第46話 東遊寺の未来
「五月蝿えぞテメェらァアアアアアァァ!!!!!!!!!!」
その時、顰めた顔で聞いていた一人の男が、雄叫びのような轟く声と共に立ち上がった。会場中の視線が、一斉に彼に集中する。
その男は、沙悟潮であった。
沙悟潮は、壇上の司馬章を指差して罵声を浴びせ続ける大衆を見渡した。怒りに満ちた彼の目は、まるで嵐の前の海のようだった。
「テメェらは、新入りの雑魚に寄ってたかって、何が楽しいんだよ」
沙悟潮の言葉に、大衆は一瞬怯んだ。しかし、すぐに「何だと!」と反論の声が上がる。
「あのガキが勝手なことばかり言ってるからだ!」
「そうだ!こちらの痛みも知らずに!」
沙悟潮は、そんな声には耳も貸さず、壇上の劉詠を睨みつけた。
「おい、劉詠のヤロー…テメェは年長者ぶって、自分の意見を押し通そうとしてるだけじゃねえか。あの小僧に反論されたからって、大勢を巻き込んで袋叩きにするなんて、卑怯だと思わねえのか?」
劉詠は、沙悟潮の言葉に顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「黙れ!何を言うか!私は、我ら思超家の安寧のために、当然のことを言っているだけだ!」
「安寧?ふざけんな!テメェの安寧は、人の犠牲の上に成り立つ安寧か?そんな安寧、俺は認めねえ!」
沙悟潮は、そう言い放つと、壇上に向かって一歩踏み出した。
「沙悟潮…貴様まで、あの司馬章とやらに同調するというのか?」
劉詠の言葉に、沙悟潮は鼻で笑った。
「同調?違うね。俺は、あの雑魚の意見が正しいと思ってるだけだ。なあ、住職さんよ。アンタはどう思う?」
沙悟潮は、進行役として沈黙を保っていた玄黒に問いかける。玄黒は、沙悟潮の問いかけに、ゆっくりと口を開いた。
「…私に意見を求めても、私の立場は中立だ。しかし、この議論の進め方には、私も疑問を感じざるを得ない」
玄黒の言葉に、会場は再びざわめき始める。
「住職まで、司馬章に加勢するのか⁉︎」
「信じられん…!」
玄黒は、ざわつく大衆を静かに見渡す。
「司馬章くんの意見を多数決で押し潰すのは、思超家…いや、思想家としてもあるべき姿ではない。議論とは、互いの意見をぶつけ合い、より良い道を見つけるためにある。一方的に罵倒するだけでは、何も解決しない」
玄黒の言葉は、大衆の心に静かに響いた。罵声は少しずつ収まり、会場には重い沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、劉詠だった。
「ふん!何を言っているかと思えば、住職も理想論に毒されてしまったのではあるまいか。確かに住職が言っていることは正しいが、奴の場合はまた違いますぞ!虚構と空想でものを語る暴論は、議論から直ちに排除せねばならない‼︎それに、私の予知夢は、嘘偽りない事実なのだ!」
劉詠は、そう言うと、持っていた木の棒を一本、机に立てたまま先端に火をつけた。その木の棒は、プルプルと震える劉詠の汗に触れて、じわじわと燃え上がる。
「これは、私が十年前、この東遊寺が燃え落ちる夢を見た時に、夢の中で見た光景だ。そして、十年後の今、東遊寺は…ここを忌み嫌う平民共に…‼︎」
劉詠は、言葉を止め、周囲を見渡した。彼の視線の先には、燃え盛る東遊寺の姿はなかった。
「……まだ、東遊寺は燃えていない。しかし、私の予知夢は、決して外れない。東遊寺が燃え落ちる未来は、必ず来る。そして、その原因は、非思超家たちの無益な弾圧だ!」
劉詠は、そう叫ぶと、再び木の棒を一本、宙に放り投げた。その木の棒も、燃え上がる。
「この火は、非思超家たちの怒りの火だ。彼らは、我々を恐れ、憎み、やがては我々を妖怪を退治するかのように焼き殺そうとするだろう。私は、その未来を予知したのだ!」
劉詠の言葉に、大衆は再びざわめき始める。
「劉詠どのの予知夢…本当なのか?」
「もし、本当に東遊寺が燃え落ちるというなら…」
劉詠は、そんな大衆の様子を見て、不敵な笑みを浮かべる。
「私は、この未来を回避するために、我々は、迫害する非思超家を異役思超家と同様に攻撃の対象にすべきであると提案しているのだ。どうだ?司馬章。貴様の理想論は、この確かな事実の前では、何の意味も持たぬだろう?」
劉詠は、司馬章に問いかける。司馬章は、劉詠の言葉に、一瞬言葉を詰まらせた。
(予知夢…本当にそんなものが存在するのか?)
司馬章は、劉詠の言葉を信じることができなかった。しかし、目の前で燃え盛る木の棒は、確かに劉詠の思超の力によって生み出されたものだ。
その時、沙悟潮の声が響いた。
「おい、劉詠。その予知夢とやら、ハッタリだろ」
沙悟潮の言葉に、劉詠は驚き、顔色を変える。
「貴様…何を言うか…」
「何をって、お前と同じ夢だよ。東遊寺が燃え落ちる夢。非思超家たちの怒りの火に包まれて、俺たちが有無を言わず、焼死を受け入れ滅びる夢だ」
沙悟潮は、そう言うと、壇上に上がり、劉詠の目の前に立った。
「だがな、俺は知ってるぜ。その予知夢は、予知夢なんかじゃない。ただの、過去の記憶だ」
沙悟潮の言葉に、会場は再びざわめき始める。
「過去の記憶…?」
「どういうことだ…?」
「俺が…この周辺に火を放った」
沙悟潮の告白に、会場は静まり返る。
「…貴様…!」
劉詠は、沙悟潮を睨みつける。
「俺は異役思超家だった頃、討伐に来る東遊寺の連中がウザってえモンだからよォ…手下連れて揚州ごと火を放ったことがあったの、忘れちまったか?」
「貴様ァア‼︎なぜ今そんな話を‼︎」
「フザけるなよ!」
沙悟潮に怒りの声が届く。
「俺らは火を放ってすぐに海へ退散したモンだからよく分かんねぇけど、揚州の村民たちは燃えなかった東遊寺に逃げたそうだな」
沙悟潮は、そう言うと、自らの胸元を掴み、苦しそうに顔を歪める。
「…3日後、俺たちの大切な仲間が死んだ。家を焼かれた揚州の村民たちが、報復報復と騒ぎながら、そいつを焼き殺した」
「と、当然の報いだろうが!」
沙悟潮は、言葉を止め、壇上の司馬章を振り返る。
「海賊に向かねぇ、真っ直ぐなヤツだった。商船を襲う時、いつも人を殺すフリして商船に乗ってたヤツらを逃したりして、一党の笑い者になっていた。だが俺は、何故かそんなアイツを気に入っていた。…俺は初めて、悲しさを覚えたのかもしれねぇ」
劉詠は彼に強く言い返す。
「だからどうした!その件は貴様らが悪いのであって、私が言っているのは…」
「そして翌日!!!!残った仲間たちは、俺を置いて再びその村を襲った!!その三日後に、村のヤツらがまた俺らの仲間を二人殺した。その二日後は…後は、言わなくても分かるだろう」
「………!!!!!!!!」
「俺は1度だけ、その村に一人でやって来たことがある。そこで見たのは、家族…とやらを失ったヤツらが泣いていたところだ。こんなはずではなかった。初めは、何も考えずに海を暴れ回りたくて海賊を始めたが、一党はいつの間にか殺し合いの連鎖の環で周り続ける怪人の吹き溜まりになっていた」
その時、彼はその村で叫んだ言葉を思い出した。
「俺は殺し合いなんてしたくなかったんだよ!!!!!!!!!!!!!!」
後先考えずに突っ走った乱暴な日常。そんな日々が、”そんな日々”にいつまでも止まる訳がない。いずれ殺しにも足を踏み入れ、沢山人を殺した。やがて必要以上に弱者から奪うことにも躊躇はなくなった。威張り散らすだけの自由なカジキは、青く美しい海を鮮血で染める鮫になっていた。沙悟潮はあの村で、それを後悔していることにようやく気づいたのだ。
「いいか!クソみたいな過去に振り回されるうちに、人はドンドン狂っちまう‼︎いずれ俺たちも、異役思超家と変わらねぇ殺戮組織になる!!!!そうならないために、”非思超家には思超を攻撃しない”って決まりが守られ続けて来たんだろうが!!!!!!!!!!!!!!」
沙悟潮の言葉は、劉詠の心を深く抉った。劉詠の顔は、怒りから、絶望へと変わっていく。
「そんな…そんなはずはない…私の予知夢は…」
「それは予知夢なんかじゃねぇ。ただの松明だ。予知夢で見た炎だというのなら、テメェの思超で見せてみろや!」
沙悟潮はそう言って、司馬章に白い固形物のようなものを投げ飛ばした。司馬章は咄嗟にしゃがみ、その背後で何かがぶつかった音がした。司馬章が後ろを見ると、灰色の半透明な豚のような何かが、白い結晶に固められていた。
「ご、護獣だ…」
「できないんだろ?テメェの思超は、ソイツを操ることだからなァ!!」
劉詠の思超は、予知夢ではなかった。
「なんだと⁉︎」
咄嗟に玄黒や東遊寺の僧たちが驚いて立ち上がる。思超会での議論を有利に進めるような思超の悪用は固く禁じられているからだ。劉詠の護獣は、プルプルと震えながら消滅したが、その姿はハッキリと会場のほぼ全ての者に目撃されてしまった。
「ググググググググググググググ……‼︎」
劉詠は、悔しさのあまりその場に崩れ落ちる。
「違う…私は…私は…」
劉詠は、言葉にならない嗚咽を漏らす。
沙悟潮は、そう言うと、劉詠から背を向け、大衆に向き直った。
「テメェらもいい加減、腐った感情から解き放たれろ。報復を盾にいろんな奴に攻撃するようになったら、それこそ異役思超家と変わらねぇ。俺が何のためにここへ降ったのかも分からなくなるわ、異役思超家と何故戦うのかも分からなくなるわで良いことねぇだろ!」
沙悟潮の言葉に、大衆は、沈黙を保ったまま、うなずき始めた。
(そうだ…この男の言う通りだ…)
(俺たちは…憎しみに囚われすぎていたんだ…)
司馬章は、沙悟潮の言葉に、胸が熱くなった。
「…ありがとう」
沙悟潮は、司馬章に向かって、八つ当たりのように言う。
「ケッ、勘違いすんじゃねぇ。俺はアイツらの腐った性根にムカついただけだ」
沙悟潮の言葉に、司馬章は頷く。沙悟潮は帯の隙間に手を突っ込んで、怒り気味に席へ戻って行った。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------
司馬章、劉詠が元の席へ座ると、玄黒が壇上にやって来た。
「それでは決議を取りましょう。議題に是を唱える方は、手形の赤面を表に向けて挙げてください」
手形の赤面を表に挙げた者は、劉詠をはじめ九十一名。劉詠の不正が発覚したとはいえ、今さら議題を却下することも出来ず、劉詠の不正に対する怒りより、自分たちを化け物扱いする凡人どもへの怒りが強いと感じているのだろう。今回、思超会に出席した思超家は百八十三名。棄権という選択肢もあるため、二名以上棄権してしまうと案が通ってしまう。逆に、棄権者数が二人未満であれば、案は否決される。かつてない大接戦に、玄黒も含めた全ての思超家が緊迫していた。
「…では続いて、議題に非を唱える方は、手形の黒面を表に向けて挙げてください」
すると、カタカタと手形が机から離陸する音が聞こえた。そして、司馬章とほぼ同時に、周りの思超家たちが手形を持った手をを挙げていく。司馬章は、張り詰めた緊張感のせいで、辺りを見渡すことはできなかった。だが、彼の前方に映っていたのは、彼に手形の赤面を見せて挙手する者たちがほとんどだった。彼は顔を固定したまま、眼球を思いっきり左に回す。そして、ゆっくりと眼球を右に向けて動かしていく。十、十二、十七、二十二、二十四、二十九、三十五…司馬章の脳内で、非を唱える数が増幅されてゆく。そして最終的に、その数は六十七名。残りは棄権者だろうか、それとも賛成者だろうか、あとは、視界に入っていない同列の者たちに委ねられた。
ついに同列の者たちを見ることができないまま、玄黒が手を下ろすように命じた。書紀の僧たちが記録を終え、筆を止める。今この瞬間、思超家の正義が、東遊寺の未来が決定される。皆、息を呑み、その瞬間を畏れながらも待つ。
「…………"是"が九十一」
おおと、小さなざわめきが響く。司馬章は表情を変えなかった。沙悟潮も同様に、何かを睨みつけるようなことはしなかった。あとは、こちらの数だ。たった一人の是非で、決着が決まる。それも、棄権者なしという異例の状態でなければ、否決は成し得ない。
そして、運命は訪れた。
「……………"非"が九十二。棄権者なし!!」
静寂とざわめきの最中、玄黒の声は全ての思超家に響き渡った。




