三話 複雑な恋愛感情は、時にすれ違いを生む
ガチャン! と勢いよく玄関のドアを開ける一人の少女がいた。
「はあ、はあ、はあ、はぁぁ……」
呼吸が安定してくると少女は荒い息遣いはため息へと変え、その場にうずくまるようにしゃがみ込む。
少女の名前は大神恵。
叶の親友にして幼馴染は、ずっと前から叶に恋心を抱き──つい先ほど、想い人と再会した……のだが──
「逃げちゃった……」
──とのことである。
静かに呟く彼女の胸には再会できたことへの喜び、逃げてしまったことでの胸を締め付ける想い、そしてなんといっても───
「なんで本人の前であんな愛の告白みたいなことしちゃったのよぉぉぉ」
───羞恥心である。
今ではこの胸の高鳴りが叶へのものなのか、走ったことなのかもわからない状態だった。
「本当に何なの……?」
その後、数十分ほど恵は玄関で体育館座りで一人反省巻をしていた。
そして、全身の汗が身体を冷やしてきたので重い身体をなんとか動かし浴室へ向かった。
頭と体を洗った後、湯船につかるとこまでは良かったものの、今日のことを振り返ったせいで危うくのぼせてしまうところだった。
夕食を食べ、洗面台に向かい、歯を磨く。
階段を上がって一番奥の部屋が恵の部屋だった。
いつもならネットで好きなアニメやドラマでも見るのだが、どうにも集中できないため、今日は寝ることにした恵。
ベットの置物スペースにある写真棚をとる。
それは一度叶が恵の家に遊びに来た際に撮ったものだ。
無論、部屋に入られると下着や服などでバレてしまうので、リビングでアニメを見るだけだったのだが。
この写真には肩を組んで笑顔でピースしている叶と、その隣で少し恥ずかしがっている恵が写っている。
「……この頃はずっと私のほうが身長高かったのに」
十センチほどだろうか? どんぐりの背比をしていた叶はもういなかった。
それが嬉しいような、残念なような、でもやっぱり嬉しくて、恵は笑みを浮かべた。
まだ自分たちが小学生だった時。恵は叶が自分のことをある意味異性として見てないと気づいていた。
それでも恋というものは残酷で、自分で意識的に終わらすことができない。
たとえ叶がどこか遠くに行ってしまうことになっても。
だから恵は決めたのだ。次叶と会った時、告白できるような自分であろうと。
あの別れの日に告げられなかった言葉を伝えられるように。堂々と胸を張っていられるような自分でいられるように──可愛くなれるように努力した。
全ては叶と再会したときに自信をもって告白するため。……するためだったはずなのに。
はぁ……と恵はまたもため息をつく。
本人がいるとはいざ知らず、過去や現在、果ては未来の想いまで伝えてしまった。
挙句の果てには逃げてしまった。
「……あれだけ頑張ったのになぁ」
そうポツリと出た言葉には少し涙が滲んでた。こんなはずではなかった、と言い表すように。
結局、自分は自分だった。あの頃の臆病者のままだった。成長しているだけで、本質は変わっていなかった。
「もう、寝よう……」
自分にそう言い聞かせるように涙声を出した後、恵はベッドで身をかがめた。
───翌朝。午前六時。
スマホのアラームが叶のことをしつこいぐらいに起こしてくる。
叶はすぐさま人差し指で黙らせて、ゆっくり身体を起こす。
まだ寝起きにもかかわらず、頭はやけにすっきりしていた。
頭だけじゃない。全身の疲れがすべて削ぎ落ちたように軽い。
「……恵ってああいう格好するようになったんだ。……って、昨日の話だと俺が恵を男のように接していたのが原因だったんだっけ」
整理整頓がきちんとされた頭は、昨日の出来事をやけに鮮明に思い出すことができた。
当時の叶は恵が女子であることに気づいていなかった……なんてことはなく、実際は気付いていないふりをしていたのだ。
不意に見せる笑顔。褒めるとすぐに赤くなる頬。良かったことがあると少し高くなる声。
本当はかっこいいと同じぐらい可愛いを言いたかった。その延長線上にある想いだって幾度となく言葉にしたかった。
けれど、そうはいかなかったのだ。なにせ、昨日みたいな可愛い恰好を恵はしてこなかったから。
男のふりをされていることに気づいていたから。
「……てっきり、男の子になりたいのかと思ってた」
だから、女の子扱いをしてあげられなかった。喉まで出かかった言葉を声にはできなかった。
ずっとそう思っていた。そう思っていたからか、恵が自分のことを異性として好いてくれていたという実感が湧かない。
頭の濁りがない状態だというのにどこか夢見心地な感覚。
昨日のことは全部夢だったんじゃないか。もしくは、公園で一人妄想にふけっていたとか。
ない話ではない……のかもしれない。
もし、恵に再会できたとしたら、想いを伝えて、恵のことを諦めて、それからまた友達でいよう──と考えていたからだ。
「来週の土曜日……」
来週の土曜日にまた、あの公園に行って恵がいたらきっと現実味が湧いてくるはず。自分も素直に両想いを喜べるはず。きっと、ずっと言えなかった言葉も──。
「……告白って練習しといたほうがいいのかな」
***
公園には一人の少女がヨーグルトの駄菓子を手に抱えながらベンチに座っていた。
「……夢じゃないってことだよな」
一週間恵に告白することをシミュレートしてきたわけだが。
『好きだ、恵』
『ごめんね、叶。僕、女の子が好きなんだ。だから君とは付き合えない』
『も、もし俺が女になったら、付き合ってくれるか?』
『君は親友だから……ごめん』
どんな告白でも韓国アイドルのセンターパートのイケメン女子になった恵に振られるだけだった。
「叶……来てくれたんだ」
「ほんとに大神さんは恵……なんだよな」
座りながら、目の前の少女に確かめるように叶は尋ねる。
「そうだよ。……き、君の為に可愛くなろうって頑張ったんだよ」
そう言うとすぐに恵は叶にぎゅっと身体を寄せる。
肩と肩がくっついただけ。それだけなのに叶の鼓動は機関車のように加速し始めた。
(なんか、肩柔らかくなってないか……?)
フワッと包み込むような甘い匂いも相まって、叶は脳みそがぐにゃりと溶けていくような感覚に襲われる。
だがそれは恵も例外ではなく……
(やっぱり叶の匂い好き……ていうか身体つきも男の子っぽくなってるし……このまま抱ついてもいいよn……って違う! 私はそんな体目当てに寄り掛かったんじゃないでしょ!? これじゃまるで変態じゃない!? これはあくまで叶を落とすための作戦よ、落ち着きなさい私っ!)
様子を伺おうと恵は叶の顔をチラリと見たが、叶は特に何も気にしていないように駄菓子をパクパクしていた。
(……ちょっとぐらいドキドキしてほしかったなぁ)
しょんぼりとした声を心で呟き、恵も叶と同様に駄菓子をパクパクし始める。
しかし、冷静に考えてほしい。
両片思いの相手と肩が触れ合うほどに近い距離にいて、ドキドキしない男はいるだろうか──? 否、いるわけがないだろうッ!
(……、うん……なんで更にからだ寄せてきたマジで乙女心わかんないというかもうやめて俺のライフはもうゼロよ!?)
叶のヨーグルトをすくって食べる速度が徐々に増していることに、しんみりとしている恵は気づかない。
「あのさ、叶」
「ん」
「えっと……って、食べるの早くない?」
「……いや、腹減ってたから。それよりどうした?」
恵はぎゅっと片手でスカートの裾を掴んでいたが、やがて意を決したように叶を覗き込んだ。
「この前の話の続きしても……いいかな?」
恵の話したいこととは……
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