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【ファンとライバル】

学校が近づくにつれて刺さりが深くなる視線に気づかない素振りで歩みを進めると、丁度校門を抜けた辺りで学校の方から砂埃を連れながら駆け足で私に向かってくる姿。昨日より一層オーラを濃く纏って見えた有希が私に体当たりをする勢いで抱き着いた。


「美咲ちゃんおはよ! 二人とも残ったね! 」


興奮気味で喜びを存分に表現する彼女に多少の違和を感じはしたけれど、顔を上げるとすぐに理解ができた。有希はここに存在する以上の多数の目をしっかりと見据えている。


「有希も三位おめでとう」


「ね! こんな高順位、びっくりしちゃった」


でもここで終わりじゃないから気は緩められないけどね、と履き替えた上履きにかかとを嵌めながら付け足す有希の気合いを横で眺めていると、見慣れない顔が二人明らかにこちらに用があるような距離まで近づいてくる。現一年だということを示す上履きの青いライン。


「あの、私たちお二人が推しなので。頑張ってください」


「ほんとに? 声掛けてくれるのめっちゃ嬉しい! ありがとう! 」


どこか気後れした様子の彼女たちに対して有希は即座に花を満開に咲かせて振り撒いてみせた。本当に逞しい。運営からのコメントを読んで、需要を理解し切って、意図飲み込んで、反映している。今の有希は最上級のあるべき姿だ。


そんなオーバーなくらい輝いた彼女の横で私は「ありがとう」と一言だけ残し、手を振りながらその場を離れる有希と連れ立って二年の階に繋がる階段に向かった。


私はアイドルになってはいけない。アイドルへ憧れている姿はリンク氏によって赤ペンで掻き消されたんだ。






放課後、有希と一緒にいつもの指定された教室に向かうとあの御馴染みの【北道生アイドル計画説明会】の垂れ幕はもう掲げておらず思いがけない物寂しさが胸を過った。


そんな他の十一人は気付かないであろうどうでもいいことに対して感情が動いた自分に口元が緩んでしまい、有希に「なんか余裕そうだね」と突っ込まれ、確かになんでこんな些細過ぎる面白くもなんともないことで笑ってしまったのだろうと自分自身を訝しみながら教室の引き戸を開ける。


もう机は下げられていない。手間を最大限に省いたそのまま授業を受けられる教室。その一番前の列に既に四名が固まって座っていて、引かれた戸の音に反応して一斉にこちらへ顔を向けたと思いきやそれぞれがバラバラに「こんにちは」と声を上げた。


見知らぬ顔、いや、昨日ランキングで確認した顔たち。この四人は全員一年だ。


この教室を利用するようになって初めて受けた挨拶に驚愕しながらも礼儀を重んじてこちらも挨拶を返し、これは私たちも詰めて座った方がいいだろうという暗黙の了解で有希と共に前から二列目の真ん中の席に腰掛けると丁度私の前に座っていた子がすぐに振り返った。


「乙部先輩と函先輩のニコイチな感じ、一年の中ですごくファンが多いんですよ」


社交性があるというか人懐っこいというか。他三人にまだピリピリとした雰囲気が残る中でその子、岩内いわないかえでが何でもないように私たちには話しかけた。自己PR動画は私と同じく演説方式だったけれどそのおっとりとした話し方と丁寧に策を練ったわけではなさそうなのにサラサラと話す軽い雑談のような飾り気のない一分を提出して七位に入っていた子。


「そうなんだ~」と返答する有希のいつもは完全に作り込まれる上っ面を越えて滲み出る警戒心に納得する。この嫌みのない屈託のなさ。有希とは違う天然のものだと見受ける。


「対照的なのにバディ感ある感じ。アイドルグループとは別に二人ユニットでデビューしてもらいたいですもん」


悪意のない熱量を私たちに向ける岩内楓。その横、有希の前に座るのは小顔かつその顔面がとんでもなく整っている上に細身で高身長というほとんどそのビジュアルだけで五位に上り詰めた八雲やくも百合子ゆりこ。目の前に天性が二つ。ここにきて有希が若干怖気づく音が聞こえた気がした。


そんな些細な音を掻き消すように遠慮がちにゆっくりと響く戸を引く音。私も含めた視線が一斉にそちらに向く。


そこには日頃伺える堂々とした様子が三分の一ほどに軽減された、南茅乃。


私たちの時と同様に一年から飛んだ挨拶に軽く会釈を返すと引き戸のすぐ横の席に荷物を置きそこに腰掛けようとする。仮にも一位、一番余裕を持っていいはずの彼女はどこか怯えた様子。考察せずともわかる。彼女は単体になると色がわからなくなってしまう人種だ。


「南さん、隣おいでよ」


 珍しく自発で他人を庇護した私に有希が驚いてこちらを見る。


「丁度列で学年分かれてる感じになってるし、こっちおいで」


付け足した言葉で悪意の無さに納得した南茅乃が弾かれたようにこちらへやってきて私の隣の椅子を引いた。


「茅乃ちゃん、一位すごいね。おめでとう」


 有希が前のめりの姿勢で私を追い越して話しかける。なんとも皮肉めいた一言。


「いや、でもあれは友達の力だし」


そう答える南茅乃は皮肉慣れしているようで、これくらいの皮肉は皮肉の内に入らないといった様子で否定的に答えた。


三人でエントリーしたのに実は乗り気ではなかった自分だけが残ってしまって気後れしてる? なんて核心をついてしまいたい気持ちもじわじわと心の内から滲み出てきていたけれどその皮肉こそなんの意味も持たないことを察して私も有希もそこから必要以上に南茅乃に触れないことにした。





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