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【一次審査通過者発表】

説明会から一か月程経った五月下旬。遂に池田さんから招集が掛かった。


この一か月と少し、特に何かを意識するわけでもなんでもなく過ごしていたような気がする。始めこそ多少は騒がれもしたけれどオーディションに無関係な者たちはきっとその存在すら忘れるくらいだっただろう。


放課後、「一緒に結果聞こうね」と連絡を寄越していた有希がトイレで入念にヘアセットをし直している横で私はこれまでの情報を元に誰が受かっていそうか脳内で一人会議を。


「ここで落ちたらこれまでのドキドキの意味ってなんだったんだろうって虚無りそうだよね」


ヘアセットを終えて今度はポーチからリップを取り出す有希は先程からカチャカチャと器用に手先を動かしながら言葉を放つ。


小指が這わせられた部分から徐々にほんのりピンクに染まっていく唇。ここ最近シラティを経由して彼女とも深く交流してきて感じたのだが、有希の可愛いは繊細だ。確かに独自の理論に基づいた洒落っ気を魅せている子は何人もいるし大体がオーディションを受けると聞いているけれど彼女の可愛さは一切気が抜けていない。


ひと際目立つことを目標としたものではなく、可憐で繊細。花で言うところのスズランだろう。たまに垣間見えるしたたかな毒っ気も含めて。






四月の始めに訪れた教室に向かうと入り口にはまたしても堂々と【北道生アイドル計画説明会】と掲げられている。使いまわしだな、これ。


一次審査通過者発表会場にすると長過ぎるからこれもう一回使おうぜってなったんだろうな。最終審査の通過者もこの教室で発表されるとしても説明会のままなのかもしれない。なんて雑念を抱けるくらいの余裕が今回はある。横に有希を連れていることやこの期間で同じくオーディションを受けたという何人かと顔見知りになれたことも大きい。


指定時間十分前。戸を引くと説明会の時と同じように隙間なく並べられている椅子がそれなりに埋まっている。しかし今回は後ろの言わば参観日ゾーンには一人も居らずあの説明会の後で数十人は辞退したことが伺えた。


有希と隣り合って後ろ寄りの空いている座席に座ると一列挟んで前に座る子たちが振り返り、目が合ったので軽く会釈を交わす。余裕そうな笑顔で会釈ではなく右手を柔らかく振り返す有希の気を抜かない自己プロデュース力に感服しながら、この有希の柔らかさが浮き彫りになるくらいに説明会の時よりも充満している緊張感に気付いて怖気づきそうになった。


「美咲ちゃんってアイドルになりたいの? 」


「え? 」


この場で突拍子もなく飛んできた質問に意図が掴めずに聞き返してしまう。顔を上げると有希は悪意も善意も見えないきょとんとした表情でこちらを見ていた。


「例えば私とか、二年のギャル三人衆とかチア部とかさ、見るからに承認欲求が人並み以上じゃん。でも美咲ちゃんって、なんていうか、日頃から人目につこうとしているというよりは基本静かだけど定期的に実力で突出してくるタイプだから。このフィールドにいる違和感というか」


「どう見えてるか知らないけど、私、単純にアイドルオタクだよ」


「え? 」


「マジで単純にそんな理由だよ。リンクさんのプロデュースするアイドルにずっと憧れて生きてきてさ。そんな中でこのオーディションだよ? 奇跡だよね」


アイドルというよりはリンク氏のプロデュースするアイドルになりたい。そんな趣旨の話を今まで見せてこなかった熱量と早口で語ると有希は「わかったわかった」と笑いながら私の口を両手で覆いながら笑った。


「穿った目で見てたよ。ごめんね。誰よりも純粋な理由だったんだね」


 ……やはり有希は頭が良い。


私はリンク氏のプロデュースするアイドルにずっと憧れてきた。


あのリンク氏の才能でもって導かれた人生を生きるアイドルたちにずっとずっと憧れを抱いて、何よりあれだけ人の隠れた魅力や能力を見つけて、見出して、最適な状態まで持っていく能力を持った正に神のようなリンク氏の存在に惹かれてきた。


人の才能と人生を操作することでまた違う誰かの人生に影響を与えるなんて尊いことを何度もさらっとやってのける。


私はこのオーディションでアイドルになるのが目標ではない。


リンク氏のプロデュースするアイドルになって、リンク氏に導かれて、ゆくゆくは私自身もリンク氏のように多くの人の人生に介入して芯になりたいのだ。


そこから有希と一番最初に推したアイドルの話に花を咲かせていると教室の引き戸が立てたガラガラという音で現実に戻された。


現れたのは前回と同じく池田さんと三年の学年主任のみ。リンク氏は当然のように現れなかった。空間の空気が止まる。多くの人間が同じタイミングで息を止めたのを感じた。


今回は教師が前座を務めることなく教室に入ってきたそのままの流れで池田さん一人が教卓まで進んで、立ち止まると一度ゆっくりと私たちを見回した。


「えー、この度は沢山のご応募ありがとうございました。進学校なのにも関わらずこれだけ多くの方からのご応募があるのは私もプロデューサーのリンクも想定外のことでした」


不意に発せられたリンク氏の名前に心臓が一度大きく跳ねた。私の書いた書類、そして教師からの評価をリンク氏も目にしたんだ。小学生の頃の、あの時と同じ興奮が熱となって全身を駆けて、身体のラインを浮き彫りにさせる。


「では、さっそくですが一次審査を通過された方のお名前を順に発表してきます。審査基準や軽い講評等は全員の名前を発表し終えた後に少しだけお話しさせてもらえればと思います」


そう話しながら池田さんは鞄から厚めの紙を一枚取り出す。前列に透けて見えないように配慮された厚さが、池田さんが何度もこの場を経験してきたのだということを物語る。そしてあの紙がこの先の展開を全て知っているのだと思うとゾクゾクと武者震いが。


「まずは三年生です」


淡々と、池田さんは名前を上げていく。名前を上げられた本人は短く返事を返していく。その繰り返しが何度か行われるのを私はどこを見るでもなく顔を上げたまま聞いていた。よく見るオーディション番組のようにこの段階で泣き出す者も通過を称える声もなく、どこか事務的で流れ作業を熟すような時間だった。


「三年生は以上七名が一次通過となります。では、次に二年生です」


息を飲む。


「乙部有希さん」


「……はい! 」


一番始めに呼ばれるとは思ってはいなかったであろう間ときっと自身が出来る最大限に元気な声の音圧を隣に感じる。有希はどんな表情をしているのだろう。気になりはするけれどピアノ線のように細く繊細に張り詰めながら均衡が保たれているこの空間を壊してはいけない気がして、顔を一ミリも動かせない。


名前、はい、名前、はい、あ、この人はちょっと話したことある人だ、名前、はい、ギャル軍団一人目、名前、はい、なまえ、はい、なまえ、はい、おなじくらすのこだ、なまえ、はい、かんみさきさん、


「はい」


なかなか上がらない自分の名前にどんどん絶望して世界が崩れていきかけた時に、ふにゃふにゃな世界から私の名前が生まれた。再構築は数秒で行われて、すぐに返事を返すことができたことに胸を撫で下ろす。


私が世界を再構築した後も数名の名前と返事が続いていった。


「こちらは以上十二名になります。最後に一年生」


二、三年の時とは違って全く聞き覚えの無い名前が続く。それ以上にもうどうでもいいな、と思い始めていて。空を見つめながら未来に馳せていた。


半分以上が結果を手にしたことによって、相変わらず淡々としたやりとりとそれ以外の言葉は発せられない静かさがあるものの場に若干の緩みを感じ取ることができた。少し顔を横に向けると既にこちらを見ていた有希と目が合う。


少し口角を上げた彼女はやはり愛らしかった。





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