【短編】やっぱり、君の瞳に恋してる!〜ピンクの瞳に魅了魔法の力が宿る悪役令嬢は、聖女に殺される運命をなんとか回避したい〜
「私ね、前世の記憶があるんだよねー」
ノアの目の前に座るラズベリーが、遠くを見ながら何気ない話のように言った。
ゆるくウェーブをした長い黒髪にピンクの瞳をした彼女は、ブランジェ侯爵家の長女、ラズベリー。
ノアの幼馴染であり、同じ魔法学園に3年間通っている学友だった。
ここは街のとあるカフェ。
店の奥まった所にある2人が座っている席は、壁に囲まれて半個室みたいになっており、内緒話するには絶好の場所だった。
そこにラズベリーが『相談したいことがある』と言って、ノアを呼び出したのだった。
「はぁ?」
ノアは思わず身を乗り出して、ラズベリーの額に手を当てた。
赤髪赤目の高魔力保持者である彼は、ランドール侯爵家の次男ノア。
魔法学園での成績は1番で、卒業後は他国に短期留学することが決まっていた。
2人は幼いころから、いがみ合いながらも、お互いを切磋琢磨し合っていた仲だった。
そのノアが今、珍しく心配した目でラズベリーを見ていた。
「何してるの??」
額を触られて少し赤くなったラズベリーが、きょとんとノアを見ていた。
「ラズに熱があるのかと思って」
ノアはラズベリーのことを昔からのあだ名〝ラズ〟と呼んでいた。
「ないよ!」
タジタジになりながらもラズベリーは目をつぶって叫ぶ。
そんな元気な様子を見たノアは、手を離して再び席についた。
ーーーーーー
少し落ち着いたラズベリーが、グラスに入った飲み物を一口飲んでから、また何気ないように言った。
「それとさ、私泣いちゃうと、男性なら誰かれ構わず魅了魔法をかけちゃうんだよねー。このピンクの瞳が原因みたい」
「……何か悪いもんでも食べたのか? それとも誰かに混乱の魔法でもかけられてるのか??」
「かけられてないよ! 真剣に聞いてくれてる?」
ラズベリーが眉をひそめてむくれた。
そして目線を横に向け、口を尖らせて言った。
「こんなこと、ノアにしか相談出来ないのに……」
「え? 今日の相談ってこの話なのか? 俺はてっきり卒業も近いから……」
ノアが勝手に頬を薄っすら赤く染める。
人目のつかないこの場所に『相談したいことがある』と意味深に呼び出されたノアは、告白イベントかと勘違いしていた。
そんなノアの様子には気付いてないラズベリーは、話を続けた。
「実はこの世界は、私が前世でした乙女ゲームの舞台なの」
「ゲーム?」
「物語みたいなものかな? だから私のこれからの運命を知ってるんだけど……あ、私ってゲームでは悪役令嬢なんだ」
「…………」
「それで私たちの卒業式にフェリックス王子が来るでしょ? その時もし私が、王子に魅了魔法をかけてしまったら……」
「しまったら?」
「フェリックス王子の妃に選ばれちゃうの!」
ラズベリーが鼻息荒く叫んだ。
「……願望?」
「違うってば! でもそうなると……最後に聖女セシリアに殺されるシナリオなんだよね……それだけはどうしても避けたいっ!!」
「聖女? 殺される?」
「うん。私たちの卒業式の数日後に、セシリアっていう一般市民の女の子が、聖女の力に目覚めるの。それで王宮に召し上げられた彼女は、フェリックス王子を好きになってしまうんだ。けれど悪役令嬢であるラズベリーが邪魔をする……邪魔になるの間違いかも?」
「…………」
ノアは内心、非常に困っていた。
目の前の幼馴染は大丈夫なのか?
という恐怖心からだった。
なんかよく分からない話を永遠にしだすようになったラズベリーは、恐怖でしかない。
俺と喋っているのは、本当にラズか?
そして俺はどんな反応をしたら正解なんだ??
ノアは「ふーん」とか「へー」と言いながら、冷や汗をかいていた。
「ーーーーってことなの。……聞いてた?」
ラズベリーが怪訝な表情を向けていた。
「あ、あぁ……でも、その魅了魔法を解けばいいんじゃ……」
「……それが、超神聖賢者にならないと解けないんだ」
「…………は?」
「だから、超神聖賢者にならないとーー」
「待て待て待て! なんだそのダサい役職名は!? あ、思い出した! ラズが魔法学園の1年生の時に、自己紹介で言ってたやつだろ。『将来なりたいものはーー』って。頭おかしい人だってみんなに引かれてたやつ!!」
「ひっど!! ちゃんとした魔導師の役職なんだよ! ノアが今度留学するディアジェラス国でも、それになれるカリキュラムがあるし! 私が行きたかったのにノアがその枠を取ったから……超神聖賢者になれないじゃない!!」
そこに店員が来た。
2人が余りにもうるさいので注意をしに来たのだった。
「あ、すみません」
「はい。気をつけます……」
ラズベリーとノアは揃ってしょんぼりした。
それを見た店員が、苦笑をしながら去っていった。
「……ラズは今までに魅了魔法をかけたことがあるのか?」
ノアはそう質問すると、したり顔をした。
ラズベリーの話を疑ってるので、相手を刺激せずに上手いこと真意を探る質問が出来たと、満足していたからだった。
そんなノアを気にせず、ラズベリーは返事をする。
「うん。何人かにかけちゃったことあるよ。魔法学園ではアーヴァイン先輩にかけちゃって……」
「え? 2年生の時にラズといい感じだったやつか? あれは魔法で??」
「違うし。それに別に付き合ったりとかしてないよ。アーヴァイン先輩が卒業する前日に、あくびして涙が出ちゃったんだよね。その時に慌てて解いたから、先輩は卒業式に出れなくなって……悪いことしたなぁ」
ラズベリーが頬杖をついてため息をついた。
「ん? 解いた?」
ノアが思わず首をかしげた。
先輩が卒業式に出れなくなったくだりは、どうでもよかった。
「そう。解いたというか正気に戻したと言うか……物理で」
ラズベリーが頬杖をついてない方の手で拳を作って、目の前に掲げた。
彼女は殴って魅了魔法を解除したのだった。
そしてそれを、ラズベリーは何故か自慢げに報告してくる。
「…………」
「さすがに王子様を殴るわけには、いかないしなぁ……」
ラズベリーが遠い目をした。
「まぁでも先輩と付き合ってなかったんだな」
「……なんでニヤニヤしてるの?」
「別に?」
「??」
いつまでも笑っているノアを、ラズベリーが不思議そうに見ていた。
「……ん? そう言えば、俺らが3年になった時に、ことあるごとにツッコミにかこつけて俺を殴ろうとしなかったか? 俺、半年ぐらいラズをあえて避けてたし……」
「あー。そんな時期もあったねぇ。それはほら、ノアに魅力魔法がもしかかってたら嫌だから、念のために解いておこうと思って」
「……全然かかってないし、念のためにで殴られそうになっていたのか。俺は」
「本当? ほら私にムラッとしたり、押し倒したいとか思った時はなかった??」
ノアは『何、この質問……』と思いながら、眉間に皺を寄せて必死にニヤけるのを我慢した。
そして出来るだけ神妙な顔をして「…………ない」と言葉を絞り出した。
「じゃあ、かかったことは無いんだねー」
ラズベリーがもう興味を失ったように、ほけーっとしながらグラスに口をつけていた。
ノアは『かかってないけど、あるって答えたら、どんな反応したんだろ?』と思いながらも、違うことを聞いた。
「解除はなんとか出来るんだな」
「穏便じゃないけどね。殴るたびに両親が揉み消してくれたから、心苦しくって……」
「さすがラズに激甘な両親だな。じゃぁ俺にかけてみてくれよ。ディアジェラス国に留学出来るのは、俺がスペシャル聖属性だからもあるんだぞ。闇属性の魅了魔法は効かない気がする」
ノアがニヤッと笑った。
「……留学出来ない私に嫌味? どうせ私はスペシャル闇属性よ」
ラズベリーはそう言いながらも、ノアの隣に自分の椅子を移動させて真横に座った。
「え? 何?」
「何ってお望み通り、今から魅了魔法をかけるよ。ここだと店員さんから見えないし。もし泣いてる私が見えたら、駆け付けてきちゃうでしょ?」
ラズベリーが首をかしげたあとに「店員さん殴るのは流石に可哀想だよね」と付け足していた。
「……今から泣くのか?」
「そうだよ。涙がでるまで目をずっと開けとくから、見ててね」
ラズベリーはノアの目を見つめたまま、動かなくなった。
ノアは『俺が見とく必要ある? 涙が出そうになったら呼んでくれれば……』と思いながらも、そのピンクの瞳をジッと見つめてしまっていた。
「…………」
沈黙したままずっと見つめ合っているので、ラズベリーが頬を赤く染めた。
けれど彼女は照れながらも涙を出すのに一生懸命で、目を逸らすことはしなかった。
そんなラズベリーに見つめられたノアが勘違いしだす。
あれ?
これってそういう振り?
ラズもなんか赤くなってるし……
ノアはラズベリーの瞳に惹き込まれたかのように顔を近付けて、唇にキスをした。
そして顔を離して、再びラズベリーの瞳を覗き込む。
「〜〜〜〜っ!!」
そこには、顔を真っ赤にさせて怒っているラズベリーがいた。
「あ、違った?」
「違ったって何? 私、まだ泣いてないんだけど!? 魅了魔法にかかったんじゃないよね!?」
「ラズ、落ち着け。うるさくすると店員がまた来るぞ」
「!! 冷静なのも、なんか腹立つ〜」
ラズベリーが半泣きになりながらも、目をギュッと閉じた。
やり場のない怒りを我慢するためだった。
すると目尻に涙が浮かんだ。
すぐさま目を開いてノアを睨んだ。
「……ごめんって。そういう雰囲気だと思ったから……」
ノアは気まずそうにフイッと顔をそらした。
「ムードもへったくれも無かったよね? あれ? 魅了魔法が効いてない!?」
ラズベリーは思わず目尻に触れた。
そこを拭った指先は、確かに濡れていた。
「……本当に魅了魔法をかけれるのか?」
「かけれるよ! 店員さんで試そうか?」
「いや、いいよ。殴るの可哀想って言ってただろ?」
「可哀想なのは私じゃない!? 何でいきなりキスしたの!?」
「だからぁ、ラズがして欲しいのかと思って」
「……もっと真剣に聞いてくれる幼馴染が良かったー!!」
思いっきり叫んだラズベリーは、この後また店員さんに注意されるのだった。
**===========**
卒業式当日。
式自体は、つつがなく終了し、魔法学園の広いホールとそこから続く中庭で、卒業パーティが行われていた。
「いたいた。おーいラズー!」
ラズベリーは隠れるように会場の端っこにいた。
柔らかい春の陽射しの中、ちょうど影になっている中庭の席で、1人こっそりとお菓子を食べている。
ノアは、手を振りながら近付いていった。
名前を呼んだ瞬間、彼女がビクッとしたようにも見えた。
「何怯えてるんだよ?」
「だってノア目立つんだもん。今日は私、目立ちたくないから……」
ラズベリーがシュンとしながらも、お菓子をまた1つ頬張ると、いったんフォークを置いた。
「折角の卒業パーティで着飾ってるのに、もったい無いな」
ノアがそんなラズベリーの隣の席に、ドカッと座った。
ラズベリーもノアもパーティなので、煌びやかな衣装に身を包んでいた。
ノアがフォークでお皿の上のお菓子を刺して、口へと運ぶ。
「フェリックス王子が来てたけど、すぐに呼ばれてどっかにいったし、気にし過ぎじゃないか?」
「……だといいんだけど。今、私の取って来たお菓子を勝手に食べたよね?」
「それよりさぁ、俺もうちょっとしたら短期留学行くだろ? それから帰ってきたら俺とーー」
ノアが続けて何か言おうとした時だった。
『ザワザワ……』
会場がざわつきだした。
生徒たちが口々に喋る。
「え? あれフェリックス王子じゃない?」
「本当だ。こんなに近くに!?」
「キャー! カッコいい!!」
おもに女子からの黄色い悲鳴があがった。
見ると、呼ばれていた用事が終わったのか、フェリックス王子がパーティ会場に来ていた。
周りの人々に笑顔で応じながら、スタスタと優雅に歩いている。
そしてその足は、真っ直ぐラズベリーたちに向いていた。
「え? 何で??」
ラズベリーが困惑した声を発した。
その時には、フェリックス王子がもう2人の前に立っていた。
「「!!」」
ラズベリーとノアは慌てて立ち上がり、礼の姿勢をとった。
「今日はそんなに畏まらなくていいから、顔をあげて」
穏やかな声が聞こえたので、2人ともゆるゆると顔を上げた。
するとそこには、優しく笑っている麗しいフェリックス王子の姿があった。
サラサラの金髪に目が覚めるような青い瞳。
端正な顔立ちに優雅な身のこなし。
微笑む姿は眩しすぎて、目を閉じてしまいそうだった。
ラズベリーは思わずポーッと見惚れていた。
その様子を隣で見ているノアが、目を丸くしているのも気にせずに。
フェリックス王子が微笑んだまま口を開く。
「卒業式で主席の挨拶をしていたノア・ランドールくんだよね? ディアジェラス国に短期留学にも行くそうだし、同い年なのに凄いなって思って。ぜひ話してみたかったんだ」
「え、あ、ありがとうございます」
ノアはペコリと頭を下げた。
顔を上げると睨んでいるラズベリーの視線を感じた。
チラリと目を合わせた瞬間、ノアは彼女の感情を読み取れた気がした。
『お前のせいで王子に急接近しとるやないかい!?』と……
……でも、怒ってるけど、なんか赤くなって王子を見つめてるし?
めちゃくちゃ恋する乙女だし?
なんだかんだで喜んでるんじゃ……
ノアは、頬を赤くしてフェリックス王子をまた見つめだしたラズベリーに、ジト目を向けた。
フェリックス王子はラズベリーの視線に気付き、彼女に目を移す。
「君は……確かブランジェ侯爵家の?」
「はい。ラズベリー・ブランジェです」
「ブランジェ侯爵家に、すごく綺麗な令嬢がいると聞いたことがあったけど、君のことだったんだね?」
フェリックス王子が爽やかに笑いながら首をかしげた。
「そんな……滅相もありません」
ラズベリーが照れながら目を伏せた。
フェリックス王子は完璧だった。
容姿端麗、文武両道。
おまけに女性をスマートに褒められる紳士さ。
そんな絵に描いたような王子様を目の前に、ラズベリーは条件反射的に照れているだけだった。
あー、カッコいい人は見ているだけで心が躍るよねぇ。
テンション上がるー。
と呑気に考えているぐらいだった。
「ブランジェさんとランドール君は一緒にいるけど、恋人同士か何かなの?」
フェリックス王子は何気なしに質問した。
「!? ……それは、その……」
ラズベリーが赤くなって困ってしまっていると、代わりにノアが答えた。
「全然、まったく、そんなこと無いです! ラズベリーはずっと成績が2位だったんで、主席の俺にやっかみで突っかかってくるだけです!」
ノアは親切のつもりで言っていた。
彼はフェリックス王子とラズベリーが、お互い意識し合って甘い空気を発しているように感じていた。
イヤイヤ言いながらも、ラズは王子様のことが好きだったんだな……
王太子妃。
俺と結婚するより幸せになるだろうし。
そのためには俺とは何も無いことを、強く言っとかないと……
ノアはまた勘違いしだしていた。
「俺的には困っているぐらいなんですよね。ディアジェラス国へ短期留学することをラズベリーも狙ってたんですが、結局は主席の俺が行くから、文句をよく言いにくるし」
ノアは一生懸命続けた。
「魔法の習得範囲もレベルも俺の方が上なのに、ラズベリーがいつも挑んでくるんです。まぁ俺の足元にも及ばないんで気にしてませんが。そんな魔法に関してだけの間柄なんで、本当に何も無いんです!」
一気に言い切ると、さすがにこれだけ言えば大丈夫だろうと安堵のため息をついた。
そしてラズベリーの方を、切なげな笑みを浮かべて見る。
けれどショックすぎて涙目になっているラズベリーには、ノアが苦笑を浮かべて嘲笑っているようにしか見えなかった。
「ひどい! ずっとそんなこと思ってたんだ!? ぅぅ……うわぁぁぁぁぁん!!」
ラズベリーが人目も憚らずに大泣きしだした。
パーティ会場のみんなが、何事かと思ってラズベリーたちを見た。
それと一緒に広がっていく、ラズベリーから発せられる魅了魔法……
パーティ会場の全ての男性に魅了魔法がかかった。
「違うって! ラズのために大袈裟に言っただけだって!!」
魅了魔法が効かないノアは、会場が大変になっていることに気付かずに、大泣きするラズベリーを必死になだめていた。
「何のために!?」
ラズベリーはボタボタ涙を流しながら叫ぶように聞いた。
「俺と何も無いって言った方が、フェリックス王子が安心するだろ?」
「??」
「ラズは王子が好きなんだろ?」
「はぁ??」
心底呆れたラズベリーの声が響いた時だった。
「ラズベリーも僕のこと好きなんだね。良かった。これで心置きなく結婚できるね」
フェリックス王子がラズベリーに近付き、彼女の両手を掴んだ。
そして優しく持ち上げて、包み込むようにギュッと握った。
虚ろな瞳でラズベリーを見つめ、頬を赤く染めたフェリックス王子が、はにかんだ笑顔を浮かべる。
「ラズベリー。僕と結婚しよう。君のことが好きなんだ」
「え!? あ、私泣いちゃってる!!」
今さら、魅了魔法が発動したことに気付いたラズベリーが青ざめた。
「ちょっと待った!」
「ラズベリーと結婚するのは俺だ!」
「王子様でも渡さないぜ」
「ハァハァ。ラズベリーこっちおいで……」
パーティ会場にいた男性たちが、こぞってラズベリーの元へと群がった。
「ひぃぃ! 会場全体に魅了魔法がかかっちゃった!」
ラズベリーは思わず、フェリックス王子の手を振り払って後ずさった。
そしてキッとノアを睨む。
「どうしてくれるのよ!?」
「……魅了魔法がこんなに効くなんて思ってなかったから……」
ラズベリーの魅了魔法の話をあまり信じてなかったノアは、効果を目の当たりにして唖然としていた。
ラズベリーはそんなノアを見て『役に立たないな』と瞬時に判断する。
動けずにいる幼馴染は守ってくれそうに無い。
ラズベリーは自分でどうにかするしか無かった。
「……こうなったら! 『神の裁きを受ける時、黄金の光が身を引き裂くだろう……雷鳴の魔法!』」
ラズベリーが最大出力の魔法を放った。
彼女の元へ群がった男たち目がけて、いっせいに稲妻が降り注ぐ。
ついでにフェリックス王子にも落ちたようだった。
みんな地面に倒れてピクピクしていた。
むごい光景だった。
「逃げるよ!!」
「あ、あぁ」
2人は弾かれたように走り出した。
勇ましいラズベリーは、歴戦の兵士のようだった。
それは同じような修羅場を、いくつもかい潜ってきたことを物語っていた。
ノアはそこで初めて理解した。
ラズベリーの話が本当だったことを……
それと同時にドン引きしていた。
人に対して高威力魔法を躊躇なく使ったラズベリーに。
いくら自分が助かるためとは言っても、普通の魔導師なら攻撃魔法を対人には使わない。
ましてや自分が1番得意な魔法なら、尚更だった。
そんな人を殺めそうなことは絶対にしないことが、魔法を使う者の暗黙の掟だからだ。
……人として大丈夫か?
「…………」
ノアは一緒に横を走るラズベリーを、恐怖心を宿した瞳で見てしまっていた。
あれ?
さっきよりラズの背が高い……
「あ、よく見たらラズ飛んでる?」
「うん。だってドレスにヒールだから……こんな時に気を遣って、抱っこして運んでくれたら嬉しいんだけどなー」
ラズベリーがわざとらしくノアをチラチラみた。
「あのなぁ、体を鍛えてる訳でもない魔導師が、人を抱えて走るなんて無理だぞ」
ノアが至極真っ当なことを言い出した。
「…………」
「走れるやつが居たとしたら、自分によっぽどの強化魔法をかけてるか、相手に軽くするための緻密な魔法をかけているかだ。どっちにしろスカした奴だ! そんな面倒なことさせるんなら自分で飛んでくれ! 言ってるそばからバテてきた……俺も飛ぼう……ハァ、ハァ」
ノアが荒い息をしながらも飛翔の魔法の詠唱を唱え出した。
「……うん、まぁそうだよねー。目の前で見て理解したよ」
ラズベリーは『ノアに乙女心を理解してもらうのは、無理だったの忘れてた』と諦めの境地に入った。
ーーーーーー
2人は無事にブランジェ家の馬車に乗り込み、急いで発進させた。
「……無事に逃げれたけど、これからどうしよう……」
ノアの隣に座っているラズベリーが、頭を抱えた。
「……俺はランドール家の馬車に乗れば良かったんじゃ? 勢いでこっちに乗ってしまった……」
「そこは嘘でも私を守る程で、ブランジェ家の屋敷まで送り届けなさいよ」
ラズベリーが顔を上げて、ノアをジト目で見ながら続けた。
「こっちはパーティ会場にいた大半の男性に、魅了魔法をかけちゃって大変なんだから……ノアのせいでね!」
「……ごめん」
「雷鳴の魔法の対象者に加えとけば良かった……」
そしてラズベリーはまた頭を抱えた。
**===========**
卒業式のパーティ以来、ラズベリーはずっとブランジェ家の自室にこもって過ごしていた。
フェリックス王子がラズベリーに求婚した噂は瞬く間に広まった。
王家からの結婚についての手紙も、ブランジェ家にすでに届いていた。
それなのに、いろいろな家からもひっきりなしに届く、ラズベリーへの結婚願いの手紙。
パーティ会場で魅了魔法をかけてしまった、男性貴族からだった。
外に出ると、いつ魅了魔法をかけた相手に会うか分からず、ラズベリーは部屋にこもるしかなかった。
彼女は現状をどうすることも出来ず、追い詰められていた。
そんなラズベリーに会うために、ノアはブランジェ家を訪ねていた。
玄関ホールで出迎えてくれたラズベリーのママが、5歳になる弟のフランを連れてきていた。
「ラズベリーちゃんは王家からの命で、今はフェリックス王子の仮婚約者みたいな感じだわ。だからいくら幼馴染のノアでも、2人っきりで会うのはちょっとね……フランも一緒に連れてってくれるかしら?」
黒髪赤目をしたフランは、ラズベリーによく似ていた。
そんな彼が、ずいっと前に出てくる。
「あ、モタモタしてる間に、お姉ちゃんを王太子様に取られたノアだ」
この所ませてきたフランが、ニヤニヤしながらノアを見た。
フランはシスコン気味だった。
そのため物心がつくと、ラズベリーと仲がいいノアを敵視するきらいがあった。
「…………いくぞ」
「あ、待てよぉ!」
ノアがフランの発言を無視してスタスタ歩き出すと、慌ててフランは後を追いかけた。
『コンコン』
ラズベリーの部屋の前につくと、ノアが扉をノックした後に遠慮なく入っていった。
小さい時からの付き合いなので、もうクセみたいなものだった。
「ラズ……わぶっ!!」
「どの面下げて会いに来てるのよ!?」
激怒りのラズベリーが、枕をノアの顔面に投げつけた。
「落ち着けって!」
「他人事だと思ってー!」
ノアがラズベリーを見ると、彼女の部屋の中の花瓶やら時計やら……当たったら痛そうな物がふわふわ浮かび上がっていた。
その部屋の真ん中には、ノアを睨みつけて仁王立ちしているラズベリーが……
「待てって! ……俺、ラズの代わりになってくるから! 超神聖賢者に!!」
「っ!! …………え? あのダサいのに!?」
息を呑んで驚いたラズベリーは、思わず物を浮かせていた魔法を解除した。
ゆっくりと花瓶や時計が元の場所に降りていくのに合わせて、ラズベリーの怒りも少しずつ収まっていった。
「ディアジェラス国のカリキュラムを変更する手続きをしてきたんだ」
ノアが真剣な眼差しをラズベリーに向ける。
ラズベリーは困惑した表情で繰り返した。
「え? あのダサいのに!?」
信じられない物を見るような目をしたラズベリーが、ノアを見続けていた。
ーーーーーー
あれから仕切り直したノアとラズベリーは、部屋の中のソファに向かい合って座っていた。
「「…………」」
2人の間には長いこと沈黙が流れていた。
ラズベリーの横には、暇そうに足をブラブラさせているフランが座っていた。
「にゃ〜」
いつ間にか窓辺に黒猫が来ていた。
フランがピョンとソファから降りて駆けていく。
「マオウ!!」
窓を開けて黒猫を抱き上げたフランがそう呼んだ。
「マオウ?」
ノアが眉をひそめる。
「あの黒猫ちゃん、たまに我が家に遊びにくるの。それでフランが名付けたんだ」
「マオウってあの?」
「……さぁ? フランが小さい頃だったから、意味もなくつけたのかも」
フランと黒猫は、窓の外に続く中庭へと遊びに行ってしまった。
しばらく外へ行ったフランを目で追っていたラズベリーが、目の前のノアに視線をうつした。
「……本当に迷惑だったの?」
「ん? 何のこと?」
「主席のノアに、2番の私がやっかみで突っかかってくるとか……フェリックス王子に言ってたことだよ」
ラズベリーがシュンとしょげて下を向いた。
「……だから違うって。その時言っただろ? ラズベリーがフェリックス王子のこと好きだから、上手く行くようにわざとだよ」
ノアの発言を聞いたラズベリーが、バッと顔を上げて眉をひそめる。
「私、フェリックス王子のこと別に好きじゃないよ。そんなこと言ってないよね?」
「……だって、ポーっとして王子に何か言われると照れてただろ?」
ノアが少し拗ねた表情を浮かべた。
「そりゃあ、あんなカッコいい人から〝綺麗だね〟って言われたら誰だってポーっとするもんだよ! ノアは私に〝可愛い〟とか〝綺麗〟とか全然言ってくれないじゃん! もし言われたら、ノアにだって照れるよ!!」
「ん? それって俺もカッコいい人だってラズは思ってるってこと?」
「!? なんでそこを拾うかなぁ!?」
「あ、違った?」
「うん! もう全てにおいて違うー!!」
そこにラズベリーのママが来た。
2人が余りにもうるさいので注意をしに来たのだった。
「もうちょっと静かにしてくれるかしら?」
「ごめんなさい」
「すみません……」
ラズベリーとノアは揃ってしょんぼりした。
ママは残念そうに2人を見たあと、ブツブツ言いながら部屋を去っていった。
「……何でこうなるのかしら? 私の娘なのに、相手をその気にさせるのが下手すぎるわ……」
2人にママの嘆きは聞こえていなかった。
ママに裏では、本当に我が子なのかと疑われているラズベリーが喋り出した。
「で、ノアは、超神聖賢者に本当になるの?」
「あぁ。明日からディアジェラス国へ向かうから、2ヶ月の短期留学でなれるようにした」
「2ヶ月……ギリギリ間に合いそうだね」
ラズベリーがふむふむと頷く。
「何が?」
「私とフェリックス王子の結婚式に……つまり、翌日に聖女セシリアに殺される運命の日に……」
「あれ? そんな話だったっけ?」
ノアがキョトンとした。
ラズベリーの瞼が徐々に下がり、ジト目になる。
「カフェでの話、聞いてなかったのね!?」
「意識が……飛んでた?」
ノアが首をかしげた。
「だ〜か〜ら〜、今からセシリアが聖女になって、王宮に召し上げられて、フェリックス王子を好きになるの。ここまでは分かる?」
「あぁ」
「けど王太子妃になる予定のラズベリーが王子の隣にいる。セシリアは嫉妬で怒り狂うの」
「…………」
「その気持ちが、超スピード準備で行われる2ヶ月後の結婚式で爆発する。するとセシリアは聖女としてさらに覚醒するのよね」
「え? 嫉妬で聖なる力が強まるのか? それって本当に聖女なのか?」
混乱しだしたノアをよそに、ラズベリーは説明を続けた。
「そして、新たな力に目覚めた聖女セシリアは気付くの。ラズベリーの瞳に魅了魔法の力が宿っているって……それで彼女はラズベリーに攻撃……もとい聖なる力で浄化しようとするのね。でも威力が強すぎてラズベリーは焼き殺されてしまう……」
「ほらっ! やっぱり聖なる力じゃないだろ!? 聖女が焼き殺すって聞いたことないぞ!?」
「…………だから、結婚式までにフェリックス王子にかかった魅了魔法を解除して、結婚自体を無かったことにしたいの……私は王太子妃なんかになりたく無い」
ラズベリーが俯いて悲しげな表情をした。
「……分かった。絶対、超神聖賢者になって魔法を解きに帰ってくるから!」
「ノア……」
ラズベリーとノアが互いに見つめ合っている時だった。
2人のそばには、いつの間にか帰ってきていたフランがいた。
黒猫を抱っこしたフランが声をかける。
「チューまでなら見逃してやるぞ。お姉ちゃん元気になったからな!」
フランはふんぞり返った。
きょとんとフランを見ていたノアが、次にラズベリーを見た。
「…………しとく?」
「え? しないよっ」
ラズベリーが真っ赤になりながら顔を左右に振った。
**===========**
翌日、ノアはディアジェラス国へ旅立ち、ラズベリーは王宮でフェリックス王子と向かい合って椅子に座っていた。
「ラズベリー、やっと来てくれたんだね?」
「申し訳ございません。突然のことでしたので落ち着くまでに時間がかかりました」
「そっか。なぜかパーティでラズベリーに告白した後の記憶がないんだけど……結婚の申し出を受けてくれてありがとう」
フェリックス王子がそう言って椅子から立ち上がった。
そしてラズベリーの隣にピッタリくっついて座る。
「…………」
ラズベリーはフェリックス王子から出来るだけ距離を取って座り直した。
「……??」
「フェリックス王子……実は私、男性恐怖症なんです……」
ラズベリーが怖がってるフリをして、揺れる瞳をフェリックス王子に向けた。
「え? そうなの? パーティではランドールくんといたよね?」
「…………家族や昔から親しい人は大丈夫なんですが、それ以外はちょっと……」
「…………」
「だから、私の部屋には女性の従者しか入れないのはもちろん、フェリックス王子、あなたもまだ入ってこないで下さい」
「!!」
フェリックス王子が目を見開いて驚いていた。
「……結婚式を挙げるまで。それまでにまずはフェリックス王子に徐々に慣れていきたい。協力してくれますか?」
ラズベリーは可愛らしく上目遣いで首をかしげた。
つまり婚前交渉は一切しない宣言だった。
「え!? そんな……」
フェリックス王子があからさまに残念がって、いろいろ質問しだした。
「じゃぁ、××××××も?」
「……はい」
「⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎も?」
「……はい」
「えぇ!? ⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎なんかは!?」
「……もちろんダメです。てか癖が独特すぎて怖いんですけど!?」
ラズベリーは思わず立ち上がった。
「でも結婚式後には応えてくれるんだよね!?」
フェリックス王子も興奮気味に立ち上がり、ずいっとラズベリーに近付いた。
「そういう話では……」
「ありがとう! ラズベリー! さすが僕が選んだ人だよ!!」
フェリックス王子がラズベリーの話を聞かずに暴走していく。
「じゃぁ僕、いろいろ準備しておくから! ラズベリーも楽しみにしといてね!」
麗しい王子様が満面の笑みを浮かべた。
本当に結婚式後まで我慢出来るのか、心配になるほどの勢いだった。
ラズベリーは『2ヶ月間、絶対自室に引きこもろう!』と心に決めた。
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数日経つと、ゲームの内容通り一般市民のセシリアに聖女の力が目覚め、王宮に召し上げられることになった。
今日はそんなセシリアと、初めて顔を合わせる日だった。
謁見の間で国王様が王座に座り、その横にフェリックス王子が立つ。
ラズベリーはそんなフェリックス王子の2歩後ろに控えていた。
部屋の外に出るのは嫌だったけど、聖女様のお目通りに立ち会うこのイベントは、さすがに休めないよね……
身を守るためと引きこもりまくり、すっかりサボりぐせのついたラズベリーは、早くも部屋に帰りたくなっていた。
「聖女セシリア様が参りました」
従者の声がしてから扉を開くと、セシリアが謁見の間に通された。
初めはオドオドしていた彼女だが、国王様の前まで進むと、フェリックス王子に目が釘付けになっていた。
そしてまるで「ふわぁぁぁぁ!」とでも聞こえてきそうなほど、頬を赤らめて目をキラキラさせ、口を小さく開けていた。
セシリアがフェリックス王子に恋に落ちた瞬間だった。
そんな一見素敵にも思えるシーンを、ラズベリーは冷めた目つきで見る。
そして何故かセシリアに念を送った。
〝あなたが好きになった王子は、すごい性癖の持ち主ですよー!〟
…………
誰でもいいから、このとんでもない秘密を共有したかったのかもしれない。
セシリアに念を送ったあと、ぼんやりしていたラズベリーが気付くと、国王様とセシリアの謁見は終わっていた。
そしてフェリックス王子とセシリアが笑顔で会話していた。
頬を赤くしたセシリアは嬉しそうで、和やかな時間が過ぎていた。
「おいで、ラズベリー」
ふいにフェリックス王子に呼ばれた。
ラズベリーは嫌な予感がしながらも、しずしずと近付く。
「僕の妃になるラズベリーだ」
フェリックス王子がラズベリーを見つめ、愛おしげに微笑む。
その瞬間、ラズベリーは突風を受けた気がした。
「っ!?」
禍々しいオーラも同時に感じ、見ると聖女セシリアが目を見開いてガン見していた。
「ひいっ」
「ん? どうしたの? ラズベリー」
フェリックス王子が優しく笑う。
彼は聖女セシリアの様子に一切気付いてなかった。
「な、なんでもありません……」
ラズベリーは冷や汗をかきながら答えた。
この圧は……
セシリアが発しているの!?
今でこれ?
更に覚醒するなんて恐ろしすぎる……
てか、完璧に焼き殺されるコースに入った気が……
「ラズベリー様」
出来るだけセシリアの方を見ないようにしていたのに、彼女から呼ばれてしまった。
「……何かしら?」
気まずくて、目をたくさん瞬かせながらそっとセシリアを見る。
「ラズベリー様は、とっても魅了……魅力的ですね。チャーム…………ポイントのピンクの瞳も、とっても素敵です」
セシリアがねっとりと笑った。
…………魅了って言った。
しかも、チャーム……charm
この世界では魅了魔法を表す言葉。
バレてる!!
何故か速攻でバレてるんだけどー!!
ラズベリーの心は大荒れだった。
もうここで焼き尽くされはしないか心配で、心臓が痛いくらいドキドキした。
「あ、ありがとう……」
ラズベリーはセシリアに対して、なんとか返事を絞り出した。
「フフッ。なんだかお疲れの様子ですね……浄化しましょうか?」
「!! いいえっ! 大丈夫よ!」
ラズベリーは泣きそうになった。
結婚式を迎える前に殺される!?
恐怖で怯えまくったラズベリーは、それから更に自室に引きこもった。
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ーー2ヶ月後。
ラズベリーはなんとか無事にいた。
フェリックス王子やセシリアから逃げ回ったり、卒業パーティで魅了魔法をかけてしまった貴族や王宮関係者に、襲われそうになると撃退したりと、ある意味忙しい毎日を過ごしていた。
そろそろノアが短期留学から帰ってきてもいいんだけど……
ラズベリーは青い晴れ渡った空を見上げた。
雲一つ無い、真っ青な空。
大きな競技場のような石造りの舞台。
それを囲むように階段状に並ぶ観客席には大勢の国民が。
舞台の真ん中には、純白のウエディングドレスを着たラズベリー。
ーーここは王族の式典場だった。
「ラズベリー。結婚式をやっと迎えることが出来たね」
隣にはずっと嬉しそうに笑っているフェリックス王子。
彼も白いフロックコートに身を包んでいた。
「〜〜〜〜っ!!」
ラズベリーは声にならない叫び声をあげた。
ノア、遅くない!?
何やってるのよ!!
なかなか帰ってこない幼馴染に、心の中で悪態をつく。
ラズベリーは結婚式当日を迎えてしまっていた。
ヴァージンロードのような真っ青なカーペットの上を、フェリックス王子に連れられて歩く。
カーペットの先には、神父様が待ち構えているのが見えた。
その神父様の所へ行くまでに、来賓席を横切らなければならなかった。
その来賓席には、目を見開いてラズベリーをガン見している聖女セシリアが。
彼女を見なくてもラズベリーは肌で感じた。
セシリアの嫉妬心……怒りのボルテージはマックスだ!
ラズベリーは恐怖で震えながらも、彼女の席から少しでも離れたい一心で、足を動かしていた。
しばらくして落ち着くと、早くこの状況をどうにかしたくて、ラズベリーは空を見上げたり、キョロキョロしてノアを探したりした。
え? え?
本当にノアは来ないの?
もしかして超神聖賢者になれなかったのかな?
……どうしよう。
このまま来なかったら、何としてでもここから逃げるしかないかな?
おそらく今日の夜はフェリックス王子の特殊な性癖に付き合わされるし、明日にはセシリアに焼き殺されるし……
…………
ラズベリーが混乱している間に、式は淡々と進んで行った。
彼女の意識が結婚式に戻った時には、神父が誓いの言葉を告げる場面になっていた。
「ーーーー共に過ごし、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
「…………」
進行上はラズベリーが〝誓います〟と答える場面だった。
ラズベリーはすぐには答えられなかった。
いっぱいいっぱいになった彼女は、泣きそうな顔をしながら口を開く。
「……どうせならノアに愛を誓いたかった! 共に過ごして、愛をもって互いに支えあうのはノアが良かったのにー!! 何で来ないのよー!!!!」
ラズベリーの叫び声が式典場に響き渡った。
そしてシーンっと静まり返った時に、ラズベリーの背後から声がした。
「あ、じゃぁ俺も誓うよ。ラズと一緒の内容で!」
いつの間にか近くにいたノアの声だった。
「ノア!?」
振り向いたラズベリーが、その瞳でノアをとらえた。
驚きすぎた彼女は、震える手でノアを指差しながら聞く。
「いつ帰ってきたの? どうやってここに?」
「ん? 転移魔法でついさっきだけど?」
ノアは神父様が誓いの言葉を告げ出した時に、ラズベリーたちの後ろの空間に現れていた。
「転移魔法!? てっきり空からカッコよく現れるのかと……」
「うーん。ここまで魔法で飛んでくるには遠すぎるし、竜とか召喚出来ないしな。魔導師のレベルが短期留学で上がったから、転移魔法の対象物が人にまで拡大したし、それが1番速いだろ?」
「……まぁ、そうだけど……」
ラズベリーが納得いかない表情を浮かべている時だった。
「ランドールくん。僕たちの結婚式をこれ以上邪魔しないでくれないか?」
低い声を発したフェリックス王子が、ラズベリーの腰を抱いて自分の方へと引き寄せた。
「あー、魅了魔法を解かなきゃな」
そう言ったノアの背中から光の翼が生えた。
そして詠唱を始めた。
「『全ての理においてあるべき姿へと正す時、真実の光が解き放たれるだろう……無効の魔法!』」
その瞬間、辺りが白い光に覆われた。
優しい光が式典場全体を包んでいく。
真っ白な世界にいるように感じた次の瞬間には、さっきまでの風景に戻っていた。
魅了魔法が解けた人たちが、不思議そうにキョロキョロしたり、首をかしげたりしていた。
「……あれ? 僕はいったい何を??」
正気に戻ったフェリックス王子も、抱き寄せていたラズベリーからパッと手を離した。
その間もノアを夢中で見ていたラズベリーは、口元を手で押さえ、潤んできた瞳を彼に向けた。
「ノア……それって……」
呼ばれたノアが、頬を少し赤くして口を尖らせた。
「ラズのために、ダッサい超神聖賢者になってやったぞ」
「…………っノアー!!」
ラズベリーは思わずノアの胸に飛び込んだ。
「ぅわっと!」
ノアが反射的に抱き止める。
ラズベリーはノアの胸に顔をうずめてニコニコ笑い泣きしながら言った。
「最高にカッコいいよ!」
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「やっといつもの生活に戻れたねー」
ノアの目の前に座るラズベリーが、遠くを見ながら安堵のため息をついた。
ここは街のとあるカフェ。
店の奥まった所にある、前にも座っていた半個室の席に2人はいた。
「そうだなー」
ノアは飲み物が入っているグラスに口をつけた。
ラズベリーが何かを思い出したのか、ニヤニヤしながらノアに言った。
「超神聖賢者になると、光の翼が生える仕様だけど、魔法を使わない時は消せれてよかったね」
「……知らなかったから、めっちゃ恥ずかしかったんだけど。なんか『王子様の結婚式なのに、ちゃっかり割り込んできた天使様』とか、新聞の見出しについてたし……」
「フフッ。間違ってはないよねぇ」
ラズベリーが楽しそうに笑った。
あれから、魅了魔法が解けた直後の混乱しているフェリックス王子と話し合い……もとい強引に結婚を白紙に戻して城を出た。
ラズベリーは無事にブランジェ家に帰り、平穏な毎日を送っている。
後は…………
2人は同じことを思って相手を見る。
するとバチッと目が合ってしまった。
「「…………」」
妙に意識しだしたノアとラズベリーは、赤くなって目を逸らした。
しばらくして、覚悟を決めたノアが口を開いた。
「ラズ。結婚式の時に言ってたよな? 俺と誓いを立てたかったって」
ラズベリーが顔を更に赤くした。
「う、うん……」
「俺もその……これから一緒に過ごすのはラズがいい。支え合っていきたい……」
「!!」
「好きだ! 結婚しよう!」
ノアも真っ赤になりながら想いを伝えた。
ラズベリーがフニャッと柔らかく笑った。
「あー良かった! ノアのことだから、あの場で誓い合ったような物だからって、何も言ってくれないのかと思ってたよ」
「……流石にあれは違うなって俺でも分かるよ」
「えー。ノアってなんか勝手に勘違いしていくとこあるじゃん。フフッ」
ラズベリーが楽しそうに笑うと、ノアの隣に自分の椅子を移動させて真横に座った。
そこの場所は、カフェの店員から見えなくなる場所だった。
ラズベリーがジーッとノアの顔を覗き込んできた。
あまりにもずっと見てくるので、照れたノアがラズベリーに聞く。
「…………何?」
「キスして欲しい雰囲気なんだけど?」
「分かりにくいな」
ノアもラズベリーの瞳を見つめ返しながら喋った。
「えーっと……ラズは可愛いよ?」
「?? 何、いきなり」
「ムードを出そうと思って。あと俺に言われても照れるんだろ?」
「アハハ! うん。カッコいいノアに言われると嬉しくって照れる」
ラズベリーが、はにかみながら笑った。
ノアはそんなラズベリーに釣られて笑い返した。
ラズベリーの愛らしいピンクの瞳に見つめられると、ノアはいつもドキドキしていた。
ある意味、魅了魔法にずっとかかっていたのかもしれない。
そんな彼女の瞳に惹き込まれるようにノアは顔を近付けた。
そして2人はゆっくり目を閉じてキスを交わした。
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今後も頑張って執筆します!