【構成会義その続き】
声の主は有希を森清香の勢いに押され気味で今まであまり発言してこなかった吹奏楽部の上川真奈美。
「六人が全員特技を披露できるシーンを作りませんか?私、サックスが得意ってことだけでここまで残ることができたので一瞬でもサックス吹きたいんです。数秒でいい。ここでそれを魅せられなかったらきっとストレート負けしちゃう」
眼差しから伝わる、必死。有希や森清香のようなアイドルという言わば表現者を選出する場において分かりやすく映える才能を持たずにここまで来た者たちは不利な局面なんだ、これ。そしてそれは私もしかり。
しかもリンク氏に直結するカメラが私たちを捉えているということを踏まえた上でのこの意見。意を決している。有希がその自画に対して嫌な顔を全くせずに「そうだね」と同意してみせた。
「私と清香ちゃんはダンスと歌でアプローチできるとして、美咲ちゃんは圧倒的な頭の良さ? 英語? 」
「あ、それ、前にも提案したんですけどドラマの二番Aメロのセリフチックな部分を英語に変えられたりしないかなって」
森清香が「どうですか? 」と教室の後方でカメラを担当している二人のスタッフに問いかける。二人のスタッフは顔を見合わせるとカメラに手を掛けていない方が「僕の一存では決定できないので、上に問い合わせます。一日二日以内には返答できるかと……」と回答してくれた。
「あと。間奏のギターソロを完全に消した音源を頂くことは可能かも確認して頂きたいです。そこでサックスソロを生で入れたいので」
更に森清香が付け足すとスタッフは了承の返事をして携帯を操作しながら一度教室を後にした。残ったスタッフは一言も発さずカメラを操作し空気に徹している。
「南さんと赤平さんは? 何かステージでやりたい得意なこととかある? 」
まだ案の見つかっていない二人に目を向けて問うと赤平佳代は目線を上に向け答えを探し、南茅乃は下を向いて視線を逸らした。
「私はバスケとか運動全般が得意だけど、ステージでいきなりドリブルするわけにもいかないからな~。アクロバットでもする? 」
本人は採用されるはずのない冗談のつもりで笑いながら言ったつもりだろうけど有希が真顔で「え、めちゃくちゃアリじゃん」と言ってのける。
「パート割り次第だけどさ、佳代ちゃんが側転とかしながらセンターに出てきたら死ぬほどかっこよくない? 」
まさか適当に言った自分の冗談が採用されそうになるとは思っていなかったのか、赤平佳代は大きな目を更に見開いて動揺の表情を見せた。
アクロバットが確定になり最後、南茅乃にフォーカスが当たる。すると彼女は「私は、そんなに無理しなくていいよ」と細い声。
「今まで歌唱力にそれなりに自信持ってきたけど比にならないくらい上手い森さんがいるし、家でひっそりアイドルのダンスをコピーして遊んだりしてたけど自己PR動画の乙部さんとかチア部とか見てたら本当にお遊びレベルだし」
悲観的な口振りで「正直なんで私が一次審査を抜けたのかもわかってないんだよね~」と続ける南茅乃。ギャルに被れた口調で少しおちゃらけて、ざっくばらんな物言いで鎧を着て虚勢を張っているように見える、きっとこの子は繊細な子。
「最初はね、友達二人とノリで書類提出したわけよ。私、こう見えて小学生の頃にリンクプロデュースのアイドルオーディションの最終審査まで残ったことがあってさ、なんかシンパシー感じて二つ返事でオッケーして。でも正直三人の中で私だけが残ると気まずいというか。でもアイドルになれるチャンスで辞退はしたくないしで。しかもその友達の力で投票一位になんてなって変に目立ってるし。皆の熱量と比べるとどういうスタンスでここに居ればいいかわかんなかったりして」
煮え切らない様子でそこまで述べると結論が何なのかを出さずに口を噤んでしまい、教室内が静寂に包まれる。なんの意味も為さない重い時間。カメラが回るジーという機械音が響く。でも何故彼女はこんなにも厭世的なんだ。歌もダンスもそれなりにできるというのはアドバンテージではないのか?
「逆に言えばさ、なんでもできるってこと? 」
張り詰めた静けさに刃を立てると有希も「そっか、そういうことだよね! 」と便乗してくる。この場を凍て付かせてはいけないという意識が私と有希で暗黙の内に共有できていることに安心感を抱きつつカメラの向こうに意識を向けて言葉を紡ぐ。
「南さんはオールマイティポジションでいこう。事前に一位通過だってことは世界的に発信されているんだし、なんでもできるんだから当然でしょう? って顔をしていてほしい。あと嫌じゃなければもっとコッテコテのギャルな外見を作ってギャル枠ってキャラを確立したら最終審査メンバーで唯一無二の存在になるかなって。友達の付き添いで応募したあまり乗り気じゃなかったギャルが実はオールマイティに熟せて最終的にアイドルになってしまうってのも一つのドラマじゃない? 」
私の提案に有希が分かりやすく喜び「あとで顔貸して! 髪型とメイクで印象なんてだいぶ操作できるんだから! 」と身を乗り出して茅乃の化粧っ気の薄い顔をじっくりと観察しだした。
「だから南さんはそのまま、気乗りしないスタンスでいてね」
ずっと俯きがちだった南茅乃が苦笑ではあるけれど笑顔の一つを見せる。
綺麗な歯並びの中で左八重歯が少し尖って主張していて、それすらもアイドルとしてのアドバンテージになるじゃないかと若干羨みつつその場の空気が和やかで柔らかいものに変わっていたことに胸を撫で下ろした。
その後は主に有希と森清香が先導しながら歌いたい曲、踊りたい曲の案を出し合い数曲にまで絞ったところで終えることにした。
ステージは三十分という限られた短い時間。確定で織り込まなければいけないドラマを抜くとあと四曲くらい。
携帯で実際に曲を流して六人で共有していくうちにそれなりに心が開けて、更にその後に突発的に行われた有希のメイク講座でより砕けていった気がする。
有希のメイクの研究力には目を見張るものがあった。自分だけではなく他人の顔でも違和感なくいかに魅力的に作り込むことができるかを即座に示してみせる。
彼女の可愛いは最初からそこにあったものではなく彼女が生み出し続けたものだったことが証明され、そのあまりの華麗さと芸術性に驚愕することで私たちの仲が何歩も前進した。