【壁にぶつかる】
英語で自己紹介をしてその翻訳を日本語でするような、そんな構成の原稿を一分で、淡々と、読む。読んでいる以上の表現ができない。
回数を重ねたことによって暗記してしまってカメラを見ながら話すことができるようになったという成長はあるかもしれないけれど有希のようににこやかにはできず、何度見返しても映る仏頂面に絶望する。本当にアイドルになりたいのか、こいつ。
アイドルになりたい理由は赤ペンで斜線を引かれているからフォローできない。そして振り出しに戻るという作業を繰り返して結局何も解決しないまま没動画を量産して、最終的に没の中でもまだまともだと思うことができたものを送信したのが提出期限の五分前だった。
頭を抱えるを具現化したのも、親から散々言われてきた器用貧乏の意味を理解したのも今まで生きてきてこれが初めてだったように思う。
「生まれて初めて自信ないわ」
「あら、珍しい。常に自信に溢れて孤高の存在である美咲なのに」
「有希の自己プロデュース力を目の当たりにしてから本当に打ちひしがれてる」
「え、私のせい?」
いつの間にか自然と一緒に昼食を取る間柄になっていた私たち三人は今日もシラティと有希のクラスであるA組の窓際後ろで女子高生の一コマをそれらしく過ごす。
「有希のアイドル適正、凄いよ。もし今回落ちたとしても君はアイドルになるべき」
「今から落ちた後の話をされるの結構切ないよ~」
「よくあんな動画を作ろうって思いついたね」
「まあ、赤ペンでそう書かれたからね。ダンスなんてチア部の部長も残った時点でやるつもりなかったもん。勝ち目ないし。でもお洒落が趣味でいつでも気を抜かないって部分と、ダンス動画をネットに投稿してたって部分に使えって書かれたらそれを無視するわけにはいかないし」
「え、動画上げてるの?」
「この高校に進学するタイミングで全部消したけどね」
紙パックのリプトンにストローを刺して、それを咥えて吸い込むまで。この一連で片手間に呟かれた初めて耳にする事実の数々。何でもないかのように通り過ぎようとするそれを消えて行かないようにしっかりと拾い上げる。
「結局チア部の部長も案の定バッキバキのチアやってたじゃん?キャラ被る上に勝ち目なくない?とは思ってるよ」
昨日。正確には日付変わって今日の零時。二次審査進出者全員の自己PR動画が公開され、全世界に向けて発信された。
有希の製作した動画は誰よりも手が込んで一際目を引く仕上がりとなっていて、他にもそれこそチア部の部長が披露したチアだったり、男性アイドルの人気曲を歌とダンスを共に完全コピーしてやりきった身長の高いボーイッシュな先輩、ショパンの幻想即興曲を軽く弾いて見せたお嬢様風の一年や圧倒的な歌唱力でコーラスもしっかり入れて自分でミックスも行ったとういう歌動画を作った隣のクラスの子が抜きん出ている印象。
お勉強全一のこの学校にもこれだけ学問以外の特技を持った人たちがいたことに感心した。その他にも私と同じような演説方式の子でも話すだけで魅力的な子もちらほら見える中、私は自分の動画を開けないでいるしもう一生開くことなんてない。
投票の締切は動画が公開された本日から数えて二週間後で、上位の何名かが次の審査に進出できる。何位までが通過できるかは今はまだ明かされてはいないけれど、通過した人たちの順位と名前だけがと共に特設サイトで発表されるそう。
通過できなかった人たちはねぎらいの言葉もどれだけの人が投票してくれたのかを知る術もなくあたかもそこに居なかったような、一瞬で消えた使い捨ての物品扱いになる。
「今マジで二人のマネージャーやってる気分」
お弁当を口元に運びながら若干騒がしい廊下に目をやるシラティ。
「シラティはどっちに投票してるの? 」
「美咲と有希を一日ずつ交互に投票してる」
動画が公開されて誰がオーディションに参加したのかが明確に外部にも知れ渡ったことで遠くに見えていた生徒たちが確実にこちらに意識を向けているのを感じるようになり、それに気が付かない素振りで生活することに少し酔い気味になってきている。
今だって。教室の外、廊下を歩く男子たちが教室内を覗きながら通り過ぎる段階でこちらを探し当てて確実に目を合わせてきた。お前、オーディション組で誰推し?え、有希ちゃん。この教室でいつも昼飯食ってる、ほら窓際。え、どれ?あ、あれか。……そんな会話を繰り広げているんだろうな。
それくらい有希は如実に、特に男性人気を日に日に伸ばしている印象。私もそれなりに人の目を実感してはいるもののそこでどんな会話が繰り広げられているのかは想像できない。
ステージに上がったわけでもなく日常生活で目を向けられている状況。今までになかったそんな状況、それだけに酔っている。そしてそんな自分に、焦燥。まあ、部活にも入らず勉強と英語だけがアイデンティティな私の高校生活の最初できっと最後になる青春期間だ。
いつ終わりを迎えるかわからないそれを折角なら終わりまで堪能してやるんだ。