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一話 昔から変わらないものほど落ち着くものはない



「叶。そろそろつくから、降りる支度しといてね」

「わかった。ここまで送ってくれてありがとう、かあさん」


 そう笑顔と共に返事をした少年は、紛れもない好青年だった。

 そんな好青年の名前は時渡叶(ときわたりかなう)。この春から高校生になるということで、一人暮らしを始める。


「あ……ここの道。あの駄菓子屋、まだやってるのかな」


 ふと思い出すように叶は道に向かってそう呟く。


「叶はあそこの駄菓子屋好きだったよねぇ。いつもえっと……(めぐみ)君だったかしら? 一緒に行ってたんでしょ? お母さんも引っ越す前に恵君の顔見てみたかったぁ。再開したら写真送ってよ?」

「うん。絶対送るよ」


 ここまでの会話から分かるように、時渡家は一時期、この地域に住んでいたことがある。

 もう、あれから三年の月日が流れた。


 顔つきも、髪型も、声も、身長も変わってしまった自分に恵は気づいてくれるだろうか。


 そして、自分は恵のことを気づけるのだろうか。


「いや、弱気になるな」


 そうだ。きっと、大丈夫。今でも瞼を閉じればすぐに浮かんでくる……とは言ったものの、復習ぐらいはしといた方がいいよな。


 叶はゆっくりと目を閉じた──。


 ***


 

 叶と恵が出会ったのは小学二年生のころ。

 いつものように五十円玉を握りしめて駄菓子屋に行った日のことだ。


 いつもの駄菓子に手を伸ばし、自分とは違う手のひらと触れ合った時。 


「君もこれ好きなの?」


 目が合って、間髪入れずに目の前の子供は自分にそう訊いてきた。


 白い肌と綺麗な瞳をもつ、幼いながらも整った顔立ち。

 少しだけ長い、ウルフカットの黒髪。


 もし、自分の小学校に転入してきたなら、告白の嵐が吹き続けるじゃないか──と、叶は思った。


「うん、……好き。おま……じゃなくて、君も?」

「おまえって言おうとしただろ」


 目の前の子供は気さくに笑う。


 その日、叶と恵は近くの公園で日が暮れるまで遊んだ。

 日が暮れるまで──つまりは時間を忘れて何かに没頭する経験が叶ははじめてだった。

 それは恵も同じだったらしい。


「あのさ、次の土曜日も一緒に遊ばない?」

「うん、恵が来るなら俺も行くよ」


 それから毎週土曜日は、いつもの駄菓子を買い、遊ぶことが二人の習慣となった。


 時間は決めてあったため、何らかの都合で行けない日は駄菓子屋のおばちゃんに電話で頼んで、会計の時に言ってもらった。


 それから春夏秋冬を繰り返すうちに二人はいつの間にか小学六年生になっていた。


 ある夏の日。いつも通り駄菓子屋近くの公園のベンチに二人は座った。


「君は中学どこ行くの?」


 いつもの駄菓子とソーダ味のアイスを食べながら恵は聞く。


「んー、まだわからない。でも」

「でも?」

「恵と一緒がいい。その方が絶対面白いし。本当は小学校も一緒だったらよかったんだけど」

「……そう」

「恵、なんか顔赤いけど大丈夫? ちゃんと水分補給してる?」

「ああ、心配しなくていい。これは暑いからだよ」

「じゃあなんでそんなだぼだぼの服着てるんだよ……」

「そ、それは……ファッション、だよ。僕がモテるのはこういう意識からなんだ」


 そんな会話もあったもんだから、その頃の叶と恵は一緒の中学に行けるものだと、お互い思っていた。

 暑かった夏が終わって、紅葉が辺り一面に広がって──そして、年が明けるまでは。


 一月一日。

 新年相曽素、叶は父の口から引っ越しのことを言われた。


「叶、ごめん。僕の仕事の都合で少し遠いところに引っ越さないといけなくなってしまった」


 その時、叶は自分がどんな顔をしていたのかはわからない。ただ目の前の視界がと上下左右にグニャグニャと動く感覚に襲われて──。


「遠いって……その、どのくらい?」

「車で6時間だけど、渋滞を考えると……」

「そっか……」

「……本当にごめんな、叶」


 申し訳なさそうに父が言う。


「え、なんで? 新しい場所行くんでしょ? すごいワクワクする! あっちでの生活楽しみ!」

 叶はぽっかり空いてしまった何かを埋めるように。自分を偽るようにして、父親に笑顔で返すことが精一杯だった。

 だから恵になんて言えばいいのか、考え続けても考え続けても、それらしい言葉はみつからなかった。


 ───次の土曜日。


「───」


 六時間って、学校の授業時間と同じじゃん……。


「──み」


 朝六時に起きても、十二時……。


「君!」

「はいっ!? え、えっと……どうした?」

「さっきから呼んでるのに返答がなかったから」

「ああ……ごめん、ちょっと考え事」

「何を考えてたんだ? あ、中学生活のことだったりする?」


 楽し気に笑う恵を見ると、どうも言葉がつまる。けど、ここで言わなきゃ後悔するような気がして、叶は重い口を開いた。


「……あのさ、恵。話したいことがあるんだけどいい?」

「……唐突だね、何?」

「俺、遠いところに引っ越す……らしい……」

「ぇ……」

「だから一緒の学校には行けない」

「…………嘘、だよね?」

「……ごめん」


 信じられないような瞳をしている恵に、叶から出た言葉は謝罪だった。それが嘘ではない証拠だと知って、恵は目を見開きながら俯く。


「恵、俺は───」

「ストップ!」


 恵の後に俯いた叶の後頭部を殴るように、そんな言葉が飛んできた。


「君といてこんな空気は嫌だよ、ただでさえ冬で寒いのに」

「……手袋にネックウォーマー、加えてホッカイロまで持参してるのに?」


 叶の問いかけに、数秒の沈黙。そして、その沈黙を断ち切るように二人は同時に笑いあった。

 何もかも忘れて、いつものように──……そうできたらどんなに幸せだっただろう。


「……いつ行くの?」


 寂しさ交じりの笑顔で恵が聞く。


「……卒業式の日にすぐ、だって。でも、その日は土曜日だから」

「じゃあ奇跡的に最後も話せるね」


 恵の言葉に叶は静かにうなずく。


 それから卒業式まで、二人は思い出作りに取り組んだ。

 ある日は巨大な雪だるまやかまくらをつくったり、都心のほうに行ってアニメのグッズを買ったり、映画を見に行ったり。


 小学六年生の二人にとっては少し背伸びをしたようなものが多かったが、二人でいれば大丈夫──そんな気持ちが足りない背丈を補っていた。


 そして最終日。つまりは二人の卒業式後。


「今日で終わりかぁ……、なんか、あっという間だった気がする」

「この会話が終わったら君は、行っちゃうんだよね……」


 叶もそこでは頷くことができなかった。けれど、思いっきり横に首をふることもできなかった。


「……君は好きな人とかいる?」


 恵が再び、問いを投げる。


「そういえば俺ら恋バナしたことなかったっけ……」

「それで、いるの?」

「ん~、いないな」

「ふーん」

「なんでちょっとうれしそうなんだよ。てかそういう恵はいるのか?」

「まあ、いるにはいるよ」

「え……、えっ! どんな子!?」


「……君だよ」


 叶の耳に届かないぐらいの──あまりにも弱々しく、切ない声で恵は呟く。


「だ、誰って言った? ごめん、聞こえなかったからもう一回言って」

「まあ優しくて、かっこよくて、わた……じゃなくて」

「わた?」

「わたがしみたいにふわふわな子。別に好みはいいだろ」

「……けど、そっか。マジで好きな人いるんだなー」


 わたがしみたいにフワフワな子。なんとなく、目が大きくて髪がフワフワな女の子を叶は想像する。


「恵が告ればいちころだと思うよ。イケメンで、性格もよくて、おまけに勉強も運動もできる」

「残念だけど、その人は僕のことを異性として意識してないからね。そのくせ、異性としては意識させられるから……本当にこっちの身にもなってほしいよ」


 叶にジト目をした後に、目を瞑ると同時に恵はため息交じりに微笑む。


 キーンコーンカーンコーン──っと、どこからか五時を伝えるチャイムが鳴る。


「君、そろそろ時間じゃない?」

「そうだな」

「もう行きな。引っ越し、明日の朝すぐなんだろ? 親御さんたちに迷惑にならないように」

「うん。恵……本当に今までありがとう。恵と会えてほんとによかった。ずっと、ずっと友達だ」

「僕も君と出会えて、本当にいろいろなことを、知ることができたよ。こちら、こそ、ありが……とう」


 恵の言葉はとぎれとぎれになっていた。

 それでも言葉を紡いだが、最後に胸の奥から溢れてきたのは──大粒の涙だった。


「……ああ、もうっ……泣か、ないで君を送ろうと、思ったのにっ」


 そう言い切ると同時に、恵は嗚咽を殺しながら泣き始めた。


 叶は初めてだった。かっこよくて、優しくて、憧れの存在だった──恵の涙を見ることが。


 気づいた時にはもう身体は動いていた。優しく頭を抱えて、ぎゅっと恵を抱きしめていた。


「恵、大丈夫っ、大丈夫だよっ。俺たちはただの友達じゃない。親友で、そして幼馴染なんだっ。きっと、また会えるっ、必ず、必ず俺は戻ってくるからっ!」


 叶の視界もいつの間にか滲んでいて、何度目を閉じてもその光景は変わらない。


「ほんと……? 君は……君と……また会える……?」


 叶の目の前にはいつものかっこいい恵はいなかった。ただ、不安そうな上目遣いの……幼馴染が叶を見ていた。


「約束するよ。俺は戻って来る。だから──待ってて」


 叶の視界はいつの間にか明瞭に恵のことを捉えていた。恵も涙を拭って、むせびながらも笑顔を作る。


 叶はもう一度、ぎゅっと恵を抱きしめた後──


「……恵、太った? なんか……胸のあたりが柔らかいんだけど」


 それを聞いた途端、恵は顔を真っ赤に染めて叶を思いっきりぶっ飛ばした。


「ぐはっ!?」


 叶は一瞬自分に何が起きたか分からなかった。だが、みぞおちに深く、深く苦しみという文字が刻まれていた。


 もはや声を出すことも出来ずに横たわっていると、恵が顔を真っ赤にさせたまま叶を見下ろしていた。


「君はっ、引っ越し先でデリカシーを身に着けること!」

「つ、ついでに身長も恵越えになるように頑張ります……」

「無理だね、まだ5センチも差があるんだから」

「……5センチなんて誤差だ。」


 うずくまりつつも不満そうな顔を見て満足げにほほ笑む恵。

 二人はもう泣いていなかった。


 また、会える──そう思えたからなのかもしれない。


「それじゃ行ってくる。じゃあ……じゃなくて、またな! 恵」

「またね! 叶」


 ***


「じゃあ、お母さんは行くけど、不安なことがあったらいつでも連絡してね」

「ありがとう。母さん」


 車が見えなくなるまで手を振った後、叶は新居に入った。


 高校生一人暮らしの部屋にしてはだいぶ広いが、それは叶の父親が「叶には本当に申し訳ないことをしたからね」という贖罪からこうなったらしい。


 荷物の整理や家具の配置などを引っ越し業者と相談し、ひと段落したところで叶はあの駄菓子屋に行くことにした。


 偶然にもこのマンションから駄菓子屋までは五分もあれば行ける距離だった。

 それに今日は土曜日。

 いつもの待ち合わせ時間は少し過ぎてしまっているが──。


「なんて……案外、恵は俺のこと忘れたりしてな」


 この地域は都会といえば都会に位置しているが、駄菓子屋周辺は木々で囲まれ冷たい風が肌に心地よい感覚をもたらしてくれる。


 久しぶりの駄菓子屋は三年前見たものと変わってなかった。


 店の手前のレトロなゲーム台とガチャガチャ。でかでかと木を彫って作られた福笑という文字。奥にまで続く駄菓子の棚。メガネがよく似合う駄菓子屋のおばちゃん。


「まじか……、福笑ふくわらい少しも変わってないじゃん|」


 この駄菓子屋には決まった名前がなかったので、叶と恵は看板にちなんでふくわらいと呼んでいた。


 駄菓子屋を入り、一番右奥に行くと冷房で冷やされた空間にたどり着く。そこのちょうど一番角の商品を手に取る。それは小さなヨーグルトのお菓子で蓋に牛のキャラクターが書いてあるものだ。

 クリーミーな濃厚さと酸味が美味しいと人気の駄菓子。叶にとっても思い出の味。


 会計を済ませると、おばちゃんが話しかけてきた。


「おやまぁ……久しぶりな顔だ。ちょっと見ないうちに顔だちが男前になったねぇ。身長もおばちゃんと同じだったのがこんなに伸びて」

「え……おばちゃん、俺のこと覚えてるの?」

「常連だったしいつもあの子といっしょだったからねぇ。あの子ならいつものところにいると思うよ」

「あの子……って誰?」

「忘れちゃったのかい? 恵ちゃんだよ」

「……恵が、いるの?」

「ずっと、叶君を待ってたんだよ。ほら、早く行ってあげな」


 おばちゃんに背中を押され、叶はまだ実感が湧かないまま店を出る。


 あいつは今どんな風になっているのだろう……。俺だってわかるかな? それとも……いや、大丈夫なはず……。


 カチコチとなりつつも、叶はいつも恵と座っていたベンチについた──のだが。


 そこには一人の少女が座っていた──



















 

読了、ありがとうございました。

少しでも「面白い!」「続きを読みたい!」「主殿、更新ファイト!」



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