第11話 純悪の小物
「作戦の最終確認だ。お前らだけは信じて教える価値がある」
思超堂の隣・李光の家に司馬章、孫操備、鄭回が上がる。
四人は、広い机の上に長安の地図を広げ、筆を持ってまじまじと見つめた。
「俺たちは今夜、楊国忠を秘密裏にぶっ潰す!!」
「楊国忠は王宮に籠りっぱなしと聞く。王宮侵入は免れないね」
孫操備が、始めに口を開く。
「司馬章、お前空飛べないのか?」
「いや…飛び方が分からない」
「おととい俺と闘った時に飛んでたろ!」
「そうかも知れないが…意識して飛べるようなものでもないんだ」
「くそ。じゃあ正面突破か」
李光が悔しそうに頭髪を鷲掴みにする。
「何か理由をつけて入れないものか?」
鄭回は、鼻下に指を当てて呟いた。
「理由って何?」
「ほら、異国の使者とか、役人とかに変装して侵入するなんてこと、できないのかな」
「理由かぁ…反乱軍がここに迫っている最中、誰も宮中に入れたいなんて思わなそうだけど…」
孫操備は首をかしげた。確かに、何かを偽って楊国忠に接近するのが無難だが、反乱の最中で宮中もギスギスしている中、上手く行きそうにもない。
「…もう正面突破しかねぇだろ」
「考えてくれた鄭回には悪いけど、僕もそう思う。第一、僕らは思超家。それも、戦いにも有用性のある思超が使える方だ。刀や槍を振り回すだけの兵士に負けることはない」
「…数で押されても?」
「うん。僕らは非思超家が千人いて、ようやく負けるくらいじゃないかな」
操備が自信を持って答える。司馬章と李光も、強く頷いていた。
鄭回は彼らの自信に満ちた顔を見て、溜め息をついた。
「…あのね、俺がその"戦いにも有用性のある思超が使える方"じゃない方なんだよね。変に突っ込んで俺を見殺しにする気なのか?」
嫌そうな顔、嫌そうな声。鄭回は急に拒絶的な態度を露わにした。
だが、李光は気にすることなく、堂々と笑って言った。
「嫌ならやめてもいいんだぜ」
「ちょっと李光!」
「無理して連れてくことはねぇ」
「そうじゃなくて、作戦を共有した者を、作戦から簡単に外して良いはずがないだろ!?」
クククと笑って、抗議する操備をなだめる。
「良いじゃねぇか。俺たちの命の恩人だろ?疑うことはねえ」
「!?」
「で、どうするんだ。鄭回」
鄭回は平手を額に当て、笑顔で溜め息をつく。バカ正直な李光の言葉に、呆れも感じた。
だが、それ以上に素敵に感じた。
「…行こう。お前たちの要望も飲まずに、思超大樹へ連れていけなんて我儘は言えないからな」
三人が笑顔になる。
「よし!!それでこそ鄭回だ!」
鄭回は、少し苦笑い気味の顔を見せる。
そのまま、地図を眺めて言った。
「ただし、俺だけ単独行動させてくれないか」
「…どうして?」
「…戦いには役立たずである俺が、戦いに役立てるようになるための時間が欲しい」
「「「…???」」」
――――――――――――――――――――――――
作戦会議が終わった。
鄭回は理由があって、一人思超堂へ向かう。
改めて、司馬章、孫操備、李光の三人は、楊国忠のいる王宮に向かって出発した。
時は夕方。
三人は朱雀大路を歩きながら、腹ごしらえをしていた。
「やはり長安の餅はウマイな」
「だろ?二番手の洛陽とは訳が違う」
酒に酔った李光がドヤ顔で洛陽出身の司馬章を笑う。
即座に、操備からゲンコツを喰らってしまった。
「こら!出身で優越感に浸ろうとするのをやめろ!」
「イテテテ…悪かったよぉ〜。ヒック」
李光はしゃっくりをしながら酒を飲む。司馬章もそんな李光を見て、子どものように笑う。
三人の背後には不穏な影があった。三日前、司馬章と操備を狙った盗賊たちだ。
「呑!あいつらです!俺たちをこんな目に遭わせたのは」
盗賊の下っ端が彼らを指さした。その指は、悔しさと怒りで震えている。もちろん、自業自得の理不尽な怒りだ。
「よぉ〜し。かわいい子分をなぶった莫迦に、俺様の一撃を喰らわせてやるぜ。お前らはその後、奴らから物を盗め」
指をさした盗賊に「ドン」と呼ばれる大柄な男は、李光の持つ酒に視線が移った。筒は黒光りし、夕日の明かりを男の目に向かって反射する。
(あの酒!なかなかの上物じゃァないか!ヘヘ、遠慮なく頂いていくぜ!)
男は、腕よりも太い棍棒を肩に据え、少し屈んだ。他の三人も、小刀や棍棒を持ち、彼らを睨みつける。
四人は一斉に駆け出した。狙うは上物の酒を持った金髪の男。
「ドン」と呼ばれる大柄な男は、棍棒を金髪の男…李光に振り下ろした。
だが、瞬時に誰かが棍棒を掴んだ。
「何ィ!?」
棍棒は司馬章の指先から瞬時に出た炎で、焦げた黒い点が五つ刻まれている。咄嗟に彼の手を男は振り払うと、棍棒は煙を空へ上げた。
四人の盗賊は、二歩下がって武器を構える。
司馬章は大柄な男の後ろにいた者たちを見て、男が何者かを知ったように言った。
「お前、三日前に俺たちを襲った盗賊の頭だな」
その男はニヤリと笑って答えた。
「その通り。この俺様は、長安一の盗賊!虞呑さまだぁーッ!」
虞呑は、左手の親指を自身に向け、派手な声で自己紹介する。自信過剰な、まさに盗賊といった風貌を見せつけ、司馬章ら三人を威圧するつもりであるようだ。
だが、彼らは恐れ慄くどころか、感情の一つも見せない。ただただ冷たい目で、虞呑を見つめていた。
「…ば、馬鹿にしやがってよおぉぉお!」
それを舐められていると解釈したのか、突然激昂し、
もう片方の手にあった刃物で虞呑は司馬章を刺そうとした。
「盗賊の恐ろしさを知らねぇガキに良い薬だ!!これからテメェはグシャグシャだ!あぁ楽しみだぜぇ!」
刃物を持っているだけで高らかに笑う。背後の三人も、司馬章が斬られるのを楽しみに身体を弾ませていた。
対する思超家の三人は呆れ顔で虞呑を見たままだ。睨みさえもしない。
「操備、いいよな?」
「うん。手加減しなよ」
興奮した虞呑が刃物を振り下ろす。
「あぁ…分かった」
「死ねぇぇええ!!」
虞呑の刃をかわし、司馬章は彼の首を掴んだ。
「よっ…と」
司馬章の手の平から大きな炎が吹き、瞬く間に虞呑を火ダルマにした。烈火は彼の身体を薄く包み、パラパラと小さな音を立てて燃える。
「呑ー!!」
炎が消え、部下たちが虞呑に駆け寄った。虞呑の身体は黒焦げにもならず、彼の身体は火で一瞬炙っただけの生肉のように、あまり変色しないまま倒れていた。
「クソっ、よくも呑を!覚えてろよ!」
三人の盗賊が、倒れた虞呑を抱えて立ち上がる。
司馬章は逃げゆく盗賊たちにやれやれといわんばかりの表情で言い放った。
「覚えるハズがないだろう。お前たちは…純悪の小物だ…」
司馬章の冷たい声は、逃げゆく三人の盗賊の耳には届かなかった。
だが、虞呑には届いた。虞呑はその言葉を聞くと、目を覚まし、部下たちを振り切って立ち上がった。
「待て!俺たちは"純悪"という言葉は好きだが、"小物"っつー言葉は気に入らねぇ!撤回しやがれ!!」
虞呑は敗北したことを忘れ、怒り任せに戻ろうとした。
「お前達は、この長安で略奪を繰り返してきたのか。人の財産を奪うことでしか、楽しみが得られないのか」
司馬章にしては冷たい言葉だった。だが、洛陽ですべてを奪われた彼なら当然の言葉だ。
「あぁ!そうだよ!俺らに正義感なんてクソマジメな感情はねェ!そんな俺ら自身が楽しくて堪らねぇんだよ!」
つくづく呆れた連中。反省の色は見られない。
だが、司馬章はそこに何かの熱を感じた。
全身を燃やされても尚、立ち向かおうとする虞呑と、彼を制止して逃げることを促す三人の部下。盗賊なら、頭を見殺しにしても逃げれば良いのに、それをしない。部下を投げ飛ばしてまで抵抗すれば良いのに、それをしない。
司馬章は拳を開き、そっと脱力して言った。
「ならば、何度でもこの俺がお前たちを屈伏させるよ。お前たちが俺を殺せるまで」
司馬章は明るい顔を取り戻しながら再び前へ進んだ。あとを追うように、操備と李光も歩いた。
「おい待てぇ!逃げんのか!?」
「もう決着はついたんだ。負けっぱなしが嫌なら、死ぬ気で追いかけろ」
「クソッ!!じゃ、じゃあせめて、名前だけ置いていけ!」
虞呑は叫びに、司馬章は答えた。
「俺は司馬章。仙人を目指す旅人だ!」
虞呑の視界から見えなくなるほど、司馬章たちは遠く離れた。
「呑…ボロ負けッスね…」
「おい!呑の前でそんなことっ」
虞呑は敗北を認めた部下の言葉を擁護した。
「いや、お前の言うとおりだ」
虞呑は空を見上げる。真っ赤な夕日が司馬章たちの方向へと動いていた。
「なぁ、お前ら」
「何でしょう」
「俺様たちも、旅に出るぞ。この長安でいつまでも莫迦やってる純悪の小物では、ダメなんだよぉ…」
虞呑たちは、司馬章と真逆の方向へ歩き始めた。
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「なんで帰り際に挑発なんてしたんだよ」
北へ歩き続ける中、李光が司馬章に問う。
「なんでだろうな。アイツらがただの盗賊なら、あんなことは言わなかった」
「いや、ただの盗賊だろ」
「そうだけど…このまま、盗賊のままで終わらない気がしてきた」
孫操備が言葉をつけ足す。
「中華が三国に分かれた時代、諸葛亮という軍師がいてね。南方の荒くれ者・孟獲を七度戦で破って、そのたびに捕らえて、解放したんだ。それで、八度目に孟獲が完全に諸葛亮に従ったという逸話がある。さて、司馬章はかの諸葛亮のように、あの盗賊たちを屈伏させることはできるのだろうか」
「俺が諸葛亮!?」
「ハハ、面白くなってきたじゃない」
三人はそれから、北へしばらく歩いた。日は半分沈みかけ、夜空が混み上がる。
「ところで、宮城まであと、どのくらいだ?」
李光が遠くを見ながら訊く。
「夕日の半分が城壁の奥に隠れた。おそらく、夕日のすべてが隠れるまでには到着するよ」
操備はいつになく真剣な目をして答えた。ここから先は作戦の領域。
「いよいよ始まるのか…」
司馬章も、頭の冠の紐を締め直した。




