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【本番当日の朝】


その日の夜、池田さんから十二人の最終審査通過者にメールが届いた。オーディションは続行する旨と練習等の活動を再開しても良いということだけが固い文章で綴られたそれを見て覚悟を決める。


自然と口ずさんでいたのは、ドラマ。もう歌詞がどう振りがどうなんて考えるまでもなく脊髄反射のように歌って踊ることができる。


ふと壁に掛けられたカレンダーに目をやると主張するように印が文化祭まで残り一か月を切っていることを示していて、オーディションの告知をテレビで知った時からもう四ヶ月も経ったのか、でも密度が四ヶ月レベルじゃないよなと脳内で独りごちる。


やるべきことははっきりしているし何より私の行動一つであのリンク氏の人生歴にも影響するかもしれないということに感情が昂って仕方ない。私個人が上手く魅せるとか、もうそんな次元じゃない。


翌日からの練習場所は南茅乃の家になった。


彼女の部屋の六人が並ぶには少し狭いスペースで振りを合わせるのは横とぶつかるしカメラを置くことができないから揃い具合を確認することも出来ないしで苦労だらけだったけれど上手くいかないことすら新鮮で。一つのハプニングでゲラゲラと笑いながら過ごしていた。


ダンスに特化した曲を通しで合わせていた時に赤平佳代が放った「え、側転する? 」という一言で全員が崩れ落ちるくらい笑い転げてしまい数分練習がストップしてしまったときがピーク。きっと箸が転んでもおかしい年頃とはこういう状態で使われるのだろう。


そうして何度もリンク氏には繋がらない所謂裏練習を重ねて、私たちはとうとう、当日を迎える。


「あんたのステージ、何時からなの? 」


普通の通学となんら変わらない制服。普段入れている教科書やノートの代わりに衣装を詰めたバッグを手に玄関に向かおうとした矢先、母に呼び止められた。


「オーディションステージ自体は十四時だけどそこから全員で自己紹介とかしてまず一年のステージなんだよね。その後が二年だから十四時半過ぎかな。一年が三十分フルに使わなかったら巻きになると思うけど。なんで? 」


「ネットで見られるんでしょ」


そっけなさを保って言ったであろうその言葉、言葉と言うかいつも好き勝手やってる娘を野放しにしてきた母がわざわざネットで私を見ようとするその珍しい風の吹き回しに呆気に取られていると「何してんの早く行きなさい」と真顔で急かされる。「じゃあ、いってきます」と残してリビングと玄関とを繋ぐドアを閉めるとなぜかノスタルジックな気分になって緩んだ涙腺を引き締めながら靴を履き、家を出た。


時刻表に記載されていた時間を五分過ぎてやってきたバスに乗り込むと優先席しか開いておらず優先席横の手すりに掴まる。日頃通学で利用している地下鉄とは異なる揺れに未だに慣れることができず何度もよろけながら必死になりながら手すりに私の全てを託した。


いつものバス停で降りるとそこはもう見知らぬ地ではなく、私が夏中何度も歩いた道をこれが最後になるかもしれないのかと思わせられながら一歩一歩を踏みしめて進み、辿り着いた目的地で躊躇いなくインターホンを押すと「ちょっと待って~」と茅乃の声が響く。


数秒待つとドアが開き、いつもに増して綺麗なギャルに化けた茅乃がそこにいた。


「お、めっちゃ本気のギャルだ」


「戦闘態勢だよ。学校行くのも久し振りだしね」


そもそもうちの高校は派手なメイクが禁止されているので校則に違反するような色の濃いメイクはできない。でもそのギリギリのラインのメイクを有希が編み出していて、ベージュ系なら咎められない、マスカラはいくら塗っても何も言われない、自然であればアイラインもいけるとアドバイスを落としてくれていた。


しかし今日の私たちは演者をして過ごすのでメイクは可とされている。この茅乃の本気のギャルメイクも有希直伝なのだろう。ただ派手なギャルなのではなく、彼女の顔のパーツに見合って生かしたメイクが完成している。


「外出るのも近所のコンビニくらいだったからちょっと震えるんだけど」


苦笑しておどけた茅乃に「みんなの覚えてる南茅乃はこんなギャルじゃないから大丈夫じゃない? 」と言うと「まあ、それもそっか」と開き直ったような返事。空元気かもしれないけれど覚悟を決めてくれたんだ。


あとは私が彼女をカバーするのみ。


「よし、戦場に向かいますか~」


玄関の外に向かってやっと踏み出してきたその一歩を後悔させないような一日にするんだ。






練習等の活動を停止させられオーディション中止の可能性もあるという連絡がきたその日、私は池田さんにメールを送っていた。


南茅乃の住所を教えてください。彼女がステージに立てるように必ず説得します。彼女をステージに立たせて、報道も跳ねのけるようなステージを作ります。リンク氏の名前に傷がついたような状態のままこのオーディションを空中分解させたくありません。


……今見返しても稚拙な文章だなと思う。急いで打ったので知性を欠片も反映させることができなかった。それでも常識的な大人の対応と文章で「このことは他言無用で」と住所を教えてくれた池田さんには感謝しかない。






高校の最寄りのバス停に到着してバスから降りてからの茅乃からはやはり少し緊張感が漂い口数が徐々に減っていた。高校が近づくにつれて見知った顔も増えてくる。


大丈夫だと声を何度も掛けて近すぎるくらい隣を歩いていたけれど唐突に「美咲先輩! 今日頑張ってください! 」と声を掛けられた辺りで茅乃の足はあからさまに速度を落としてしまった。


「校門から行くのやめよっか。ちょっと生い茂ってるけど裏道から入って体育館から校内に侵入しよう」


茅乃の腕を掴んでUターンして、走る。通学の集団から全力で逆走する私たちが目立たない訳はないけれどある程度の速度で走り抜けていく私たちに声を掛ける者はいなくなった。


「折角ヘアセット成功したのに~」


「着いたら有希になんとかしてもらおう」


さすが箸が転んでもおかしい年頃。全力疾走でいつも以上に整えたはずの身なりをめちゃくちゃにしながら爆笑している姿に、あれだけ避け続けていた視線が集中する。それでも私たちはその視線に嫌悪を抱く前に笑いに昇華できている。なんて大きな進歩なんだろう。


さっき登ってきた緩やかな坂道を笑いながら全力で下る。


そんな青春らしい青春の一コマを、普通の高校生とは言えなくなってしまった私たちが謳歌している。





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