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第1話 異世界召喚


 学校も夏休みに入って一週間。


 セミがうるさくて、東京オリンピックがテレビでやっていて、クーラーのかかった部屋を一秒たりとも出たくないみたいな日のこと。


 僕は異世界の魔術師300人の術式によって『異世界召喚』されてしまったのだった。




「おお! 勇者があらわれたぞ」


「召喚が成功したんだ!」


 そんなふうに騒ぎたてるのは都市国家アンテナという国の人々。


 神殿前の広場ではたくさんの大人たちがつどい、勇者歓迎ムードにいている。



 ワー! ワー!……



 魔術師たちの話によると、この世界は魔王の危機にさらされており、これに対抗するには異世界召喚によって『特別な力』を得た勇者に世界を救ってもらう他なかったのだと言う。


「そして、その勇者というのがあなたなのです!」


「……ふーん」


 大人たちの説明に、僕は鼻先で答えてみせた。


 まあ、ゲームやアニメではよくある話だよね。


 もちろん現実にはありえないことだってのもわかってる。


 僕だってもう小学生じゃない。


 オバケや異世界、モンスターや冒険、夢や希望……


 そんなモノが現実にあるはずないくらいのことはわかっている。


 ので、僕も最初は『これは寝てみる方の夢だな』と、そんなふうに思っていたんだ。


「勇者なんて素敵ですわ」


「どうか勇者さまのお力でこの世界をお救いください」


 でも、夢は夢でも、勇者になって人々から頼られるなんて悪くない夢だとは思った。


 僕も男子だしね。


 小さい頃は勇者やヒーローに熱中していた時期もあったし、こういう夢をみるってことはとりわけ『勇者願望』みたいなのが強いのかもしれない。


「勇者さまバンザイ!」


「バンザーイ!!」


 しかし、そんな大人たちのコロナかオリンピックのような騒ぎは、すぐに静まることとなった。


―――――――

山寺やまでら宗太そうた(13)


HP:4

MP:0

ちから:2

防御:3

スピード:4


称号:なし

魔法:なし

スキル:なし

加護:拠点建築

―――――――


 これは魔術師たちが三日三晩総出で解析した僕のステータスである。


 もっとも、僕はこの数値が高いのか低いのか厳密にはよくわからないのだけれど、魔術師たちが言うには「数値的には、どこにでもいるごくごく平凡な少年」らしい。


 称号や魔法は『なし』なのでそれ以下はないとして、唯一なんか書いてある加護も『拠点建築』という戦いに使えなさそうなものがひとつあるだけ。


「なんだあのステータスは? 勇者を召喚したはずなのに」


「どうやら『ハズレ』のようだな。召喚にもたまにあるらしいんだよ」


「どのみちあの子では使い物にならんな」


 魔術師たちはヒソヒソとそんなことを言う。


 それだけならまだしも、このステータスが一般に知れ渡ってからの街の人々の手の平の返しようったらなかった。


「チッ、あのガキ。期待させやがってよぉ」


「きっとわかっていて大人をからかっていたんだわ。わたしたち、さぞ滑稽こっけいに見えたでしょうね」


「許せねえ、許せねえよ……」」


「ニセ勇者め! これでも喰らえ!!」


 広場に集まり僕へ石つぶてを投げる市民ら。


 石のいくつかは僕の身体を打ち、ひとつは頭を直撃した。


「痛いよー、やめてー!」


 と訴えるが止まない。


 これがつい先日、「勇者さまー!」とバンザイしていたのと同じ人々だろうか?


 フツーに考えればここで僕を責めるのはお門違いというものだと思うのだけれど……



 ワー! ワー!



 でも、これはもう話の通用する人数じゃない。


 それから神殿前広場で行われた住民採決では、あわや(物理で)首を吊し上げられかねないという空気にすらなったが、けっきょくは国外追放というところに落ち着き、僕は都市国家アンテナを追い出されることとなったのだった。



 ◇



「着いたぞ。降りろ」


 囚人用の馬車に乗せられてから、どれくらい揺られたであろうか。


 僕は兵士らしき男に呼ばれて馬車を降り、そこが深い森の中であると知った。


 馬車には目隠しがされていたから都市国家アンテナに戻る道順はまったくわからない。


「僕、こんなとこに置いて行かれるの?」


「そうだ」


 と兵士は答えた。


 けど、すぐにヒゲをいじりながら「おい、坊や……」と、こんなふうにボヤき始める。


「……ここだけの話だがな。我が国は、坊やに悪いことをしたと思っているよ」


「そうなの?」


「ああ。坊やからすれば勝手に召喚されて、勝手に勇者と祭り上げられ、勝手に失望されただけだろう? 坊やは悪くないよな。そして……そう考えているのは私だけではないと思う」


 兵士の口からそんな言葉が出るのを、僕は意外に思って聞いていた。


 しかし、それならなんとかして街に戻らせてもらえないだろうか?


「オジさん。お願い」


「ん?」


「街に連れて帰って! こんなところにひとりじゃ死んじゃうよ」


「すまんがそれはできない。たとえ一人一人が実はそう思っていても、広場で叫ばれることはまるで逆のことになってしまう。それが集団、大衆のおそろしいところでな」


「そ、そんな……そう言わず、助けて……あっ!」


 なんとか馬車につかまろうとする僕を、おじさんは容赦なく蹴り払う。


「……私にも妻子があるんでね。世論には逆らえないんだ」


 そう残すとヒゲの兵士の馬はいななき、来た道を引き返してしまった。



 ひゅるるるる……



「う、うう……」


 おじさんに蹴られたお腹が痛む。


 でも、泣いたりはしない。


 やがて痛みはひいて、僕は土をつかみながら草木をにらんで言った。


「……やっぱり大人なんてどこでも同じだ」


 こうして僕はひとり異世界の森の中に取り残されてしまったのである。



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