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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 東遊寺編
57/59

第57話 天地開闢

人物解説


【東遊寺】・・・思超の悪用、思超による秩序崩壊を阻止するために、玄奘(三蔵法師)によって作られた揚州の大寺院及び思超家組織。中華の思超家のほとんどはここに所属しており、ここに所属することで正式な思超家として認められる。年に一度、思超の様々な問題について議論し、寺の方針を決める「思超会」が設けられている。


⚪︎司馬章・・・万物の祖は炎とする思想を持ち、炎を操る「世炎論」の思超家。祖父を天理に殺され、復讐のために旅を始めるが、旅をする内に、その本質が復讐ではなく「超越」であることに気づく。

⚪︎孫操備・・・世界は等しい三つの要素で成り立つとする思想を持ち、事象の度数や作用を三方向へ分散する「三分の計」の思超家。司馬章の旅の目的に感銘を受け、彼の旅に同行する。

⚪︎李光・・・万象の中で最も人が恐れるものは雷とする思想を持ち、雷を操る「恐雷説」の思超家。司馬章との決闘で彼の力を認め、彼の旅に同行する。

⚪︎鄭回・・・血を知ることは生の全てを知るとする思想を持ち、血の性質を操る「血医学」の思超家。「思超大樹」(別名:智の大樹)を探し出す目的で、司馬章の旅に同行する。

⚪︎竜隋・・・ 龍への憧れと崇拝心を持ち、空像の龍を操る「使龍道」の思超家。司馬章の祖父・司馬典の弟子であり、彼の意志を継ぐために、司馬章の旅に同行する。

⚪︎玄黒・・・東遊寺の住職で、全思超家の事実上の代表。寛大な性格で、司馬章ら五人を快く受け入れる。

⚪︎宮呂鄒・・・東遊寺の思超家。謎多き老人で、司馬章の窮地を救う。


【乱晶】・・・12人の異役思超家たちで構成された組織。思超を悪用した略奪や、非思超家の虐殺、対立する思超家の殺害などを行っていた。毎晩、必ず構成員の全員が集まって、中央の席を開けたまま食事をする。構成員には「右◯席」「左◯席」といったように、食事の際に座る席の位置と同じ番号名を与えられている。訳あって、天上王真理公子と史思明の加入後は、安禄山軍(反乱軍)の傘下となっている。長安の前襲撃戦で、魏匠と孟寧の二名を失い、現在十名。


⚪︎天上王真理公子(天理)・・・司馬章の祖父を殺し、彼に自身への復讐を促す謎の思超家。楊国忠や安禄山に取り入って、「安史の乱」を引き起こした黒幕。あらゆる学問を修めており、全知全能の思超「万智万能万象」を有する。

⚪︎物部苦死羅・・・乱晶最強の思超家。埴輪の身体をした存在。青銅の剣から冷気を放ち、斬りつけたものを凍らせる思超を持つ。


【その他】

⚪︎王明・・・「思超家殺し」の異名を持つ謎の男。全ての生物に変身する「最大進化論」の異役思超家。思超の撲滅を目的に、東遊寺・異役思超家の区別なく思超家を殺し続ける。目的の障害であっても非思超家に危害を加えることはなく、乱晶の孟寧を倒した件以来、非思超家からの人気は高い。

 薄暗い虚空に包まれた擬似東遊寺(とうゆうじ)。その中心で、司馬章(しばしょう)は重く冷たい感触を掌に感じていた。手にしているのは、古びているが不思議な威圧感を放つ一振りの剣。


天地開闢(てんちかいびゃく)」と刻まれたその刃が、指先を通じて何かを訴えかけてくるようだった。


(俺は剣を扱ったことがない……勢いで掴んでみたが、本当に大丈夫なのか……?)


 その心配を切り裂くように、重々しい足音が響く。埴輪(はにわ)のような泥の甲冑に身を包んだ怪人、物部苦死羅(もののべのくじら)が青銅剣を無造作に構え、矢のような速さで突進してきた。


「来るぞ司馬章!!」


 李光(りこう)の鋭い叫びが空気を震わせる。司馬章は無我夢中で剣を構えた。次の瞬間、金属同士が激突する高音が響き渡る。だが、手応えは最悪だった。


「が、はっ……!」


 司馬章の体は木の葉のように宙を舞った。剣は無残にも手から離れ、放物線を描いて遠くの石床に突き刺さる。背中から地面に叩きつけられた司馬章は、体内の空気を強制的に吐き出され、視界に火花が散った。


(ダメだ。剣速も力量も違いすぎる)


 絶望が首筋を撫でる。しかし、止まれば死ぬ。司馬章は泥を吐きながら地を這いずり、再びその剣の柄を掴んだ。指が震えている。


 その様子を傍観していた老思超家(しちょうか)宮呂鄒(きゅうろすう)が退屈そうに鼻を鳴らした。


「ふむ……やっぱただの剣なのかのぉ」


 その傍観した発言を聞き、苦死羅(くじら)が標的を変える。地を滑るような歩法で宮呂鄒の懐へ到達した。


「貴方から死ぬか?」


 苦死羅の冷徹な声と共に、青銅剣が老人の首筋を狙って振り下ろされる。


 だが、宮呂鄒は動じない。短く息を吐くと、その全身が鈍い銀色の光を放ち、質感を変えた。


 キィィィィィン!


 と、肉体とは思えない硬質な金属音が響く。宮呂鄒は全身を鋼鉄化させ、苦死羅の刃を真正面から受け止めたのだ。


「だからジジイには手加減しろと言うておろうに。儂が死んだらどうする」


 涼しい顔で言い放つ老人。その後ろで防戦一方だった孫操備(そんそうび)と李光が、思わず声を揃えてツッコんだ。

「「いや、戦いなんだからどうするも何もないだろ……」」


 苦死羅の目が細められた。剣が弾かれたと知るや、彼は即座に術を発動させる。


寒来(さむらい)


 冷気が剣筋に乗り、辺り一面を凍てつかせようと広がる。宮呂鄒を氷漬けにする、その隙を司馬章は見逃さなかった。


「ウオオオッ!!!!」


 背後から死に物狂いで飛びかかり、渾身の力で剣を物部苦死羅の背中に叩きつける。


  ガィィィン!


 火花すら出ない。手首に凄まじい衝撃が返ってくるだけだった。


「……クソッ!」


 刃は苦死羅の服の表面すら切り裂くことはできなかった。あまりの硬度。司馬章はその後も、がむしゃらに剣を振り回した。横薙(よこな)ぎ、叩きつけ、突き。しかし、そのすべてが空を切り、あるいは無造作な受けに阻まれる。


 物部苦死羅の反撃は容赦なかった。重い回し蹴りが司馬章の腹部を抉り、氷を纏った拳が彼の肩をかすめる。切り傷が増え、司馬章の視界が血で滲む。宮呂鄒も足元の土を操作して援護するが、肝心の司馬章の攻撃が全く通らない。


 苦死羅が再び「寒来」の構えをとった。剣の軌跡を凍結させる必殺の予備動作。司馬章は死を覚悟し、反射的に剣を顔の前に掲げた。


 その時だ。


「……華朱牙燃(かしゅがねん)


 宮呂鄒が、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。 直後、司馬章の手の中で剣が爆発的な熱量を帯びた。剣身が紅蓮の炎を噴き上げ、一瞬にして周囲の冷気を蒸発させる。司馬章の意志とは無関係に、剣が引き寄せられるように振り下ろされた。


 ズバァァァッ!!


 燃え盛る一閃が、物部苦死羅の胴体を両断した。


「……!?」


 司馬章は呆然と立ち尽くした。自分が出したとは思えない威力。背後で見ていた孫操備と李光も、口を半開きにして固まっている。


 轟音と共に、苦死羅を包んでいた泥の甲冑が、修復不能なほどに砕け散った。 煙の中から現れたのは、怪物ではない。 黒髪を上げ美豆良(みずら)(倭国の髪型)に結い、真っ白な僧服のような装束に身を包んだ、驚くほどの美しい男だった。


 物部苦死羅は、切断された泥の殻を脱ぎ捨てながら、静かに息を吐いた。


「あぁ、外れてしまったか」


「お前……人間だったのか……!?」


 司馬章が驚愕の声を上げる。


「思超家である時点で、人間であることは確かだろう……?」


 苦死羅の声には、先程までの殺気が消えていた。だが、その油断を誘うような静けさこそが凶器だった。


 突如、苦死羅の体が回転する。超高速の回転回し蹴りが、反応の遅れた司馬章の頭を完璧に捉えた。


「ぐッ……!」


 司馬章の意識が暗転し、その場に崩れ落ちる。


「お前たちの顔、よく覚えた。あとは乱晶(らんしょう)の仲間たちに任せることにしよう」


 苦死羅は追撃することなく、悠然と背を向けた。寺の出口へと歩き出すその足取りには、迷いがない。


「どこに行く気だよ……」


 這いつくばりながら司馬章が問う。


「ここを去る。須佐之男命(すさのおのみこと)に、参拝するためだ」


 苦死羅は天理(てんり)に一言の報告もせず、ただ一跳びで空へと消えていった。




 上空、雲の切れ間に闇の裂け目が走る。 そこから顔を出したのは、空間を行き来する乱晶の異役思超家(いえきしちょうか)周起(しゅうき)だった。


「周起。俺を長安(ちょうあん)に返せ」


 突如現れた苦死羅に、周起は目を白黒させた。


「は……?」


 戦いはまだ続いている。


「いいのか? 天理が許さねえハズだが……」


「構わん」


  苦死羅は短く、そして拒絶の意志を込めて告げた。周起はため息をつき、しぶしぶ術を発動させる。


「……まぁ、今回の戦いは天理の気まぐれで起こしたようなもんだから、無理に戦う理由もないんだけどな」


 裂け目に吸い込まれる苦死羅を見送り、周起は独りごちた。


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 地上。司馬章の元に仲間たちが駆け寄る。


「よくやった司馬章!!」


「このまま逃げよう!!! 天理ももうここから見えなくなってるし」


 乱戦の末、天理と王明(おうめい)の決戦の場は遥か遠くへ移ろいでいた。今の彼らは天理の目の届かない場所にいる。


「だな。そこの爺さんも一緒に逃げよう!」


 司馬章が宮呂鄒に声をかけるが、老人は枯れ木のような手で制した。


「いや、ここまで来ればもう儂は不要じゃろう」


 そう言った刹那、空気との摩擦音が鳴るとともに、宮呂鄒の姿が消え、次の瞬間には影も形もなくなっていた。


「何だったんだ……あのお爺さんは……」


  司馬章は狐につままれたような気分で、空になった場所を見つめるしかなかった。




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 一方、東遊寺(とうゆうじ)の東側。玄武塔(げんぶどう)の壁に埋もれていた乱晶の一人、楚器(そき)が目を覚ました。 先程、玄武塔で猪解(ちょかい)と戦っている最中に王明の奇襲を受けて、壁に叩きつけられていた乱晶の楚器だ。周囲を見渡すが、戦っていた猪解の姿はない。どうやら、猪解は先に意識を取り戻しており、まだ自分が意識を失っている間に逃げられたのだ。


「……屈辱だ」


 吐き捨てるように呟き、彼は苛立ちを紛らわせるように南へと歩き出した。 まだ戦いは終わっていない。誰でもいい、この屈辱を晴らすための獲物が必要だった。 数歩進んだところで、彼の鋭い視線が地面に落ちた鮮烈な「赤」を捉えた。


 泥を吸ってどす黒く変色した、点々と続く血痕。 楚器の口角が、残忍な形に吊り上がる。


「ほう、逃げ遅れた鼠がいたか」




 血の跡を辿り、崩れた塀の角を曲がった先。そこには、一人の少女が泥にまみれて這いつくばっていた。韓美詠(かんびえい)だ。 彼女の左脚は、各地の激戦の影響で上空から降り注いだ巨大な瓦礫の直撃を受け、見るも無残な状態になっていた。白い肌は裂け、布地は赤く染まり、感覚を失った脚はただの重りとして彼女の自由を奪っている。


「逃げなきゃ……怖い……死にたくない……こんな時、李白(りはく)先生が居てくれたら……」


 恐怖に震え、涙を流しながらも、彼女は自分を叱咤した。


(ダメ。こんなじゃ、李白先生に再会するなんて、一生叶わない。李白先生は、自然の厳しさを身を持って何度も経験してきたから、“詩仙(しせん)”と崇拝される程の偉大な詩人になったの。ボクが……たかが瓦礫で足をやられたくらいで、弱音を吐くなんて、あってはならないよね……)


 彼女は再び前を向く。


(ボクが……たかが瓦礫で足をやられたくらいで、弱音を吐くなんて、あってはならないよね……。先生が見ていたら、きっと笑われちゃう……。立たなきゃ。進まなきゃ……!)


 だが、現実は残酷だった。 奮い立たせようとする意志とは裏腹に、極限状態の体は悲鳴を上げ、ガタガタと小刻みに振動して止まらない。泥を掴もうとした指先は力なく滑り、その場に突っ伏してしまう。


 そこへ、暗い影が落ちる。 見上げれば、首から鉄の髑髏をぶら下げた男、楚器が冷酷な笑みを浮かべて刀を抜いていた。


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「まだ美詠(びえい)は脱出出来ていない…か…」


 擬似東遊寺の抱合した入れ物を、現実世界の東遊寺から見守る人々がいた。


「ねぇ……美詠お姉ちゃんは……助かるの……?」


 寺で育てられている…即ち、美詠の弟妹にあたる子どもたちが震える声で僧侶の衣を引く。


「あ、あぁ。きっと助かるよ。まだ、強ーい思超家さんたちが残っている……からね……」


 僧侶たちは引き攣った笑顔を返すのが精一杯だった。


 住職の玄黒(げんこく)は、拳を血が滲むほど握りしめていた。


「中の様子は具体的には見ることができない。美詠の位置も……状況も……。頼む……無事であってくれ……!!」



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 脱出を急ぐ司馬章、孫操備、李光の三人は、東側へ向かって全速力で駆けていた。 だが、その足が突如として止まる。


 視線の先。 動けない美詠の頭上に、楚器の凶刃が振り上げられていた。

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