第6話 狩人の子
僕は倒したファイア・ボアを木のカバンへ収納すると、早々に拠点へ帰った。
「あの子、何者だったんだろう」
僕は川辺で出会った子のことを思い出し、肩の上の妖精へ向かって話しかける。
「おそらく狩人の子供でしょう。人間にしてはそこそこ身体能力に優れていましたね」
「そこそこ?」
僕は首をかしげる。
「あの子、すごくカッコよかったよ。弓が上手で強くて、あんなに身軽で、それに……とてもきれいな男の子だった」
「いいえ」
フェアルさんは心なしか不機嫌にそう答えると、
「……宗太さまの方がずっと可愛いです」
と、急にワケのわかんないことを言う。
まあ、そんな冗談はいいとして、僕が「あの子のようになりたい」と思ってイメージしたのが、『訓練所』という施設であった。
訓練所は攻撃力を高めてくれる施設だから、城下町へ向かう前にぜひ作っておきたい。
ただ、訓練所を作るためには最初に作った作業場では力不足のようだった。
そこで、まずは木の家を参考に『木の作業小屋』を作ってみることにする。
「こんなものかな」
作ってみると、木の作業小屋はだいたい1.5マス分の大きさになった。
中にはどっしりとした『木の作業台』があり、3種類の大きさの石のナイフ、5種類の石のヤスリ、2種類の木の定規などが置かれている。
今手に入る木、石、葉、草……みたいな素材ならば、かなり自在に加工することができそうだ。
「それでは本命の訓練所ですね」
「うん」
頭の中に浮かんだ訓練所は4マス、拠点14マスの約三分の一近くのスペースを使う。
家はHPに関わってくるので後で拡張したいと考えているから、訓練所はその反対の北東側に作り始めることにした。
「それから防壁のスペースも残しておかなきゃだからね。端っこギリギリには建てちゃいけない」
そう言って作業を開始した。
まずは訓練所にする場所に四本の柱を建てて、雨天でも使えるように屋根を葺く。
また、柱には壁かけ松明を設置し、夕方以降でも訓練が可能なようにしてみた。
そして、施設の中には木のダミー人形と、矢の的を設置している。
これで僕も『剣』と『弓矢』の練習が両方できるはずだった。
そうそう。
弓矢、使ってみたくなっちゃったんだよね。
で、訓練所ができあがると、さしあたって思い付いた施設を次々と作っていくことにする。
まずは、魔物の解体所。
僕は一匹のファイア・ボアを倒して持ち帰っていたけれど、そのお肉を食べたり、油や毛皮を利用したりするには、ちゃんとした方法で魔物をバラバラにしなきゃいけないらしい。
もちろん僕にそんなテクニックはないのだけれど、解体所を作れば施設効果によってできるんだって。
何種類かの石の包丁を作り、貯蔵のために地下を掘ったりして解体所は完成した。
これは1マスの施設である。
「わー、グロいなぁ」
たしかに解体のやり方はわかったけど、あんまり気持ちのいいものじゃなかったな。
でもお肉を食べたり油を使ったりするんだからしょうがないよね。
それから、このお肉を調理するための『台所』を作る。
僕は家庭科の成績はよくなかったし、料理はぜんぜんできないのだけれど、これも『台所』をつくればその施設効果でできるようになるらしい。
たき火、かまど、つぼ、包丁、などが必要な設備で、広さは1マスほどの施設だ。
これでたしかに料理のやり方はわかったけれど……
「……なんかあんまり美味しくないね」
「調味料がないからです。今はこれで我慢しましょう」
やっぱりこの辺りの素材だけでは限界もあるんだな。
そして、家。
今もある木の家だけれど、これも広さを拡張して家具などをそろえていくことにする。
拠点の家はHPに影響を与えるけど、フェアルさんが言うにはその広さや快適さ、豪華さなどによって上昇率は変わるんだってさ。
まあ、急にそんな大きい家は作れないので、とりあえず3マス分に拡張し、木のベッドや木の椅子、木のタンスなどを配置してみる。
それから、お風呂に入りたいなあという気持ちから『五右衛門風呂』を思い付いたので、家の前に設置し、ひさしと渡り廊下風の道を作って家と接続した。
≪拠点図≫
______
▲▲
■ ▲▲
□ ◎△
○》 △△
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
※
○》=木の作業場 △=木の小屋
◎=五右衛門風呂
□=台所 ■=解体所
▲=訓練所
「ステータスには出ませんが、お風呂は『可愛さ』を上昇する効果もあります。……もっとも、最初から可愛さMAXの宗太さまには必要のない効果ですが」
そんなことをニコリともせず真顔で言うフェアルさん。
「どうでもいいけど、とにかくお風呂に入るよ。せっかく作ったし」
「わかりました」
そう言って僕はフェアルさんを肩から降ろすと、出来立てのお風呂へ足を向けるのであった。
◇ ◆ ◇
森の奥深くで、ひとりの老人が息たえようとしていた。
若い頃は名誉の狩人であったが、今や肉体は朽ち、魂が離れていくのを待つのみである。
ほら、今まさに魂がスーっと……
「じいちゃ。じいちゃ」
……そんな時、幼げな声が彼を醒ます。
「じいちゃ、生きてるか?」
「む、むむ……シノブか」
老人はほぼ見えなくなっている目でぼんやりと孫を見て答えた。
「お前が声をかけなければ逝っておったの。邪魔しおって」
「隙あらば逝こうとするのやめろよ。ほら、ファイア・ボアを倒したんだ。鍋にしてみたから食べてくれ」
そう言って孫は椀を差し出す。
すばらしい香りが立ち込めるが、老人は床から起き上がろうとはしない。
「ワシはいい。お前が食べろ」
正確に言えば、老人はもうモノを食べることができなかった。
それがわからない孫は『良いものを食べればよくなるだろう』と狩りをし、山菜を摘んではメシを勧めるのである。
「オレはもう食べた。肉はあまってるんだ」
「ならば西の城下町へ持っていけ。ファイア・ボアじゃったの? あれの素材はそこそこで売れる」
「またその話か……」
孫はため息をついた。
「そう言わずに聞け。ワシの若い頃はこのあたりも若い男女であふれておった。しかし今やワシとお前しか残っておらん。ワシが死ねばお前だけじゃ」
「オレはじいちゃ以外と暮らす気はない」
しかし孫は、老人も顔負けの頑固者であった。
「ひとりになってもオレにはこの森がある。寂しくないよ」
「……たしかに、森は海にも劣らぬ豊饒たる世界じゃ。光も闇も深く、果てしない。じゃが、お前ひとりで森へ働きかけても、お前はその片鱗を知るにすぎぬじゃろう。人は、人と生きることによって森を知っていくものじゃで」
「じいいちゃの話は難しいな。でも……」
孫はそっぽを向いて続ける。
「そう言えば今日、森で子供に遭ったよ。なかなか強いヤツだった」
「なに?」
それを聞いて老人は目を見開いた。
「男か? 女か?」
「確かめてないからわからないけど、可愛い子だった。女じゃないかな」
「そうか……」
男子ならばよかったのに、と老人は思った。
「シノブ。やはり城下町へ行け。お前はきっと別嬪になる。このまま男のように振る舞っているのはごく惜しい。早いうちに人と触れ、女の心を知り、よき連れ合いを見つけるのじゃ」
「……やっぱり、じいちゃの話は難しいな」
孫娘は幼いながらも美しい眉根をひそませて立ち上がると、白ふんどしのお尻をぷいっと向けて部屋を出て行ってしまった。
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