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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 長安編
39/62

第39話 異役思超家

 思超(しちょう)。それは、ある思想を極めた者だけが使える、その思想を具象化した魔術のようなもの。そして、思超を使う者を"思超家(しちょうか)"と呼ぶ。


 思超家は、いわば魔術師だ。常人に使うことのできない能力を常に持っているのだから、それを良い方にも悪い方にも転用できる。


 春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代や中華が三国に分かれた時代では、戦争に思超家が使われたこともある。だがこれは、人間の(ほとん)ど…非思超家(ひしちょうか)の生活や安寧を大きく脅かすものであり、国が統一され争いが減ると、思超家たちは、思超のない日常に干渉しないためにはどうすれば良いかを考えるようになっていった。


 そして、(とう)が中華を治める頃には、一つの思超家たちによる組織が生まれた。

 天竺(てんじく)(インド)から帰還した僧・玄奘(げんじょう)の弟が、兄の依頼で揚州(ようしゅう)に寺を建てた。その寺こそ、東遊寺(とうゆうじ)である。

 東遊寺(とうゆうじ)の住職は、玄奘の弟の家系で代々受け継がれることとなり、一族は皆、思超家であった。


 一族はまず、玄奘とともに天竺へ向かった孫空(そんくう)という男を寺に迎え入れた。この男は、のちの伝えで「孫悟空(そんごくう)」と呼ばれる自由な武術家であった。

 やがて、「猪八戒(ちょはっかい)」とのちに呼ばれる巨漢・猪次戒(ちょじかい)も東遊寺に招待されるようになり、孫空や猪次戒の誘いで春秋時代に名を馳せた諸子百家の血族、思想を受け継ぐ者たちも続々と東遊寺の一員となっていった。


 こうして、東遊寺は人員の安定した組織となった。彼らは年に一度、東遊寺に集い、思超をどのように使うのかを述べ、周囲の賛否を問った。また、思超を悪用する者たちに注意喚起と東遊寺への入寺を促した。

 

しかし、それでも思超の悪用を繰り返す者がいれば、東遊寺の思超家との言い争いの末に殺してしまう者もいた。


 そこで三代目住職の代から、これらの求めに応じずに思超の悪用を行う者を「異役思超家(いえきしちょうか)」として、東遊寺の思超家たちの制圧対象となった。


 異役思超家の条件は、罪の有無に関わらず、思超を持っておきながら、東遊寺の入寺(にゅうじ)の求めに応じなかった者。異役思超家と認定された思超家は、東遊寺の思超家たちによる制圧対象となる。彼らに遭ってしまえば、即投獄。戦おうとすると、実力次第で殺害されることもある。


 この制度を導入したことで、東遊寺の強力な思超家たちの実力行使を恐れた異役思超家は早速、東遊寺に白旗を振り、抗う異役思超家たちは次々と敗死または投獄された。


 これにより、思超が日常に悪影響を及ぼすことはかなり減ったが、東遊寺の名簿に載った異役思超家の名前は未だ多い。もちろん、東遊寺の思超家が異役思超家に敗北して死亡することも少なくないので、彼らは常に、異役思超家の存在に頭を悩ませていた。


 そして十年ほど前から、異役思超家たちも徒党を組み、集団で思超を用いた悪事や戦争への加担を始めていった。中でも東遊寺が一番危惧している異役思超家の一団が、"乱晶(らんしょう)"だ。


 乱晶(らんしょう)は、今から五年前…西暦で表すと750年に創設された。(かしら)はおらず、全員が等しい立場である。創設以来、小都市や村の襲撃、正式な思超家の殺害などを繰り返し、これまで東遊寺の思超家たちも六十人が彼らの犠牲となっている。


 そして"安史の乱(あんし らん)"が起こる一月前、乱晶は安禄山(あんろくざん)の軍に属することとなった。理由は不明だが、安禄山自身がその時に思超を得ていたので、思超家が支配する国を作るために協力したとする説もある。


 安禄山(あんろくざん)の傘下に降ると、乱晶に史思明(ししめい)天上王真(てんじょうおうしん)理公子(りこうし)の二名が新たに入ってきた。彼らは安禄山直属の配下であり、思超家だ。この二人が加わったことで、構成員は十二名となり、彼ら一人一人には、会食の際に座る席を番号として名乗ることとなった。


 椅子の位置は左右に分けられ、それぞれ六つずつ。

 左側に六席、右側に六席あり、その間は椅子一つ分の隙間がある。これまで会食の際は、この隙間に誰も入ることがなかったが、安禄山の傘下に降ってからは、安禄山も会食に参加し、空いた空間に椅子を置き、そこで食事することを他の者も承認するようになった。


 しかし、乱晶の一員であった魏匠(ぎしょう)は名も無き思超家の司馬章(しばしょう)に、孟寧(もうねい)は異役思超家の王明(おうめい)に敗北し、死亡した。


 長安(ちょうあん)の騒動が収まった翌日のことである。魏匠と孟寧が死亡したことを知った乱晶は、魏匠を殺した思超家の素性を知るべく、その一人である周起(しゅうき)を長安に潜入させた。


 外出が禁止され、昼間の賑やかさを残さず消した夜闇の中、周起は突如として現れた。


「左(あご)火傷(やけど)のある男…俺の監視が正しければこの宿にいるはずだ」


 周起は瞬く間に二階の壁に張り付くと、格子(こうし)の奥の部屋をじっと除き、そしてまた気がつけば格子の奥に侵入していた。格子に傷一つつけることなく。


「いた。奴が炎使いの男か」


 周起は近くの机に目をやり、机の上にあった一つの包みに手を伸ばした。包の中はがっしりとした四角い何かが入っていて、その角が布を(わず)かに張らせている。


 そして、周起が包みに触れた瞬間、彼は足元から崩れ落ちた。


「なッ…!」


三離筋(さんりきん)


 周起が苦し紛れに足元を見ると、部屋にいた一人の手と接触しており、その手は彼の足を強く握っていた。


「がぁ…ああ!」


 周起はこれ以上声を出さなかった。まだ眠りについている四人まで起きてしまえば、大変なことになる。


「誰だよ、アンタ」


 周起の足を掴んでいたのは孫操備(そんそうび)だった。彼の思超で筋力が別の部位に分散された脚は、もはやただの骨のついた肉塊となっていた。


(…クソッ!)


 その時、周起の身体が一瞬にして消えた。空気を握りしめた彼は、急いで二人を起こす。


「起きろ!みんな!」


 その一声で鄭回(ていかい)竜隋(りゅうずい)が、彼らに身体を揺らされて司馬章(しばしょう)李光(りこう)が起き上がった。


「近くに敵がいる。机の上にあった"炎論(えんろん)"を奪いに来たんだよ!」


「それで、ソイツはどこだ!?」


「消えた。まだ近くにいるかもしれない…!」


 彼らは部屋を隈無(くまな)く探したが、人の気配は一つもなかった。


________________________


 周起はその時、洛陽(らくよう)の城にいた。徐々に戻りゆく脚を引きずりながら。


「敵のことは分かったか」


 匍匐前進(ほふくぜんしん)のようにズリズリと進む彼の前に、天上王真(てんじょうおうしん)理公子(りこうし)が立ち塞がった。


「あぁ分かったよ!奴の名は…司馬章(しばしょう)!」


 そして城内に響き渡るは天理(てんり)の笑い声。天理は、周起が述べたその名を聞いた瞬間、高らかに不気味な笑い声を上げた。


 その重低な声は空飛ぶコウモリの羽を震わせ、邪悪な意はついにコウモリを撃ち落とす。彼が笑い終えたときには、城内を飛んでいた虫やコウモリがすべて、地に()し死んでいた。


「ーハッハッァ…そうか、司馬章か!」


「な、お前知ってんのか!?」


「知ってるも何も、奴の祖父は俺が殺した司馬典(しばてん)だ。ついに復讐の一手を踏み始めた…ということか!」


 周起は腰につけていた小刀を突き出した。


「オイ、そいつは魏匠(ぎしょう)を殺してんだよ。フザケてんのか?」


「いや、魏匠の仇として奴と戦う意志はある。ただ、そこに何か運命を感じただけだ」


「チッ…とことん気持ちワリィ奴だよ!てめぇは!」


 周起は脚の筋力がすべてもとに戻ったことを確認すると、怒りっぽく地団太を踏んだように歩いて行った。


「…そして、来たる私の幸福のための手段の一つだからな」


________________________


 二日後、司馬章たちは宿を出て、諸葛允(しょかついん)にこれを話した。


「ふむ…消えた…か。割と姿を消す思超家はいるからな…」


「あ、あとソイツは羽みたいな首巻をしていたよ」


「羽?」


「うん、先っちょがヒラヒラしてたような」


 司馬章が大声を上げた。


「あ!」


「どうした?司馬章」


「俺が戦った、魏匠って思超家も首巻をしていた…」


 彼は(えり)を触りながら、その象形を思い浮かべた。


「やはりか…」


 諸葛允が呟く。子兎魯(しうろ)も、何か分かったような雰囲気だった。


「知っているのか?」


「あぁ、奴らは仲間だ。…それに、私たちでも太刀打ちできるか分からないほど強力な組織にいる」


 司馬章、李光、孫操備はあっ、と声を出した。以前、李光が話した異役思超家の集団の名を思い出したのだ。


「…乱晶(らんしょう)


「なんだ、君たちも知ってるじゃないか」


 司馬章の腕が(うず)く。彼は、魏匠との戦いを思い出した。


「諸葛允さん、乱晶って…みんな魏匠より強いのか?」


 諸葛允は彼が魏匠に勝利したことを頭に浮かべて答えた。李光が先駆けで戦ったとはいえ、東遊寺の同胞を多く葬ってきた魏匠を倒した司馬章にも驚きだ。そして、彼はそれに慢心することなく、次なる敵に適度な恐怖と警戒を抱いている。孫氏(そんし)の考える強者像に完全に当てはまる訳ではないが、彼はこれからも強くなっていく…そんな気がしたのだ。


「全員が魏匠より強いわけではない…いや、分からないが正解かな。もしかしたら魏匠より強い奴がいないかもしれないし、魏匠が乱晶で最弱なのかもしれない。いずれにせよ、私は魏匠と直接戦ったことがないから分からないんだ」


 子兎魯も続けて言った。


「ただ一つ、言えることがある。乱晶は、俺たち東遊寺の思超家全員が並んで刃向かったとして、勝てるかどうか分からない奴らだ。まぁ、勝てたらとっくに総員で奴らを潰している」


 子兎魯は司馬章の肩に手を置いた。


「魏匠を倒したのはお手柄だ。だが、そんなお前でも今は勝てない奴がいる。例えば…"重力(じゅうりょく)"と私称(ししょう)した見えない圧を操る"孟寧(もうねい)"とかな」


________________________


 カラスが(ついば)んだようなボロボロの布が一枚。いや、よく見ると衣服の形をしていた。それは藍色の絹服、そして大きな縦長の穴が四つも空いていた。まるでこの服の持ち主が誰かに背中を引き裂かれたかのように。


 その持ち主を引き裂いた男こそ、王明(おうめい)である。彼は思超家(しちょうか)であり、"思超家殺し(しちょうかごろし)"と呼ばれている。それは、彼が思超家を殺すためだけに思超を用い、彼によって殺害された人間は皆、思超家であるからだ。


 目的は、思超家を撲滅し、己を中華最後の思超家にすること。


 思超家に対しては容赦なく、九十もの思超家を殺してきたが、そうでないものには無口だが温厚な人物だ。他の異役思超家が非思超家の安寧を脅かす中で、思超家や思超そのものに対する人間の怒りや恐怖が増幅し、彼を義賊として(あが)める者も多い。

 思超も、他の生物に化けることなので、火や水を自在に操る妖怪のような他の思超家よりも、守り神としての印象を与えやすく、東遊寺にとって最も厄介かつ脅威である男だ。


 唯一の救いは、彼が徒党を組まず、孤独の旅をしていること。だが裏を返せば、いつ彼と遭遇し、彼の圧倒的な実力を前に殺害されるか分からないという不安が残る。


 長安の騒動は収まり、その知らせは東遊寺にも届いたが、未だにその脅威は消えることはなかった。

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