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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 東遊寺編
41/58

第41話 嵐の前に、また嵐

故人西のかた 黄鶴楼を辞し

煙花三月 揚州に下る

孤帆の遠影 碧空に尽き

唯見る長江の 天際に流るるを


これは李白という歌人が、友人の孟浩然を見送る際に謳った歌だ。


人は、別れる。別れ道はいずれ潰えど、分岐点は虚しく残り続ける。

 司馬章(しばしょう)たちを乗せた馬車は、長安(ちょうあん)を出て丸二十日かけて、揚州(ようしゅう)手前の平地まで辿り着いた。ときは亥月(いづき)。冬の冷たい風がこの平原にもやってくる。馬車を引いていた馬も、ゲッソリと疲れを露わにしている。


 馬に同情した彼らは、馬車を操縦した兵士に馬を休ませるように伝え、残りは彼ら自身の足で揚州に向かうことにした。


「これまでの長旅にご同行いただき、ありがとうございます」


 諸葛允(しょかついん)が深く礼をとる。



思超家(しちょうか)が通常の待遇を受けるのは長安や一部の都市のみ。田舎の方では妖怪のように扱われると聞きます。どうか、お気をつけて」


 兵士はそう言うと、不安そうな顔を浮かべて長安へ帰って行った。


「…大丈夫だろうか」


 馬車の背を見送る子兎魯(しうろ)(つぶや)く。


「何がだ?」


乱晶(らんしょう)の奴らが長安を襲撃したのは、単なる小悪事を働くためじゃない。反乱軍に加担したのだから、戦争目的で来たのだろう」


「でも、両方を討ち倒したじゃないか。奴らも、(しばら)迂闊(うかつ)に手を出さないだろう」


「そう、かもな」


 子兎魯は冷や汗を流していた。






 夜になった。思超家一行は、近くに灯りの見える村を訪れることにした。


「諸葛允さん!あの村にしよう!」


 司馬章の指差したさきに、一つの村があった。その村は、昼間に見た村々とは違い、少々静かな村だ。

 壁は湿気があり、屋根も一部腐敗している。住民の姿は見えないが、家内に灯りは確かに灯っており、人がいることは確実だ。


 彼らは、村の中央の大きそうな家の戸を叩いた。壁同様、戸もそれなりに湿っており、屋根は一部欠損していたが。


「ごめんください」


 戸から出てきたのは、小さな村の割に若い夫婦だった。若いが、衣服は傷が多く、かなり長い間使っているようだった。夫は三十くらいだろうか。顔を見ればそのくらいだが、髪は七十くらいの白髪で、髪をまとめる冠も、穴が空き、そこから白髪がはみ出ていた。

 妻は夫より二、三ほど若く見えた。髪も黒髪だが、顔骨がくっきり見えるほどに痩せていた。


「はぁ…どちら様でございましょう…」


 夫の声に生気(せいき)はなかった。彼らの奥に見えた室内の景色は、食いつなぐのに必死なほどに貧しくはなく、(むし)洛陽(らくよう)や長安の小さな家庭と等しいくらいだった。


「旅の者です。御迷惑をおかけしますが、今晩だけ、ここに留めて貰えませんか」


 諸葛允は笑顔で小さな袋を差し出した。


勿論(もちろん)、必要な分だけ金銭は払います」


 夫婦は顔を合わせると、少々笑顔で答えた。


「そういうことなら、タダで構いません。どうぞ、お入りください」


「ありがとうございます」





 こうして彼らは、家に入った。夫婦は、粗末な家ですみませんと言わんばかりに頭を下げたながら部屋を紹介してくれた。中は広く、七人が眠ってようやく僅かな窮屈を感じる程であった。


(何故、こんな広い家に二人しか住んでいないんだ?)


 司馬章は疑問に感じながらも、案内された部屋に腰を降ろした。傷の入った床、よく目を凝らすと、壁に蜘蛛やらヤモリやらがうろちょろと彷徨(さまよ)っていた。





 夕飯は家の外で摂ることにした。長安で貰った大量の麦や豆をすり潰して、粉状にしたものを練った皮で塩に漬けた羊の肉を包んで焼いたものを食べた。旅中ながら、かなり贅沢な食事だ。


「…っ旨い!めっちゃ旨いぞ!これ!」


 司馬章がやや興奮気味に頬張(ほおば)る。彼のみならず、他の四人も(ほお)を上げながら食事をしていた。


「私たちも良かったのですか…?」


 おそるおそる夫婦が司馬章に聞く。その手は震えていた。


「もちろん、俺たちは二人に感謝しているから当然だよ」


「そ、そうでしたか…」


 夫の視線は、司馬章の燃えている小指を見つめていた。料理を焼き終えた炎は徐々に指に収縮されていく。二人にとって、それは不思議極まりないことであり、大きな衝撃があった。


「あ、あのー」


「ん?」


「旅の皆さまは…"思超家(しちょうか)"をご存知で?」


 夫は、右の拳をプルプルと震わせながら聞いた。


「知ってるも何も、俺たちは全員思超家(しちょうか)なんだ」


 その瞬間、一つの大きな石が司馬章の顔面めがけて飛んできた。司馬章は慌てて顔から発火するも、燃えない物質に火を当てても何も起こらないように、石は方向を変えることなく司馬章の顔に激突した。


 司馬章は鼻血を空高く撒き散らして、地面に頭の後頭部を打ち付けて倒れた。薄れゆく視界に写ったのは、家の中へ逃げ込む妻と、李光(りこう)鄭回(ていかい)に腕を抑えられる夫。司馬章が白目を向いたとき、夫は彼らを振り放して家へ逃げ込んだ。


「追うな」


 追いかける二人を子兎魯(しうろ)が止める。


「黙って…戸の奥の声を聞くと良い」


 子兎魯はそう言って、座ったまま目を閉じた。


 彼らも耳を傾ける。すると、戸の奥には驚嘆の声が響いていた。


「あなた!今すぐ裏の戸から逃げましょう!」


「あぁそうだ!奴らもしばらく追って来れない(はず)!」


「な、何してるの!?」


「戸を塞いでんだよ!親もあの子も殺された挙げ句、お前まで殺されるなんてあんまりだ!」


 妻を逃がすため、夫は歯を食いしばって立ち塞がる。ミシミシと音を立てたのは、戸の内側のほうであった。

 思超家たちは、別れ際に兵士が述べた言葉を思い出した。


「そ、そうだった…な。俺たちが、そういう扱いを受けるのもおかしくないのか…」


 李光はそう言うと、戸から手を話した。そのまま、反対側の戸に回った。


「何をする気だ、李光」


「二人が俺らに誤解していることは分かっている。だからって、この家から追い出すわけにはいかないだろ?」


 彼は"恐雷説(きょうらいせつ)"を孫操備(そんそうび)に託すと、両手を上げたまま、裏の戸を開けた。


「…ひっ!」


 鉢合わせた妻の悲鳴。彼女はそのまま腰を強く床に打ち付けた。


「一つだけ、話がある」


 妻と、妻のもとに駆けつけた夫へ李光は話しかけた。


「まず、今の俺は思超が使えない。"思超書(しちょうしょ)"という書物を持っていないからだ」


 李光は両手を上げ、潔白を示した。


「ほ、本当か…?」


「そうだ。だから今の俺は思超家でも妖怪でもない、ただの人間。安心して、話に付き合ってほしい」


 その言葉で、目を合わせることができなかった妻も、ようやく李光と目を合わせることになった。


「まず、アンタらの言葉で分かった。家族が思超家に殺された…と言った」


 夫婦は顔を見合わせると、再び李光を見て言った。


「あぁ、その通りだ。今から三年前…夜間に襲って来た思超家の盗賊に、親も子もすべて殺された。ここだけじゃない。この村すべてがそいつに荒らされたんだ!」


 夫の目は震えていた。村を、家を、親を、子を奪われた怒りは、恐怖なんかよりもずっと大きかった。


 李光は、少し(うつむ)き、そのまま頭を大きく下げた。


「本当に、すまなかった!」


 夫婦は困惑した。村を襲ったのは彼ではない。


「いやっ、あなたは違…」


「いいや!俺たち思超家は、ここで頭を下げる責務がある!」


「……」


 夫婦は黙り込んだ。李光の下げた頭で顔を見ることはできなかったが、血がポタポタと僅かに落ちていた。


「この村を襲ったのは、おそらく"異役思超家(いえきしちょうか)"だ。普通の思超家に、こんな最低なマネはできない」


異役思超家(いえきしちょうか)?」


「"異"なった思超の"(つか)"い方をする者たち…と、いえば分かるか。つまり、思超を悪用する奴ら。俺たちの中でも異端の存在だ」


 夫婦には理解できなかった。国の様々な所で、思超家たちが事件を起こす噂が止まない。もはや人としての表象(ひょうしょう)のない者たちだと思っていた。

 だが、李光は違うと思った。如何(いか)にも人間らしく見えた。だから、彼の言う事を信じようとした。


「つ、つまり…思超家には、良い人と悪い人がいて、旅の方々は良い人。そういうことですか?」


「俺たちは良い人ではないが、誰も襲ったりしない。思超を悪事に使ったりはしない。だから、俺たちを信用してくれないか」


 李光は二人の手を掴んで、立ち上がらせた。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 彼らは再び歓迎され、部屋に戻ることができた。夫婦は必要ないと言ったが、彼らは自ら思超書を手放し、物置きに置いた。






 夜は暗さを増し、獣の影すら見えづらくなると、彼らは眠りについた。まずは家主夫婦が寝床で寝て、気を失っている司馬章を除く六人の思超家も、用意された部屋に薄い布を敷くと、まず李光がぐっすりと眠った。それを見守るように竜隋(りゅうずい)が部屋の対局に座り込むと、こんこんと眠りについた。孫操備、鄭回、子兎魯、諸葛允の四人も薄い布を乗せた。


―――――――――――――――――――――――――――――――


 眠ったのは孫操備と鄭回だけだった。二人は机に蝋燭(ろうそく)を置くと、深刻そうな顔で机に(ひじ)を着いた。


「諸葛允、水晶球は持ってるか?」


「あぁ。傷一つついてないさ」


「それは良かった…アイツは何と言ってた?」


 諸葛允は地図を机上に置いた。広い広い中華の地図。赤く点が打たれているのは、都の長安だ。諸葛允は筆を取り出し、右下の山脈前に黒点を打った。


「ここが、私たちのいる村だ。山さえ越えれば、あとは東遊寺まで真っ直ぐ進むだけ」


 そして、赤点の右側にある黒点…つまり、長安の東にある都市・洛陽を筆の柄で叩いた。


「乱晶も含めた反乱軍は、長安に向かって足を進めているらしい」


「今の俺たちに接触することは無さそうだが…」


「だが?」


 子兎魯は筆を執り、赤点に向かって炭を伸ばした。


「長安の方は大丈夫だろうか」


 諸葛允は、頭を抱えた。


「…そう言うと思ったよ。だから弟子たちに思超の会得を許したってワケか」


 子兎魯は壁に手を当て、溜め息をついた。


「思超家が、人間の日常に介入してはならない。たとえ、それが戦争であってもだ。思超家が殺していいのは、思超家のみ。罪なき常人(じょうじん)にその牙が刺さる世なら、それはもう地獄と変わりない」


 二人がようやく話を終え、寝ようとしたときだった。

 屋根の小さな穴がミシミシと音を立てて、大きく崩れ落ちた。


「ひやっほう!イタッ」


 天井から落ちてきた五人の男。皆が山猫のような目つきをしており、ボサボサの頭と傷だらけの腕、まるで盗賊のような見た目をしていた。


異役思超家(いえきしちょうか)かッ!)


 子兎魯は戦闘態勢に移ろうとしたが、思超書を中央の部屋に置いていることを思い出した。


「しまった、思超書がない」


「ギャハハ!実は俺ら、アンタらが長安を出たときから尾行してたんだゼェ?司馬章(しばしょう)っつー生意気な奴を追ってなァ!」


「ほぅ…司馬章と知り合いか。では何用だ」


「分かんねぇか?俺たちは盗賊。アンタらが長安の兵隊サンに貰った財産を奪いに来たんだよォ!」


 盗賊たちは一斉に武器を掲げる。棟梁(とうりょう)らしい男は、何やら長い弩弓(どきゅう)を持っていた。


「やべぇ武器職人から仕入れたこの弓…思超家だろうが何だろうが射殺してやるぜぇ!」


 丸腰の七人の思超家に、一本の弩弓(どきゅう)と四本の刀が向けられ、危機を感じたときだった。


 棟梁の背後の二人が突然消えた。と、思うと彼らは壁に叩きつけられて気絶していた。


「な、何が起こった!?」


 僅か一刹那(ひとせつな)の間に、盗賊が二人吹き飛んだ。棟梁は冷や汗を流した。


「く、死ねぇッ!」


 (にら)みを効かせる諸葛允に、棟梁はついに弓を放った。

 弓はドッと大きな音を立てて何かに当たった。僅かな明かりが灯る中、影は倒れなかった。


「これが"鎚弩級(つちどきゅう)"!(やじり)が重てぇ(つち)のようだから、喰らったやつの内臓はグチャグチャ!ってもんよォ!」


「すげぇッス棟梁!」


 浮かれていたのも束の間、その二人の盗賊も消えてしまった。棟梁が見渡すと、天井に二人が突き刺さっていた。


「な、お前ら…」


 棟梁は(あご)を大きく開いて絶望する。その瞬間、まるで粉に釘打つかのように、盗賊の棟梁が床に叩き込まれた。


「がぁ…ハッ!」


 棟梁は鼻と口から血を吐き出す。その血が当たった、つまり、盗賊たちを倒したのは、子兎魯であった。


「助かったよ、子兎魯」


「問題ない」


 子兎魯は、左手に握ったままの(つち)の矢を手放し、血の一つもない左手を振った。

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