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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 東遊寺編
43/59

第43話 東遊寺

 東遊寺(とうゆうじ)

 揚州(ようしゅう)の南東部に位置する寺院である。縦が六()、横も六()ほど、築地塀(ついじべい)が続いている。


 築地塀は真っ黒に塗りたくられており、邪宗(じゃしゅう)の寺を彷彿とさせる。妙なことに、門は白く、その奥に見える五重の塔は他の寺と変わらぬ色合いだ。


 やはり天竺(てんじく)帰りの僧は違うな。と、司馬章(しばしょう)は思った。天竺(てんじく)帰りの僧とは、天竺(てんじく)(インド)という仏教生誕の地に(おもむ)き、経典を国に持ち帰った冒険僧の玄奘(げんじょう)のことである。東遊寺の住職は代々、玄奘(げんじょう)の弟の家系が就いているが、創設には玄奘が大きく携わっていた。


 先に敷地に入った子兎魯(しうろ)諸葛允(しょかついん)の後を追い、ついに司馬章たち五人の思超家(しちょうか)も門を潜る。門の取っては最近磨いたのか、(サビ)の一つも見えない綺麗な鉄となっていた。門の屋根は真っ黒で、門の取っ手から反射した太陽の光がパチパチと分散して当たる。


 宇宙だ。


 仲間たちが寺の中に広がる景色に心を踊らせている時、司馬章は天井だけを眺めていた。


 門を越えて、いよいよ寺の中へ足を入れた。黒い屋根が青空に変わって、司馬章はやっと上げすぎた頭を戻した。


 そこに見えたのは、数々の建造物だ。左手奥、右手奥に五重の塔、前を見ると本堂、中央左を見ると高めの館が並んでいた。だが、これは瞬時に目に写ったものに過ぎない。


 次に見えたのは数々の小屋や馬舎、牛舎に池、都市のような大きさを誇る寺は、中身すら都市そのものであった。


「す、すげぇ…」


 司馬章は半ばフラついたように一回転して景色を眺めた。それを笑うように見る大人たち、驚いたように振り向く青年、柱の後ろで警戒しながら見つめる少女…周りを歩く者は皆、司馬章に視線を移した。


「司馬章、行くぞ」


 孫操備の一声で我に返り、早足で歩き出した。


「見たか?あの少年」


「ハハ、初めてここに来たようだな」


「…くだらぬ。ガキがこの会議に参加するとでも云うのか」


「壇上で糾弾して、心を折ってやろう。若いモンが思超(しちょう)を持つと、すぐ調子に乗るからな」


 周りにいた者たちは言葉を交わす。どうやら皆が司馬章たちを歓迎しているわけではなかった。若さは愚かさ、などと考えているのかは分からないが、中にはそんなことを考えている風な者たちもいた。


 七人の思超家は、しばらく真っ直ぐに歩き続け、本堂(ほんどう)の目の前で立ち止まった。本堂の入口では、四十代半ばほどの威厳ある僧服を着た僧侶が笑顔で待っていた。彼らは止まると、先頭にいた諸葛允が彼らの方へ振り向き、僧侶を紹介した。


「こちらは、玄黒(げんこく)さん。この寺の住職だ」


「君たちのことは諸葛允から聞いているよ。我々東遊寺は、君たちを歓迎する」


 玄黒という僧侶は笑顔でそう言った。


「よろしくお願いします」


「君が司馬章くんだね?よく立派に育ってくれた」


「え?」


 突然、親戚のように放った言葉に、司馬章は困惑しながらも聞いた。


「俺のこと…知ってるんですか?」


「直接会うのは今日が初めてだけどね…。君の祖父はここへ来るたびに、孫の話ばかりしていたよ。それも、嬉しそうに」


 司馬章は少しだけホッとした。真っ黒な築地塀に囲まれた未踏の空間を歩くのは、とても居心地が悪く、身体にこそ表れないが、窮屈に感じた。しかし、祖父を知る者の声はやはり優しい。祖父の知人というだけで、亡くした祖父が戻ってきたかのような安堵に包まれた。


「ハハハ…そうですか!」


 司馬章もまた、安心したように笑顔を見せた。


「よし、思超会(しちょうかい)まで時間はある。その間、私がこの東遊寺を案内しよう!」


「え!?いいんすか!?」


「勿論だとも。李光(りこう)くん…だっけ?君たちは正式な思超家になったのだから、その"家"とも呼べる所になるからね」


「"家"…?」


「まぁ、歩きながら説明しようか」


 玄黒は司馬章たちから見て左に向かって歩き始めた。






「ここが"白虎塔(びゃっことう)"。この寺の北西端に建つ五重の塔だ」


 白虎塔(びゃっことう)まで歩きながら、玄黒は言った。


「あと、これと同じ高さの塔が三つあってね。白虎塔の五階から、他の三つを見てみようか」


 彼らは塔内の階段を登ると、外に繋がる扉を開いた。

 外には景色が広がっていた。北西からその敷地を一望した。左手側…寺の北東端と、対向…南東端、そして右手側…南西端に五重の塔が一つずつ見える。


 玄黒は言う。


「左側から順に、玄武塔(げんぶとう)青龍塔(せいりゅうとう)朱雀塔(すざくとう)だ。四獣の名が宿る四つの塔には、思超の世界の秩序を保つ意味が込められているんだよ」


 四隅に堂々と立つ四つの塔の姿は、まさに守護神そのものだった。


「さぁ、お次は宿だ」


 玄黒はそう言うと、彼らを率いて塔を下りた。


 白虎塔から少し南に歩くと、道の左右に三階建の家のようなものが遠くまで続いていた。彼らは、左右をこれらの建物に挟まれた道をそのまま歩き、中央で足を止めた。


「ここが、君たちの宿…というより別居だ」


「別居!?ここに住めるんですか!?」


 司馬章が驚きのあまり声を出す。背後の四人も驚いた顔で玄黒を見ていた。


「東遊寺の思超家だと正式に認められた者は、我々の一員として、この住宅に住むことができるんだ。今、見えた建物の数々は全て、思超家たちの仮住居になっているんだよ」


 五人は目を輝かせた。真っ黒に塗りたくられた外装には、どこか品を感じるものがあった。


「中に入ってもいいよ」


「そ、それじゃあ失礼します…」


 立派な見た目は外装だけではなかった。玄関は強固な木格子が並び、樹脂のツヤが床中に広がっていた。階段の壁には神話の神獣たちの絵が描かれており、二階の寝室も、以前泊まった長安の宿以上に清潔で整った立方体の形をしていた。


 五人は壁やら床やらに皮膚を擦り付け、その柔らかい感触に浸りながら、寝室に腰を下ろした。


「庭こそないが、こんな家…貴族くらいしか住めないだろ」


 李光がそう言うと、


「確かに…大金でも払わされるんじゃないか…?」


 と、孫操備(そんそうび)も不安げに苦笑いをした。


 この程度の家が東遊寺の外にあるとしたら、一般的な人間は住めないだろう。李光の言う通り、これは貴族や豪商が住むような家に等しい。


 だが、五人のあとから寝室へ入って来た玄黒はこう言った。


玄黒(げんこく)さん!」


「心配ご無用。ここに住むのにお金は要らないよ」


「ど、どうしてなんです?」


 未だに不安に思う孫操備の問いに、玄黒は五枚の紙を見せて答えた。


「これは、君たちが東遊寺に属する思超家であることを示す紙だ。思超のない人々を守るためにも、我々は君たちを必要とする。そんな君たちにお金を取るわけにはいかないよ」


 李光は、玄黒に対する感謝からか、或いはここでの豊かな生活に対する(よろこ)びからか、他の四人を差し置いてこう言った。


「へへっ。必要とされてる、なんて久々に聞いたぜ。ここまで期待されたら…な?」


「あぁ!…玄黒さん、俺たちも頑張りますよ!この恩以上に!」


 司馬章(しばしょう)もそれに応じて言った。


「ははははは!本当に頼もしい若者たちだよ!君たちが作り上げる、平和な思超の世界が楽しみだ!」


 玄黒は喜んで答えると、そのまま中央の方へ目線を向けた。


「今夜が、思超家たちによる議論の場…"思超会(しちょうかい)"が開かれる刻だ。思超会は二日あるから、一日目は他の思超家たちがどのように議論を交わすか見学のつもりでやってごらん。堅苦しい場にはなるけどね」


 最後に苦笑いをしながらも、彼は真剣な眼差しをしている。当たり前のことであるが、大の大人たちによる話し合いの場は、生半可な気持ちで介入してはならない。彼の目は、五人を覚悟へと誘導させるかのようであった。






 その後、残り三つの巨大な塔を巡り、寺内中央の本堂に戻って来た。


「これで以上になる。あとは、夜になるまで好きな場所を巡るといいよ」


 玄黒は手を振り、寺内の案内は終了した。司馬章たちは、一度別居に行き、腰を降ろした。


「優しかったね、玄黒さん」


「だな。とても安心したぜ〜」


 李光がフーッと安堵の息を吐いて言った。鄭回(ていかい)は床に寝そべり、いびきを立てずにすやすやと眠っていた。


「鄭回、もう寝てるよ。そんなに疲れてないくせに」


 司馬章の呑気な笑いで、更に不安を重ねた竜隋(りゅうずい)の顔色が変わる。


「皆、日が沈めば思超会が始まるんだぞ。そんなのんびりしていて大丈夫なのか?」


「竜隋は考えすぎなんだって。俺たちは歓迎されてるんだぜ。硬ってぇ政の話じゃあるまいし」


 またしても李光の呑気な声。やれやれと言わんばかりに竜隋は額に手を当てた。


 コイツらは、ナメている。一人で思超家になったから、思超家の世界を知らない。そもそも、思超家は思想家だ。自分の信念を貫く者たちだ。他の思想は信念の妨げになるかもしれないから嫌う。


 だから、長安の時のように、思想の違う者たちが馴れ合うなんて稀なのだ。どうせ、暴力的な争いまではしないものの、常に互いを悪く思い合うギスギスとした世界なのだろう。


「…頼むから、よく考えてくれ」


――――――――――――――――――――――――――――


「あれは…母上?」


 それは八年も前のこと。竜家の当主代理として、竜隋の母が、儒家(じゅか)らしき学者の男と話しているのを見た。

 はじめは平然とした顔で話していた母だったが、相手の男が少し声を荒げると、合わせるように眉をひそめ、やがて互いを睨み合いながら言い争いをするまで発展した。


 彼は、静かな母の見たくないものを見てしまった気がした。家内では無言に近く、視線で訴えるような母であったが、他所から来た者に対して、こんなにも変わるものなのか。


 やがて儒家の男が怒りながら帰っていくと、母は大きな溜め息をつき、また無感情に歩き出した。以降はいつもの冷酷かつ平静な母に戻ったのだが、彼にとって、あの日の母は悪く印象的だった。


――――――――――――――――――――――――――――


 今思えば、自分が家を出る際に、母は不満げな顔をしていた。「司馬典に会いに行く」とは言っていないが、「のもとを訪れる」と言ったので、不満げな顔をしたのだろう。


(俺は…、思超家がどれだけ醜いのかを分かっている。お前たちも今夜、身を持って学ぶのか…)


 竜隋は悲しげに彼らを見つめた。

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