第10話 血医学者
西暦756年 水無月未明。
王明との戦いで惨敗を喫した司馬章、孫操備、李光の元に、1人の青年が現れた。
「君は…?」
「俺は鄭回。この近くに住む医者兼思超家だ」
鄭回はしゃがみ、孫操備と李光を持ち上げて医療室に運んだ。
「えーっと…司馬、章?だっけか?悪いがアンタは歩いて医療室に来てくれ」
(えー、マジかぁ)
司馬章は残念そうに立ち上がった。自分に意識はあるが、先程の戦いで重症を追っており、歩くのも大変だったからだ。
司馬章はヨロヨロと医療室に向かって歩き出した。
思超堂 医療室
高い板に敷かれた布団の上に、孫操備と李光が置かれた。医療室には、血が入った壺がたくさん並んでいた。
「これは、ひどい毒だ」
鄭回は手元の壺を取り出した。少し遅れて、司馬章が医療室に入って来た。
「さっきは悪かった。さ、そこに寝てくれ」
司馬章はその通りに布団に乗る。
「アンタは意識を取り戻せるほどの毒だったが、この二人はそれ以上の毒を食らっている。まずはこの二人から治癒させて貰うよ」
「頼んだ…」
鄭回は壺の中の血に、自分の血を混ぜた。十分に掻き混ぜると、その血を孫操備に飲ませた。
「それは…思超か?」
司馬章が聞く。
「あぁ。俺の思超は"血医学"。俺は特殊な血を持っていて、それを操れるんだ」
鄭回は、自身の思超について説明する。
3分後、孫操備が目を覚ました。
「え、凄いよ!!さっきまでクラクラしてたのに、元気になったどころか、エネルギーに満ち溢れてる気がする!!」
孫操備は、普段はそこそこクールな人物であるが、あり得ないようなはしゃぎ方をしている。
「げ、元気になり過ぎじゃあないのか…」
司馬章は孫操備の珍しい姿に思わず開いた口が塞がらない。
[血医学]・・・鄭回の書いた思超書名及び司質式思超。身体の中を特殊な血が巡っている。その血は、凝固させることで、丈夫な塊となる。また、普通の血よりも多くの酸素と結合するため、常に細胞に多くの酸素を与えることができる。この血は、他人に流すことで、傷の修復や解毒が可能なので、万能薬としても応用可能。
「次は李光だ」
鄭回は、自分の血を直接流し込んだ。
「やはり、即回復させるためには他の血と混ぜないほうがいいな」
鄭回の血は他の血と混ぜると、治癒能力が薄まるため、回復には時間がかかる。では何故、彼は直接血を流すことが少ないのか。それは彼の血が貴重だからである。
「最近、血の量をケチったからな。ホントは操備もすぐに回復するはずだった」
鄭回は、輸血をケチったことを後悔すると、壺の中の血を飲み始めた。
「何してるんだ!?」
司馬章と孫操備はドン引きした。
「いや、血の補充だよ。誰のか分からない血でも、体内であっという間に特殊な血に変化させてくれるんだ」
詳しい仕組みは不明なところが多いが、生物学上、かなり便利な仕組みである。孫操備の半分ほどの時間で李光が回復した。
「よぉぉーーしっ!李光様の復活だぜー!」
李光は孫操備以上にハイになっている。
「もう操備はもとの冷静な操備に戻っただろう。李光もあと僅かでもとに戻るさ」
鄭回は李光を見つめる。しばらくすると、李光がハッと、我に返った。
「今、何が起こった?王明は?」
李光がキョロキョロと当たりを見渡す。
「李光、俺たちは王明に敗れた。でも、この鄭回って医者が俺たちを救ってくれたんだ」
司馬章が、李光と、ついでに孫操備に説明した。
「そうか…例を言う」
孫操備と李光は鄭回と握手を交わした。
「鄭回、君は何で僕たちを助けてくれたのか?王明が去ったとはいえ、あの場所は危険なハズだ」
鄭回は答えた。
「俺がタダでアンタらを助けるとでも思っていたのか?たっぷりと恩は返してもらうぜ」
鄭回は左手でお金のポーズをした。
「ヒエエエ!!ヤバい医者だぁぁ!!」
お金を取り立てようとする鄭回に三人は逃げようとする。
「ハッハッハッ、嘘だよ。でも、代わりに協力してほしいことがあるんだ」
(なんだ…お金は取られないのか…)
三人はホッとした。
「で、その協力してほしいことは?」
李光が恐る恐る尋ねた。
「俺は"智の大樹"を一目見るために故郷を出て旅をしているのだが、それが河南道にあることが分かったんだ。しかし、道中は危なくてね、アンタらに護衛してもらいながら、安全に"智の大樹"に辿り着きたいのさ」
この三人の旅の目的は天上王真理公子の打倒だ。鄭回とは乖離がある。
「その"智の大樹"って何だ?」
司馬章が聞いた。
「"智の大樹"…それは三千年も昔、神が気まぐれで世界の各地に植えられたと伝わる五本の木のこと。五本の木はそれぞれの式の思超を生み出すキッカケとなる物質を生み出したとされるんだ。俺が探しているのは"智の大樹−司質"」司質式の思超は、その木が世界に放つ見えない物質が元で発生するとも言われる」
いわば、司質式の祖となる大木である。木が蒸散で気体を放出するように、この大樹が思超に必要なエネルギーを放出していると解釈できる。
「そして、その大樹の幹のカケラを栞のように思超書に挟めば、思超が一段階高度なものになるらしい。俺はこの思超を進化させるために向かうんだ」
司馬章と李光は彼の発言に大きく反応した。二人は司質式思超家だ。この者について行けば、自分たちも強くなれるかも…。そう信じた彼らは孫操備のことなどお構いなしに手を挙げた。
「ハイッ!ハイッ!その話乗った!協力するッ!智の大樹!!俺も見つけたい!!」
二人の息はピッタリだった。数学式思超家の孫操備はヤレヤレとため息をついた。
「まぁ、悪くない。長安を出たら、早速向かうか」
孫操備はこの三人の気持ちを汲み取り、賛成を示した。
「では、決まりだな。今日からこの鄭回も旅の一員だ!」
鄭回はビシッと、宣言した。
四人は思超堂を出て、旅を再開した。
「……ってあれ?鄭回、そっちは違う道だぞ」
三人と鄭回は別々の道を向いていた。
「あぁ、悪いけど、俺は用事があってね。一ヶ月は単独行動させてもらうよ」
「え、もう別れるのかよ」
李光が困った顔をする。
「アンタらも、この長安で用事があるだろう?お互い忙しいんだから、しばらくは別々で動こう」
そう言って、鄭回はさっさと行ってしまった。
「変なやつ…」
孫操備も眉をひそめる。しかし、司馬章はニコニコしながら手を振った。
「鄭回ー!!1ヶ月後、ここでまた会おーう!!」
鄭回は振り向かなかったが、手を真っ直ぐに挙げた。
「応っ!!」




