殿方って所詮、こういう女がお好きなんでしょう?冷酷な帝王様でもきっとそれは同じことですわ〜後宮の碁盤
「帝王様。蘭花国から参りました。王女青蘭と申します」
そう言って、帝王と呼ばれた男性を見上げる姫は、潤む瞳はまんまるで黄金に輝いている。瞳を縁取るまつ毛は瞬きで風が起こりそうなくらいバサバサと生えている。小さな鼻と口。口は果実のように艶やかで、頬も赤く色づいている。まとめ上げられた髪は秋桜色で青藍の愛らしさを引き立てている。小柄で愛らしく、庇護欲をくすぐる容姿の姫であった。
「我が妻として、引き受けた」
代表として付いてきていた蘭花国の外務大臣を見下ろすように言い放った男性は、帝王と呼ばれた男だ。銀青の髪は、目にかかりそうだ。だが、その冷たい顔立ちは整っており、水色の瞳が人々を冷たく見下ろしている。無駄に長い足を器用に組んで座る様は、世の人々が言うように“冷酷な帝王”そのものだった。
怯えた様子の外務大臣は、青蘭を心配そうに見つめた後、そそくさと帰国の準備を進めた。
蘭花国が帝王の治る大北天帝国に侵略を受けたのは、先々月のことだ。国力の差からすぐに属国になると進言した蘭花国国王は、その証拠にと溺愛する娘を嫁として差し出した。帝王はそれを受け入れ、王女青蘭がこうして、帝王の元へ迎え入れられたのだった。
☆*☆*☆
「ふふ、愛らしい外見だけれど、帝王様が小国の姫を愛したりなんてしないわ」
「なんたって、冷酷の帝王と呼ばれる帝王様ですもの」
青蘭が入ることになった後宮で、先に後宮入りしていた周辺国の姫君や貴族の娘たちが、青蘭を蔑んで噂した。
「姫様……」
青蘭につくことの許された祖国からの従者は数人。その中でも専属として青蘭にずっとついてきた侍女が、心配そうに青蘭を見つめていた。
☆*☆*☆
「帝王陛下のお渡りです」
初夜、後宮に来た帝王は、義務と言わぬばかりに青蘭の寝所を訪れた。
薄い天女のような寝着に着替えさせられた青蘭は、恥ずかしげに手で顔を隠して、目を潤ませて帝王を見上げた。
「帝王様ぁ」
甘えた青藍の声など無視して、帝王は青蘭を冷たく見下ろした。
「今日ここに来たのは、お前には人質としての価値しかないと知らせるためだ」
帝王にそう言われた青蘭は、一瞬キョトンとした後、くすりと笑った。
「何がおかしい?」
「いえ。帝王様は、お噂よりも優しいお方だと思いまして」
「……何が言いたい?」
「ふふ、だって、わざわざそれをおっしゃりに来てくださったのでしょう? ……あら、わたくしのこの姿はお気に召さなかったですかぁ?」
殿方はこういう女がお好きって聞いたのにぃ、と呟いた青蘭がにこりと笑って帝王を見上げた。
「帝王のお好みはどんな女人なのですかぁ?」
甘えたようにそう言う青蘭に、帝王はため息をついて、言った。
「少なくとも、お前のようにか弱そうで、すぐ泣きそうな女は好まん」
その言葉を受けて、胸元から手巾を取り出した青蘭は、結い上げてあった髪を解いて頭を振り、それと同時に目元に施してあった化粧を落とした。そして、服を少しずらして体型を強調する。
「……では、このような女性の方がお好みですこと?」
そう言って青蘭が視線を上げると、先ほどの愛らしい少女姿ではなく、大人の色気漂う女人が現れた。
「……どういう仕組みだ」
思わず、帝王が唾を飲む。どこから取り出したのか青蘭が扇子で顔を少し隠して笑った。
「ふふふ、女性の秘密ですわ。あら、帝王の後宮には、このように貴方様を楽しませる姫はいらっしゃらなくて?」
そう小首を傾げる青蘭に、イラついた様子の帝王が吠えた。
「馬鹿にするつもりか! 今すぐ叩き切ってやろうか? それとも、押し倒してやろうか? お前が涙を流して逃げ出そうとするまで、痛ぶってやろうか?」
そう言った帝王に、青蘭はくすりとわらった。
「あらあら。人質としてのわたくしを殺すなんて勿体無いこと、頭のいい帝王様ならなさらないはずですわ。お父様はわたくしを溺愛しておりますもの。しかし、貴方様はわたくしを押し倒す勇気もないのでしょう? よくわからぬわたくしに子を宿させるようなリスク、貴方様が取るはずありませんもの。帝王様は、碁はお嫌い? わたくしこれでも得意なのでしてよ。わたくしの得意な碁で、わたくしを負かせてみせたらいいのではなくて?」
そう笑う青蘭に、帝王は碁の準備をするように側近へと命じた。そして、帝王は一晩青藍の元で過ごしたのだった。
☆*☆*☆
「て、帝王様が、あの小国の姫の元で夜を明かされたそうよ」
翌朝、そんな噂が後宮内で行き交った。偶々、朝の散歩に出ていた青蘭が、愛らしい少女の姿で侍女に手を引かれて歩いていた。
するとそこへ、噂を聞いた者が現れた。
「貴女、一晩を共にしたからと言って、調子に乗らないでちょうだい」
「そうよ! 帝王様の正妃にふさわしいのは、里花様よ!」
帝国の高位貴族の娘とその周りを囲んだ令嬢たちだ。顔を真っ赤にして青蘭に食ってかかった。
「わ、わたくし、調子になんて乗っておりませんわ!」
涙目で青蘭が里花と呼ばれた少女を見上げる。そして、青蘭は震えるようにして、自分の身体を抱きしめた。
「わたくし如きが帝王様のお相手を、果たせるわけないではありませんか。昨夜も、帝王様の力強さがすごくて……わたくし、今も立ち上がるのがやっとのくらいですわ……皆様、帝王様のお相手に慣れてらっしゃるなんて……すごいですわ」
そう言った青蘭に、焦った様子の里花が答えた。
「そ、そうね。て、帝王様のお相手は大変だと思うわ。わ、わたくしも大変だと思いますもの」
「里花様の方が帝王様に愛されていらっしゃるもの!」
「当然里花様の方がお相手なさってますわよ!」
そう叫ぶ取り巻きたちに、里花が焦ったように嗜めた。
「ま、まぁ、昨夜は大変だったと思うから、きょ、今日のところは休みなさい」
「まぁ! なんてお優しいのです、里花様!」
そう言ってぞろぞろと一行が去っていくのを見て、青蘭は小さく舌を出した。その様子を見ていた侍女が小声で問いかけた。
「姫様。一体何が大変だったというのです? 碁をしながら夜を明かすなんて、姫様の日常茶飯事ではありませんか。普段は侍女や一人二役ではありますが」
「しー! 美香。わたくし、嘘はついてないわ? 帝王様の力強い一手は凄かったし、国を跨いだ移動をした後の徹夜ですもの。立ち上がるのもやっとなくらい疲れているわよ」
そんな青蘭に呆れたようにため息を吐いた美香は、ついていくのだった。
☆*☆*☆
部屋に戻った青蘭が、美香に声をかけた。
「ねぇ、美香。帝王様は、思ったより大人なお姉さんがタイプみたい。そういう衣装を準備しておいて?」
「かしこまりました、姫様。しかし、帝王様はそう何度も姫様の元にいらっしゃるのでしょうか?」
美香の疑問に、くすくすと笑った青蘭は答えた。
「来るに決まっているわよ。だって、あんな中途半端な局面で追い出されたのだもの。気になって執務に集中できないくらいだと思うわ」
「そんな碁狂いは姫様くらいでしょうに」
☆*☆*☆
「帝王陛下のお渡りです」
「ね、言った通りでしょう?」
「姫様、仮面が取れてますよ」
「あら大変」
イタズラっぽく美香に笑った青蘭は、美香からの注意を受けて、慌ててたおやかな淑女の笑みを携える。
淑女の仮面を被り直したところで、対応が青藍の寝所へと現れた。
「……昨日の続きだ」
「帝王様の仰る通りに」
青蘭がそう言うと、そのまま残してあった碁が従者によって用意された。
「……お前はいい手を打つ」
「まぁ。天下の帝王様にお褒めいただくなんて、恐悦至極でございますわ」
にぃ、と弓を描くように笑った青蘭に、帝王がちらりと視線を向けた。
「……こちらが、お前の本当の姿か」
「ふふ、帝王様はどう思われます? わたくしでしたら、帝王様のお望みになるどんな女にも、化けてみせますわ」
「……答えは言わぬか。面白い」
それから、帝王は毎晩青蘭の元へと通って碁を楽しんだ。
☆*☆*☆
「最近、帝王様の寵が与えられてると噂されているけど、調子に乗らないほうがいいわよ」
再度、里花たちに囲まれた青蘭は、目を潤ませて里花を見上げた。
「わ、わたくし、帝王様の寵なんていただいておりません! 物珍しさからお通いいただいているだけですわ。皆様だって、そうだったのでしょう? すぐに飽きられますわ」
そうか弱い花のように力なく微笑む青蘭に、里花たちは、うっと詰まった。誰も初夜以外、帝王の訪れなどなかったのだ。初夜も人質だと明言されただけだ。里花が見栄を張っていろいろ話したものの、十日以上通われている青蘭は、寵を受けていると思われても何一つおかしくないのだ。
「皆様、それくらいにしておきなさいな」
豊満な肉体を惜しげもなく露出した女が、そう声をかけて現れた。
「梅花様」
里花たちが一歩さがった。梅花と呼ばれた女は、帝国に次ぐ大国である秦王国の王女だ。青蘭同様人質として嫁いできているものの、国の大きさ的に正妃となっても可笑しくないと噂されている。
にこりと笑った梅花が、青蘭の前に立つと優しく笑った。
「貴女、見かけによらず、男の方に甘えるのが上手いのね……いえ、見かけ通り。かしら?」
そう笑う梅花に、うるうると見上げていた青蘭が、にやりと笑って言い返した。
「まぁ、梅花様。そんなお褒めいただき、光栄ですわ」
「なっ、」
梅花が絶句したタイミングで、青蘭の元に従者が現れた。
「帝王様がお渡りになるそうです。早く戻って準備をなさってくださいまし」
「では皆様、帝王様に呼ばれておりますので、失礼致しますね」
にぃっと笑った青蘭が足取り軽く去っていくのを、梅花たちは悔しげに睨みつけることしかできなかったのだ。
☆*☆*☆
「あら、帝王様。お待ちになってくださいまし。わたくし、まだ着替えておりますから」
「すまない」
帝王が青藍の元へと訪れた時、青蘭は着替えの最中だった。着替え終えた青藍の許可を受け、帝王が青藍の寝所へと入った。碁が準備され、途中だった局が再開される。
「そなたは、朕の寵を受けようとしているのではないのか? なぜ、恥じらう?」
心底不思議そうに青蘭を見つめた帝王は、先ほど半裸の梅花に追われたところだったようだ。
「わたくしは、帝王様の花ですわ。でも、いつでも手折れる花に、帝王様は興味をお待ちになって?」
そう言う青蘭に、帝王は笑った。
「ふっ、そなたは掴めぬな。今回の面で朕に勝てたら、寵妃にしてやってもいい」
「まぁ! そんな手加減いただいてよろしいのですか?」
「手加減……?」
そう言って対応が見下ろす碁盤は、確実に帝王有利に進んでいた。ニコニコと人畜無害な笑みを浮かべる青蘭を、帝王は鼻で笑って次の一手を打った。
「……参った」
「わたくし、ギリギリ勝ててよかったですわ」
「ギリギリなんかじゃないだろう」
帝王がそう指差す碁盤は、いつの間にか青蘭の圧勝へと姿を変えていた。
「では、わたくしを寵妃にしてくださるのですか?」
そう笑う青蘭を、帝王が首肯して抱き上げた。
「我が妃をこのような場所には置いておけぬ。もっと良い部屋を準備せよ」
くすくすと笑う青蘭を、一瞬優しげな目で見つめた帝王の指示を受けて、侍女や宦官が部屋の準備に走り回る。
「帝王様。わがままを言ってもよろしいかしら?」
「なんだ」
そう言った青蘭が、甘えたような声を出して言った。
「わたくし以外の女を見ないでくださいまし」
「ふん、それがそなたの本音なんていう簡単な女ではなかろう……だが、善処する」
そう言って青蘭を抱き上げたまま部屋を移動し、帝王は青蘭に妃の地位を与えた。青蘭が初めての妃となったのだった。
里花や梅花たちは、追い出されることはなくとも、他の女には妃の座を与えられることもなく、青蘭は名実共に帝王の寵妃となったのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!!
異世界ミステリー(自称)も執筆しておりますので、よろしければご覧いただけると嬉しいです!
「外では決められたセリフしか言えません!」~残念令嬢の心の声 【短編題】「麗しくて愛らしい。婚約してくれ」と言われました。間違えてますよ?
https://ncode.syosetu.com/n1853ix/