一変した状況
先の未来のことを話したと可愛い予言者さんは言った。
なんだろう、昨日の放課後から武井さんが別人に見える。
何を言ったのかが気になり、隣の席をついちらちらと見てしまう。
「俺にまで視線が集まっている気が……」
「顔がまた赤いですね」
「なんか武井さんも顔赤くない? ……恥ずかしいという言葉を知ってる?」
「誇らしいという言葉を知っていますか?」
思わず顔を向けると、ヘーゼル色の大きな瞳に見つめられた。
し、質問に質問で返すとは卑怯な。
避けられることもなくなった。それは昨日まで望んでいたこと。
だけど、今日はお隣とは関わらない方がいい。
そんななんとなくの危険を察知した。
だから、チャイムが鳴った瞬間に机を少し遠ざける。
昨日とは真逆のことで、なんだか自分で心底可笑しく感じてしまう。
「そう来ますか、往生際が悪いですね」
ふっと柔らかい笑みを浮かべた武井さんはいつものお嬢様だった。
その笑みは昨日のことを思い出すと、仮面じゃないかと疑いたくなる。
だが、それでもやはりドキッとしてしまう。
これは休み時間は教室に居ない方がいいな。
1限目が始まったときには、すでにそんなことを考えていたのだが――
「そうでした。英語の教科書は愛犬に食いちぎられてしまいました」
「はっ?」
愛犬ってチワワとかじゃないの!
「困りました。困ってしまいました。松井君、すいませんが教科書、見せてはくれませんか?」
「そんなとってつけたような理由で?」
「先生、申し訳ありません教科書がなくて、お隣に見せてもらっても構いませんか?」
「テストに支障がないよう、松井君、机をくっつけて見せてあげなさい」
武井さん、授業中はいつも真面目で積極的に手を挙げているので、教師の評価が異常に高いだろうとは思っていた。
周りの生徒はくすくすと笑っていたり、悔しそうに机をたたいていたりと様々だ。
「は、はい……」
先ほど離したばかりなのに、元に戻すどころかさらに近づける羽目になるとは。
「言ったはずですよ。どんどん話しかけてくださいと。そしてあなたは了承した。そうですね?」
「近いよ。いや、そうだけど。なんて予言したのか聞いてもいい?」
「それは教えられません。教えたら面白くありませんから」
「……いいよ、なら誰かに聞くから」
「あらあら、恥ずかしいのでしょう。お聞きになれます?」
「……くっ、何かずる賢くないか?」
「joyeux」
武井さんは体を震えさせて、またも意味の解らないフランス語を口にした。
なんていったのだろう?
避けられていると思ったら、昨日の放課後みたいなことが起きるし。
俺だけ朝登校していないときに、変な宣言してしまったみたいだし。
「なにかお困りでしたら、お助けしましょう」
「困らせている本人が何を言う!」
思案顔になっていたところを、武井さんは自然に体を寄せてくる。
脳裏に昨日の出来事が蘇る。
「そんな人を悪者みたいに言わないでください」
「そんな悪く言ってないぞ、ただちょっと混乱してる」
「そうですね。ならいい方法があります」
「どんな?」
「どんどん私とお話ししましょう」
「……」
この後は散々だった。
ことあるごとに、武井さんは声を掛けてきて休み時間であろうと、女子グループの談笑している空間に入れるとか、お昼をご一緒にとか――
クラスメイト全員の前で、恥じらうことなく俺を誘う。
周りの視線が突き刺さり、断ろうものなら俺が袋叩きにでもされそうな雰囲気。
もう、勘弁してくれませんか?
今日も嵐のような1日だった。
俺だけが避けられるというのを回避したと思ったら、今度は今度でドキドキしすぎて倒れてしまう。
帰りのホームルームが終わると同時に鞄を持ち退散しようとしたが――
その行く手を阻むように、クラスメイトが壁を作った。
「ちょ、なに?」
「おほん、松井君とはお屋敷がご近所みたいなので、帰りもご一緒出来たらなと思っています」
そんな柔らかな口調が背後から聞こえる。
「ご近所……嘘でしょ」
「C'est vrai(本当ですよ)」
武井さんはフランス語で、にこやかに答える。
クラスメイトのごきげんようの挨拶を受けながら、結局帰り道も彼女と一緒になってしまった。
嬉しいと同時に何か嫌な予感がする。