第4話 風圧
そういえば、僕を召喚した魔術師たちは、僕のステータスを『どこにでもいるごくごく平凡な少年』と言っていた。
ごくごく平凡な少年が魔物を倒せるとは思えないから、このまま何も考えずに川辺へ行くのは自殺行為だろう。
ので、僕はまず自分の防御力を高めるために、拠点を土塁で囲んだ。
本当は石垣とかバリケードとかの方が強いんだろうけど、残念ながら素材になる石が不十分だったし、モタモタしていると日が沈んでしまう。
それでも、たったの3だった僕の防御力は24にまで上がった。
それから作業場でアイテムも作ったよ。
まず、すぐに思いついたのは木刀である。
木材はいっぱいあるしね。
鋭い石で木を削って作った木刀を装備すると、攻撃力は43になった。
これは木刀の攻撃力だけでなく、作業場で作ったアイテムはその目的に応じて能力に補正がかかるという効果も上乗せされているようだった。
アイテムと言えばもう一つ。
木のカバンも作ってみた。
果物を取ってその場で食べるのもいいけど、やっぱり持って帰っても食べたいしね。
魔物があらわれた時でも両手が空くようにランドセルっぽく背負えるようにした。
「すごい。さすがです。これなら魔物に襲われても大丈夫でしょう」
フェアルさんのお墨付きも出たし、僕は西の川辺へ向かって出発するのだった。
ザッザッザ……
森を進むと、まだ日は出ているというのに薄暗い。
拠点の周りのように野原が点在するのはまれで、進む先々繁った葉で太陽が隠されているのだ。
大木はその根も太く、時おりつまずきそうになりながらも僕のスニーカーは落ち葉を踏み、苔を踏みしめながら西へ西へと歩いた。
まあ、西というのも僕ではわからないから、フェアルさんが飛んでいく後についていっているだけなんだけどね。
やがて、長かった葉っぱのトンネルの先に、キラキラと輝く水面が見えてくる。
川だ。
そして話の通り川辺には桃色の果実のなる木があちこちに立っていた。
「どれどれ」
僕はそのうちのひとつを取って、皮を剥き、食べてみる。
「おいしー!」
「宗太さま。早く戻らないと日が沈んでしまいます」
「わかってるよー」
フェアルさんにせかされるので、その場で食べるのはひとつだけにし、木のカバンへりんかんの実を入れていく。
しかし、不思議なことに10個入れても、20個入れても、カバンがいっぱいになることはなかった。
「これも作業施設で作ったアイテムの能力補正です。その木のカバンには見た目以上のアイテムが収納可能となっているのです」
「見た目以上の? どれくらい収納できるの?」
「収納力は拠点の広さに比例します。指定した拠点の大きさが容量の限界とお考えください」
ということは、こんな小さなカバンに10m×10mの収納力が備わっているということになる。
すごいなあと思ったけど、りんかんの実もあんまり取っても食べきれずに腐らせちゃうと思うから、30個ほど取ってやめにした。
「じゃあ拠点へ戻ろうか」
そうつぶやいた時。
ガサガサ……
近くの茂みがざわめいたかと思えば、川辺に一匹の獣があらわれた。
「あ、あれが魔物?」
「はい。ロンリー・ウルフといいます。強くはありませんが足の速い魔物です。逃げるより戦うべきでしょう」
「戦うって、そんなの怖い……あっ!」
そう言っている間に、ロンリー・ウルフが襲いかかってくる。
ガルルルル……
「きゃああ!」
僕は目をつぶって木刀を振るった。
キャイ~ン……
すると、すぐにそんな犬のような声が聞こえてくる。
おそるおそる目を開けると、ロンリー・ウルフが川の向こう岸へ走って逃げていったのが見えた。
「あ、当たった?」
「いいえ。攻撃は空振りでした。しかしその風圧で敵の戦意を喪失させてしまったようですね。すごいです」
当たらなかったのかあ。
まあ、目をつぶっていたんだから当然だよね。
「すでに拠点には家があり、土塁があり、作業小屋で作った剣があります。宗太さまは魔物と十分戦えるだけの力を持っているのです。どうか自信をお持ちになってください」
自信かあ。
「わかった。今度はこわがらないで目を開けて攻撃してみるよ」
「ええ。がんばってくださいね」
そう言って僕らは拠点へと引き返していった。
◇
拠点に帰ると、日は暮れてしまった。
魔物たちの遠吠えが森の闇をすさまじいものにする。
外にはガイコツのような魔物が多くわいているようで怖かったけど、土塁にはばまれて拠点には入って来れないようだった。
「あーあ、夜はたいくつだな」
僕は木の家でごろんと寝っころがり、そうぼやいた。
ゲームもなければマンガもない。
りんかんの実を3つほど食べるとお腹もいっぱいで、他にやることがなかった。
「宗太さま、やはり元の世界に戻りたいとお考えですか?」
「え、そんなことできるの?」
「次元転移の魔法は困難ですが、過去に例がないわけでもありません。加護の力があれば探し求めることもできるでしょう」
「うーん」
僕はそんなふうに口ごもってしまった。
たしかに元の世界にはゲームもあればマンガもある。
でもそれだけだ。
僕の学校での教室ランクは低いし、このまま勉強だけよくてもサラリーマンになって『なんで生きているんだろう?』と思いながら生きるだけ生きるのが関の山だろう。
そうだ。
第一、僕は大人を軽蔑していたのだから『大人になること』に未来なんてなかったじゃないか。
親や学校の先生、テレビの人やSNSの人々……
あんなふうになるなら死んだほうがマシだって思ってた。
「……僕はここで生きるよ」
「え?」
「この世界のほうが希望を見つける可能性がある気がする。拠点づくりも楽しそうだし、今はこの世界で自分がやれることをひとつずつ確かめていこうと思う」
「そうですか……」
フェアルさんは人形サイズの小さな手で僕の頭をなでてくれた。
あいかわらず無表情だけど、やさしい女性だってことがわかる。
「さてと、そろそろ寝ようかな」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ」
僕は目をとじた。
そういえば、お父さんやお母さんは心配しているだろうな。
でも、サラリーマンの子はどの道いつか親の家を出なきゃいけないんだ。
それがちょっと早くなっただけ。
それだけのことだ。
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次回もお楽しみに。
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