治めるのは無理でしたね」
「まぁここへ来る前は学生だったからな。
国を治める学力も知識も無いからザイスターに頼った。それが今の状況。
信頼していたんだけどなぁ。そんな野心があったとはなぁ。
経済学科を専攻しておくべきだったかな」
「いえいえ。人間工学だったかも」
「いやいやそれはまた別だろう。帝王学や精神学科じゃね?」
「いずれにしてもおつむの軽いわたくし達では無理だった。それが全てで今ですよ」
「クラウスは今の話し気付いていた?」
「全く。
わたくしも冒険者の端くれであり、国家に関わるような政は一切学がございません。
数度に渡り市政を見て来て欲しいと指示を受けましたが、ご存じの通り全て見破られておりました。
城外に親類縁者。友人がいない事も周知の事実。情報は全く入って来ておりませんでした。
悲しいかな、いいようにあしらわれおりましたな。
申し訳ございません」
「俺達から大森林の木の加工技術を継承したやつらも、黙まりだったもんなぁ」
「恐らく知ってはいたでしょうが、何も話してくれませんでしたね」
「サチ。ワルキューレ達からは?」
「二年ほど前から手紙も来なくなりました。仲良かったのになぁぁ」
「エマルサーラ商会は酷いことになったらしいしな」
「それも噂だけ。『危険ですから行ってはなりませぬ。必ずこちらで調査、ご報告を申し上げます』。
マッドジョイも『噂は聞いている。俺が調べるから待っていろ』。
で、全く報告無し。
ナーガ橋も作って仲良くなったノネジット陛下もユーミルナ妃殿下も何も教えてくれないのよねぇ」
「仕方ないさ。向こうの国内事情も有るんだろう。
しかし、なんでここまで情報が入らなかったんだ」
「クラウス。お城の中からも出てこなかったのよね」
「はい。全く。
ザイスターや教会に金でも握らされていたのでしょうか?」
「そうかもねぇ」
「俺達が居ないと木が切れないことを知っていて、自滅することが判っていてそんなことするかなぁ。
在庫だって品質が落ちるから数ヶ月分も無いのに」
「それ。ザイスター知らないわよ」
「そうなの?」
「あなたはそれが当然と思っているから何も言わなかった。わたくしも」
「俺達が殺されたら全てがおじゃん?」
「ガラスの素材集めすら出来ない。
建築構造の計算は全てあなたとわたくし。殺したら何も出来なくなるわよ」
「殺す気かねぇ」
「クーデターは皆殺しよ」
「おぉ怖い怖い。まぁ君も俺も転移して来たと言えども一度死んだ身だ。死に対しての恐怖は無い。
だからこそ魔王にも立ち向かえた。
あいつにほだされず冒険者やっとけばよかったなぁ。楽しかったなぁ」
「心底、楽しかったですね。
もう時間が無いようですね。騒ぎが近付いてきました」
「覚悟を決めるか?」
「ええ。この子だけはここで楽しい人生を」
「判ってるよ。それが女神様の意思でもあるからな。寂しいけど」
「きっといつでも会えますよ。
クラウス」
「はい。奥様」
「この子を連れて逃げて」
「お二人で全世界を相手に勝つことは造作も無いことと思いますが?わたくしもお供いたしますよ」
「今、ここの四人以外は全て敵だと思っていい。
この状況下で生きるためには全世界を絶滅させるか完全独裁者にならなきゃならない。
アイファウストにそんな俺達を見せたくない。
毎日毎日暗殺者に怯えて暮らすのも嫌だ」
「アイファウストお坊ちゃまも追われる立場になりますが?」
「俺もそう思うが、この王城内の騒ぎからすれば無辜の使用人達が人質になっているのだろう。
恐らく全てを救う事は無理だ。犠牲者は出したくない。
それと。
エルファサ女神様の思し召しだ。
従ってくれ」
「そうだとして、エルファサ女神様に救っては頂けないのでしょうか?」
「それが可能だったら魔王も居らず、俺達もここへ来ることは無かったよ」
「神様は神様の掟が在るそうよ」
「可能性は非常に低そうだが、無いに等しいがマッドジョイやザイスターが心変わりをするかもしれない」
「女神様は直接干渉は出来ない。それが掟。
心変わりに期待をなさっている。
今は最悪も想定しながら、マッドジョイに従った方が犠牲者が無くて済むわ」
「うっ。畏まりました。
どちらが良いでしょうか?」
そう言いながらサチからアイファウストを授かった。
「俺達三人で作った森の向こうの小屋だ。
昨日見張りの目を盗んで、掃除に行った時は当時のままだった。向こうにも暫くの金と食料もある。
それにお前が転移持ちとは誰も知らない。知らないよな」
「誰一人にも明かしておりませんし、見られたことも御座いません」
「それなら大丈夫ね。あなたなら守れるわよね」
「お任せください。ただ、処刑されない可能性も有るのですよね」
「その時はまた俺達に仕えてくれるか?」
「勿論でございます。お世話になります」
「ただ、可能性は非常に低いと思ってくれ」
「万が一の時はアイファウストをお願いよ」
「必ずや成人までお守りし、この度の
「あぁ。復讐など考えるな。この子には復讐に縛られる事無く、貴族のしがらみのない世界で、自由に生きてもらいたい」
サチはアイファウストに抱き着いて、涙を流しながら。
「優しいお嫁さんを貰って幸せになるのよ。楽しい人生を歩みなさい」
イサムはアイファウストの頭を撫でながら。
「強い子に成れ」
「父上様。母上様。どうして泣いているの?」
「あなたが大きくなってとっても嬉しいからよ。
わたくしの可愛いアイファウスト。五歳のお誕生日おめでとう」
「あぁ大きくなったな。アイファウスト。カッコいいぞ。
誕生日。おめでとう」
「うん」
「クラウス。行け」
「旦那様。奥様も
「いい。今までよく尽くしてくれた。感謝しかない」
「最後に大変なことを押し付けて申し訳ないわ」
「光栄にございます。
わたくしと参りましょう、お坊ちゃま」
「爺や」
「はい。お坊ちゃま。
では」
クラウスと抱きかかえたアイファウストが消えた。
「可能性かぁ。もう生きて会う事はないだろうな」
サチが顔を両手で覆い、その場に座り込み。
「あぁぁアイファウストぉぉぉアイぃぃわたくしの可愛いぃぃアイぃぃ
サチの肩に手を乗せ。
「他に犠牲者を出したくない。解かってくれるか」
「はい」
「あのクラウスだ。元気に育ってくれるさ」
「はい」
イサムとサチが何事も無かったようにソファに掛けてお茶をしていると、いきなり扉が開いて。
「やはりここに居たか」
「よう。マッドジョイ。
やはりって『アイファウストの五歳の誕生日パーティー衣装に着替えるからここで待て』と言ったのはお前だぞ」
「威勢がいい事ね。
そのおかげで未だにわたくし達ポロシャツとジーパンよ」
「ああ。なるほど着替えの時間が来たのか?」
「余裕だな」
「で、戦闘態勢の近衛兵と軍兵を引連れ扉も開けっ放しで、この騒ぎはなんだ?
式典の準備。と言うより騒動のようだが?」
「悲鳴らしき声も聞こえるわよ」
「とぼけるな。俺が民衆の怒りの代弁者だ」
「なるほど。クーデター。と」
「そうだ。神妙に縛に付け」
「あぁ。申し開きも無いな。なっ、お前」
「はい。何度も申しましたが全く聞く耳を持って頂けませんでした」
「ガキは?」
「隣の控室に居ないか?こっちにはまだ来ていないぞ」
「見てこい」
「はっ」
「そこを動くな」
「解かってるって」
「紅茶が美味しいですわ。もう少し静かであればもっと」
「軍師。侍女以外居りません。侍女とトイレに行ったきり戻ってこないと」
「直近のトイレには居りませんでしたので、遠方。各階に向かわせました」
「クラウスは。クラウスはどこに行った」
「クラウス殿も見当たりません」
「お着替えにでも行ったのかしら?」
「そうだな。俺達より早めに
「くそぉぉ。城内をくまなく探せ。ネズミ一匹外へ出すな」
「了解」
「で、俺達は?」
「即刻、断頭台でガキのエサになってもらう」
「まぁまぁ裁判も無しに?」
「どうせ、俺達の知らない所で結審したんだろう」
「その通りだ。この疲弊した国にしたよそ者に裁判などおこがましいわ」
「なるほど。よそ者ね」
「そのよそ者に頼って魔王を倒したのにね」
「貴様らはもっとましな奴らと思っていた。親友だとも。
アイファウストと家のアイミーナと結婚もさせるつもりだった。
だが何だこの乱世は。人が住む国ではない」
「なぁマッドジョイ。
命が惜しい訳じゃ無いが、俺達の話しを聞いてみないか?」
「何を今更。この世界の民を救った顔をして、苦難を強いた貴様らの言葉など聞く耳を持たんわ」
「その民。みんなの為の話しなんだが」
「延命の時間稼ぎなど認めん。民の為に死ね」
「サチ。完全血が頭に上ってダメだこりゃ」
「操られている訳でもありません。全て自身の意思の発言ですね」
「なぁ。俺達が暴れたら
「お前達派閥の貴族連中とここの城のメイドも使用人も同罪で皆殺し。
転移が有っても間に合わん。
各所に散っている俺の部下への念話一発で、お前が殺したことになる。いいのか?」
「悲鳴の原因はそれか」
「準備の宜しいことで」
「みんなに傷はつけたくない。エサになりに行こうか」
「はい。あなた」
近衛兵が。
「マッドジョイ軍師。拘束は?」
「しなくていい。逃げたらその場でこいつらも含め人質全員処刑だ。
最後に息子の顔も見ずに」
「了解」