第58話 コンビーフ
ジャガイモの植え付け時期を過ぎたので結界で連休を取っている。今日までたくさんの村を回ったので結界で充電するよ。
生前はちょっとした連休に手の込んだ料理を作るとか、季節ごとに季節の何かを作るのが趣味だった。
今は初夏、大人だったら梅酒やコーヒー酒を漬けるところなんだけど、今日は本格的な自家製コンビーフを作ろうと思う。
正しくはコーンドビーフ(corned beef)ね!
日本ではあの缶詰のイメージだけど、コンビーフってのは塩漬けにした保存食の牛肉のこと。欧米では缶詰じゃないし、ほぐしていないブロック肉だし、アメリカでアイルランド料理と言ったらキャベツと一緒に煮こんだコーンドビーフ・アンド・キャベッジが有名だよね。
「カレン、牛肉の特定の部位ばかり買い占めてどうするの?その部位は固いから普段は薄切りにしてもらうのに塊で、しかも大量に欲しがるなんて」
ブリスケット、牛の肩バラ肉を大量に買い付けた私を困り顔で見守るモニカ。
「コンビーフにするにはブリスケットが最適なんだよ。脂と赤身の割合が絶妙なの。それに出来上がるまで何日も掛かるから連休の時にしか作れないし、保存食で日持ちするから多くても良いかなって」
「コンビーフってものが、どういうものか分からないけど手伝うわ♡」
見える!見えるぞ!人型のモニカは超絶美人だけど絶対に今しっぽを振っている!
「まずは、肉の全面をフォークで突き刺します」
モニカがすごい勢いでブスブス刺している。本当に頼りになるわ…。
「ふう、全部できた。疲れたね」
「このくらい何でもないわ」
優雅に微笑む美人なモニカ。
「次はどうするの?」
ちょっとギラギラしてる…お肉が関わると人格が変わる気がする。
「大きめのお鍋でブライン液を作ります。水に塩、ブラウンシュガー、粒胡椒、コリアンダーシード、オールスパイス、クローブ、シナモンスティック、マスタードシード、ベイリーフ、ローズマリーを加えて沸騰させます。塩が溶けたら人肌に冷まします。冷めたらザク切りの玉ねぎ、セロリ、ニンニク、パセリを入れます」
もっとシンプルなレシピが多いけど私はスパイス多めで作るのが好きなので沢山入れる。みんなの好みを知りたいから次は極限までスパイスを減らしたコンビーフも作ってみようかな。
「凄い量の塩ね」
「コーンド(corned)は塩漬けって意味だからね」
「塩以外のスパイスは少しずつなのね」
「うん少しでも効いてるから美味しくなるよ」
肉はペーパータオルで水けを拭いて…モニカが手伝ってくれると早いな。
「きれいに拭いたお肉は、5〜6cm幅くらいを目安に厚みをカットします」
「大きい方が美味しいんじゃない?」
とても狼らしいご意見をいただきました。
「ブライン液が均一に染み渡るようにしたいんだ」
「唐揚げの下味の時と同じ理屈ね」
モニカは納得する忠実に作業してくれる。今日も丁寧な仕事ぶりです。
「全部カット出来たね。ブライン液もさらに冷めたみたい。ジッパーつき保存袋にブライン液の中の野菜を入れて、その上に肉を入れてからブライン液を注いで可能な限り空気を抜きながらジッパーを閉じてバットに並べて行きます」
モニカと2人で黙々と詰めた。
「今日はここまで。1日1回ひっくり返すのを5日間続けたら、いよいよ煮込みだよ」
「5日間ですって…?」
そんなに悲しい顔しないで…。
「うん、本当は1週間から10日くらい寝かせたいんだけどモニカは待てなさそうだから5日間で。今は休暇で時間があるから普通に作ろうよ」
神の技で時短はやめようという提案だ。
「仕方ないわね」
ワガママなのか聞き分けが良いのか…。
それから毎日ひっくり返すのを手伝ってくれるモニカとルイスが、そのまま食べるんじゃないかと冷や冷やしたよ。塩漬けだからダメだよ!身体に悪いからね。
「5日間経ちました!」
「長かったわ…」
今日はルイスとウィルコも手伝ってくれている。仕込みの日は2人で出掛けていたんだよね。
「まず肉を水で洗って肉についたスパイスなどを落とします。後で煮るから肉についた水分は拭かなくて大丈夫。そしたら大きなお鍋にたっぷりお水を入れて、お鍋の中で30分ほど塩抜きします」
たっぷりの水で長時間煮るから結構大変な作業だ。今日はたくさんお鍋を用意して、結界の庭でやっている。ルイスとウィルコが必要な数の竈門を作ってくれたから同時に出来るよ。
「塩抜きの水を捨ててお肉を煮込みます。お水だけで煮るレシピが多いけど私はマスタードシードとコリアンダーシードとローレルを入れて煮ます。お水はたっぷりね!」
「カレン、火加減は?」
「沸騰するまでは強火、煮立ったら弱火にして2時間~3時間。竹串がすっと刺さるようになったら完成!」
煮込みが終わるまで、旅で出会った人達や美味しかったものの話で盛り上がった。いつもコンビーフを煮る時は1人だったけど、こうやってワイワイするのもいいね。
「そろそろじゃないか?」
ルイスがソワソワして、モニカが肉に竹串を刺す。
「いいんじゃないかしら」
みんなが火を止めて肉を取り出す横で、ザク切りのキャベツとパプリカを火にかける。ジュっと焼いて煮汁を少し加えて蒸し焼きにすると野菜が旨味と塩気を吸って美味しい付け合わせになった。
「まずは出来立てを分厚く切って、熱々を食べよう!マスタードをつけても美味しいよ」
お皿に大きなお肉と付け合わせを盛り付ける。
「シモンさんとテラ様、呼んだら来てくれるかな?急過ぎて無理かな」
「ご招待ありがとう」
テラ様が来た。
「これは美味しそうですね」
シモンさんも来た。
モニカもルイスもテラ様もシモンさんも巨大な肉塊をペロリだ。ウィルコもいつもより量を食べてる。美味しいってことだよね、嬉しいな。
「カレン、これはたくさん食べても良いのか?」
ルイスから予想通りの質問だ。
「そのまま食べる?コンビーフハッシュとか、ほぐして卵黄を乗せてユッケ丼にして食べる?」
「全部だ」
モニカとテラ様とシモンさんとウィルコも肯いている。
茹でた一口大のジャガイモとほぐしたコンビーフをジャッと炒めてコンビーフハッシュ。
炊きたてご飯にほぐしたコンビーフをたっぷり乗せて真ん中に卵黄を落としてコンビーフのユッケ丼。
美味しいバケットに分厚く切ったコンビーフと、しゃきしゃきレタスを一緒に挟んだサンドウィッチも作った。
ろくに休みも無かったのに、文句も言わず付き合ってくれた仲間たちを、好物のお肉でお腹いっぱいにさせたいって願いが叶って嬉しいな。




