二話 どうやら嘘は使い物にならない
思い出のベンチには一人の少女が座っていた。
少し大きめのパーカーにショートパンツで、服装は彼シャツを健全にした感じだ。
目を引き付けられる綺麗な黒髪のミディアムボブ。引き締まりつつも柔らかさを忘れていない頬。
太陽を反射し、宝石のように綺麗に光る瞳と、通った鼻筋。
横顔でも相当な美人だと判断できる。
そんな美少女はどこか切なげに公園中央の桜を見ていた。
金縛りにあったかのように彼女から目が離せずにいた叶だが目的を思い出し、恵を探す。
「……おばちゃん、いるって言ってなかったけ?」
だがそれらしい人物を見つけることができなかった。
この公園は遊具などはなく、ただ中央に大きな桜の木とそれを囲うように四つのベンチがあるだけの公園なので、敷地面積はそれほど広いものではない。
そのため、木の周りを一周してしまえば見つけられるはずなのだが、やはり姿は見当たらず。この公園には現在叶とさっきの少女しかいなかった。
それも不思議なことだと、叶は思う。
というのも、昔からこの公園はこんなに桜が綺麗に開花するというのに、訪れる人が全くもっていないからだ。
数年の月日がたった今。
NSが復旧している今ならすぐにでも人気なスポットになっていいと思ったのだが、案の定、あの頃から現状維持になっている。
引っ越し初日だし、今日は大人しく帰るかと公園を出ようとした時──
「あなたもその駄菓子好きなんですか?」
声のしたほうへ振り返るといつの間にかあの少女が目の前に立っていた。
一般的に急に声をかけられれば驚くだろう。
だが、叶は間の抜けた声すら出さずに、
「そうなんです。思い出の味なので」
自然に初対面の女子にそんな恥ずかしいことを言っていた。
美少女のほうもそんな返されると思ていなかったのか、大きな目をさらに大きくさせてる。
「今のなしで……」
「いいじゃないですか、思い出の味」
叶は鏡を見ずとも自分の顔が赤くなっていることに気づいた。
もう、ここから去ろう……。そんな叶を引き留めるように、少女はなおも叶に問いかける。
「あなたも誰かを待っているんですか?」
なんで、わかったんだ……?
驚いたような表情で叶は少女の瞳を覗き込むが、逆に吸い込まれそうになったので、違う違うと首を振る。
「なんでわかったんですか……ん、あなた……も?」
少女はコクリと頷く。どこか寂しそうに。どこか嬉しそうに。
「私は大神といいます。ここで出会ったのも何かの縁です。少しお話してもいいですか?」
「いや、俺……」
「いいですよね?」
「あ、はい……」
断るつもりだったが、少女の無言の圧力に屈してしまい叶はこの場から逃げることができなくなった。
少女は大神というらしい。話によると、自分は初恋の人を待っているということだった。
その初恋の人は自分より背が小さくて、かなり鈍感だったが、無意識な言動とやさしさでいつの間にか好きになっていたとのこと。
「今日時渡さんに声をかけたのも、もしかしたら彼がヤキモチ焼いて駆けつけてくれるんじゃないかって」
ここに来る人って珍しいから、と恵はこぼす。
「まあ、そんな少女漫画みたいな展開はなかったけど、話しを聞いてもらえて嬉しかったです。わざわざ引き留めてごめんなさい」
「いや、大丈夫です。大神さんの恋、応援してます。……あの、俺が来る前、誰かこの公園に来ませんでしたか?」
「見かけてない……と思います。その人が時渡さんの待ってる人なんですか?」
「待ってるっていうか、待たせているというか」
そう言った瞬間、恵の瞳が「お前もか」と言いたげなジト目になった。
「……えっと、俺はここら辺で──」
「もう少しお話ししてもいいですか?」
叶は蛇に睨まれた蛙のように逃げる足も喋る口も動かなくなっていた。
数時間後。
「本当ですよ人がこんなに頑張っているのに、全然顔を出してくれなくて、わかっているんですよ? 彼の地域からここに来るには半日かかっちゃうことぐらいは理解しているんですよ? でも一回ぐらいは顔を出してくれてもいいじゃないですか? それなのに今の今まで連絡一つもよこさないで……どうせあっちで可愛い女の子とイチャイチャしているんでしょうけどそれなら約束なんて無責任な言葉使わないでほしいんですけど!」
叶は開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったらしい。
大神のマシンガントークが始まってから、もうどのぐらい経つだろう。
いや、いい。これが自分の罪に対する罰なのだ。
親友だった幼馴染を待たせに待たせ続けた贖罪。
まさかとは思った。なんで最初に気づけなかったんだ? 信じられないと言ってもいい。
だが、現実は現実目の前で初恋の彼の愚痴を言っている少女の正体は他でもない──恵だったのだ。
言葉の弾丸が浴びせられていくにつれ、叶はどこかヒヤリとした気持ちになっていた。
まるで、自分がした悪事の犯人捜しをされているかのような感覚。身に覚えのある体験に言動。
俺ってそんな鈍感野郎だったけ……? それよりも、苗字大神って言うんだ……考えてみれば、自己紹介ちゃんとしたことなかったな……ていうか、恵って男として接してほしかったんじゃなかったのかよ!?
発見が多すぎて脳の処理が追い付かない叶。
無論、時渡と名乗った時点で恵も話し相手が叶だと気づいていないので、恵も叶の苗字については知らなかったらしい。
疑心はやがて確信に変わったが、その時にはもう「俺、叶。ここに戻ってきたよ!」とは言い出せそうになかった。
「思い返してみれば私のこと男だと思っていたし? 少しおしゃれをしてみてもかっこいいしか言ってくれなかったし、いや隠してた私も私なんですよ? でも一回抱き着かれたときがありまして、少し胸が膨らんできたころだったんで、隠すのも大変だったんですよ。だぼだぼのトレーナーでかろうじて隠せてはいたんですが、やっぱり感触は伝わっちゃうじゃないですか、それを彼なんて言ったと思います?」
「な、なんて?」
「太ったか? ……って言ったんですよ!? 信じられないでしょ!? 気づけよ、あの場面は気づけるだろ!」
……言ったような気がする。
「だいたい──」
キーンコーンカーンコーン──。
恵が再び弾幕を補充しかけようとしたところ、チャイムがその装填準備を妨げる。
「え! もう五時!? あ、え、あ……ご、ごめんなさい! 私、つい喋りすぎちゃって!」
「いや、いいんです……。全部、自分が悪いんです……」
「いや、時渡さんに対して言ったわけじゃないんです! ただ、その私が待ってる幼馴染に──初恋の男の子に対して言ったんです」
「いやそれ、自分ですね……ほんと、生きててすいません……」
「え……?」
恵の心臓がじわりと嫌な脈を打ち始める。
違う、違う違う……何が? 何が違うと言うのだろうか。何に対して、自分は違ってほしいと──
「……あ、あの時渡さん、下の名前は?」
「叶。大神さんの下の名前は恵……じゃないですか?」
「…………」
「…………」
目をぱちくりと何回かさせた後、グルグルと瞳の中で羞恥心が渦巻く恵。
みるみるうちに赤くなった顔と、少しだけ涙がにじんでいる目。
幼馴染との再会に感極まっている……と表現するのは少し違うような。
そんなことを考えていると、涙目は変わらないまま、恵が恨めしそうな声を出す。
「叶ぅううううう………」
「違う、俺もさっきのさっきまで気づかなかったんだ! 信じてくれ! あ、えっと、そ、そういえば! ちょっとしないうちに俺のほうが身長越したな!俺、今172センチあるんだけど……め、恵は?」
恵の耳に叶の問いなど聞こえていなかった。
全身がサウナに入っていると錯覚するほど掘ってた身体で、冷静に自分が話したことについて思い返してみる。
自分はここで初恋の人を待っているんです……そう、寂しそうな笑みを浮かべたヒロイン。
それは紛れもない……恵自分自身だった。
「うわぁあああああああああああ!」
「うぉっ!? ど、どうした恵」
最初から、最初からアウトだった。
そしてその後、自分は好きな人について永遠と語り始めて──
「叶のばかぁああああああっ──!」
恵は呆気にとられている叶に構う暇もなく、この公園から全速力で離れて行ってしまった。
その背中を追いかけるどころか、力が抜けたようにすぐ後ろのベンチにストンっと落ちる叶。
そして口元を右手で覆い無意識に顔を熱くさせ、無自覚にこう呟いていた。
「俺の幼馴染、可愛すぎだろ……」
この時の叶の頬の色がいつもより赤かったのは夕日のせいか。
それとも───
無事(?)再会できた二人。
最後の叶の呟きは一体……
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