クラウスとアイファウスト・カミミヤ
天気の良い昼下がりの森の入り口。
街道から少し森に入った獣道のような道を女性ばかりの四人組の冒険者パーティーが歩いていた。
森の切れ目から湖畔の方を見た女性が。
「見て見て。最年長ギルド登録で最速Bランクのアバター様と連れ子のレマン君よ」
「なかなかお会いできないのよねぇ」
「声を掛けようとすると突然いなくなっちゃうとか。その逆で突然後ろに居たとかもあるそうよ」
「サチ妃殿下のお言葉で神出鬼没。って、言うらしいわよ」
「レマン君の薬草採取かな?」
「お膝を抱えて、しゃがんでいる姿が可愛い」
「アバター様っていつも木こりの装いに赤のネッカチーフで帯剣」
「レマン君もお揃いで可愛い」
「あの短くて小さな剣が可愛いのぉ」
「いつも思うけどアバター様のあの立ち姿勢って絶対にどこかの執事よね」
「そう思うけどぉ平民なんでしょ」
「ギルドでお見掛けするから貴族様の随伴では無いわよねぇ」
「ねぇレマン君って幾つなの?」
「この間たまたまアバター様に伺った時に六歳って言っていらしたわよ」
「可愛いよねぇぇレマン君。女の子に見間違えちゃう」
「女の子って言われても解かんないわよねぇぇ」
「マジでサチ妃殿下に瓜二つ」
「でも違うんでしょ」
「サチ妃殿下に生き写しで、黒目黒髪はアイファウスト・カミミヤ王子殿下なんだけどなぁぁ」
「国軍と国も調べたらしいけど、正真正銘の平民の子だったって」
「今なら大丈夫そう。見に行ってみる?」
「「「賛成」」」
アバターの足元でしゃがんで草を見つめるレマンに。
「レマンくぅぅん」
「はい?」
「「「「こっち見てくれたぁぁきゃわいぃぃぃ」」」」
「これはこれはCランクのローズソードの皆様。こんにちは」
「「「「こんにちは」」」」
「クエスト帰りでございますか?」
「はい」
「お疲れ様です。お怪我などはございませんか?」
「全員元気です。お気遣い頂きましてありがとうございます」
「いえいえ気遣いなどは有りませんよ。
同じ冒険者。お互いの体調の確認も必要事項でございますよ。
今ここでゴブリン等が襲って来ましたら、お互いの体調の確認ができていなければ被害を被る事になりますからね」
「「「「はい。ありがとうございます」」」」
アバターの足にしがみ付くレマンに一人の冒険者が歩み寄って、しゃがみ。
「近くで見ると本当にサチ妃殿下そっくり。
レマン君。葉っぱは一杯採れた?」
「う うん」
「「「「かわいぃぃ」」」」
「レマン。お返事は?」
「あ ありがとう」
「「「「きゅいぃぃぃん」」」」
「爺や。お姉さん達は爺やのお知り合い?」
「さようでございますよ。
冒険者に成ればこういったお嬢様方ともお友達に成れますよ」
「そ う なの?」
「レマン君。大きくなったらお友達に成ろうね」
「うん。お願いいたします」
「声まで女の子とか、ほんとぉぉに可愛いぃぃ」
「木こりさんの服が良く似合って赤いネッカチーフが良く似合っていますよ」
「ありがとう?」
「アバター様ぁぁ。抱っこわぁぁ」
「まだクエストの最中でございます。またの機会に」
「「「「ざんねぇぇん」」」」
「申し訳ございません」
「ごめんなさい」
「「「「レマンくぅぅん。今度ねぇぇ」」」」
「は い」
「「「「バイバァァイ」」」」
「皆様。お気を付けてお帰り下さい」
「バイバイ?」
「「「「きゃわいぃぃぃ」」」」
女性達は遠ざかりながら。
「抱っこしたかったぁぁ」
「もう可愛すぎてぐしゃぐしゃぐしゃぁぁってしたくなる」
「判るわぁぁ」
「今度こそどこかで抱っこのチャンスを掴むわよ」
「「「おぉぉ」」」
「いいですか若様。
あのようにお優しい方ばかりではありません。
危険と感じましたら、戦略的撤退ですからね」
「せんりゃく?」
「戦略的撤退。またお時間を作ってお教えいたしますよ」
「うん」
「薬草採取を続けますよ」
「はい」
「若様。その草は違いますよ。
サンプルの絵をよぉぉくご覧ください」
「爺やぁぁ。むずかしいぃぃよぉ」
「嘆かわしいぃぃ。その程度の見分けも付きませんか?」
「ねぇ。爺や。父上様と母上様に会いたいよ。
さっきのお姉さんも母上様のお名前を知っていたよ」
「若様。お静かに」
「ん?」
レマンは両手で口を押えた。
アバターはレマンの前にしゃがみ。
「お口を拭きますよ」
「う うん」
「これはこれはアバター殿でいらっしゃいましたか」
アバターはその男の前にゆっくりと立ち上がって。
少し会釈をして。
「キューレット王国軍。巡察隊長のリーハッシュ様。ご苦労様です」
「クエストですか?」
「さようでございます。レマンに薬草採取を教えておりました」
「そうでしたか。では勘違いですね」
「また何方かがレマンをクラウス様と共に逃走したアイファウスト・カミミヤ王子殿下と見間違えに?」
「どうしても同じ年ごろで黒目黒髪となると見間違えてしまうんですよ。
アバター殿とレマン君の素性は明ですが、通報を受けた以上は確認に赴きませんと『上』が五月蠅いので」
「良いのですか?その様な事を」
「この一年。振り回されておりますからね。少々・・・。
レマン君。葉っぱは一杯採れたかい?」
そう言いながらレマンの前にしゃがんだ。
「うん。いっぱいとれた」
「そうかぁ。良かったね」
「がんばった」
「うぅぅんと頑張っておじさん達と一緒に仕事をしないかい」
「えぇぇっとぉぉ。かんがえておきます」
「本当にしっかりしているね。
この辺りでも魔物は出るからね。アバター殿から離れちゃダメだよ」
「うん」
「今日もお父さんとお母さんは居ないのかい?」
「海でおしごとしているよ」
「そうかい。お父さんとお母さんも頑張っているんだね」
「うん。ぼくもがんばる」
「そうだね。じゃぁおじさんも頑張ろうかな」
「がんばってください」
「そうだ。レマン君はクラウスおじさんを見たことは無いかい?」
「みんなが爺やをみてそういうよ。爺やはアバターなのに」
「じゃぁアイファウスト・カミミヤ王子殿下って子はお友達に居ないかい?」
「ぼく、おともだちがいないよ」
「寂しくないかい?」
「爺やがいる」
「そうだったね。爺やは優しいかい?」
「きびしい。こわい。でもやさしい」
「うっふぉん」
「あうっ」
下を見ながら目を瞑って頭を両手で押さえた。
リーハッシュは立ちながら。
「あぁぁっはっはっは。こりゃ怖そうだ。
アバター殿。クエストの邪魔を致しました。
それでは失礼いたします」
「ご苦労様でございました」
「行くぞ」
「「「「はっ」」」」
「リーハッシュ隊長ずるいですよぉ自分だけレマン君とお話しするなんて」
「レマン。シャチャータお姉さんにお見送りのご挨拶」
「はい。シャ・・
「シャチャータお姉さん」
「シャチャータお姉さん。がんばってください」
「ありがとぉぉレマンくぅぅん。お姉さん頑張っちゃう」
「はい」
「バイバァァイ」
「バイバイ」
「名前を呼んでもらえて良かったじゃねぇぇか」
「隊長滅茶苦茶嬉しい。良い事ありそぉぉ」
「隊長」
「全く動じなかった。やっぱり違うな」
「何処に行っちゃったんでしょうかクラウス様とアイファウスト・カミミヤ王子殿下は」
「さぁぁな。何処にいらっしゃるのでしょうかねぇ。
この一年。各国が大陸全土で探しても居ない。もう魔物の栄養分になっていたりして」
「「「「ですよねぇぇ」」」」
リーハッシュ達が色々と詮索しながら森に消えたころ。
「爺や。なんでずぅぅっとクラウスって言わないの」
「冒険者は本性を教えてはならないのですよ。
色々なこわぁぁい事に巻き込まれますからね。
ですから爺やはクラウスではなくアバターと名乗っているのですよ」
「爺や。なんで僕がアイファウストって、言っちゃダメなの」
「爺やのことがお嫌いになったらアイファウストと言ってもいいですよ」
「いやだぁぁ。爺やぁぁ。うわぁぁ」
「はいはい。何処へも行きませんよ」
「爺やだいすき」
「抱っこしましょうか」
「うん」
「泣いたから涙がほっぺを伝っていますよ。拭いましょうね」
「ありがとう」
「良く出来ました。
そして爺やが言った通りに今回も言えましたね」
「父上様と母上様は今も海にいるの」
「はい。今も遠い遠い海の上でお仕事をなさっているのですよ」
「会えるの」
「はい。必ず。必ず・・・お会い・・出来ますよ」
「爺や。涙をふいてあげる。ハンカチかして」
「はい。お願いしますよ」
「どうして泣いていたの?」
「若様が爺やの言った事をちゃんとできたから嬉しいのですよ」
「ぼくすごい?」
「はい。若様は凄いです。
クエスト報告は明日にして、さぁ帰りましょうか」
「爺や。きょうはおそとでごはん?」
「お家で冷えた牛乳さんが待っていますよ」
「おうちにかえるぅぅ」
「はい。帰りましょう。
転移を使いますが、周りは危なくないですか?サーチで確認ですよ」
「うん。かくにん・・・あれ?」
「若様。気付きましたか?」
「うん。誰かがけものにおわれているよ。あっ。けものがぶつかった。爺や。動かなくなっちゃたよ」
「やられてしまいましたね」
「ほかの三人はにげいてるよ。助けないの?」
「自業自得と言っていい程、森の奥に入っていますよ」
「じ ごうじ?」
「強くも無いのに無理をして倒れた」
「ダメだよ。あぶないよ」
「いかがいたしましょうか若様」
「かくにんのかくにん」
「そうですね。抱っこのまま行きましょう」
「うん」
王国と帝国が存在している、とある巨大な大陸。
その大陸中央には、その大陸の五分の一を占める【魔王国の大森林】と呼ばれている数十メートルの木々がそびえる森林が存在している。
魔王は討伐されたが大陸全土に散った魔物は今尚人々にとっての脅威であった。
その中でも【魔王の大森林】には人類の侵入を拒むかのように、他とは比べ物にならない凶暴な魔物が跳梁跋扈していた。
一流冒険者からも【前人未踏】とも呼ばれるその大森林の奥地の木々が開けた場所。
太陽の陽が燦燦と降り注ぐ元で、赤いネッカチーフを首に巻いた木こりの装いの初老の男性が、二十メートルほどの岩の上で執事のように立って下を見つめている。
下では同じ赤いネッカチーフの木こりの装いの少年が剣を片手に二十体ほどの体高三メートルほどのトロールと対峙していた。
「若様。まだ動きが鈍いですぞ」
「あのねぇクラウス。これでも必死に戦っているのよ。
できたぁここだぁぁ。うりゃぁぁぁ」
「ほうほう。誘い込み一列にして一気に殲滅。
まぁ。及第点ですな」
「及第点って何よ」
「まぁまぁ。と、言う事ですよ」
「ちっがぁぁう。一列に並べて
「言わばただの偶然。
時間を浪費しての再現率の低い戦い方では評価点が低い。と、言う事ですよ。
そして自己満足は冒険者には不必要な要素。
よろしいですね」
「素直に褒めてくれてもいいのにぃ」
「お声が小さくて聞こえませんよ」
「これで俺も冒険者に成れる?」
「この十年。地上とダンジョンも含めて、そろそろ討伐記録も百万体に達します。
まぁ。最弱のFランクとしてはギリギリでしょうな」
「やったぁぁ」
そう言って大の字に寝転がった。
クラウスは岩から跳躍で飛び降り、大の字で寝転がる若様の横に立った。
「魔石を破壊せずに倒したことは良い結果です。
肥料になりますからな」
「でしょぉぉ。俺が頑張った。
今日も午前中の食料調達。罠の回収から畑のお世話でしょ。
午後の、この一時間ほどでゴブリン七十七体。ゴブリンジェネラル三体。ゴブリンキング一体も倒したぁぁ。
休憩ぃぃぃ」
「何を仰るかと思えば、二メートルほどの子供ゴブリン。
三メートルに達しないゴブリンジェネラル。
たった五メートルのゴブリンキング。
それを倒して大の字でご休憩などとは、嘆かわしい」
「いやいや、クラウスさん。
そこら辺をうろついているゴブリンやダンジョンの時のゴブリンは一メートル位だったよ。倍だよ倍。
今までの個体からすればでっかいよ。
それに一体一体の強さもダンジョンのゴブリンキングだったよ。それが七十七体。
ゴブリンキングなんて魔王だよ魔王」
「魔王の何たるかをお知りもせずによく仰います。
それで毎回言っておりますが、死体と魔石の回収は?」
(俺の苦労を無視かぁぁい)
「俺なの?今回はあっちこっちバラッバラの場所でぶっ倒し、でっかいのも魔石にせずに倒したから大変そうなんですけど?」
「収納魔法を習得しているのですよ。大した作業ではございません」
「だから、あっちこっちに
「有視界、短距離転移もお使いになれない?おいたわしや」
「あっ」
「各所のダンジョンを制覇した時からずっとお勉強しているはずですが?
冒険者になるためには当然の後処理です。と」
「うっ。はぁぁい」
「終わったぁぁ。疲れたぁぁ」
若様は地面のその場で再び大の字になった。
「では、休憩しながらお勉強の時間です」
「なんでよぉぉ」
「若様も、もう間もなく十五歳のお誕生日。冒険者登録も出来るようになります。
最終章でございますよ。
聞きやすく箇条書き風に申し上げますからお聞きください。
わたくしがこの世に生を受ける遥か昔。
魔王国の大森林と呼ばれるようになる今より六十年以上前もこの森の様に深く、ですが魔物はおらず静かで、ありとあらゆる動植物の楽園でございました
(始まっちゃったよ)
「いやいやクラウス生まれていたよね」
「おや?わたくし年齢を申し上げておりませんでしたか?」
「この十年一度も」
「さようでございましたか。まぁつい最近までは『爺や』でございましたからね
「五年以上前だよぉぉ
「それは人々にとっても豊かな森林で有り、共存共栄で食材の宝庫でもございました」
「ちょっとぉぉ年齢は?」
「澄んだ空気と水を生み出す自然の浄化器でもございました」
(相っ変わらず、無視かぁぁい)
「この世界に浄化器なんて無いんですが?」
「今は亡き、日本人であらせられたイサム陛下とサチ妃殿下のお知恵をお借りしております。
ご子息で五年前に前世の記憶がお戻りになられ、同じ日本からの転生者の若様もご存じですよね」
「まぁね」
「で、年齢の事でございますが、わたくしめの事より、この世界の平均寿命を申し上げましょう。
若様もお住まいだった日本国。
サチ妃殿下から平均寿命は男女平均して七十から八十歳と伺っております。
この世界では戦争やら魔物も出現しますので平均年齢は非常に低いです。
ですが、天寿を全うできれば凡そ百五十歳前後まで生きることが可能でございます」
「俺の知っているアニメの世界のエルフさん達みたい。
町のおっちゃんやおばちゃんもかなりのおじいちゃん、おばあちゃん?」
「サチ妃殿下もそう仰っておりました。
サチ妃殿下の考察をお借りすれば、こちらの世界の年齢が百歳ですと若様の世界で五十歳程度。
こちらの世界では百歳を超えたあたりから見た目が日本国の五、六十歳になって来るそうです。
それまでは女性の場合で二十歳から三十歳前後の容姿を維持しているそうですよ。
男性は三十から四十歳ごろでしょうか」
「って事は、クラウスは
「当時、この森林を統治していたエウゲレスタン帝国。
(あれぇぇ?)
皇帝が息子に代わり、周りの者や各国からの反対を押し切り、一気にこの森林の開発に着手致しました。
木々は倒され、動植物は乱獲されそして、耕地と住居に変わって行きました。
今、わたくし達が居りますこの辺りぐらいまでの地域は肥沃な大地で穀倉地帯となり。鉱物資源も豊富にございました。
エウゲレスタン帝国の領土は大陸最大で大陸の他の三国とは比べ物にならないほど発展し豊かになった。
凡そ六十年前。森林の凡そ半分が耕地に変わった頃。
突如、残り半分の森の中心に魔王と呼ばれる者が君臨し、一夜にして魔王城を構築。
統率の取れた魔物を使役し、あっと言う間に開拓した耕地を含めた森林の区域を手中に収めました。
そしてエウゲレスタン帝国は最も被害を受ける国となったのです。
やがて元々の森林の地域は全てが荒れ果てた荒野と草木も無い山や崖と岩場地帯となりました。
若様。起きていらっしゃいますか?」
「ちゃぁぁんと聞いていますよ」
「何ですかその肘枕で横になっているお姿は。
亡きイサム陛下とサチ妃殿下がご覧になったらお嘆きになられます」
「空の上から女神といっつも見ているんじゃん。
きのうも父さんに頭叩かれた」
「憎まれ口を言うからです。
仕方ありません。
北東方面。距離二十キロ。高度五千メートル。体長十メートルの中級ランクのドラゴンがこちらに向かってきます。
目覚ましにあのドラゴンと戦っていただきましょう」
若様は飛び起き正座になって。
(やばいやばい死んじゃうよぉぉ)
「お目目パッチリですよ。ちゃんとお聞きます。お勉強のお続きを下さいませませ」
「今更の正座は遅いです。
今、わたくしのヘイトを使ってドラゴン様はお怒りモード。炎のブレスを吐く気満々でございます。
葉っぱ一枚でも燃やしたらドラゴンの巣に放り込みます。
では、ドラゴン様のお口の真ん前に転移させますよ。ご準備を
「えぇぇやぁめぇてぇぇ
悲鳴を上げながら地面に伏せて、地面を掴んだが。
「転移」
「あんぎゃ
「わたくしの教育方針が間違っていたのでしょうかぁ。
イサム陛下。サチ妃殿下。申し訳ございません」
周囲を警戒しつつゆっくり飛行しているドラゴンの鼻っ面から十メートルほど先に転移で現れた。
若様は地面に張り付いたままの姿勢。
まるでムササビが飛翔しているかのような姿勢で。
「ゃゃゃ。ふぁ?うぎゃぁぁぁ」
ドラゴンは若様の叫び声に一瞬たじろいだが口を開け・・・。