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【起承転結で言うと転】


そのニュースは嫌でも目に付いた。ネットニュースを見ていたときにエンタメニュースを越えて総合の部門にもトピックがあったし、動画サイトでも取り上げてネタにしている配信を見かけたと有希が言っていた。


【リンクプロデュース秀才アイドルオーディション 収賄不正疑惑。】


槍玉に挙がっているのは二次審査における投票結果。ここで通常の百倍の威力があった北道生の一票。多数の人のその投票権を賄賂で買い取った者がいるというリークがあったそう。


それがインパクトの薄い自己PR動画だったのに投票数一位通過をしてみせた南茅乃だと言うのだ。


「でも茅乃ちゃん、友達の力で一位になったって自分で言ってたし本人は何も知らなさそうだよね」


野次馬たちのくべた薪のせいで予想以上に燃え広がっていることから、学年毎の集会を含めたオーディションに関する活動のすべてを一旦停止せよという連絡を受け、私たちは大人たちから隠れて有希の家に集まった。南茅乃にもオフレコで集まろうという内容のメッセージを送りはしたものの返事はなく、勿論この場にも現れなかった。


「でもいくら仲良いからって身銭を切ってまでそんなことする? 」


「茅乃ちゃん、このまま辞退しちゃうのかな? 」


赤平佳代が携帯の発着信履歴を私たちに見せながら「電話も出ないんだよね」と呟く。定期的に掛けられている連絡が一度も取られていない。


「でもこのまま辞退してしまったら社会的に死ぬよ、南さん」


自分で言った言葉の残酷さに背筋が冷える。私たちはもうすでに世界規模で顔が割れている身。弁解やリカバリーをしないままフェードアウトしてもレッテルがべったりと張り付いたままだ。相当な生きにくさの中であの子は戦っていけるだろうか。


「オーディション自体の中止も視野に~って。中止になっても南さん、責任感じちゃうだろうな」


池田さんから届いた活動停止の文面を上川真奈美が読み上げると最後の方にオーディション継続の危うさも漂わされている。そんなことになったら南茅乃だけではなく私たち十二人全員が腫れ物になってしまうじゃないか。


アイドルへ思いやリンク氏に導いてもらう夢以前にこれから先六十年は生きるであろう人生を、足枷を付けたまま過ごしたくはない。


そして何より、私が敬愛して止まないリンク氏の名前に傷なんて一ミリもつけたくはない。


答えの出ない意見交換会の中で私は池田さんへ一通のメールを製作し、飛ばした。返事が届いたのはそこから一時間ほど後で内容を確認した私は「運営からの判断が無い限りはどうにも動けないし、とりあえず今日は解散しようか」と持ち掛けた。


特に今出来ることがないというのは全員の共通認識だったのでサクッと解散が決まり四人で有希の家を出る。家の方向や帰宅手段で徐々にバラけていき、最後に上川真由美と別れて一人になった私は先ほどの池田さんからのメールを再度確認し、慣れないバスの乗り方を調べ始めた。


バスに乗ったのは何年振りだろうか。随分昔の記憶を遡りながら揺られた先は一度も足を踏み入れたことのない町。見慣れない景色の中に降り立つとマップのアプリを何度も覗きながら辿り着いた、アプリに打ち込んだ住所と合致するその場所。表札を見て間違いがないことを確認すると一度深く息を吐いてからインターホンを押した。


「……はい」


 少し高い女性の声。あちらには制服を着た一人の小娘が見えているはず。


「あ、私、函美咲と申しまして。茅乃さんはご在宅ですか? 」


数秒間が空いて「……ちょっと待ってくださいね」と言う言葉を残し一度プツっというインターホンが切られたような音。閑静な住宅街にカラスの鳴き声と車の音が響く。数分待ってもアクションがないのでもう一度鳴らしてみようかとインターホンに手を伸ばしかけたところで再度繋がる音がする。


「お一人ですか? 」


「はい、一人です」


「……今開けますね」


その返答からものの数秒、私が待たされていた時間より早くドアが開かれきっと南茅乃の母親らしき落ち着いた風貌の女性が「入って」と更にドアを大きく開いて迎え入れてくれた。


整頓されたリビングを通り、女性はそのまま二階へ続く階段を登る。リビングで待つように指示をされたわけでもないので女性の後に続くとドアの閉められた一つの部屋の前で立ち止まり、二回ノックをし、返事を待たずにドアを開けた。部屋の中を覗き込むと化粧っ気がなく髪をポニーテールに纏めTシャツとスウェットというラフな格好をした南茅乃がベッドに腰掛けていた。


「本当に函さん一人だった? 」


「誰もいなかったわよ。それじゃあ、ごゆっくり」


南茅乃の母親は無理矢理微笑んで私を部屋に入るように促す。お礼を言って部屋に足を踏み入れると静かにドアが閉められた。


お互い何のために対面したのかわかっている癖にそちらもなかなか切り出すことが出来ずにいると「とりあえず座りなよ」と小さなテーブルの前に置かれた座椅子を指差した。お言葉に甘えて腰掛けるも再び迎える静寂。


「……私、辞退するつもりだから安心して。私が辞退したらオーディションも中止にならないだろうし」


そう言ってのけた南茅乃の表情は最終審査前のなんとなく投げ槍だったときの表情を数倍色濃くしたものだった。


「確認なんだけど、南さん自身は賄賂で票を集めたりしてないよね? 」


「当たり前じゃん。そもそも二人が落ちて一人が残るくらいなら一緒に落ちたかったとさえ思ってたし」


「ニュースが世に出てからその二人とは会ったり話したりした? 」


「……連絡は、した」


「返事は来てないのね」


「……」


「その二人がお金を払って投票権を得ていた可能性は? 」


「絶対ない。欲しい物の話をしては、でもお金ないよねって言ってた子たちだし」


「じゃあ南さんも薄々感づいてるよね」


「……」


黙り込んだ彼女に私は予想していた冷酷な見解を刺していく。


「夏休みが明けてこんな完璧なギャルになっていた南さんに話しかけたりしてくる人が増えたんじゃない? 」


返答なり反論なりが出来るように一言一言で間を置くように語りかけるけれど彼女は沈黙したまま。


「そんな大変身に対して二人はなんて言ってた? 」


「きっと最初に南さんだけが残った時は純粋に応援したいって感情で生徒たちにもし推しとかがいないんだったら南さんに~って言って回ってた思う。学籍番号とパスワードを譲ってもらってその数の分毎日投票してたかもしれない」


「そしてきっとそこで賄賂とか渡してはいないと思う。もし自分が興味のない商品が当たる福引の券とかを持っていて、私はあれがどうしても欲しいから券を譲ってもらえないかって言われたら見返り求めずに渡すもん」


「でも一番近くにいた友達が急に綺麗になって、チヤホヤされだしたら急に手の平を返したように嫉妬や憎悪がむき出しになるタイプ、女には結構いるんだよ」


結論を明言だけはしたくなくて間接的なことばかり並べているけれど、彼女はもうきっと全てを理解している。


「……でももう、辞退するからどうでもいい」


「このまま辞退してしまったら南さんの人生には一生収賄不正が付いて回るよ」


南茅乃が自身の綺麗に整えられた爪の先同士をガリガリと弾いて彼女の精神状態を奏でる。それもそうだ、この短期間で自分の預かり知らぬところにまで自身の存在だけが飛んで行って気付けば至るところで浮遊しているんだ。でもせめて、彼女に比は全くないと自然に発信できる術はないのか。リンク氏の名前を汚さないように、傷つく人の少ない綺麗な物語としてこのオーディションを語るには、


「私を信じてくれたら、一瞬の痛みを耐えてくれたら、私が南さんの未来を守ってあげる」


 ……相当大きく出た私に南茅乃は間の抜けた顔でこちらに目を向ける。今日初めて目が合った気がした。






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