「一輪の花」(One Flower):咲×草太×陽葵×Lisa
#記念日にショートショートをNo.31『木漏れ日に咲く』(Blooming dappled in the sunlight through the trees)
2020/4/29(水)昭和の日 公開
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【関連作品】
「一輪の花」シリーズ
「兄さん、新しい命を授かったの。予定日は来年の5月頃だけれど、もう名前は考えてあるんだ。女の子なら芽生、男の子なら草太にしようと思っているの。どうかな?」
兄さんに笑顔で話しかける。兄さんは照れたように笑っている。
今年30歳になった私は、兄さんと同じ5歳年上の男性と初夏に入籍した。
いまは、妊娠3か月ほどだ。
そっと、おなかを撫でる。
どんな状況でも、兄さんのように強く生きてほしい、そう思った。
季節は巡り、初夏。5月16日、元気な女の子が生まれた。どういう力が働いたのか、兄さんの誕生日と同じ日だった。名前はもちろん、芽生だ。
さっそく、兄さんに報告する。
出産後の経過も良好で、5月も下旬に差し掛かる頃には、自宅に戻ることができた。
テレビをつければ初の日本開催のオリンピックまであと少しで100日に迫り、世間は祭囃子のように浮かれている。街を歩けば、あちらこちらで坂本九さんの『上を向いて歩こう』が流れている。
いまは選手たちが日の丸を背負い、ほんの十数年前は男性が日の丸を背負っていた。
戸棚の上に、写真と並べて置かれたドロップ缶を見る。
いまでも、最後の一粒は食べられない。
「お姉ちゃん、おるー?」
夫が仕事に出掛けたあと、正午過ぎ、妹の陽葵が訪ねてきた。
「はい、これ出産祝い。にいにに、報告した?」
「あなたに言われなくても、もちろんすぐに報告したわよ。」
妹が携えてきた包みを受け取りながら答えると、妹はふと、どこか遠くを見るように視線を浮かせた。
「にいに、元気かなぁ……。」
そんな妹に言い聞かすように、肩に手を置く。
「忘れたの。兄さんにとって、私たちの笑顔が力になるの。私たちが笑顔でいることが大切なの。だから、私たちが萎れていちゃ駄目なこと、あなたもよく知っているでしょ?」
あの日の、あの兄の言葉は、いまでもはっきりと覚えている。
〝僕のことは気にしなくていいんだ。僕は2人のことがとても大切だから、もし自分が少し無理をしてでも、2人に出来る限りのことはしてあげたいと思っている。2人が笑顔でいてくれれば、それでいいんだ。〟
忘れることなんてない。一言一句、はっきりと。間違えることなんてない。
「そうね。」と、妹が、どこか吹っ切れたように、上を見上げた。
自分や近くに幸せを感じれば、その分、幸せになれなかったものが際立ってくる。
光があれば、陰もある。
日向が出来れば、日陰も出来る。
「もしかしたら兄さん、謙虚だから、私に女の子を産ませたのかもね。」
妹の言葉で、思い出す。兄さんは、そういう人だ。
忘れていたわけじゃないけれど、埃を被って埋もれていた箱を、時を経て開くように。
「まさかあ。たまたまでしょ。」
半ば呆れ顔で、妹が言う。
「でも、名前に込める気持ちは変わらないわ。たとえ道端の雑草だったとしても、踏まれても蹴られても、根を強く張り、兄さんのように、強く生きてほしい、って。」
遠くで、兄さんが安心したように、笑っているような気がした。
【登場人物】
○咲(さき/Saki)
○陽葵(ひまり/Himari)
●草太(そうた/Souta)
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
①時代設定について
1963年設定
○咲:30歳
○陽葵:23歳
(○草太:35歳)
②タイトルについて
タイトルは当初は「陰日向に咲く」と「木漏れ日に咲く」で迷っていたのですが、劇団ひとりさんの小説に『陰日向に咲く』という小説があったので、重複を避けるために『木漏れ日に咲く』にしました。
【原案誕生時期】
公開時




