ラジオ・クッキング
ひねくれた世界にようこそ。
ねじれた空間をお楽しみ下さい。
えみの残酷シリーズ。とは言っても1話完結。
家電・玩具メーカーである株式会社『TERA』は、住職である和尚が始めたものだ。
コロナ禍で経営に関し、このままでは生き残れないと躍起になって新開発に力を入れた。
嗚呼、狂開発よ。静寂のお堂でお鈴は鳴る。
朝の7時、スマホのアラームが鳴った。「おもちゃの兵隊の行進」が賑やかに流れた。
「ん……」
えみは目を覚ました。アラームを止めて、トイレに行って、まずは着替える。
「おはよう、姉ちゃん」
いつも早起きの弟が、爽やかな顔で挨拶をした。「はよ……」
髪が乱れたままで制服には着替えたが、まだ寝ぼけていた。リビングではテーブルについた父親が新聞を広げて座っていて、母親は奥のキッチンで朝食を作っていた。
弟は犬の散歩から帰ってきたばかりらしく、2階へと上がっていった。
テーブルについたえみは、置かれていたベーコンエッグに箸をつけようとした。テレビがついている。報道番組が天気予報を伝えていた。
「お盆休みの事だけど」
キッチンから母親が、パン皿を持ってきて父親の前に置きながら話しかけた。「何だ」と新聞を閉じて箸をとる。
「今年も行けそうにないんね。こうまでまたコロナが広がってちゃ……」
どうやら夏休み目前、帰省の予定の事だろう、ガッカリ顔の母親は、深く溜息をついた。
「うん……多分、行かん方が良さげだな。引きこもるか」
「遠方は無理でも近場に行きましょうよ。海や山でもいいんじゃない?」
両親の会話を聞きながら、えみはおかずを食べ終え、パンを焼こうと立ち上がった。すると弟が下りてきて「姉ちゃん、俺のも焼いて」と元気よく言う。
天気が良く、東からの陽光が、えみ達4人に「これが朝だよ」と教えている。
素晴らしき平和な朝よ、日常よ。永遠に続く事を願わん。
夏休み――。
ピンポーン、とインターホンが鳴って、届いたのは小型のラジオだった。
箱には「特」の字が丸で囲まれ、続けて“てらどん”と書かれていた。「まるとく……“てらどん”?」と、かがみこむ様に見たえみは、首を傾げた。「ビーフラーメン×TERAオリジナルA賞、まるとく“てらどん”当選、おめでとうございます! だって」と段ボールを開けた弟が読み上げる。
「てらどん、ねえ……」
横から母親が覗き込んでくる。懸賞に応募したのは母親だった。
当たったのはA賞だったが、本当はB賞のデズニーパークの方が良かったと愚痴る。「当たれば良かったのに~」と口を尖らせていた。
「それでこれ、何? ラジオなの? そう書いてるけど」
えみが聞くと、
「うん、そうらしい。面白いね、においが出るんだって。どういう事だろう?」
弟が不思議がった。
「音だけじゃなく機能を付けました、って感じ?」「つけてみようか」
取り出してひっくり返してみたりした後、説明書をさらっと読みながら、テーブルに置いた。ワイヤレスで、電池内蔵らしく、添え付けの乾電池を入れた。何の変哲もない小型の、可愛らしい白いラジオ。“てらどん”という割には、あまりキャラクターさが無い。ボタンが右向きと左向きの矢印と真ん中、3つだけで、側面に電源のスイッチがある様だった。まず、と弟が押した。
ピー、ガガガ……ザー……。砂嵐の音がして、微かに声の様な音がしてきた。
「選局!」「はいはい」
弟は言われるがままにどちらかの方向ボタンを押していく。やがて声がクリアになり、女性の声が聞こえた。
『わくわくチャンネル、“Zなき”放送~~!』
明るかった。夕方4時、まだまだこれから! といった雰囲気だった。
「へえー。ラジオってこんななんだ。初めて聴いた」
「私も知らないけど」
子どもらはそうだった。
「懐かしいわー。若い頃にお父さんとドライブした時なんかによく聴いたわ~。あんた達はDVDばっかり観て、ラジオなんて聴いて育っちゃいないからね。おはよう、ハマサキジュンです」
母親は、アリガトウ~と謎の歌を口ずさんでいた。
そうして我が家の一員となったまるとくラジオ“てらどん”だったが、「においが出る」機能については謎のままだった。
やがて、それが判明する。
8月某日、えみは早くに目が覚めた。昨夜は友人達と集まって騒いだが、帰宅し夜8時頃にはもう寝てしまって、朝起きた途端に汗が「キモイ!」と慌てて風呂に入った。シャワーで済まし、リビングに行くと犬の散歩から帰ってきた弟とすれ違う。
「お、早いじゃん」
「なによ」
「いつも昼まで寝てんじゃん」
言い捨てて、弟は2階へ上がる。その通り、えみは夏休みに入ってからは夜更かしなどで朝はいつも起きるのが遅かった。「うるさい、ガキんちょ」と機嫌が良くないえみも負けじと言い捨てた。
高校3年生で、まだ夏だが、大学受験を控えていた。候補は2つ3つくらいあったが、中くらいの成績で、これといって目指す職業を見つけられないまま、大学案内と日々にらめっこだった。母親は心配していた。
『おはようございます! 7時7分。サワヤカ太郎、にのフジです!』
リビングとキッチンの境に置かれたラジオは、そう盛り上げていた。CMが流れる。そして始まった。
『わくわくチャンネル放送~! さて今日から新しく、お料理行進曲のコーナーです!』
活発なお姉さんの声が辺りに響く。母親はこれから朝食を作ろうとエプロンを着け、仕事が休みらしい父親は離れてソファに座ってテレビを観ていた。
えみはテーブルにつきスマホを弄っている。友達と昨日の続きの様にLINEで盛り上がっているのだろう、時々笑いが漏れた。
『知ってますか? 昔に放送されたアニメのオープニング。これを歌えば、ななななんと“コロッケ”が出来てしまうのです!』
楽しそうな声が届く。
「もしかしてアレ? 懐かしいわね、お母さんの小学生くらいのやつね」
キッチンから母親が声を上げた。手を洗っていた。
えみは知らないが(おそらくは弟も)、母親はよく知っている様で、カーンカーンと鐘の音が響いた。
歌の前奏だった、さあ始まる。いざ進めやキッチンへ……。
さあ勇気を出し、みじん切りだ包丁で。玉ねぎが目に染みても、涙を堪えればいい。
キャベツが無ければ仕方がないな、アレで……。
汗をかいたと着替えた弟が下へ下りてくる。リビングに入ると揚げ物のにおいがした。
「朝から揚げてん……」
言いかけて絶句した。
目で見たものが、すぐには信じられなかった。
歌は2番へ。ラジオは最後まで全曲を流した。1番ではコロッケの作り方を、2番では……天に包丁をかざし、玉ねぎ、ピーマン、ハムと一緒に、輝くフライパンで。
ダンスを踊るのだ。
赤く染まっていくスパゲッティ、もう我が家のシェフねと、母親はウットリとしている。
食べればペロリヤーナ? 赤いナポリタンは、真っ赤だった。
お昼のニュースが流れた。
『今日未明、〇〇市〇〇に住む〇〇さんの住宅で火事があり、気づいた近隣の住民が119番通報し、火は1時間ほどで消し止められましたが、家の中からはこの家に住む〇〇さんを含む一家4人の死亡が確認されました』
報道によると、4人ともはリビングで倒れていて、父親と弟には刺し傷や擦り傷が何ヶ所もみられ、母親と娘には損傷無いが煙を吸って絶えたのだろうとされる。警察は事件性も視野に入れ、調査を進めていくとしている。
何があった?
現場を見た者は皆、首を傾げた。血塗れのソファ、床。ここで父親は死んでいる。
リビングの入り口、ここで弟は倒れて、父親ほどではないが血を流して死んでいた。
母親と娘、えみ。食事を終えた後だろうか、テーブルに突っ伏して死んでいた、外傷は無い。
無い、が……。
「何を食ったんでしょうかね……?」
テーブルに並んでいた、空になった皿が4枚。油の跡と、赤黒く固まっていた血が付着していた。「まさか、食べた……?」
まだ調べていないが、父親と弟の体には、肉を削げられた様な跡があった。そして報道はされていないが、庭で飼っていた犬も殺されていた、一部を刃物で削がれて。
「キャベツの代わりか」
「何言ってるんですか?」
「ああいや、ほんと、何言ってんだろ俺」
どうやらここに居ると、頭の中にモヤがかかった様にボンヤリとしてくるらしい、気味が悪かった。
「おっと……」
刑事の1人が、人に当たりそうになって避けたところ、リビングとキッチンの境に腕が当たって物が落ちた、それは――小型ラジオの“てらどん”。
家電・玩具メーカーである株式会社『TERA』は、住職である和尚が始めたものだ。
コロナ禍で経営に関し、このままでは生き残れないと躍起になって新開発に力を入れた。
においが出るラジオ。
におい、とは、匂いと臭い。香りとも言う。
ラジオからは、開発者――和尚の思惑通り、芳しい香りが、部屋中に行き渡った。
何の為にか、それは、生き残る為に。
生き残る為に……。
「ふーん、生き残る為に、家族を皆殺しちゃったんだ?」
「当たると死ぬA賞。ヤバい」
「つか、においの出るラジオって。声でなく」
「コロッケ作ったら油臭いのが出るんかと思った」
ラジオのリスナー達が次々とツイッター投稿をする。スマホの画面は文章諸々、流れて忙しい。
『皆さん投稿、ありがとうございます! えみチャンネルサタデーナイト、今夜はホラー特集です! ラジオ・クッキング、如何でしたか? いやー、怖いですねえ! 人食いホラー! 懐かしい歌が出てきました! 私なんかにはピンとくるんですけどね、まだ若い皆さんは知らないかな? “お料理行進曲”で歌を検索ぅ! さて、ではリスナーの方から投稿されたツイッターやメールをじゃんじゃん読んでいきますねー!』
えみは放送局で働いていた。
夜は、ながそうだった。
《END》
やはり作者定番のダジャレ締め。長そう、流そう。夜は、ながしそうめん。
ご読了ありがとうございました。
後書きは、ブログで。