【二次審査の概要】
「以上の九名ですね。一次審査は合計二十八名が通過です」
結構落ちたな、という印象。きっと半分以上が振るい落されている。
「一次審査は皆様が記入した書類……簡単に言うとプロフィールと自己PRですね。そちらと皆様のことをよくご存じな先生方からの評価コメント。そしてそれにプラスして、先日行われた中間試験の結果を元に選考致しました」
思いがけなかった選考の+αにあれだけ張り詰めていた教室内が少しどよめき淀む。
「リンク氏が今回のオーディションをあえて日本一の進学校限定で行った理由の一つに、知があります。ドラマを生み出し、またそのドラマを生き抜くには賢さが必要ではないか。ということで先日の中間試験で学年五十位以下だった方は選考から外させて頂きました」
知らされていなかった選考内容の詳細に、完全に教室内がざわついた。
「先にその旨をお話ししてしまうと皆様は今回限りは張り切るでしょう。ですがこの度のオーディションでリンク氏が求めるのは常に知的であることです。ご理解頂ければと思います」
通過者が発表されている最中よりも身体の震えを実感して腕を組むようにして身体を押さえつける。流石過ぎる。リンク氏はどこまでも戦略的で果てしなく先を見ている。
「……では、通過された方以外はここで解散となりますのでご退室をお願い致します。お疲れ様でした。通過者の皆様は二次審査についてのご説明を行いますのでこのままお待ちください」
無慈悲な言葉を受けて名前の呼ばれなかった者たちがゾロゾロと席を立つ。その一連が粛々と行われる中「マジで応援してる! 頑張って! 」と唯一上げられた声が耳に入りそちらに視線を向けると二年では一番目立つギャル三人衆。二人が席を立って教室を離れる。三人衆が三分の一に。前列を陣取っていたチア部もほとんどが席を立つ。先ほど手を振り合った一列挟んで前の席の子たちは全滅だ。
通過者以外が教室を後にし切ると池田さんは残った生徒の人数を数える。念入りに。何度か繰り返し数えている様子だ。
「では、しっかり二十八名のみになったようなのでこれから二次審査についてお話しします」
席が疎らに空いた状態のまま、少し歪な教室で正面に向き直った池田さんが仕切りなおすように声をワントーン上げて話し出した。
「二次審査ではまずそれぞれ個人でPR動画を作って頂きます。そしてそちらをオーディションの特設サイトに掲載します。こちらは誰もが閲覧できるようになりますので皆様もそのつもりで」
……とうとうこのオーディションの存在が、そして私自身が、校内を抜けた先へ発信される。
「二次審査はそのPR動画を見た人たちの投票結果で通過者が決められます。投票は一日一回、一人にだけ行うことができます。毎日違う人に投票も可能ですがこの北道高校に通う生徒の一票は特別で、北道生の一票は百票に変換されます。北道生一人が一般の方百人分の威力を持つのです。きっとPR動画だけではなくこれまでの高校生活での行いや態度が大きく結果を分けるでしょう」
二次審査についての説明を半分に聞きながらこの審査を勝ち残るための策に思考を巡らせる。これは、どう考えても私には不利な条件では……?
通い続けている英会話がある為に部活には無所属、そしてあまり社交的とは言えず友達も数人のみ。
「ではまず、乙部有希さん」
悶々とする中で急に耳に届いた友人の名前に我に返ると隣の有希が席を教卓へ向かっていく。池田さんから折りたたまれた一枚の紙を受け取ると軽く礼をしてすぐにこちらに戻ってきた。
肝心なこの動作の理由は半分に聞いていたせいでわからず、静けさを裂いて有希に聞くわけにもいかないのでただこの名前を呼ばれて、誰かが立ち上がり、紙を受け取るというテスト返却と変わらない一連の流れを見つめ続けていた。
「函美咲さん」
小さく「はい」と返事を池田さんの元へ向かう。例の折り畳まれた一枚を受け取り顔を上げた時に初めて池田さんと目が合った。近くで見るとこんなに切れ長だったんだ。睨んでいるわけではないだろうけど、鋭さが刺さる目をしている。
席に戻ると有希が受け取った紙を開いて見ていたので私も心置きなく開く。その紙は何てことはない、確かに私が書いた一次審査の書類。提出時から変わっているのはそこには赤ペンで添削されていて本当に返却された答案のようになっているところ。
「これで全員の手元に戻りましたね。そちらの赤ペンはリンクが入れたものです」
衝撃で思わず紙から顔を上げると再び池田さんと目が合う。私だけの顔が上がっている世界。そのまま目を逸らすのも気が引けて顔を上げたままでいると池田さんの方から目が逸らされ、遠く何もない空間を見つめたまま話を続けた。
「この赤ペンを参考に一分以内のPR動画を製作してください。一発撮りでも編集を加えても、形はどのようなものでも構いません。赤ペンはリンクがそれぞれの押し出すべき魅力を引き出したものだと考えてください。そしてそれを上手く魅せられるかどうかで皆様の結果が変わるかもしれません」
後半で池田さんの口角が少し上がる。ちょっとキザなこと言ったなって、羞恥が段々と立体になって隠し切れなくなったであろう表情で初めて彼の人間味を垣間見た気がした。
PR動画の提出期限やその後の投票期間。北道生には其々にパスワードが配られ、特設サイトの投票画面にそのパスワードと学籍番号そして生年月日を入力して合致するとやっと北道生として一票を投じることができること。それらを早口で説明すると池田さんは「何か質問等がありましたらこちらに」といって私たちに名刺を配った。ここで質問を受け付けると進学校故の質問が止まらない状況になると前回で学んだご様子。
「完成したPR動画も期限までに私のメールアドレスに添付して送ってください。では、皆様のPR動画、心から楽しみにしています」
そう残して教師と共に池田さんが教室を後にすると有希が誰よりも早く「やばい、残っちゃったね私たち!」と私の肩に手を置いて興奮を隠さない声色と眼力で私に話しかける。それを皮切りに教室が一気に騒がしくなった。
「冷静ぶるのほんとに大変だった~。二年で一番最初に呼ばれるなんて思わなかったから返事遅れちゃったもん」
「私はなかなか呼ばれなくて諦めかけてたけどね。というか有希、ちゃんと頭良かったんだ」
「ギリギリだよ~。今回は四十七位。普段はもう少し悪いから運が良かった」
わざとらしく肩をすくめて見せる姿。
洋画で良く見るあれをリアルにやる人、いるんだ。初めて見た。