シアニの家
「シアニの家」とは、廃墟にまつわるインターネット発祥の都市伝説の一つである。その内容は複数のバリエーションがあるが、ここではそれらに共通している事柄を中心に解説する。
〈家としての情報〉
シアニの家は廃墟である。主な住宅地から少し離れた閑静な所にポツンと建っている。
その朽ち度合いは、「頑張ったら人が住めるレベル」であると言われる。2階建ての大きな洋式の家であり、外見は白を基調とした高級感のある見た目なのだが、実際には長らく手入れがなされていないため塗装は部分的に剝げており、近くから見れば多くの傷や落書きの跡があるという。
また、ドアから右手の方には七畳分ほどの広さの「コ」の字型の庭があり、一部を除いて雑草まみれである。奥には砂利が敷き詰めてあるという情報が追加で語られることもある(庭があるのは複数の説に共通している)。
シアニの家にはガレージも存在する。屋根はガラス張りだが所々が割れており、また柱の鉄骨は大部分が錆びているとされる。いずれの説でも車は止まっていないが、ナンバープレートのない壊れた大型バイクが一台立てかけてあるとも言われる。
ドアは金属製の大きく重厚な扉で、やはりサビが見られるという。しかし鍵はかかっており、玄関方面から家に入ることはできない。家に入るには、裏側にある勝手口を使う必要があるとされる。窓からの侵入も可能かもしれないが、やや高いところにあるので転落する危険がある。
正確な内部構造は分かっていないが、勝手口を入った所に台所(食卓とは壁で分離されている)があり、リビングと引き戸で接続されていること、およびリビングに隣接した階段から二階に上がれること、は全ての話で共通している。二階の窓ガラスのほとんどには薄い木の板が×字状に打ち付けられていて、しかも新聞紙らしき古びた紙で目張りされているが、唯一玄関から向かって右に回ったところにある窓だけは開かれている。二階の構造はほとんど不明。
外部構造はいびつであり、理論上、壁に面しているのに窓が一つもない部屋が2つ存在する。
〈場所〉
シアニの家の位置には諸説ある。
有力なのは岐阜県岐阜市、広島県福山市、宮城県仙台市だが、うち仙台市にあるという情報については、2018年にネットメディア「デイリーステーション」の調査により否定されている(参考:『シアニの家を徹底捜索! 〜仙台編〜』(デイリーステーション、2018/4/20))。岐阜または福山のどこであるか、については詳細な情報が見当たらないが、「山の方」にあるとされる。
もっとも可能性が高いのは岐阜市である(下記にもあるが、シアニの家の発端となる書き込みを行った人物が岐阜県在住であるため)。匿名掲示板の利用者による調査の結果、長良川よりも北側にあることは確実視されている。だが、それ以上の特定はできていない。
〈何がある(いる)のか?〉
最も証言が分かれるのがこの部分である。箇条書きで列挙していくと、
・一階の廊下の壁に赤文字が書かれたお札が三枚貼ってある
・二階の開かれた窓の部屋には首吊り縄が天井にぶら下がった状態で放置されている
・一階廊下に面した物置きの扉を開けてはならない
・女の幽霊が徘徊している。目が合うとついてくる
・トイレに入ると呪われる(異形のナニカに付きまとわれるようになる)
・家の中では常にどこからかの視線を感じる
など非常にバリエーション豊かである。これはシアニの家という都市伝説が伝聞で伝わるにつれて徐々に尾ひれがついていき、変質していったことが原因なのだろう。
しかし共通していることがある。それは、「二階の奥の部屋に入ってはいけない」ということである。奥の部屋といっても最も玄関に近い側の、窓のない部屋なのだが、この部屋に入ると「声」が聞こえるようになる。
否、部屋の中に何かがいるのではない。非常に不気味な雰囲気こそあれ目に見える霊的存在がいたりはしないらしい。だが声は聞こえる。
その声は低くぐぐもった男性の声と、妙に高く耳障りな女性のそれが混じったものであるという。いったん声が聞こえるようになると途切れることなくぶつぶつと聞こえ続ける。言っている内容は理解できないが、聞けば本能的に「理解してはいけない」という明らかな直感が働くのだとか。
その声量は、耳を澄ますと何を言っているか判ってしまうほどの絶妙なレベルとされる。しかも質の悪いことに、まるですぐ後ろに人がいるかのような聞こえ方をするらしい。
家を出てもこの声はしばらく背後から聞こえてくるが、五分ほど車を走らせていると聞こえなくなる。
話はここで終わらない。なんと、この声はいつまでもかの部屋に入った人間につきまとうというのだ。友人と別れて一人になったとき、音楽がふと止んで静かになったとき、不意に声は復活するのである。
それはたいてい数秒から長くても十秒だけらしいが、しかし何度も何度も不意打ちを食らっていくうちに声が聞こえる人間は気を病んでしまう。そして最後には、針で鼓膜をつぶすとか、自ら命を絶つとか、██████といった悲劇的な結末を迎えることになってしまうという。
もっとも、ここまでに書かれた情報はすべてインターネット上の書き込みに過ぎず、メディアによる実地取材が行われたことはただの一度きりもないのだが。
〈歴史〉
都市伝説「シアニの家」の初出は、2004年6月6日に建てられた匿名掲示板のスレッド「シアニの家について誰か知らない?」である。岐阜市住みを自称するスレッド主は「特定を避けるため」としつつ詳細な位置は公開しなかったが、「シアニの家」なる廃墟の噂話を小中学生の頃にしばしば耳にしたことを語り、スレッドの閲覧者にシアニの家について何か知らないか、と情報提供を求める書き込みを行った。
結果、七、八人ほどがスレッド主の疑問に答え、「シアニの家」に関する情報を書き込んだ。だが、ここまで読めば分かる通り、それぞれが見聞きした「シアニの家」の話には少々の差異があったため、スレッドでは十人以上を巻き込んだ議論が行われた。コメント数は最終的に720にまで達した。
しかし、結局統一した見解をスレッドで出すことはできなかった。そもそも「シアニの家」を知っている人間は岐阜、広島、仙台、神戸、新潟、静岡など様々な場所でこの都市伝説を見聞きしており(匿名掲示板だから信憑性には欠けるが)、すでに述べた通り、家の位置すら決定することができなかったのである。大多数の投稿で一致していたのは家の外見や二階建てであることなど少数で、内部に何があるか(いるか)は上記の「声」を除いてバラバラであった。
同年6月15日、別にシアニの家について建てられたスレッドの中から、家の位置を突き止めようとする人物が現れた。この人物を中心として静岡でシアニの家の捜索が行われたが、家は発見されなかった。2004年中に同じくして探索が行われたが、神戸、新潟でもシアニの家は発見されなかった。
以後、シアニの家は都市伝説の一つとしての地位を確立する。
シアニの家の情報を掲載したまとめやサイトは増えていき、「きさらぎ駅」や「鮫島事件」、「くねくね」などと並ぶ有名な話となっていった。また、それに反比例するようにして、シアニの家に関する新情報は減少の一途をたどった。
シアニの家を題材としたフィクション作品は2014年ごろから多く見られるようになった。2018年には前述の通りネットメディアによる探索が行われ、仙台には当該の廃墟のないことが確認された(サイトでは行政への問い合わせをしている)。2021年10月には映画『シアニの家』が公開され、岐阜市を中心としてある程度のヒットを収めた。
シアニの家は海外でも(特に韓中台で)日本のインターネットを代表する都市伝説の一つとして扱われている。韓国の作家イ・ドヒョン(李道賢)はシアニの家を「読んだ中で最もリアリスティックな都市伝説」と評しており、これを題材にした作品を発表している。
なお、2018年以降、シアニの家に関する本格的な捜索は行われていない。
注意:この都市伝説は架空のものであり、現実に存在するいかなる組織、団体、地名、家屋、人物とも関係ありません。