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【構成会議の始まり】

最終審査進出の決まった私たち二年六名は期末試験もなんとか全員五十位以内という一次審査時のボーダーをクリアしてみせた。今回もその条件が適応されるとは明言されていなかったけれど万が一が全員の意識の中にあったと思う。


有希からは顔を合わせる度に「やばいかもしれない」という弱音を受けていたけれどきっと二年で一番アイドルへの執念が強い彼女はその執念だけで脳を動かしていた。


意外だったのが南茅乃。


仲間が落ちて一人になってしまいオーディションを継続する意思すらないのではと思っていたけれど辞退をするわけでもなく試験も余裕を持った順位を叩き出していた。今まで意識の外にあった人だったので何もかもが新鮮に映り、視界に入ると一々フォーカスしてしまう存在になっている。


そしてこの試験の順位がネットで回るくらいオーディションに対しての注目が高まっていて、何気ないネットサーフィンでオーディションのまとめサイトがいくつも作られていることを知ってしまったり、英語スピーチコンテストで優秀賞を受賞して校門に垂れ幕を飾られた時とは比にならないくらい私の顔と名前をセットで知る人たちが学校どころか家を一歩出た先でも増えに増えたことを実感する機会に塗れるようになった。


一度自分の名前を検索しようとしたけれどそこで立ち直れないような暴言を発見してしまったらと思い留まり、卑怯で申し訳ないが乙部有希で検索したことがある。愛嬌。可愛い。センター属性。といった称賛も見られる中、人間の愚かな性というかネットの残酷さも相俟って色鮮やかに見えてしまうのはマイナスな呟き。


素人ダンスで見るに堪えない。岩内楓の下位互換に見える。可愛くあろうと頑張ってる感が痛々しい。なんでこいつが三位なのかわからんだれが投票したん?


励みになるものは単語でパラパラと落ちているのに否定的なもの程しっかりとした文章でどっしりと根を生やしてそこに立っているのは何故だろう。


有希でこれなら私の名前はきっと無法地帯だ。どんどんと加速して私を離れて行く私の名前に置き去りにされたような感覚を持ちながら一日一日を過ごし切り、とうとう夏休みを迎えた。






夏休み初日の午後一時。集合場所は二年A組。


家を出るまでになんとも形容しがたい緊張感が徐々に襲ってきて嘔吐反射を繰り返しギリギリまで籠っていたので時間ギリギリに教室の戸を引くと既に他五人が揃って班に形作られていた机を囲んで顔を突き合わせていて、教室の後ろでは見知らぬ男性が二人。そのうちの一人はカメラを構えていたことで全てを察して「ごめん!おはよう!」と自分でも驚くくらいの声量でもって声を掛ける。


「美咲ちゃんおはよ。私たちが早く来すぎた節があるから遅刻でもなんでもないよ」


スイッチをしっかり入れた有希が天使のように振る舞う。たった二人分の他人の目なのに、これがリンク氏に繋がって全てになる。なんて崇高な恐怖なんだろう。


「でね、前の集会でちょっと話したことなんだけど、ダンス特化曲は事前に歌った音源に当て振りをして、でもしっかり歌う曲もあるよってのを見せるのはどうだろうって。全部当て振りは勿論評価低いし、かと言って歌いながら踊るとやっぱりパフォーマンスとして未熟なものになっちゃうし」


あの時の突発的な案にしっかりとした理由を後からつけてここで披露している有希はやはりしたたかでアイドル適正が高い。


「いいね。でもせめてドラマだけは歌とダンス、両方クオリティの高いものにしたいかな」


空いていた席の椅子に腰掛けながら言うと丁度向かいに座っていたバスケ部の赤平佳代が赤べこの如く頷いて見せる。カメラの前で出来る女感を醸しながら言ってのけた自分への羞恥をどうにでもなれ精神で即座に払拭した。


クオリティの高いものに、とは言ったものの私自身は特別歌が上手いわけでもないしとんでもなく踊れるわけでもない。でもこのドラマだけは。オーディションの肝になる楽曲であることは明白だけれど個人的にこんなに心が動いた楽曲を蔑ろにしたくなくて。他のどの楽曲が見るに堪えなくてもこの楽曲のパフォーマンスは敬意を込めたものに作り上げたいという思いがある。


「森さん、自己PR動画の歌の編集とか作り慣れてる感じだったけどいつもやってるの? 」


話を振ると少し挙動不審になりながら「はい、ネットに上げたりとかしてて……」と返答する森清香。前回集まったときから通過者を気にするようになってわかったのだが、この子、どことなく言動がオタクっぽい。スクールカーストもそれほど高くないようなのが頷ける。顔も十人並み。でもそんなパッと見たところマイナスのような部分をカバーしきるくらいの強みがあってマイナスすら個性に昇華できている彼女は一番の有力候補なのかもしれない。


「じゃあ歌う曲が決まったら全員全曲フルで歌ってそれを録ろう。パート分けはそれをみんなで聞いてそのパートを一番魅力的に歌う人に振り分けたいんだけどもし煮詰まったら基本的に森さんの意見や対策を信用する形でも大丈夫? 」


素人意見よりも日頃から歌に触れている人を信頼した方がいい。絶対的存在に任命されることに慣れていないのか森清香はオドオドをしたまま返答がないけれど否定もしないので「自分のやりたいようにやってくれたらいいからね。お願いします」とダメ押しをすると了承の声をか細く上げた。


「で、パート分けが終わったらダンスやフォーメーションなんだけど。有希でいいのかな? 」


有希の方へ顔を向けるとニコニコと既に振りを付けられることに心を躍らせている。そんな本音が透けている状況でも「皆は?ダンス考えたいとかない?」と気を回す立ち振る舞い。私を除いてまだ役職を与えられていない三人が首を横に振ることで意思を表示して見せてそれを受けた有希が「じゃあ、任せてもらうね!」とやっと素直に全力の喜びを表現した。満場一致の様子の中「それじゃあ、曲決めていこうか」と言おうと再び口を開くより早く「あの」と短く声が上がる。




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