【最終審査の概要】
パラパラと揃い始める見た顔たち。
さすがにここまで残ると現実味が増すのか、一人一人の張り詰めようで教室内が冷えたように感じられる。
十二人が欠席なく揃うのを目視だけでも確認できたその数分後、誰が引いたときよりもけたたましい音を立てていつもの大人が二人現れた。
毎回この戸が引かれる度に思うのだが、いつ、どのタイミングで私はリンク氏と邂逅できるのだろうか。池田さんは私たちの顔をちらりとも見ずに真っ直ぐ教卓につくと鞄から資料を取り出し、やっと正面に向き合った。
「……十二人、皆さんお揃いのようですね。皆さん、二次審査通過おめでとうございます」
酷く他人行儀。選んだのはそちらである運営なのに。
「ここにいる十二人は皆さん、秀でた誇るべき個性をお持ちです。ここに残ることができただけでも胸を張って良いことだと思います」
胸を張ることが出来ていなかった存在を横目で意識するとしっかり顔を上げて池田さんに目線を向けているようで安心する。
「では、早速ですが次の審査についてお話しします。最終審査は約二か月後、九月に行わる文化祭でのステージ発表が基準になります。あくまで基準です。そのステージまでに駆ける姿勢やそこで生み出されるドラマも加味して最後は投票ではなくプロデューサーであるリンクがデビューメンバーを決定します」
リンクがメンバーを決定する。リンク氏の手の中に私がいるということを実感できるその一言にぞわぞわと鳥肌が立つほどの感動で血液が沸騰していく。今、これほど興奮しているのは私だけかもしれない。
熱が回っているであろう顔を池田さんに悟られまいと、一度顔を下に落としもう一度向き直った。池田さんは私たちの頭の上を真っ直ぐ見つめて飄々としている。
「ステージ発表は学年で分けて各学年三十分のステージを各々で作って挑んでいただきます。どんなステージでも構いませんが一曲、リンクが皆さんのために書き下ろした今オーディションのオリジナル楽曲を組み込んでください。歌うだけでも、ダンスを加えても構いません。学年で集まってステージの構成を考えてください。なお、このステージはネット上での配信も考えているの、多くの人の目に留まることになります」
そう言いながら前列に資料の束を渡し一枚取って回すように促す。受け取った資料は相変わらず簡素で今日説明すること以上は記載されていないようだ。
「発表は一年生四名、二年生六名、三年生二名の順で行ってもらいます。きっと話し合いや練習で集まることも多々あるでしょう。その際は事前に私に連絡をください。審査の参考のために映像を撮らせていただきます。集会の全てを連絡しなければいけないわけではありませんが参考映像が多いに越したことはないと思います」
冷静に考えるとここにきて一気にハードルが上がり過ぎたように思う。誰のプロデュースもなく広げられた三十分を私たちの発案と技量だけで染め、それなりに案や策が出てぶつかることなく上手く調和を取りながら最善を目指す。調和を取る、それが一番の関門。
一人悶々と思考に耽っていると急に振り返った岩内楓を目が合い一枚のCDが手渡されて我に返った。「当日の衣装も各学年で自由。そしてこちらがオリジナル楽曲の音源です」という池田さんの声が耳に入ってきたことで全てを察する。
1、ドラマ。2、オフボーカル。盤面にはそう記載がされている。
池田さんは教室内に置かれているラジカセを教卓に置くとプラグを掴みながらキョロキョロとコンセントを探し、見つけ出し、差し込む。その後も使い慣れない様子でカチャカチャとラジカセを操作しなんとかCDを挿入することに成功するとしれっとした表情で「皆さんで一度音源を聞いていただきます」と言って再生を押した。
……なんて凄まじい疾走感。
どれだけ甘く柔らかなアイドルソングを用意されているのかと思っていたけれど想像していたものとは良い意味でかけ離れたロックチューンで一気に目が覚める。サビはよりキャッチ―で耳に残るメロディーライン。二番に入ると台詞のように囁きかけるAメロ。二番サビを終えて間奏のギターソロ。そして一旦落としたかと思いきや弾けるようなラスサビ。約三分間、キラキラと私たちを魅了しながら駆け抜けて行った。
曲が終わり心地良い余韻を共有したあとに誰からとなく拍手が沸き上がる。初めて一体感のあるざわつきを迎えた教室内に我が物顔の池田さん。
「わかった方もいらっしゃるかもしれませんがこの曲を提供したのはリンクがプロデュースしたロックバンド、プリズムです。皆さんは世界的にブレイクしたバンドの曲をステージで魅せてもらうことになります。パートの振り分けや演出方法、全てお任せ致しますがもし相談等がありましたらお気軽にご連絡ください」
必要事項を述べた後に「何か質問はありますか? 」と問われたけれどあまりに衝撃的な楽曲によって生まれた士気の高揚のせいで誰も質問を探すほど向き合えず手は上がらない。
それを名誉と捉えた池田さんは一度微笑み「まもなくで期末試験もありますのでそちらも気を抜かずにお願いしますね。今回リンクがプロデュースするアイドルはそちらが前提だということをお忘れなく。では、集会を行う時やご相談がありましたらご連絡ください。皆さんがどのようなステージを作り上げてくださるのか、楽しみにしています」と残して教室を後にした。押さえつけられていた蓋を飛ばすような勢いで再びざわつく教室内。
「美咲ちゃん、放心してない? 」
悪戯な笑顔で覗き込む有希に対して素直に頷く。楽曲に魅了されたのも勿論ではあるが、そんな威力を持ったこの楽曲をどうすべきかという焦燥も少なからず。
「すべきことの膨大さに言葉を失ってるよ、私……」
呟くと有希も「だよね」と同調した。その表情が気になり右横に顔を向けると有希のそのまた右に座る子と視線が交差する。こちらを見て、会話を聞いていたであろうその子は一瞬目が合って気まずくなる電車の向かいに座る人のような顔をして目を逸らしたが満を持した様子でもう一度こちらに目線を持ってきた。再び交わる視線と何も気づいていない有希が視界に映る。
「あ、あの」
言葉を発したのは有希の右隣。
「私、この音源をちょっといじりたいです。同期にコーラス入れたりしたいし、二番のセリフっぽいところは英語にして美咲さんに担当してもらいたいです。あとギターソロの部分は上川さんにサックス吹いてもらうとか……まあ全部許可が下りないと出来ないんですけどね」
熱量に押されて一瞬たじろいだ有希が数秒の間をあけて思い出したように「そっか、めっちゃクオリティ高い歌動画だったもんね」と言うと「はい、B組の森清香です」と丁寧に名乗ってくれたことで私の脳内でも存在が繋がった。
抜きん出ていた自己PR動画の一つ。圧倒的な歌唱力と自力のミックス。動画内ではしっかりと正面から顔が映っていなかったにも関わらず八位にランクインしていた森清香がこの子だ。
「清香ちゃんがいるなら音楽面は安泰じゃん! 私、振り付けられるし思いっきりアイドルなステージしちゃおうよ! 」
「ダンスしながら歌うのが難しかったら事前に録音した歌に当て振りするのも策だと思います」
「しっかり歌う曲とダンスに力を入れた曲で分けるのもいいよね! え、わくわくしてきた~」
「とりあえず、詳しい打ち合わせ日はカメラにもついてもらって別に設けよう。まだ先輩も後輩もいるしね」
私の腕を揺さぶりながら興奮気味に案を飛ばす有希を軽く宥めると「そうだったそうだった」と口を噤む二人。
こんなにクリエイティブな子たちが残ったんだ、二年はなかなか安泰だな。そんな納得を抱えて私の左横を見ると相変わらず南茅乃は少し不安げで。更にその横に座っていたマッシュショートで小柄なバスケ部所属の赤平佳代が会話には加わらずともずっとその流れを聞いていて話を振られたらいつでも参加できる様子で姿勢ごとこちらを向いていた。
有希と同じくらい、もしくはそれ以上にやる気を見せている森清香の横には自己PR動画ではサックスを吹いていたのが印象的だった上川真奈美。
私たちはこの六人で、今年の夏を過ごすことになる。