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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 長安編
30/63

第30話 心臓革命

_____師は、元気にしているだろうか。

 月の明かりを道しるべに影の道を歩むか、日の光を道しるべに陽々と希望の道を歩むか。我々は光を指針に生きている。

 長安王宮(ちょうあんおうきゅう)・中央は、血の色に染まっていた。それも、乾いた茶色の血ではなく、何かに抵抗するように生きる鮮やかな赤だ。

 鄭回(ていかい)は血を飲んだせいか、一瞬だけフラフラと足を動かした。だが、すぐに地を踏み締めるように体勢を整えると、楊国忠(ようこくちゅう)に鋭い視線を向けた。


「何をしたかは知らんが、四人で歯が立たなかったこの私に、貧相な貴様一人で勝てるわけがない」


 肉樹(にくじゅ)が生えてきた。


「くだらぬ芸は飽きた。貴様の技を見る前に、一撃で沈めてやる」


 一本でも強力な肉樹が八本重なり、その状態で鄭回へ突き伸びた。肉樹の塊は回転しながら伸びていく。


「馬鹿!一本で俺は倒れたんだ!八本も同時に喰らったら、ホントに死ぬぞ!?」


 李光(りこう)は必死に忠告した。彼には、鄭回の肉体が悲惨なことになると感じていた。





 その時に李光の目に映ったのは、鄭回の拳をえぐる肉樹…ではなく、やすやすと鄭回の拳にえぐられる肉樹の束だった。


「嘘だろ!?肉樹が…粉砕された!?」


 子兎魯(しうろ)が目を開く。あの子兎魯や諸葛允(しょかついん)ですら、肉樹を弾き返すのが限界だったからだ。


 楊国忠はすぐさま肉樹を生やし、次から次へと鄭回へ仕向ける。

 それを見ていた孫操備(そんそうび)は、呟くように李光に話しかけた。


「なぁ李光。鄭回が、さっきと違って見えないか?」


「あぁ。筋肉が増したような…」


 そういうことか、彼の心臓革命(しんぞうかくめい)は。


 孫操備は心臓革命の仕組みを理解したようだ。


 おそらく、鄭回の思超で変化させた特殊な血は、脅威的な治癒能力に限らず、肉体の大幅な強化作用もあるのだ。


(故に得る…人を超えた身体能力!)


 多くの肉樹が多方面から鄭回を突き刺しに出るも、全て鄭回の屈強な肉体には敵わず、あの魏匠にも匹敵するであろう威力の鄭回の殴打で、血を撒き散らしながら粉砕された。



「十本で敵わぬなら二十本!この"酒池肉林(しゅちにくりん)"からは無限に肉樹を生み出せるからのォ!」


 今度は二十本、鄭回の真っ黒な袖を目掛けて伸びていく。

 だが、それもすべて鄭回の打撃で潰された。千切れた肉樹の先が、死にかけのミミズのようにウネウネと動いている。鄭回の真っ黒な靴がそれらを踏みつぶすと、今度は楊国忠本人に向かって走り出した。


 これまでの余裕の表情を見せていた楊国忠が焦りを見せる。対して鄭回は、無表情に近い顔…いや、僅かに下に吊り下がっていたかもしれない。とにかく、鄭回は極限の集中状態にいた。


 鄭回が近づくたびに、焦る楊国忠。手を振り回すごとに肉樹が生えて、彼の防衛と鄭回の心臓を貫くべく飛びかかったが、まるでその動作が無かったかのように、瞬時で地に落ちた。鄭回は先程の走りを助走として、力強く飛び上がった。爪先が床から離れた瞬間、ついに彼は楊国忠との間合いに入り込んだのだ。


 突き刺せ。何をしておる。さもなくば私に穢らわしい拳が当たってしまう。


 怒りと不安が混在した楊国忠の顔面を鄭回は勢いよく殴りつけた。

 落下の勢いがついた鄭回の一撃は、楊国忠には相当強力な一撃だった。殴られた楊国忠は、椅子の背もたれを壊しながら、酒池肉林空間の隅まで弾き飛ばされた。


「つ、ついに攻撃が入った!」


 孫操備は鄭回に感心した。だがそれは、鄭回が楊国忠を倒せるほどに強かったからではない。


 _____あいつ、重傷で動けない僕たちを守るために、ずっと僕たち離れている。


 出会ったばかりの友に、こんなにも献身的になってくれる男が他にいただろうか。孫操備は、彼の思いに浸りながら、その瞬間を見守った。


「俺の"心臓革命(しんぞうかくめい)"は特殊な血を飲むことで心臓の心拍数を格段に上げる技だ。心拍数が上がれば血流の速度も速くなる。そうすると筋肉硬化、反射神経の発達、皮膚の硬化が起こる」


 鄭回に殴り飛ばされて倒れていた楊国忠だが、額の血を肉樹に吸わせてゆっくりと起き上がった。


「小癪な…この大宰相の額に…」


「この国の王・楊国忠の高貴な額に!傷をつけおってェ!!!!」


 楊国忠は目を真っ赤にして大声で怒鳴った。


「ようやく表したな、お前の本性を。いや、お前の野望を!」


「グぅ…黙れぃ!この貧しき愚民どもがぁ!」


 悔し紛れに掴んだ床から、肉樹が次々と生えてくる。


「楊国忠!やはりお前は、この反乱の原因でありながら、反乱を利用して国を乗っ取ろうとしていたのか!」


 諸葛允が問いかけると、楊国忠は誤魔化すことなく、灰色の髭から血の雫を絞り落として答えた。


「そうだ…私は反乱を利用して、皇帝(ジジィ)を長安から追い出した後、新たな皇帝になることを宣言するつもりだった…!もうあの皇帝(ジジィ)に力はない。奴の嫁になった楊貴妃も、私には恩義がある故に逆らえん。そんな無力な者どもを頂点から引きずり下ろし、私が皇帝に君臨する…それが私の考えだ」


 諸葛允はその答えに強く反論した。


「ならば貴様が皇帝になることで成せる、この国を救う(すべ)があったのか!?なければ貴様はただの悪魔だ!」


「ないわ、そんなモン」


「!?」


「私は皇帝になって、これまで以上に堕落した生活を望む。下々の貧困に苦しむ姿を糧にな」


 ふざけるなよ、と諸葛允は拳を強く握った。しかし、楊国忠はふざけてなどいない。これが彼の骨の髄にまで染み込んだ、悪意ある野望なのだ。


「だが、国のことに関係ない貴様らが来たのは予想外だった。だからこそ、貴様らはタダでは殺さない」


 "貴様らの肉の一欠片も安心させることなく、痛みを与えて殺してやるわ"


 諸葛允が起き上がり、前に出ようとした。が、鄭回がそれを止めた。


「まだ俺の出番は終わってない。アンタはもう少し休むといい」


「鄭回とやら。君が楊国忠に致命傷を与えたことはよく分かった。だが、これ以上関係のない者を犠牲にしてはいけない。これからは私が行かせてもらおう」


 とは言いつつも、諸葛允には小さな傷がいくつか点在していた。鄭回の皮膚は傷がついても、脅威の再生力で修復されるが、彼の皮膚はそうではない。


「…言っとくが、楊国忠のトドメを刺すためだけに立ち上がるのであれば、やめておいたほうがいい。奴に決定打を与えられる力強さは、あの男しかない」


 子兎魯も、諸葛允に忠告した。諸葛允は少し、悔しがるように眉をひそめたが、状況を理解して座り込んだ。


「私情で身体に鞭打ち戦おうとするなんて、兵家として、私はまだ未熟だったよ。」


 諸葛允は視線で、「行け」と指示を出した。すでに楊国忠はしっかりと立てるまでには復活していた。

 鄭回が走る。相対す楊国忠は玉座を壊されたからか、自らの足で立ちながら、肉樹を操作する。

 そして迫り来る肉樹を無操作に破壊する黒い絹服の戦士は、諸葛允たちが出る幕もなく、もう一度楊国忠を殴り飛ばした。


「ぐぬぅ!」


 楊国忠が血を吹き出して吹っ飛ぶ。今度は、鄭回も追撃を試み、遠くのに叩きつけられた楊国忠の元へ飛び、李光すら追いつかない速さで連撃を叩き込んだ。


「雑な拳だけどさァ、数撃ちゃ強いっしょ!」


 鄭回の余裕に溢れた声で、楊国忠の勝利への期待が押し潰される。今この二人の実力には、明確な差が生まれたのだ。


「いける!本当に勝てるぞ!」


 後ろの四人は内心、気分が上がっていた。


 _____ついに、奸臣の暴虐は、その野望とともに消え、その悪意は、命を以て裁かれる。


 だが、その期待は     逆転する。


 ________________________


「くたばれ楊国忠ゥ!俺たちへの仕打ちの報いだぁ!」


 そう叫んで、思超家だけの空間に飛び込んで来たのは、鄭回の後を追って来た衛兵たちだった。


「何故アイツらが…!?」


 折悪く参戦してきた非思超家(ひしちょうか)の衛兵たちに、楊国忠は肉樹を生やして射出した。


「うわぁ!何だアレ!?」


『酒池肉林空間』の真っ赤な景色と、蟹の足のように硬くて気持ち悪い動きをする物を目にして動きを止めた衛兵たち。ここは、彼らが容易に入るべき場所ではなかったことを感じ取る。

 鄭回は、先程まで殴っていた楊国忠を踏み台に、肉樹に飛び付いた。衛兵たちへ向けて射出された肉樹は潰され、衛兵たちはことなきことを得たのだが…


「甘い」


「!?」


 五十本にも及ぶ肉樹が鄭回の背中を一斉に刺す。それで出来た僅かな傷口から、肉樹は鄭回の体内に潜ったのだ。


「ゼェ…ゼェ…お前たちは…仲間への情を持つ…。故に…己の…安全だけを考える者に…負けてしまう…そうだろう?」


 傷口から侵入した肉樹が、鄭回の血液をどんどん吸っていく。


 鄭回は生物に喰われる恐怖を感じた。

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