六話 なかなか素直になれない人ほど抱えきれないほどの好意を持っている
「久しぶりだね、叶」
「久しぶりだな、椿」
江羽椿。小学校の頃、叶と世瑠と一緒にいた女の子。
美人なうえに性格もよく、男女構わず人気が高い。
いつも一人の世瑠が中学でクラスに馴染めていたのは彼女のおかげだろう。
椿に返事をすると、恵が驚いたような表情を浮かべ、叶に尋ねる。
「知り合いなの?」
「ああ、小学生のころよく一緒にいたからな。それより恵こそ知り合いだったのか?」
「いや、話しかけられて友達になった……それよりも一緒って何?」
不安そうな目が叶に向けられる。
「それは───」
「恵ちゃんが想像してるようなものじゃないよ」
叶が言う前にすかさず椿がフォローしてくれる。
恵は
「そっか……」
と顔を赤らめつつも返答した。
(まじでこういう時、椿がいると助かるんだよなぁ)
叶は心から思った。
「それより、叶も隅に置けませんなぁ、こんなかわいい娘と登校するなんて」
ニヤニヤと椿が叶の顔を覗いてくる。
(見てたのか……こいつこういう時、まじで面倒なんだよな……)
先ほどの思いを撤回しつつ、叶は思い出した。
「ちなみに恵ちゃんに話かけたのは、席が近かったのもそうだけど、叶が教室に入ったあと恵ちゃんが……」
「椿!それは駄目!」
恵は必死にガッツポーズのことを言わせないよう、椿に目で訴えかける。
「や、やばい本当に恵ちゃん可愛い…!」
「んで、俺が教室に入った後どうしたんだよ」
「女の子の行動探るなんて最低だよ?叶。ねえ、恵ちゃん」
「サイテー」
「え?これ俺がいけないの?」
叶が言ったところで、恵と椿は一緒に笑った。
どうやら既に打ち解けてるらしい。
「とにかく恵ちゃんに興味を持ったから話しかけたの。それより世瑠は?一緒のクラスだし、苗字近いから席も近いでしょ?」
「ああ、なんか校舎の構造を覚えておきたいらしくて、一人で行っちゃった」
「そっか、一緒に帰りたかったんだけどな」
「ただいま戻りました」
「っうわ!」
恵の驚いた声が響く。
呼吸、足音、気配。
全てにおいて三人は気づけなかった。
言葉通りの不意打ちだ。
「うわとはなんだ、うわとは」
「だって世瑠が急に出るからじゃん!」
「お前が話に夢中になっているからだ。常に五感研ぎ澄ましておけ」
「私は忍者か!」
「「おおー」」
と、叶と恵は二人のやりとりに思わず声がもれた。
はっ、と世瑠は挨拶しに来たことを思い出し、恵の方を見る。
が、世瑠は緊張していたため、意図せず鋭い目つきになってしまった。
それでも一般の女子からすればドキドキとするシチュエーションなのだが。
(え?なんか私の方を見てる?もしかして殺される?)
恵はその対象外だったらしい。
「俺は───」
「殺さないでください!……へ?」
「ぷっ、あははははははは!恵ちゃん面白すぎでしょ、やめて、お腹よじれる、あははははははは!」
椿がお腹を押さえて笑い出す。
笑っている椿を一瞬にらみつけ、世瑠は再び口を開ける。
「あの、俺は世瑠って言います。カナさんとは友達で、そこの笑い続けている馬鹿とは幼馴染です。こんなバカですが、俺みたいなやつにも話しかけ続けてくれる優しい奴です。どうか仲良くしてやってください」
「……もちろんです!それに、さっきはすみません」
「平気です。流石に殺さないでください、なんて言われたのは初めてですよ」
世瑠は面白そうに笑う。
恵は直感した。
(この人絶対いい人だ)
叶は一時はどうなることかと思ったが、世瑠の、自分と椿以外に笑う姿を見て素直にうれしくなった。
一方椿は、馬鹿笑いをひっこめ、俯きながら顔を赤くしていた。
「じゃあ、挨拶も済んだから、椿、帰るぞ」
「え?」
「二人を邪魔しちゃ悪い」
「……まあ、そういうことなら一緒に帰ってあげる」
椿の表情が明らかに明るくなる。
「素直じゃねぇな」
「別に本心だし!」
叶は二人の背を目で追う。
身長こそ変わったが、叶が好きな二人のままだった。
またよく見ると、世瑠の耳が赤くなっていた。
(素直じゃないのはよるくんもね)
二人の背中に微笑みながら、叶はそう思った。
校門を出て少し歩くとゲームセンターにたどり着いた。
昔一度、二人できたことがある思い出の場所だ。
看板は赤色から青色に変わり、以前なかった三階が建設されていた。
「久しぶりに寄ってくか?」
「そうだね、私も気になってたんだ」
「あれから行ってないのか?」
「君のことを待ってたんだよ」
不意すぎて、叶は思わず顔を赤くしてしまった。
叶にとっては運よく、恵にとっては運悪く、恵は目の前の色々なゲーム機に目を輝かせながら見ていた。
いろいろ内装も変わり、新たなゲーム機が増え、中には消えているゲーム機もあった。
「あ、これまだ残ってるんだ」
恵が懐かしそうに言う。
それはゾンビのゲームで、二人で協力プレイできるものだ。
しかもゲームがリアルに体感できるよう、ボックスのような作りになっており、音響も360度の立体音響。画面は大画面という、制作陣営の力がとても入ったゲーム台だ。
「ああ、これか」
「君怖がって目を瞑るから、その分私が頑張ってたよね」
ふふふ、と恵は笑う。
「ああ、結局何度やってもセカンドステージの途中でゲームオーバーだったよな」
ちなみにステージはフィフスステージまであり、クリア率は驚異の0.1パーセントだ。
「君、もう怖いの平気だったらリベンジしてみる?」
恵が挑発的な笑みを浮かべ叶に言う。
「ああそうだな、どっちが多く倒せるか勝負だ」
叶には恵を黙らせる方法があった。
そんなことも知らずに恵はボックスの中に入る。
まず百円を入れ、プレイヤー名を入力する。
叶はそのまんまで、かなう、恵は英語でMegumiにした。
銃型のコントローラーをとり、ゲームは始まった。
ちなみにゾンビは頭で一発、同体で五発当てなくてはならない。
だがゾンビは不規則な動きを繰り返すため、頭に当てるのは至難の業だ。
ファーストステージを難なく突破し、セカンドステージに移行する。
ゾンビの形は太ったものに変わり、動きが遅い分、体力、攻撃力も増えていた。
「このゾンビ、頭に当てちゃえばいいんだけど、数がどんどん増えていくから一人じゃきつかったんだよね」
だが今は叶も参戦している。
恵が処理しきれなかったゾンビの頭を冷静に叶は打ち抜いていた。
((やばい、楽しい!))
二人は言葉を交わすことを忘れるほど楽しんでいた。
そしてセカンドステージもすぐクリアした。
ここであらかじめ、ある話をしておこう。
恵は幼少期のころから虫が大の苦手だった。
昔、叶がカブトムシを持ってきた日には大粒の涙をこぼし、日が暮れるまで慰められたほどである。
そして次はサードステージ。
敵はゴキブリをイメージしたゾンビだ。
そしてここは立体音響。
虫の鳴き声、動く音が全方向から聞こえてくる、虫嫌い殺しの場所だ。
叶は挑発してきた恵を一矢報いてやろうと思っていたが、ゲームに夢中でそのことをすっかり忘れていた。
画面が切り替わる。
間もなくサードステージが始まるらしい。
違和感。
恵の本能が全身でそれを感じていた。
さっきまでのロックなBGMがいきなり無音になり、フィールドは植物に浸食されたビルの廃墟に変わった。
暗い部屋なので視線は自然と画面に集中する。
(な、なんなの)
恵の心が不安でいっぱいになった瞬間、一気に虫の大群が押し寄せてきた。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ」
恵はこれでもかとばかりに叶に抱き着く。
(うおぉ!?)
「恵!当たってる、当たってるから!」
叶の必死の叫びは恵には届かない。
柔らかい触感と、脳を惑わす甘い匂い。
好きな人にこんなことをされたら、誰でも理性を抑えるのは地獄のような辛さだろう。
(なんでこうなった!?いや、待てよ……俺のせいじゃん!?)
───三分後
ゲームオーバーの文字が表示され、叶は永遠と感じられる天国から解放された。
恵はゆっくりと身体を離し、顔を真っ赤にさせている。目は恐怖心と、羞恥心により、涙目になっていた。
「お前、相変わらず虫嫌いだったんだな」
「…………」
「ちなみにお前がスコアは勝ってたぞ」
「…………」
「……帰るか?」
恵は小さくうなずき、何やら手を差し出してきた。
「まだ、怖いから手……繋いで」
(……やばい、可愛い)
鳴りやまない心臓に追い打ちをかける恵のことを、叶はそう思った。
余談だが、叶と恵が出た後の最後に出るランキング表示、一位の枠には、
つばき:ゼロヒット
Yoru :オールヘッドショット
─ステージコンプリート─
と書いてあった。
謎の一位、Yoruは一体何者なんでしょう……
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