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【ドラマを作る】


一年が披露したのは有名な映画の劇中歌を詰め合わせたお芝居のようなステージだった。きっとサブカル女子の松前香織が演出したのだろう。


何より衝撃的だったのはドラマがピアノバラードにアレンジされていたこと。バンドサウンドが魅力的だと思われていた曲だったけれどバラードになるとメロディーラインの美しさがより際立つ。アレンジはきっとステージの横でピアノ伴奏をしていた古平巴がしたのだろう。


一年生四人がやりきった顔で後段してくる。次は私たちの出番だ。


「なんの根拠も示せなくて申し訳ないけど、開始数分だけ私に時間をください」


そう伝えて其々がマイクを握り私を先頭にして登壇する。私たちの名前が塊になった声援も白々しいし煩わしい。


何も知らずに愉快な犯罪を行う阿保たちに真剣な顔で向き合うとただならぬ空気を察した会場がすぐに静まった。


「このオーディションを巡って一部週刊誌で報道がありました。皆さんがご存知の南茅乃が賄賂で北道生の投票権を手に入れて一位通過をしたという件です。ここにいらっしゃる皆さんは北道生としての南茅乃をご存知ない方も多いと思いますが、茅乃はあの自己PR動画では理解し切ることができないくらいの魅力の持ち主です。今私たちが身に着けている衣装も茅乃が作った物ですし、このステージに向けての練習期間中に得意の料理を生かして手料理を持ってきてくれたりもしました。縁の下の存在が評価されると目に見えなかったからという理由でそれを偽りだと否定するのは愚かなことだと思います。今から南茅乃がどれだけの魅力の持ち主でどれだけ歌って踊れるのかを皆さんに証明します! 私と茅乃は小学生の頃一緒にアイドルのオーディションを受けて彼女だけが最終審査に進んだ、なんていうエピソードもあったりするのでアイドル適正は抜群です! これで茅乃のファンになったりしたらさっきのあからさまな対応、一生後悔しながら生きていくことになるんだから! 覚悟しながら私たち二年のステージを堪能して行ってくださいよろしくお願いします! 」


一気に言い切り頭を下げると、その勢いで想像以上の歓声が勢いよく上がった。


あまりにも愚かな光景だ。みんなドラマチックなこの空間に酔って歓声を上げている。


でもそれを、待っていた。


ハードルを上げられてしまった茅乃は何とも言えない苦い顔でこちらを見ていたけれどさっきまでの表情のない青白さより増しな少しの高揚感が見える。他の二年メンバーもそんな茅乃に近づいて言葉をかける。箸が転んでもおかしい年頃。何もないのにステージの上で目が合って笑い出す。


ここは茅乃の部屋で練習していた時と同じ空間だ。


「それでは一曲目、ドラマ! 」


有希が叫ぶように声を上げると絶妙なタイミングで始まるイントロ。この疾走感を一曲目に持ってきて大正解だ。


開幕から最高潮のボルテージ。あの狭い部屋で何度も合わせたダンス。一番始めに絶大な歌唱力を持つ清香の歌声で一気に世界観へ引き込む。


そしてBメロで満を持して前に出て歌いだす茅乃。彼女の歌声は本当に癖がなく耳に浸透する。ギャルな容姿に天使の歌声。途中で清香がサラッとハモりを重ねると二人の歌声の相性の良さに会場が沸く。


二人の間を裂くように側転でセンターに躍り出る佳代。意表を突く立ち回りに会場が大盛り上がり、ベストな状態で迎えたサビは何度も細かな部分まで揃える練習をした部分。


二番を迎え私がセンターへ。英語で台詞のようなパートを囁くように歌う。一年の発表の時との違いに騒めく観客。してやったり。


そして満を持して我らがエース、有希が躍り出る。やはり彼女は強い。歌って踊りながらファンサービスを欠かさず、一瞬も見逃せないような魅力的な表情を振り撒いて見せる。


再びサビを迎え、後ろでソロのスタンバイをする真奈美を隠すように五人でパフォーマンスを魅せる。間奏に差し掛かった途端にサックスを構えながら姿を見せる真奈美。その迫力のある演奏に魅了される会場。その勢いを引っ提げてそのままラストを駆け抜ける。


約三分。たったそれだけの時間なのに会場はすでにライブの終盤のような空気が出来上がっていた。


「ありがとうございました~」


予定していた全曲を披露し終えギリギリ三十分以内の私たちのステージが終わった。声援の中にもう悪意は感じられない。


それでも一度も観客と目を合わさず観客の頭より少し上の空虚に向かってパフォーマンスをしていた茅乃がステージ横に向かって歩き出したときに野太い声ではっきりと彼女の名前が挙がったのが聞こえた。


それに続けを言わんばかりに増える茅乃コールに彼女はやっと観客を見る。悪意が薄れたことにやっと気が付いた彼女は恥ずかし気に手を振り返し、その行動により羞恥が増したのか足早にステージから後段していった。


体育準備室に戻った私たちは急に襲ってきた心地良い倦怠感に包まれながら椅子にだらりともたれて余韻に浸る。


……本当は策なんて何もなかった。


なんかそれっぽく上手い事言ったら勢いで良い感じの雰囲気に会場を持っていけるんじゃないか、あんな大口叩いておいて実際はそんな当たって砕けろ精神。


このステージを見る者は皆、ドラマを求めている。過剰なまでにドラマチックに演出したらきっと空気に酔ってくれるのではないか、ステージで茅乃に魅了された自分という演出を自ら行う者や騒動で荒れた茅乃を実は渦中からずっとひっそり推していたんだという玄人顔をするものが現れだすのではないかとういうその読みが、見事に刺さった。人間なんてそんなもんだ。


「ていうか美咲ちゃん、めっちゃ嘘ついたね」


「うん、ごめんね。結果オーライだと思って」


「私、料理持って行ったこともなければ小学生のときから知り合いではないもんね」


嘘を信じた人たちがまた違う嘘を信じた。それだけのこと。


「ねえ、打ち上げしよ! カラオケいこうよ! 」


有希が勢い良く立ち上がり帰り支度を始める。


「え、まだ三年のステージ終わってないよ」


「もう私たちの出番はないし、この熱量のままカラオケしたいもん」


仕方ないと言いつつぞろぞろと身支度を始める私たちに一年生四人が動揺している様子が鏡越しに映る。それでも私たちはまだ続く文化祭を捨てて私たちだけの世界へ旅立って行った。


箸が転んでもおかしい年頃。きっと今しかないこの六人の時間を無駄にはしたくなかった。


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