表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 東遊寺編
60/62

第60話 哲禍の撤退

人物解説(異役思超家限定)


【乱晶】・・・12人の異役思超家たちで構成された組織。思超を悪用した略奪や、非思超家の虐殺、対立する思超家の殺害などを行っていた。毎晩、必ず構成員の全員が集まって、中央の席を開けたまま食事をする。構成員には「右◯席」「左◯席」といったように、食事の際に座る席の位置と同じ番号名を与えられている。訳あって、天上王真理公子と史思明の加入後は、安禄山軍(反乱軍)の傘下となっている。長安の前襲撃戦で、魏匠と孟寧の二名を失い、現在十名。

⚪︎魏匠・・・右一席。肉体を金属級に硬化させる「鉄筋説」の思超家。故人。

⚪︎ 呂辛・・・右二席。思超は不明。岩石を操り、浮遊する能力を持つ。

⚪︎ 公孫雨・・・右三席。思超は不明。背後の雲の円陣から雨水の矢を放つ弓の名手。

⚪︎姜疫・・・右四席。思超は不明。細長い針を武器とし、毒を操る。

⚪︎ 史思明・・・右六席。「年獣」という獅子の怪物に化ける「眠獅子」の思超家。安禄山からの信頼が厚い。

⚪︎ 物部苦死羅・・・左一席。思超は不明。青銅剣から冷気を放つ能力がある。倭国の泥人形「埴輪」の姿をしている。

⚪︎孟寧・・・左二席。重量と自称する力を操る「重子」の思超家。故人。

⚪︎徐刀・・・左三席。事象の精度を回数の二乗分上昇する「我乗数」の思超家。二本の曲刀を巧みに使う女剣士。

⚪︎周起・・・左四席。思超は不明。自身が見たこともある場所に転移する能力を持つ。

⚪︎天上王真理公子(天理)・・・左五席。司馬章の祖父を殺し、彼に自身への復讐を促す謎の思超家。あらゆる学問を修めており、全知全能の思超「万智万能万象」を有する。

⚪︎楚器・・・左六席。万物は鉄を祖とする思想を持ち、金属を操る「万金典」の思超家。


【その他】

⚪︎王明・・・「思超家殺し」の異名を持つ謎の男。全ての生物に変身する「最大進化論」の異役思超家。思超の撲滅を目的に、東遊寺・異役思超家の区別なく思超家を殺し続ける。目的の障害であっても非思超家に危害を加えることはなく、乱晶の孟寧を倒した件以来、非思超家からの人気は高い。

 擬似東遊寺(とうゆうじ)の空が、事象の歪みによってひび割れていた。


 王明(おうめい)は一陣の風と化し、その神速をもって天理(てんり)を翻弄し続けていた。しかし、天理という存在の不気味さは、その防御不能な再生力にある。脳内に侵入していた線虫をようやく死滅させると、彼は失われた肉体を思超(しちょう)万智万能(ばんちばんのう)万象(ばんしょう)】によって瞬時に復旧させた。そこには傷一つ、汚れ一つ残らない。


「こちらの番だ」


 天理が静かに告げると、その周囲からどす黒い衝撃波が円形に広がった。


阿睿朱魔(あえいしゅま)


 触れるものすべてを更地と化す破壊の波動が、王明の逃げ場を奪う。さらには天から降り注ぐ流星の群れ。


覇罹火(はりか)


 王明は、ある時は鷹となり、ある時は地を這う蜥蜴(とかげ)となって、絶え間なく降り注ぐ高火力の弾幕を回避した。だが、爆風がその皮膚を焼き、衝撃が五臓六腑を揺らす。


「ならば、懐に潜り込むまで」


 王明は負傷を厭わず、あらゆる生物の特性を混在させた異形の戦闘形態へと変身を繰り返しながら、弾幕の隙間を縫って肉薄した。


 王明と天理の激突は、もはや人知を超えた領域へと突入していた。周囲の空間は二人の放つ凄まじい気魄に圧され、空気そのものが悲鳴を上げている。天理は、万象を意のままに操る力をあえて封じ、その漆黒の衣を纏った四肢のみで、変幻自在の王明を迎え撃つ。


 王明の鋭い直刀が、大気を切り裂きながら天理の喉元へと突き出される。天理は最小限の動きでこれをかわし、即座に重く鋭い回し蹴りを放つ。直刀を手放した王明はそれを腕で受け流すが、骨を軋ませるほどの衝撃が全身を走る。王明は着地の瞬間に身体をくねらせ、地を滑るような歩法で天理の死角へと回り込んだ。


「ここだ」


 王明が天理の視界の外から、顎を狙う痛烈な一蹴を放つ。天理は間一髪でこれを回避するが、王明の追撃は止まらない。変身の余波を乗せた鋭い連撃が天理の防御を叩き、ついにはその頬をわずかに切り裂いた。天理の瞳に微かな驚きが宿る。直後、天理は闇を凝縮させた重い拳を王明の腹部へと叩き込んだ。


「がはっ……!」


 内臓を揺らす衝撃に王明は鮮血を吐き出すが、そのまま天理の腕を掴み、至近距離から頭突きを見舞う。互いの額がぶつかり合い、火花が散る。王明は止まらない。背中からは勇猛な翼が生え、鼻から下は鋭利なクチバシとなり、指先は鷹の爪のように鋭く変化し、天理の胸部を八つ裂きにせんと猛然と襲いかかる。


 天理はその猛攻を、まるで見切っているかのような流麗な動きで捌き、反撃を叩き込む。王明の鷹の爪が天理の装束を切り裂けば、天理の掌打が王明の胸を打つ。互いの拳と脚が交差するたびに大気が爆ぜるような轟音が鳴り響き、発生した衝撃波が周囲の瓦礫を瞬時に砂へと変えていった。


 戦いは一進一退の攻防を極める。天理の無駄のない正確な一撃に対し、王明はあらゆる生物の姿を瞬時に入れ替える変幻自在の戦法で食らいつく。天理が放つ闇の波動を、王明は狼の如き直感で回避し、空いた隙に大猿の渾身の蹴りをねじ込む。天理もまた、その攻撃を真っ向から受け止め、さらに重い打撃で押し返していく。


 天理は、王明の猛攻に事象改変を使う暇さえ与えられないほどに攻め立てられていたのか。あるいは、久々に出遭った対等の死闘という名の娯楽に、かつてないほど酔い痴れていたのか。


 接戦の果て、二人が交差した刹那。天理の闇に包まれた左手が、下から上へと鋭い軌跡を描いた。王明もまた、天理の脇腹へ強烈な一撃を叩き込んでいたが、天理の刃がわずかに早く獲物を捉える。


「……逃さん」


 天理の静かな宣告と共に放たれた一閃が、王明の胸元から肩にかけてを深く、バッサリと斬り裂いた。


 王明は致命的な追撃を避けるべく、百歩の距離を一跳びで下がり、着地した。傷口から溢れようとする鮮血を、彼は超人的な意思で筋肉を引き締め、血管を圧迫することで強引に止める。両者の間には再び緊迫した沈黙が流れ、互いの呼吸の音だけが戦場に響いていた。


「天理……一つ訊いていいか……?」


 王明の声は低く、そして冷たい。


「……なんだ」


「お前は……どうして……俺の家族を……殺した……」


 天理は感情を排除した瞳で王明を見つめ、淡々と答えた。


「敵だからだ」


「敵……?」


「敵を殺すのは普通のことだろう……? それに、お前だって思超家(しちょうか)をたくさん殺してきたではないか」


 王明の瞳に、暗い炎が宿った。


「……それは、思超家の存在が罪なき人間たちに死を……不幸をもたらす存在だからだ。お前のような存在が、”持たざる人間”を殺していく。不幸を生んでいく」


 王明は腰の刀を引き抜き、真っ直ぐに天理へと向けた。


「お前を……お前たち思超家を、この中華から抹消し、生命が豊かに栄える“楽園”を……俺は創る」


「違う」


 天理が王明の言葉を遮る。その声は、深淵の底から響く予言のようだった。


「それは救済に(あら)ず。真の救済は……死。あるべき無へと還ることだ」


 王明はその言葉を無表情で聞き届け、静かに刀を握り直した。


「そうか……ならば尚更だ。お前は俺の思想の世界にいるべき存在ではない」


 王明が天理の心臓を突き刺そうと踏み込んだ、その瞬間だった。 轟音と共に大地が盛り上がり、遠くから巨大な樹の根が爆発的な速度で膨張してきた。それは瞬く間に戦場を飲み込み、天理の身体さえも巨大な幹の中へと包み込んでしまった。


「なんだ……この樹は……」


 咄嗟に鷹の姿に変身し、上空へと逃れた王明は、東遊寺全体を埋め尽くす巨大樹を見下ろした。東遊寺の思超家・平隆万(へいりゅうまん)による究極の秘技。王明は何かを悟ったように、空の彼方を覆う黒い霧…東遊寺の出口へと向かって翼を広げた。


「やはり、今の俺では、まだ天理を倒すに至れない……不死の力を破る策が……他にもあるはずだ」


 王明の姿は、霧の向こうへと消えていった。



--------------------------------------------------------------------------------------------------------



 巨大樹は、その圧倒的な生命力で、空凶(くうきょう)史思明(ししめい)呂辛(りょしん)徐刀(じょとう)楚器(そき)姜疫(きょうえき)公孫雨(こうそんう)、そして天理という乱晶(らんしょう)の怪物たちをことごとく飲み込み、幹の奥深くへと封じ込めた。成長を止めた大樹は、静かに東遊寺を埋め尽くす緑となった。


 だが、静寂は長くは続かない。幹の内部から、無数の黒い斬撃が放たれた。天理が放つ事象の断片が、鋼鉄よりも硬い樹木を内側から突き破る。


 外へ躍り出た天理は、擬似東遊寺を包み込む大樹の威容を見下ろし、わずかに目を細めた。


「足止めには及ばない」


 天理は連続して斬撃を射出し、囚われていた乱晶の仲間たちを次々と解放していった。


 だが、静寂は長くは続かない。 巨大樹の幹の内部から、意志を持った無数の黒い斬撃が放たれた。天理が放つ事象の断片が、鋼鉄よりも硬い樹木を内側から豆腐のように容易く突き破る。


 外へ躍り出た天理は、擬似東遊寺を完全に飲み込んだ大樹の威容を見下ろし、わずかに目を細めた。 「足止めには及ばない」


 天理は指先を振るい、連続して黒い斬撃を射出。囚われていた乱晶の仲間たちを次々と解放していった。


 再び乱晶の一同が地に揃う。 最初に口を開いたのは、不快そうに肩を回した呂辛だった。


「……死ぬかと思ったぜ。植物に食われて終わるなんざ、末代までの恥だ」


「あの男の思超は予想外の規模だった。流石は木道の達人と言ったところか……それより楚器、お前のその有様は何だ」


 公孫雨が冷徹な視線を楚器に向ける。楚器は全身を焦がし、膝をついたまま忌々しげに顔を歪めた。


「……黙れ。あの小僧、俺の鋭利な剣を止めてしまった…それこそ、予想外だ」


「予想外、か。お前らしくもない」


 姜疫が長針を弄びながら嘲笑う。


「ふん。それより空凶、お前はどう見た」


 史思明が逆立っていた髪を押さえながら、空を仰ぐ空凶に問いかけた。空凶は右目の眼帯を震わせ、落ち着かない様子で周囲を睨んでいる。


「……おかしい。雲の色、雲の動き、雲の量……すべてが妙だ。俺たちが乱入したのは夕刻のはず。だというのに、この明るさは何だ?それに、どうしてこんなに曇っている」


「確かに……夜が来ない。まるで時間が止まっているかのようだ」


 徐刀も空を見上げて呟く。そこには不自然に黒濁した空が広がり、星も月も見当たらない。一同の間に、戦いとは別の、得体の知れない戦慄が走り始めた。


 空凶の右目を覆う眼帯が、ピクッと動いた。彼は空気が孕む「違和感」を、その特異な感覚で捉えていた。


「……空間ごと、別の何かに……移された……とか……」


「「「!!??」」」


 乱晶の面々に戦慄が走る。自分たちが戦っていた場所が、すでに現実とは切り離された、別の檻の中であったことにようやく気づいたのだ。


「出て来い周起(しゅうき)!!! 今すぐ俺たちを移動させろ!」


 空凶が絶叫する。 彼の傍らに、不気味な闇の裂け目が現れた。中から顔を出したのは、物部苦死羅(もののべのくじら)を長安に帰して以降、空間転移で東遊寺を転々として戦況を見回っていた周起だった。


「どうした?」


 呑気な顔をする周起に、空凶が掴みかからんばかりに怒鳴る。


「どうしたじゃねぇ!! 俺たちはおそらく……全く違う所で戦わされてたんだ! 俺たちが混乱しないうちに、さっさと長安に帰せ!!!!」


 その瞬間、擬似空間そのものが寿命を迎えたかのように、大地が大きく揺れた。平隆万の巨大樹が音を立てて瓦解していく。乱晶の全員は慌てて周起が開いた闇の裂け目へと飛び込んだ。 天理が最後に突入する際、背後の空間が凝固したような奇妙な感触がした。それは、擬似空間が完全に封印された証拠だった。



--------------------------------------------------------------------------------------------------------



 闇の裂け目を抜けた先。そこはかつての煌びやかな都、長安(ちょうあん)ではなかった。


 安禄山(あんろくざん)軍による占領後、大規模な略奪が行われた都は、無残な姿に成り果てていた。貴族の邸宅や官庁は荒らされ尽くし、金銀財宝が奪い去られた建物は、剥き出しの廃墟となって風に晒されている。


 街の至る所には死体の山が積まれていた。逃げ遅れた貴族、高官、そして名もなき民衆。戦火に焼かれ、あるいは虐殺された人々の骸を啄むカラスたちが、乱晶の出現に驚き、不吉な鳴き声を上げて一斉に飛び立つ。


 長安の宮城(きゅうじょう)宣政殿(しんせいでん)。本来ならば皇帝が政務を執る玉座の間であるが、今は反乱軍の首領、安禄山の玉座となっていた。


 その広間に黒い裂け目が現れ、乱晶の九人が吐き出されるように姿を現した。


「はァ、はあァ……まったく……人使いが荒い……」


 周起が肩で息をしながら、闇の裂け目を閉じる。


「テメェら! 俺は休みを与えた覚えはねェぞ!」


 玉座にどっしりと腰掛けた安禄山(あんろくざん)が、怒鳴り声を上げた。九人は一斉にその場に膝を突き、頭を垂れる。


「「「申し訳ありません」」」


「長安攻めの時から勝手なことばかりしやがって……。手ぶらで帰ってきたテメェらにやる屋敷はねェ……!」


 安禄山は不機嫌そうに、厳つい顔を歪めて言い放った。


苦死羅(クジラ)!! テメェは最初に戻ってきたことに免じて、一つだけ屋敷はやるが、テメェも次に変なマネしたら取り上げるからな!!!」


 九人の後方に立っていた、等身大の埴輪…物部苦死羅(もののべのくじら)が、腕を組みながら静かに頷いた。


「苦死羅……コイツだけ先に帰ってやがったのかよ……!!! どおりでいないと思っていたわけだ……!」


 呂辛が苦死羅を睨みつける。東遊寺での乱戦の最中、一人だけ戦線離脱していた男を、仲間たちはここでようやく発見したのだ。


「とにかく俺は今機嫌が悪い!! 全員()ね!!」


 安禄山の罵声に追われるように、乱晶の全員は宮城から追い出された。





 宮城の前に続く、広く長い石段。 冷たい夜風が吹き抜ける中、突然、苦死羅が低く呟いた。


「先に帰った俺が憎いか?」


 その問いに、呂辛は肩をすくめて答えた。


「お前が喋るのは久々だな。……まぁ、俺たちは別にそこまでキレてはない。アイツは知らんけどな」


 呂辛の視線の先には、仲間から数十歩離れた位置を、独り静かに歩く天理の背中があった。


 天理は、仲間たちの喧騒など耳に入っていない様子で、夜の闇を見つめていた。


(司馬章を連れ去ることは叶わなかった。確かに、奴はそのうち私を超える強さを得るのかも知れない。だが、それには更に時間を有するだろう。ならば、手を伸ばしていた“他の手段”で、“終末”への駒を進める!!!!)


 天理は立ち止まり、東の夜空を睨み据えた。 その瞳には、すでに次の計画…多くの人間の命、或いは世界が失われかねない、残酷な火種が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ