第29話 血と血の争い
長安皇城・中央の間。堕落の魔王、楊国忠は血肉の玉座に座り、わずかな酒を飲む。倒れた四人の敗者を見下ろして。
「貴様ら、わかっておるのか?愚か者が。このまま何もせぬと死ぬぞ」
楊国忠は帽子を取り、倒れた孫操備に投げつける。しかし、酒の霧を大量に吸い込んだ彼の感覚は非常に鈍く、反応の一つもしなかった。
「このままでは死ぬのも時間の問題だな。所詮は病の中で飲む薬もなく、無様に死ぬ貧民と変わらぬ」
孫操備はこれを悔しく思う意識は残っていた。
ふざけるな。お前みたいなゴミクズ野郎に、負けてたまるか。
だが、その心情も心情のまま。勝算などはない。
その時だった。
「その言葉、医者の怒りに触れるぜ」
孫操備の後ろの扉がギシギシと音を立てて割れた。
(誰だ…)
孫操備は背後にいる者の顔を見たかったのだが、上を見る力さえもない。しかし、その者が味方であることは確信した。
何故なら、少し前に自分たちが侵入した扉と同じ扉から入ってきたからだ。
「久しぶり、君たち」
―そうか来てくれたのか、鄭回。
その第二声で彼は、鄭回だと確信した。女々しくもどこか勇ましさのある不思議な声だ。
孫操備にとって この戦い、勝っても負けてもどちらでも良かった。鄭回がやって来てくれた。これ以上に嬉しいことなど、あるものか。
「遅いよ…!ヤブ医者!」
彼は高まった感情のあまり、出せなかったはずの声を振り絞った。
「…うん、四人とも酒を過剰摂取している。まずは回復からだ」
鄭回は楊国忠を警戒しながら、李光に近ずいた。
「血を抜くぞ!李光!」
すると鄭回は、小さな穴のついた針を李光に刺した。李光の血は、針の中を通って鄭回の瓶の中に注がれる。
これまで、小さな呼吸をするだけで精一杯だった李光が突然目を覚まし、大声をあげて飛び上がった。
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!」
着地と同時に、身体の疲労と酔い、目眩がなくなったことに気付いた。
「ど、どうなってんだ!?また元気に…って鄭回!?」
「李光。君の悪い血を抜いて、新鮮な血を代わりに注いだんだ」
鄭回はそう言うと、悪い血の入った瓶を左右に軽く振った。
「なんかよくわからないけど、ありがとう」
「回復したばかりで悪いが、李光はそのまま戦ってくれ!残りの三人を治癒したら俺も行く!」
鄭回は次に、子兎魯の下へ駆けつけた。
「な、何が起こっておる…」
楊国忠も新たな敵の参戦と李光の回復に思考がついて行けなくなったが、子兎魯を回復させようとしている男を優先的に始末しようと、肉樹を飛ばした。
『雷兵撃!』
しかし、その根本は李光の『雷兵撃』により萎れ、朽ちていく。
「楊国忠!まずは俺からだろ?」
李光が掌を上に向ける。すぐさま次の肉樹が李光に向かって突き出てきた。
「フン、何度でも貫いてやるわ」
楊国忠の肉樹は正面からの攻撃が強い。横からは簡単に崩されてしまったが、正面で李光の拳とぶつかると質量差で押し勝ち、その拳を弾き返した。
李光はその素早さを活かしてひたすら肉樹に『雷兵撃』を撃ち込む。その数に合わせるように、楊国忠も肉樹を生やし、突き飛ばす。
「互いの技をぶつけ合う…これほど無駄な時間はないと思わぬか?」
「うるせぇ!」
「…もういい。手数は私のほうが多い」
一本の肉樹が、李光の腹を斬り裂いた。李光は腹を抱えてその場に突っ伏すと、歯を食いしばってその体制のまま固まった。
「フン、復活して僅かで倒れるとは…最近の思超家は弱くなったものだ…」
楊国忠は鄭回の方へ視線を移す。
「さて李光、時間を稼げてさぞ満足であろう」
その通りだった。李光はニヤッと笑みを浮かべ言葉を放つ。
「あぁ。大満足だ」
孫操備、子兎魯、諸葛允の三人が傷が癒えた身体で立ち上がった。鄭回も血を瓶に注ぎ終えると、その三人の前に立った。
「ふぅ。助かったよ、鄭回」
「例を言う、孫操備の友よ。これで再び奴と戦える…」
「前の戦いで敗北を知った私らを舐めないでもらおうか!楊国忠!」
孫操備は三角形の像を、諸葛允は巨大な駒を生み出し、子兎魯はゆっくりと深呼吸をした。
「敗者がいくら集まっても敗者。敗者がいくら再戦しても敗者。そろそろ理解して貰おうか」
楊国忠は四本の肉樹を生やす。二回目の戦いが始まろうとしていた。
「待って、これからは俺一人で行こう。君たちを治癒したとはいえ、万全な状態というわけではない」
三人のリベンジに異を唱えたのは鄭回だった。その場の全員は驚き、すぐに李光が反対した。
「でも鄭回!お前は無理をするな!お前は戦闘向きじゃない!後方で回復してくれるだけで十分だ!」
李光は彼なりに鄭回のことを心配していたつもりだが、その言葉が逆に鄭回の闘争心に油を注いだ。
「戦闘に不向きねぇ…戦ってもないのに、見た目と立場だけで判断するの、やめてくれる?」
「え?お、オイ!」
鄭回は、瓶の中の四人分の悪い血を一気に飲み込んだ。
「じゃあ証明しよう。君たちが俺を弱いと決めつけていたことを」
血を飲むなど、常人には考えられない奇行である。他人の、それも不健康な血を一気に飲む彼の行動に、楊国忠を除いた全員が鳥肌を立てた。
「孫操備…彼は何をしているんだ!?」
「鄭回は血を操る思超家、血を万能薬にすることができるけど…あんなの僕にも理解できない!」
「痩せこけた者が、他人の血を飲んで更に弱くなろうとしているではないか!」
楊国忠は笑った。
血が喉を完全に通ったとき、彼は静かに呟いた。
……………心臓革命




