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七話 意図せぬ行動が何かしらの利益になる場合もある

 帰り道。

 頬を染め、鳴りやまない心臓を叶に気づかれぬよう恵は歩いていた。


 それもそのはず、今二人は手をつないでいるのだ。

 これが恋人つなぎだったら恵は耐えきれなかっただろう。


 『まだ、怖いから手……繋いで』


 恵の脳内で自分の言った言葉が繰り返し暗唱される。


 (恥ずかしすぎる、死にたい……)

 どうやら恐怖心はなくなったようだ。


 普段恵は自分で何でもこなしてしまう分、弱点を目の前にするとどうしていいか分からなくなってしまう。

 そのため虫のことは普段から避けていたのだが、ゲームのシステムにより回避不可能な一撃を浴びせられた。


 暗いボックスで、静かだった空間が一気に虫の鳴き声や動作音に変わったら普通の人でもビビるだろう。


 ふと恵の頭に一つの疑問が浮かぶ。

 自分はそのとき何をしていたのかと。


 暗いボックスの中、虫の映像と立体的な音を自分が平気でいられるわけがない。


 熱い身体とは反対に、頭はどんどん冷静さを取り戻していく。

 恵とは対照的に硬く、がっちりとした触感がじわじわ思い出されてくる。


 そして叶の恥ずかしがっているような、焦った顔。


 『恵!当たってる、当たってるから!』


 叶の一言ですべてを思い出した。


 (…………私思いっきり抱き着いてたじゃん!?)


 頭にはまだ叶のがっちりとした感触と、温かさ、そして匂いがかすかに残っていた。

 抱き着いた自分がこれほど覚えているなら、抱き着かれた相手はもっと鮮明に覚えているだろう。


 (私……痴女じゃん!?変態じゃん!?違うから、違うからね!叶!)

 心の中で怖がったような顔をしている叶に必死に弁解する。

 もちろん、これは妄想だ。


「なあ、恵、大丈夫か?顔真っ赤だぞ」

「私は変態じゃないから!」

「お、おう」


 (しまったぁ、現実だったぁぁぁ)


 心の叫びが叶に聞こえることはなかった。


 沈黙を避けるように恵は言った。


「その、ゲームセンターで抱き着いたことなんだけど……ごめん」

「ああ、あれか。全然気にしてないから平気だ」


 嘘である。

 好きな人に相手の身体を押し付けられるほど抱き着かれて、平気なわけがない。

 体には恵の柔らかな感触が残っていた。


 それでも何でもないように見せるのは、恵が羞恥心で固まってしまうのを避けるためだ。

 だがこれがよくなかった。


 (私はこんなにドキドキしてるのに、なんでもないってこと?)


 事実、叶はなんでもない顔をしてなんでもなく手をつないでる。

 それは表面の話で、

 (やばい、俺ちゃんと表情保ってるか?きもくなってないか?)

 というのが本心だ。


 そんなことを恵が察するはずもなく、何とか叶のその平然とした表情を照れさせてやろうと考えていた。


 が、もう叶のマンションの前だ。


 叶が手を離そうとするが恵はぎゅっと手を握る。


「恵?」

「……君の家に入りたい」 

「…………」

「…………」


 (いや、待て、流石にまずい、今日は何としても駄目だ)

 叶が全然平気といった後、恵が不機嫌な顔になったのを叶は気づいていた。

 そのため恵が何か企んでいることもお見通しだ。


 すると恵は顔を赤くしてこういった。


「エッチな本があるんだ」

「ないわ!」

「じゃあ、見せてごらん?」

「いいよ、見せてやるよ!」


 二人はエレベータに乗り、叶が14Fのボタンを押す。


 ドアが開き、通路を歩く。


 271と書かれたドアが叶の号室だ。


 ドアを開け、二人は靴を脱ぎ、リビングに入る。


 (結局入れてしまった……)


 叶は後悔したが、時既に遅しだった。


「……君、一人でこんな広いとこ住んでんの?」

「ああ、親に決められたからな。最初俺も驚いた」

「すごい!このソファふかふかだ!テレビも大画面だし、え?横にスピーカーもついてるの?!」

「そうだな、この画面でアニメ見るとすごいんだよ、見るか?」

「見る!」


 その後二人はアニメ丸々一本を観賞し、時刻は六時を過ぎていた。


「あ、そろそろ帰らないと。でも君の部屋を最後みたいなぁ」

「お、見てくか」

「エッチな本あるかもだし……」


 (まだ(うたが)っていたのか)


 叶は苦笑した。


 階段を上り、全部で三つあるうちの一つを開けた。


「あれ、思ってたより小さい。私の部屋とあんまり大きさ変わらないんだ」

「まあ、俺もともと貧乏だったからな、やっとこれぐらいが慣れてきた」


 叶が駄菓子を買っていたのは好きだったという他に、貧乏だったという理由がある。


 今でこそ元気な母だが、叶が中学二年生の時まではずっと病院暮らしだった。


 父の会社もまだ軌道に乗っておらず、その頃は少し苦しい生活だった。


 だが、転勤を機に父は仕事がうまくいくようになり、会社も軌道に乗ったため、今では資産家と言っても間違いではないだろう。

 それでも遠方の家は一般的な家なのだが、叶には迷惑をかけたという思いから、父が奮発してくれたのだ。


「もう、買っちゃったから返品できないんだってさ。こんな大きなとこに住まわせてくれるなんて結構な親バカだよな」


 だが、そういう叶の顔は少し寂しそうだった。


「君、もしかして寂しいの?」

「……なんでそう思った?」

「寂しいときは顔に出やすいから」


 そう。叶はどこか自分で寂しくないと否定していた。


 母の病気が治り、父の仕事が安定してようやく一緒にいられるようになったのが中学二年の秋。


 このおよそ一年半。

 叶は家族との時間を存分に満喫できた。


 もちろん高校受験で中学三年生からはどこか遠出をすることはできなかったが、それでも一緒にいられるだけで幸せだった。


 だが、叶は恵との約束を果たすためこっちに来た。


 時々、親が恋しくなるの事実だ。


 それでも今は───


「恵がいるから大丈夫」


 心配そうな目をしている恵に叶は笑顔でそう答えった。


「……そうだね、今の君には私がいる」


 嬉しそうに恵は言った。

 そして恵は続ける。


「じゃあ、これもらってくから」

 それは叶の鍵と同じ形をした鍵───スペアキーだった。


「あれ、渡したっけ?」

「いや、君の机の引き出しにあった。これで許してあげる」

「俺何かした?」

「私の身体の感触を堪能した罰」

「あれはお前が抱き着いてきたから不可抗力だ」

「でも、堪能はしたんだ」

「…………してない」

「間がすごいあったけど」

「もう暗くなってるから送ってく」


 顔を赤くしながら誤魔化すように言う叶を見て、恵はやっと「勝った!」という気持ちになった。


 恵の家は叶のマンションから徒歩五分の場所にある。


 距離的には問題ないのだが、暗い中を女の子を一人にするのは少々危険だと叶は判断した。


「今日は楽しかったね。今度椿と解輪晴君とも一緒にどっか行きたいね」

「そうだな、今度誘ってみるか」

「そういえば、椿って……解輪晴君のこと好きだよね」

「ああ、椿の方はわかりやすいんだけどな……」

「どういう意味?」

「いや、なんでもない。それより真奈美さんには連絡したか?多分心配してるぞ」


 真奈美さんとは恵の母のことだ。


「うん、アニメの話と話の間の時にした。叶のことまだ覚えてたよ」

「なんか言ってたか?」

「いや、特にあまり遅くならないようにねだって」


 嘘である。

 娘の努力をおそらく一番近くで見守ってきた人間だ。

 メッセージの内容はこうだ。


 恵:ちょっと遊んで帰るから遅れるかも

 真奈美:それって叶君と?

 恵:そうだけど、なんでわかったの?

 真奈美:あ、本当にそうなの

 恵:カマかけないでよ!

 真奈美:だって最近恵叶君のことばっか話すから

 恵:それはもっと早く教えて!とにかくあんまり遅くならないようにするから

 真奈美:遅くなってもいいけど、避妊だけはしてね

 恵:お母さん!


 メッセージはここで途切れていた。


 そんなことを話しているうちに、いつの間にか恵の家についていた。


「送ってくれてありがとう」

「まあ、家から近いし気にすんな」

「あのさ……明日朝ごはん作りに行ってもいい……?」

 真っ直ぐ叶を見つめて恵は聞く。


「いや、大変だろ」

「全然大変じゃない!それとも君は嫌……だったりする?」


 自信なさげに恵が言う。 


(いや、むしろ大歓迎なのだが)


「じゃあ、お願いしてもいいか?」


 叶がそういうと恵は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 それを見て叶もなんだか嬉しい気持ちになった。


「じゃあ、また明日ね」

「おう、じゃあな」



 そう言い叶が帰ろうとすると、

「あ、ちょっと待って、叶君!」

 と玄関の方から声が聞こえた。













 

玄関から聞こえた声の主とは!?







読了ありがとうございました!

少しでも「面白い!」「続きを読みたい!」「主殿、更新ファイト!」



と思ってくださたならブックマーク、広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれると嬉しいです。


皆さんの意見が作品をより良いものへと変えるので感想のほうもおまちしています。

もちろん応援も!


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