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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 長安編
25/58

第25話 目的への疑問

 司馬章(しばしょう)が十歳のときである。彼は眠い目を擦り、夜遅くまで灯りがついていた部屋まで歩き、祖父・司馬典(しばてん)が鳥の絵を描いているのを見た。

 真っ赤な鳥だなぁ。こんな鳥、見たことがない。

 司馬章はそんなことを思い浮かべながら、鳥の絵を眺めていた。


「なんじゃ、まだ起きてたのか」


 司馬典が振り向く。

 司馬典は別の筆を取ろうとしたのか、立ち上がってその場を離れた。祖父の背中で見えなかった。

 その時、絵の残りの部分も司馬章の目にははっきりと映る。


 …なんて美しいのだろうか。


 この"美しい"とは、雌鳥の性的な美しさでも、画風の芸術的な美しさではない。自分だけの美の世界が開けたのだ。

 同時に、心臓が熱い。メラメラと燃えているような感覚がした。この鳥の紅い羽先から吹き出る炎に温められ、ゆっくりと心の老廃物が流れていく。

 司馬章にとって、この鳥は浄土(じょうど)そのものだった。


 司馬典が部屋に戻ってきた。

 司馬章は早速、彼に尋ねる。


「じぃちゃん。この赤い鳥、なに?」

「あぁ、これはな…"朱雀(すざく)"じゃよ」


 朱雀。司馬章は初めて聞く言葉だった。聴き心地の良い発音を組み合わせた三文字"ス"、"ザ"、"ク"が耳の中を無限に回っている。


「古代中華より、"火の象徴"とされた霊獣(れいじゅう)の一つじゃ。だから、ワシら火を探求する思想家が憧れを抱く存在でもある」


 司馬典は説明をする間に、絵を完成させた。司馬章はさらに近くに寄る。


「ほれ見ろ。お前はこれを見て、何を感じる?」

「えっ…」


 突然の質問に司馬章は戸惑いをみせた。


「な〜に、何も感じなかったらそう言えば良いだけじゃ」


 司馬章はもう一度、朱雀をよく見つめる。


「胸が…熱い…いや、あったかい」


 司馬典は笑った。


「そうか、流石はワシの孫じゃ。お前もそう思うのだな」


 司馬章は、祖父の言葉から、この感覚は自分だけのものではないことに驚いた。


 ____やはり、朱雀には人の心を温める力がある。

 司馬章はそう感じた。


「朱雀さまはなァ、こんな逸話があるんじゃ。その昔、中華の家々を燃やして回る大悪人がいた。そいつはついに朱雀さまの怒りを買い、朱雀さまの炎で焼かれる刑に処された。じゃがその炎は大悪人の皮膚を傷つけたりはしなかった」

「えっ!?」


 驚く司馬章の顔を横目に、司馬典は朱雀の胸に黄色い点を加えた。


「朱雀さまの炎は地獄の炎ではない。魂に纏わりついた闇を焼き落とす、"浄土"の炎だったんじゃよ」


 浄土の…炎…


 ________________________


 司馬章は広げた両手を中央に寄せ、左手で右腕を掴んだ。


朱雀浄羽(すざくじょうば)


 司馬章の前で広がった炎は鳥の形になり、魏匠(ぎしょう)に向かって突進した。


()()(がた)ァァァ!!!』


 魏匠が金棒化した両腕で炎の鳥を潰しにかかる。


 __両者の大技が激突し、周辺の瓦礫はさらに細かく砕けて宙を舞う。司馬章は左手で支えた右腕を伸ばしたまま、必死にその姿勢を保っている。


「お前の罪は全部ッ!俺が焼き払ってやるんだ!」


 司馬章は右腕をねじった。かろうじて金棒の圧力に反発していた火の鳥は、一回転して魏匠に衝突した。






 ____戦いが終結した。周囲の民家は瓦礫とも呼べないくらいに砕け、地面には穴がいくつも空いていた。お互いの身体からは、煙が静かに消えていった。


 ___地面に倒れたのは、魏匠の方だった。




 司馬章は倒れる魏匠を静かに見届けた。

 敗者にかける言葉など侮辱と大差ない。死者なら尚更である。司馬章は黙ってボロボロの身体を引きずるように、その場を去ろうとした。


「見事…だぜ…」


 魏匠が言葉を発した。消えゆく命の残り僅かを言葉に費やすつもりだった。

 司馬章は去るのをやめ、再び魏匠の方に目を配った。


「"朱雀浄羽"は普通の炎とは違う。対象の身体を無残な姿に燃やしはせず、心臓を浄化するように焼く技だ」

(・・・・・・・・・・・・)

「安心しろ、お前の魂を地獄には行かせない」


 司馬章は(かんむり)を留め直した。


「ったく…最期まで敬意を払いやがって。俺の命も長くない。最期に、てめぇに言いたいこと全部ぶつけてやるよ…」


 魏匠は息を切らしながら言葉を放つ。

 その場を離れて楽な最期を望んだが、魏匠の意志を汲み取ろうとする気持ちが勝ったのか、司馬章はそこに居座ることにした。


「じゃあ、1つ目だ。お前の旅の"本当の目的"とはなんだ?」

「言ったはずだ。天上王真理(てんじょうおうしんり)公子(こうし)に復讐をするために俺の旅はある!」


 魏匠はそれを聞くと、豪快に笑った。


「復讐か!…くだらねぇ!」

「何だと!?」


 小馬鹿にされたようで、司馬章はカチンときた。

 それに、最期に"旅の目的"なんかを俺から聞くのか…

 そんな疑問も湧いた。


「それを()()()()()()のことを、お前は何も考えてねぇだろ」


 唐突に、そんな言葉が魏匠の口から出た。

 司馬章に返す口もない。彼の未来設計は、天理(てんり)を倒すところまでで終わっているからである。


「ガハハ、図星か!じゃ、今教えてやる。それを成し遂げた後のお前の姿を」


 司馬章は息を飲んだ。信じたくない。自分の復讐が間違っている事実を、それを敵から知らされるなんて。


「…俺だ」

「…どういうことだ」


 ありえない。天理を倒した後、俺は魏匠のようになるのか。


「ガハハ、それは乱晶(らんしょう)について説明しないと分からないがな。お前たち、いやほとんどの人間が乱晶を"思超(しちょう)を悪用する悪党集団"だと思っている」


「当たり前だろう!反乱以前から、一体何人の人間をッ…」


 怒り任せに物を言う司馬章を、魏匠が静止して話を続ける。


「いや、正解だ。お前の言う事が正しい。

 だが、乱晶を結成し、あらゆる事件を起こした理由を奴らは知らない…」


 乱晶の結成、思超悪用の原動力は、司馬章にとって一番不都合で、信じがたいものである。人は皆、自分の考えややり方を脳内で美化している…それに気づけるのは死ぬ間際なのかもしれない。


「それは…復讐だ」

「ふっ…復讐!?」

 司馬章は膝を落とす。自分と乱晶は、同じ思考で動いていたのか…と。


「俺たちだって、生まれながらの罪人なんかじゃねぇ。裏切られたんだ。皆、この世界に」


 まるで懺悔をするような声をしていた。

 長安に長く住む者は分かる。彼は、かつて長安の衛兵隊長だったのだ。


「俺は元々、ここの衛兵隊長だった。だが、楊国忠(ようこくちゅう)や文官の連中に毛嫌いされ、虚偽の罪をかけられて引退させられた」


 そのとき、魏匠は思い出したくもないことを思い出してしまった。


「かつて俺を慕っていた民衆(あいつら)も、俺が長安を去るとき、石を投げた」

「魏匠…」


 司馬章は涙がこぼれそうになった。自分がその立場なら、耐えられなかっただろう。


 魏匠ははじめから歪んでなんかいなかったんだ。

 大勢の人間に裏切られ、見捨てられ、居場所を失ったから、こうなったんだ。


「同情しろとも思わねぇし、それを理由に罪人になっていい訳でもねぇ。だが、それをキッカケに俺は、長安の奴らに復讐を誓ったんだ…」


 魏匠は顔を横に向ける。横には、魏匠の襲撃で崩れた民家や衛兵の死体が転がっていた。


「その結果が…これだ…」

(・・・・・・・・・・)

「他の奴らも、復讐に支配されちまってる。天理は分からんが、奴もまた、この世界を恨んでんだろう…」


 人は復讐の生き物だ。なにか被害を受けると、小さな嫌がらせで返す者もいれば、大きな戦争で集団ごと虐殺して返す者もいる。結果として、それは規模のいかんに関わらず、すべて愚かで虚しい行為である。人が愚かなのではない。復讐が人を愚かにするのだ。


 魏匠は司馬章を残念に思いながら、また口を開いた。


「お前もまた、俺たちと同じなんだよ。復讐のためだけに旅を続けて…」

「そ、それは…」


 魏匠は曇った瞳で続けた。

 いよいよ彼は死ぬのかもしれない。


「いいか、これだけは覚えておけ。たとえ相手がどんな極悪人だろうが、復讐しちまったら、ソイツはそれ以上の悪魔になる」


 司馬章は黙り込んだ。


「もう一つ聞こう。もし、復讐を捨てて旅を続けるなら、お前は何を目的とする?」


 司馬章は少し考える。魏匠の命がチリチリと消えゆく。彼が完全に死ぬ前に答えを出したかった。


 俺の目的…


 五秒経過した。いや、司馬章の体感で言えば十分もあるだろう。

 ついに司馬章は話しだした。


「俺は……」






「__________」


「あ…」


 魏匠は完全に死んだ。司馬章の真の目的は聞けなかったが、最終的に自分の罪を懺悔することができた。乱晶の仲間たちには申し訳ないが、乱晶としての魏匠も、思超家としての魏匠も、ここにて終演したのだった。最後の敵が司馬章で良かった。おかげで、本当に誇り高い人生を取り戻したのであった。


 一方で司馬章は後悔した。旅の目的を言えずに、魏匠は去る。この思いは、誰に伝えたら良いのだろうか。

 正直、彼は焦っていたため、抽象的な考えだけが頭を回っていた。


「俺は…目的を…考え直さねぇとな…」


 司馬章は空に浮かぶ満月を見た。


 魏匠の死を確認したのか、隠れていた衛兵たちが槍や剣を持って走ってきた。


「よくぞ魏匠を倒してくれた!」

「…」


 司馬章は黙ったままだ。他の衛兵が魏匠の死体を槍で突いた。


「よしお前ら!コイツの死体を八つ裂きにしろ!後日晒すぞ!」


 衛兵たちが魏匠の周りに群がろうとした瞬間だった。


「やめろ!」


 司馬章は大声で叫んだ。怒りに満ちた声、当然だ。

 彼は疲れているせいか、叫んだあとに過呼吸を始めた。

 衛兵たちは驚いている。魏匠との戦いで重傷を負った彼からはなぜ、魏匠への憎しみが感じられないのか。


 司馬章は衛兵たちに背を向け、王宮の方へ歩き出した。


「コイツも…かつては誇り高き衛兵だったこと、忘れないでください…」


 司馬章はそう言い残した。


 すべてが終わったとき、彼の頭の中で、魏匠の言葉が復唱された。同時に、かつての記憶がふと脳裏に浮かんで来た。


「本―の炎は―う。本―の炎と―、情―と、―望。憧れ―い――の、―り――もの、超―たい壁――に――る―情。――て、誰―から奪―た―、苦し―――りする――を望む――で―ない」


 明確には覚えていない。所々で、文の中の文字が欠けたように、声に穴が空く。いつ、このような言葉を受けたのかも覚えていない。


 一つだけ、覚えていることがある。この言葉を放ったのは、司馬典だということだ。

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