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BEYOND SOUL  作者: 史邦ヒスト
東章 長安編
11/63

第11話 純悪の小物

「作戦の最終確認だ。お前らだけは信じて教える価値がある」


 思超堂(しちょうどう)の隣・李光(りこう)の家に司馬章(しばしょう)孫操備(そんそうび)鄭回(ていかい)が上がる。

 四人は、広い机の上に長安(ちょうあん)の地図を広げ、筆を持ってまじまじと見つめた。


「俺たちは今夜、楊国忠(ようこくちゅう)を秘密裏にぶっ潰す!!」


楊国忠(ようこくちゅう)は王宮に籠りっぱなしと聞く。王宮侵入は免れないね」


 孫操備(そんそうび)が、始めに口を開く。


司馬章(しばしょう)、お前空飛べないのか?」

「いや…飛び方が分からない」

「おととい俺と闘った時に飛んでたろ!」

「そうかも知れないが…意識して飛べるようなものでもないんだ」

「くそ。じゃあ正面突破か」


 李光(りこう)が悔しそうに頭髪を鷲掴みにする。


「何か理由をつけて入れないものか?」


 鄭回(ていかい)は、鼻下に指を当てて呟いた。


「理由って何?」

「ほら、異国の使者とか、役人とかに変装して侵入するなんてこと、できないのかな」

「理由かぁ…反乱軍がここに迫っている最中、誰も宮中に入れたいなんて思わなそうだけど…」


 孫操備(そんそうび)は首をかしげた。確かに、何かを偽って楊国忠(ようこくちゅう)に接近するのが無難だが、反乱の最中で宮中もギスギスしている中、上手く行きそうにもない。


「…もう正面突破しかねぇだろ」

「考えてくれた鄭回(ていかい)には悪いけど、僕もそう思う。第一、僕らは思超家(しちょうか)。それも、戦いにも有用性のある思超(しちょう)が使える方だ。刀や槍を振り回すだけの兵士に負けることはない」

「…数で押されても?」

「うん。僕らは非思超家(ひしちょうか)が千人いて、ようやく負けるくらいじゃないかな」


 操備(そうび)が自信を持って答える。司馬章(しばしょう)李光(りこう)も、強く頷いていた。

 鄭回(ていかい)は彼らの自信に満ちた顔を見て、溜め息をついた。


「…あのね、俺がその"戦いにも有用性のある思超(しちょう)が使える方"じゃない方なんだよね。変に突っ込んで俺を見殺しにする気なのか?」


 嫌そうな顔、嫌そうな声。鄭回(ていかい)は急に拒絶的な態度を露わにした。

 だが、李光(りこう)は気にすることなく、堂々と笑って言った。


「嫌ならやめてもいいんだぜ」

「ちょっと李光(りこう)!」

「無理して連れてくことはねぇ」

「そうじゃなくて、作戦を共有した者を、作戦から簡単に外して良いはずがないだろ!?」


 クククと笑って、抗議する操備(そうび)をなだめる。


「良いじゃねぇか。俺たちの命の恩人だろ?疑うことはねえ」

「!?」

「で、どうするんだ。鄭回(ていかい)


 鄭回(ていかい)は平手を額に当て、笑顔で溜め息をつく。バカ正直な李光(りこう)の言葉に、呆れも感じた。

 だが、それ以上に素敵に感じた。


「…行こう。お前たちの要望も飲まずに、思超大樹(しちょうたいじゅ)へ連れていけなんて我儘(わがまま)は言えないからな」


 三人が笑顔になる。


「よし!!それでこそ鄭回(ていかい)だ!」


 鄭回(ていかい)は、少し苦笑い気味の顔を見せる。

 そのまま、地図を眺めて言った。


「ただし、俺だけ単独行動させてくれないか」

「…どうして?」

「…戦いには役立たずである俺が、戦いに役立てるようになるための時間が欲しい」

「「「…???」」」


――――――――――――――――――――――――


 作戦会議が終わった。

 鄭回(ていかい)は理由があって、一人思超堂(しちょうどう)へ向かう。

 改めて、司馬章(しばしょう)孫操備(そんそうび)李光(りこう)の三人は、楊国忠(ようこくちゅう)のいる王宮に向かって出発した。


 時は夕方。

 三人は朱雀大路を歩きながら、腹ごしらえをしていた。



「やはり長安の餅はウマイな」

「だろ?二番手の洛陽(らくよう)とは訳が違う」


 酒に酔った李光(りこう)がドヤ顔で洛陽(らくよう)出身の司馬章(しばしょう)を笑う。

 即座に、操備(そうび)からゲンコツを喰らってしまった。


「こら!出身で優越感に浸ろうとするのをやめろ!」

「イテテテ…悪かったよぉ〜。ヒック」


 李光はしゃっくりをしながら酒を飲む。司馬章(しばしょう)もそんな李光(りこう)を見て、子どものように笑う。


 三人の背後には不穏な影があった。三日前、司馬章(しばしょう)操備(そうび)を狙った盗賊たちだ。


(ドン)!あいつらです!俺たちをこんな目に遭わせたのは」


 盗賊の下っ端が彼らを指さした。その指は、悔しさと怒りで震えている。もちろん、自業自得の理不尽な怒りだ。


「よぉ〜し。かわいい子分をなぶった莫迦(バカ)に、俺様の一撃を喰らわせてやるぜ。お前らはその後、奴らから物を盗め」


 指をさした盗賊に「ドン」と呼ばれる大柄な男は、李光(りこう)の持つ酒に視線が移った。筒は黒光りし、夕日の明かりを男の目に向かって反射する。


(あの酒!なかなかの上物じゃァないか!ヘヘ、遠慮なく頂いていくぜ!)


 男は、腕よりも太い棍棒を肩に据え、少し屈んだ。他の三人も、小刀や棍棒を持ち、彼らを睨みつける。

 四人は一斉に駆け出した。狙うは上物の酒を持った金髪の男。

「ドン」と呼ばれる大柄な男は、棍棒を金髪の男…李光(りこう)に振り下ろした。

 だが、瞬時に誰かが棍棒を掴んだ。


「何ィ!?」


 棍棒は司馬章(しばしょう)の指先から瞬時に出た炎で、焦げた黒い点が五つ刻まれている。咄嗟に彼の手を男は振り払うと、棍棒は煙を空へ上げた。

 四人の盗賊は、二歩下がって武器を構える。

 司馬章(しばしょう)は大柄な男の後ろにいた者たちを見て、男が何者かを知ったように言った。


「お前、三日前に俺たちを襲った盗賊の頭だな」


 その男はニヤリと笑って答えた。


「その通り。この俺様は、長安(ちょうあん)一の盗賊!虞呑(ぐどん)さまだぁーッ!」


 虞呑(ぐどん)は、左手の親指を自身に向け、派手な声で自己紹介する。自信過剰な、まさに盗賊といった風貌を見せつけ、司馬章(しばしょう)ら三人を威圧するつもりであるようだ。

 だが、彼らは恐れ(おのの)くどころか、感情の一つも見せない。ただただ冷たい目で、虞呑(ぐどん)を見つめていた。


「…ば、馬鹿にしやがってよおぉぉお!」


 それを舐められていると解釈したのか、突然激昂し、

 もう片方の手にあった刃物で虞呑(ぐどん)司馬章(しばしょう)を刺そうとした。


「盗賊の恐ろしさを知らねぇガキに良い薬だ!!これからテメェはグシャグシャだ!あぁ楽しみだぜぇ!」


 刃物を持っているだけで高らかに笑う。背後の三人も、司馬章(しばしょう)が斬られるのを楽しみに身体を弾ませていた。

 対する思超家(しちょうか)の三人は呆れ顔で虞呑(ぐどん)を見たままだ。睨みさえもしない。


操備(そうび)、いいよな?」

「うん。手加減しなよ」


 興奮した虞呑(ぐどん)が刃物を振り下ろす。


「あぁ…分かった」


「死ねぇぇええ!!」


 虞呑(ぐどん)の刃をかわし、司馬章(しばしょう)は彼の首を掴んだ。


「よっ…と」


 司馬章(しばしょう)の手の平から大きな炎が吹き、瞬く間に虞呑を火ダルマにした。烈火は彼の身体を薄く包み、パラパラと小さな音を立てて燃える。


(ドン)ー!!」


 炎が消え、部下たちが虞呑に駆け寄った。虞呑(ぐどん)の身体は黒焦げにもならず、彼の身体は火で一瞬炙っただけの生肉のように、あまり変色しないまま倒れていた。


「クソっ、よくも(ドン)を!覚えてろよ!」


 三人の盗賊が、倒れた虞呑(ぐどん)を抱えて立ち上がる。

 司馬章(しばしょう)は逃げゆく盗賊たちにやれやれといわんばかりの表情で言い放った。


「覚えるハズがないだろう。お前たちは…純悪の小物だ…」


 司馬章(しばしょう)の冷たい声は、逃げゆく三人の盗賊の耳には届かなかった。

 だが、虞呑(ぐどん)には届いた。虞呑(ぐどん)はその言葉を聞くと、目を覚まし、部下たちを振り切って立ち上がった。


「待て!俺たちは"純悪"という言葉は好きだが、"小物"っつー言葉は気に入らねぇ!撤回しやがれ!!」


 虞呑(ぐどん)は敗北したことを忘れ、怒り任せに戻ろうとした。


「お前達は、この長安(ちょうあん)で略奪を繰り返してきたのか。人の財産を奪うことでしか、楽しみが得られないのか」


 司馬章(しばしょう)にしては冷たい言葉だった。だが、洛陽(らくよう)ですべてを奪われた彼なら当然の言葉だ。


「あぁ!そうだよ!俺らに正義感なんてクソマジメな感情はねェ!そんな俺ら自身が楽しくて堪らねぇんだよ!」


 つくづく呆れた連中。反省の色は見られない。

 だが、司馬章(しばしょう)はそこに何かの熱を感じた。

 全身を燃やされても(なお)、立ち向かおうとする虞呑(ぐどん)と、彼を制止して逃げることを促す三人の部下。盗賊なら、頭を見殺しにしても逃げれば良いのに、それをしない。部下を投げ飛ばしてまで抵抗すれば良いのに、それをしない。

 司馬章(しばしょう)は拳を開き、そっと脱力して言った。


「ならば、何度でもこの俺がお前たちを屈伏させるよ。お前たちが俺を殺せるまで」


 司馬章(しばしょう)は明るい顔を取り戻しながら再び前へ進んだ。あとを追うように、操備(そうび)李光(りこう)も歩いた。


「おい待てぇ!逃げんのか!?」

「もう決着はついたんだ。負けっぱなしが嫌なら、死ぬ気で追いかけろ」

「クソッ!!じゃ、じゃあせめて、名前だけ置いていけ!」


 虞呑(ぐどん)は叫びに、司馬章は答えた。


「俺は司馬章(しばしょう)仙人(せんにん)を目指す旅人だ!」


 虞呑(ぐどん)の視界から見えなくなるほど、司馬章たちは遠く離れた。


(ドン)…ボロ負けッスね…」

「おい!(ドン)の前でそんなことっ」


 虞呑(ぐどん)は敗北を認めた部下の言葉を擁護した。


「いや、お前の言うとおりだ」


 虞呑は空を見上げる。真っ赤な夕日が司馬章たちの方向へと動いていた。


「なぁ、お前ら」

「何でしょう」

「俺様たちも、旅に出るぞ。この長安(ちょうあん)でいつまでも莫迦(バカ)やってる純悪の小物では、ダメなんだよぉ…」


 虞呑(ぐどん)たちは、司馬章と真逆の方向へ歩き始めた。


________________________


「なんで帰り際に挑発なんてしたんだよ」


 北へ歩き続ける中、李光(りこう)司馬章(しばしょう)に問う。


「なんでだろうな。アイツらがただの盗賊なら、あんなことは言わなかった」

「いや、ただの盗賊だろ」

「そうだけど…このまま、盗賊のままで終わらない気がしてきた」


 孫操備が言葉をつけ足す。


「中華が三国に分かれた時代、諸葛亮(しょかつりょう)という軍師がいてね。南方の荒くれ者・孟獲(もうかく)を七度戦で破って、そのたびに捕らえて、解放したんだ。それで、八度目に孟獲(もうかく)が完全に諸葛亮(しょかつりょう)に従ったという逸話がある。さて、司馬章(しばしょう)はかの諸葛亮(しょかつりょう)のように、あの盗賊たちを屈伏させることはできるのだろうか」

「俺が諸葛亮(しょかつりょう)!?」

「ハハ、面白くなってきたじゃない」


 三人はそれから、北へしばらく歩いた。日は半分沈みかけ、夜空が混み上がる。


「ところで、宮城まであと、どのくらいだ?」


 李光(りこう)が遠くを見ながら訊く。


「夕日の半分が城壁の奥に隠れた。おそらく、夕日のすべてが隠れるまでには到着するよ」


 操備(そうび)はいつになく真剣な目をして答えた。ここから先は作戦の領域。


「いよいよ始まるのか…」


 司馬章(しばしょう)も、頭の(かんむり)の紐を締め直した。

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