【ステージの横】
ザワザワとした騒がしさが徐々に増していく。
十四時まで残り数分。体育館のステージ横、体育準備室というそれ程広いとは言えない空間に十二人全員が幽閉されていた。
リハーサルを終えてからずっとここに籠っているけれど一時間前くらいから人の声を感じるようになり、現在は壁を突き抜けて喧騒が届く。
時刻が近づくに連れ、口数が減る人もいれば緊張を掻き消すように口を動かし続ける人もいる中、普段通りがやはり一番崩れてきているのは茅乃だった。
青白さが目立ってきた彼女の頬に有希がチークを入れながら「大丈夫よ~。一人でステージ上がるわけじゃないんだから」と空気のような柔らかさで彼女の目に見えて落ち続けるメンタルを浮かせようと声を掛け続けている。
「少ししんどい思いはする、絶対。でもそれを越えられるようにカバーはするから」
注射も針が刺さる瞬間は痛い。点滴のような栄養を送るための太い針であれば尚更。栄養を摂取している時もより痛い。それを越えてから楽は来る。
二回のノックが聞こえ雑に開けられた扉の先には池田さんではない、密着カメラを回していた比較的若い男性スタッフ。
「先ほどリハーサルを行いましたがもう一度口頭で流れを説明します。まず時間になったら一度全員がステージに上がることになります。まず先に三年の二人がステージへ上がって進行役としてオーディション、最終審査の説明をします。それらを終えたら全員に登壇してもらって一人ずつ自己紹介を、長くても一人十五秒くらいで一年、二年、三年の順でお願いします。全員が自己紹介を終えたら一年生のステージ、二年生、三年生と続いて行います」
説明するというよりは文字を並べるように流れを淡々と復習していて、その早口さがより私たちに芽生えていた余計な緊張感を逆撫でた。
「では、ステージ横へ移動をしてください」
その声にほとんどが鏡に映る自身を一斉に確認した。珍しく強張った顔をした私と向き合う。ステージに立つのは慣れている。でもそれは英語でスピーチを披露するという言わば自分が受け入れられたステージであって、今回は推しの合格のために私を疎ましく思っている人がいないとは言い切れない状況。いや、でも今日私は私の為にステージに立つことが全てではない。
一番胸に掲げなければいけないのはこのオーディションを悪評から遠ざけてドラマに昇華させるという目的だ。
ステージ横で喧騒を聞いていると急にチャイムが鳴り響き一瞬身体が跳ねる。
十四時を告げる演出のチャイム。それと同時にスタッフから登壇するように促された三年の二人がステージに駆ける。
真っ白なワンピースで清楚に映るチア部の部長とそれと同じ型の真っ黒なワンピースでシックに魅せるボーイッシュな先輩。二人であることを利用した対になる衣装で姿を現すと地鳴りのような、割れるような歓声が轟き思わず周りと顔を見合わせる。
なんとか耳を澄ますとその轟音の正体は二人の先輩の名前の塊だった。
少し上ずったような二人の声でオーディションについてとこれから行われる三種類のステージが最終審査になるという旨が伝えられる。まあ、ここに集まった人たちも配信を見ている人たちも全てを分かった上で私たちに興味を持っている人たちなのだろうから説明は不要なのかもしれないけど。
「では、そんな十二人全員を紹介します!みんなおいで~」
チア部の部長がこちらに目線を向ける。それを合図に一年から順に登壇していくと今日一番の音の渦。ここは本当に戦場なのかもしれない。
私の隣に立つことになる茅乃の少し冷たい腕を掴む。この震えは茅乃の物か私のものか。
二人で一つの震えを共有しながらステージへ上がると眼下に渦巻く人、人、人。必死にこちらへアピールする姿はゾンビ映画を彷彿とさせる。ゾンビたちは同じところを見ていない。其々の推しだけを見て、いくら私が見ていても一瞬も目が合わない者もいる。
そんな新しく触れる世界に恐れおののいていると左隣に立つ有希がゾンビたちに向かって手を振っているのが視界に入る。彼女は目が合う其々に手を振ったりリアクションを返していた。
その適応力の差に愕然としながらもなんとか目を凝らして人を人として認識すると所々で私と目が合うと嬉しそうに跳ねたりリアクションがオーバーになる人がいて、でもそれは面識のない全く知らない人で。
自分という存在が本当に自分なのだろうかという錯覚に襲われた。