アソビモノ 間話 その1
暗い場所
8月24日 21時03分29秒ー
「あっー。やっぱりバズレだった…。」
女子高生が暗闇の中で呟く。
少女は永遠と思える刹那の中にいた。
風もなく、虫は鳴き止み、暗闇の中に佇む制服姿の女の子が月に照らされ、そこに立っていた。
男はもうすぐ死ぬ身であるが、意識はハッキリしていた。先程まで肺に空気が行かず、泡を吹き、悶え苦しんでいたが、今はその感覚すら薄れていっている。
警官姿の男が銃を腰に収め、少女へ向かってふざけた言動を撒き散らす。
「こんな所で、何をしてるでありますか?!ここは危ないであります!今、婦女暴行犯がそこに倒れていますが、いつ襲ってくるか分かりません!早く逃げるであります!」
少女は吹き出し、大声でケラケラと笑い出した。
「お兄さん面白いね!何!?その喋り方!」
「こんな時に、笑っている場合ではないです!早く逃げるでありますよ!」
警官は、ふざけた口調のまま、相手を促す。
女子高生は散々笑った後、深い溜息をしてから答える。
「はぁー。面白かった。お兄さん。嘘下手だね。そんなの子どもだって騙されないよ。お兄さん、頭良いのに何でそんな下手な事するの?てか、私、最初から見てるから意味ないよ。」
「………。」
警官は黙り込んだ。
すかさず、少女はツッコミを入れる。
「あれ!?どうしたの?さっきの作戦やめるの?あれ面白かったのに!」
男の感覚は、もう機能していない筈なのに、警官の背中を見て寒気がした。
この警官は、殺す気だ…。
「ニ…ゲ……………。」
男は潰れた喉を震わせながら、少女に促す。
「あっ。まだ生きてたの?久しぶり!綺麗な顔して結構しぶといんだね!大丈夫だよ!お兄さん!ありがと!」
何を言っている?状況が分かっていて言うセリフじゃない…。男はそう思いながら、少女に向かって声なき訴えを続けている。
警官は、静かに、ゆっくりと、少女に近づいていく。少女から3歩ほど離れた距離で立ち止まる。
ボゥッ!
火の出るような空気の摩擦音が林に響く。
警官の腕が少女の顔めがけて、鋭く突き出る。
しかし、届かない。
間髪入れずに、もう片方の腕をしならせ、溝うち目掛けて手刀を突き立てる。
届かない。
一歩下がり体勢を低く整え、肩を少女に向けて勢いよく体当たりする。
届かない。
「あははっ!もっと!もっと!」
少女は曲芸でも見るかのように、両手を大きく鳴らし喜び弾けている。
ふっー、と大きく溜息を吐いた警官は、再び拳銃に手を伸ばす。
「なーんだ。つまんない。」
少女はそう呟くと、手を警官に向けてかざした。
警官の身体は、石のように動かなくなった。
少女が男に近づくと、しゃがみこみ、男を見下ろす。
「このおもちゃ、楽しかった?色々発散できて良かったね!」
もう死ぬであろう男に向かって、笑みをこぼす。
「なっ…ん………。」
「えっ?何でって?」
「だってほら!このおもちゃは、そういう人に向いてるやつだから!」
「見てて楽しかったよー!」
少女はケラケラと笑いながら、男を見下す。
「んぐっ…………。」
男の止まっていた時間が進み始めた。
「あー。もう死んじゃうもんね。残念。もっと使いこなしたら、色々すごいこと出来たのに。やっぱバズレたがら仕方がないか…。」
「調子に乗って、この警官に手を出したのが運の尽きだったねー。」
「この人のこと、馬鹿だと思ってたでしょ?」
「ぎっ………ぐ。」
口から泡が溢れ出る。
「もう。浅はかだなぁ。ちゃんとヒトの事は見ましょう!って親に教わらなかったの?」
「この人はね。バカのふりをして面倒事を優秀なお兄さんに押し付けて、楽をしようとしてたんだよ。あと、この人は、今でいうサイコパスかな?」
「道徳とか分かんないでしょ?」
少女は警官の方を向き、質問をするが、警官は微動だにしない。
「お兄さんの計画なんて一瞬で見透かされて、結果的にボコボコにされて今に至るから、マジ無慈悲だよね。」
「運悪いね。お兄さん。」
少女の一言にトドメを刺されたかのように、痛みはぶり返し、悶え苦しむ。
くそ!どうして!なんだよ!お前らは!お前がこんなモノを俺に渡さなかったら、こんな事にはならなかった…父さんごめん…。なんで。どうして。
男の中で感情が駆け巡るが、身体は微動だにしない。
男の視界が暗闇に包まれていく。
少女の無機質な笑みに包まれていく。
あぁ…訳が分からない…いやだいやだいやだ…。こんな死にかた嫌だ。
雉無雉無雉無雉無雉無雉無雉無雉無雉無雉無雉無雉無きじ…な…………………。
男の瞳孔は開き切った。
「さてと。」
パンパンと膝を払う仕草をしてから、石のように固まった警官の方へ向かう。
少女は警官の正面に立つと、背伸びをして警官の顔を覗き込む。
「綺麗な顔してるね。さっき死んだお兄さんよりタイプだわ。でも…中身は欠けてるね。」
「欲望剥き出しの中身の方が良かったな…。」
指一本、眼球ひとつ動かせない警官は眼光鋭く、少女を見つめている。
「そうだ!いいモノあげるね!これはアタリだと思うよ!中身のない人には、よく合うと思うよ!」
「ほら!これ!」
と、少女は手のひらを警官に見せた。
そこには何もない。
「あっ!見えてない!?」
「これはねぇ。欠けてる人には見えないんだな!」
「あれ?こんな童話なかったっけか?」
少女は首を傾げながら、こちらを見つめる。
「まぁ。いっか。じゃあ。あげるね。」
空の手のひらを警官の胸に押し当てた。