【北道生アイドル計画説明会】
あの有名プロデューサーのリンク氏が現役北道高校生のみで構成した女性アイドルグループをデビューさせるというニュースを渦中の現役北道生である私が耳にしたのは朝のワイドショーのエンタメコーナーを横目に見ていた時のことだった。
メンバーは誰だ、私の知っている子か?と前のめりになりながらテレビに向き合うとオーディション自体もまだ行われておらず、これからオーディションについての内容や規定を校内で公示するとのこと。
安定した将来を目指してこのお勉強全一の高校に入学のするために必死になったのにここまで来てそんな安定ルートを蹴るような選択をする稀少な人間が何人もいるわけがない、否、ここに一人。
小学六年生の頃、当時CDを出せば毎度ミリオンを達成していたとあるアイドルのオーディションを友達と一緒に受けたことがある。お互いの全身写真とバストアップ写真を写ルンですで数枚撮ってそのまま近くのスーパー内にあった写真屋さんで現像。出来上がりの時間までフードコートでちまちまと時計を見ながら過ごして時間きっかりに取りに行った。あとは必要事項をA4のコピー用紙に書いて各々の写真をホチキスで止めて。二人で一つの便箋に入れて投函した。三か月後に事務所から届いたハガキを見たときは息どころか時も止まったような感覚になったけれど、残念ながら~の文字で全てを察して落胆したと同時にあのリンクさんが私の写真や文字に目を通した可能性をこのハガキが示していて興奮したのを覚えている。
オーディションの存在を知った日の翌々日の午後四時。その丁度十五分前。指定の教室に向かうと入り口に堂々と【北道生アイドル計画説明会】と掲げられていて、込み上げる羞恥が引き戸に手を掛けることも躊躇わせる。
少しだけ距離を持って。噂になっていたから野次馬しにきたという理由を後付けできるようなポジションで構えていると「いいじゃん。話聞くだけ聞きたくない? 」と校内でも目立つ同学年の誰もが名前を知るギャル三人衆が私を視界に入れることなく堂々と、流れるように引き戸を引いて教室内に入っていたので私もその一派かのように後ろを続いた。指定時間の十分前にもなると更に野次馬が沸き兼ねないのでベストタイミングだったと思う。
教室内の机は下げられていて椅子が窮屈なくらいに並べられていたのだけど既にその内の七割は着席されている状態で息を飲んだ。
一年から三年まで、全学年の女子を対象としているからそれなりに集まりはするとは思っていたけれど腐っても全国一位の進学校だぞ?
……まあ、半分は聞くだけタダ理論だろう。そう思いながら私は椅子ではなく何人かと同じく参観日の保護者のように後ろの壁に寄りかかって誰にも話し掛けられないように顔を左下に向けて意味もなく携帯をいじり続けた。
指定時間になると椅子に空きはなくなり、保護者ポジションも重なって二、三列。やはり友達と連れ立って来た子たちが大半なので教室内はガヤガヤと騒音が詰まっていて、説明会に行くなんて誰にも一言も言えなかった自分自身に気恥ずかしさを覚える。
そもそも二年になってクラス替えが行われた直後。特別仲の良かった子とは離れてしまってそこまで親しく会話できる関係性はまだ築くことができていない。
教卓横の引き戸が開けられた。あれだけ騒がしかった教室内が、指揮者が収めたように静まり返る。
もしかしたらリンク氏が来るかもしれないと淡い期待を抱いていたけれどそこに現れたのは見知らぬ男性が一人。三、四十代だろうか。教師たちとは比べ物にならないような、初めて袖を通したのかと思うくらいしっかりとしたスーツに身を包んで髪をワックスでオールバックに固めた私たちのまだ知らない大人。
そしてその人と連れ立って現れたのは三年の学年主任。一学年上の全く関わりのない教師ではあるものの目の前に見知った大人の顔が現れたことで程好い安心感が沸いた。
「えー、こちらは、プロデュースリンクの池田さんです。しっかり話を聞いて、オーディションを受けるかどうか、自分で判断するように」
三年の学年主任は教卓に両手をついて集会で見かけた時と同じように淡々と述べると入り口の辺りに待機していた大人に「では、お願いします」と顔を向け立ち位置を入れ替える。
代わりに教卓についた大人はこの大人数の女子高生を前にさして動揺する様子も見せず、一度手にしていた鞄から資料のようなものを取り出してから私たちに向き合った。
「只今ご紹介いただきました、プロデュースリンクの池田です。このオーディション中は私が運営の代表と思っていただいて構いません。それでは早速ですがオーディションの要項を説明していきますので、この資料を前から後ろに回していってください」
この人数が説明会に来るということをわかっていたかのように、ほぼ一番後ろにいた私の手元にもしっかり渡ったその資料はたった一枚のプリントのみ。
「資料を見ていただくとわかるように、オーディションは現在の四月からスタートして、最終審査は九月の学園祭でのステージになります。オーディション内容ですが、今現在で全ては明かしません。審査が進む毎に明かしていきます」
池田さんはその資料を読みながら補足を加えていく。
「審査に残り続けると半年近くオーディションに縛られることになります。ここは進学校ですよね。特に三年の皆さんはよく考えて参加の有無を決定した方がいいでしょう。最終審査で落ちてから進学のことを考えるのは絶望に等しいと思うので」
池田さんの口調は教師の授業と言うよりは薬剤師が薬を手渡す前に行う服薬説明に似ていた。
「……以上を踏まえた上で。それでもオーディションを受けたいという方は規定の用紙、こちらですね、前から流してください、こちらに必要事項を記入し、全身とバストアップの写真をクリップ等で閉じたものを担任の先生に渡してください。期限は今日から一週間になります」
回ってきた用紙は見た目こそ堅苦しい履歴書ではあるけれど内容は小学生の頃に流行ったプロフィール帳を彷彿とさせるような簡単な質問が並んでいる。
「第一審査は書類審査です、が、こちらの用紙には皆さんが日頃お世話になっている先生方からの評価コメントが付きます。なので、審査はもうすでに始まっていたと言っても過言ではありません」
そこまで言い終えると池田さんは一息ついた後に「何か質問はありますか?」と問い、初めて私たちを見据えた。前に座っていたおそらく三年の子が手を上げ、池田さんは右手で指名する。
「合否はどのように知らされますか? 」
「決定し次第、書類を提出してくださった皆さんをまたお呼びしてそこで発表致します。……他には? 」
面接では質問の有無を問われた時は出来るだけ何かを聞いた方がいい。さすがその言葉を脳裏に刻み込んでいる進学校生たち。一人目を皮切りに対して実の詰まっていないような質問が飛び、池田さんはそれにうんざりした表情を一切見せず、質問者の目を見て淡々と答えていく。
それらをある程度消化し終えると「では、最後になりますが」と一段階上がったトーンで放つと一度私たちを満弁なく視界に入れてから話し出した。
「リンク氏がこのオーディションで重要視しているのは、ドラマです。この子がアイドルになったらドラマチックだな、そしてドラマを生み出していくだろうなと思う子を選びます。あなたたちがこのオーディションでどんなドラマを見せてくださるのか、私たちは期待しています」
言い切ると池田さんは一礼をしてずっと端に立っていた教師と共に教室を後にする。なんだか急にIQが下がったような感動的な言葉を私たちに授けるんだな、と思っているとガラガラと閉められた音が合図になり堰を切ったように一気に騒がしさが戻った。
バラバラと教室を出る者たち、興奮を全面に出しながらどうする?受けてみちゃう?と席から立ち上がる様子を見せずに話し続ける団体。この中の誰かがアイドルとしてデビューするのか。なんて得も言われぬ違和感。
特に分かち合う相手を連れている訳ではない上にこの場にいることに若干の羞恥を抱いている私は目線を少し下げて出口に向かった。