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受けから攻めへ

 教室に入ると午後の授業はすでに始まっていた。

 なぜかクラスメイトの拍手を浴びながら、俺はそそくさと自分の席に座る。

 武井さんは堂々と軽く手を振りながら隣の席に腰を下ろした。


 英語教師は遅れて入ってきた俺に対しきつい視線を向けたが――

 彼女がすかさずフォローしてくれる。


「すいません、先生。上級生に絡まれたところを白石君と松井君に助けていただいて」

「報告は受けています。松井君、ちゃんと教科書を見せてあげるように」

「はい……」


 生活態度の違いでこうも扱いに差が出てしまうとは。

 そう思いつつも、初めて率先して席を隣とくっつける。


「あら、まあ、積極的ですね」

「う、うるさいな……離れるぞ」


 武井さんはふっと口元を緩めると、単語帳、暗記カードというのか、それを1枚俺の机の上に。

 彼女を見るとまた憎たらしく、それでいて可愛らしいドヤ顔を決めている。

 

 カードに目を落とすと、予言その1と書かれていた。

 裏返してみると――


『松井君が謝ってくれます。私たちはさらに仲良くなるでしょう』


「……な、なっ、なんじゃこれ!」

「1つ目の予言です。的中ですね」

「そ、そうなってしまうな。ちなみにその予言は何個あるんだ?」

「秘密です」


 武井さんが予言したことの1つめがこれか。

 彼女の掌の上で躍らされている気さえする。

 そもそも俺、小さいころからこの子に勝負を挑んで勝ったためしがないような……


「こっちもある程度は、武井さんのことわかってるつもりだけど」

「そのわりには、再会の感動が薄かったですね」

「……泣いたから、人前で泣いたこと、あんまりないから」


 く、くそう、口では勝てっこないか。


 英語教師の授業は、俺には心地よくまるで子守唄のように聞こえる。

 お昼を食べ、少し暴れた後だと余計に眠い……

 隣のことを気にしつつも少しウトウトしだす――


 意識が何度も遠のきそうになりながら、やるべきことが浮かんできた。


 そうだ、そうだな――


 言葉の謝罪は終わったけど、行動でも示していかないといけないと決めた。

 俺と話すことが楽しいというなら、徹底的に楽しんでもらおう。

 自分の頬を抓り眠気を遮断させてから、フランス語の単語を覚えようと持ってきていた白紙の暗記カードに軽快にペンを走らせる。


『今日も一緒に帰ろう』


 書いていて、ちょっと恥ずかしくなったが、誘われるよりこちらから誘ってあげるべきだろう。

 すうっと隣の机に置き、反応を見定める。


「……真似っこさんですね。予言ですか?」


 内容を見るまでは、余裕の表情だった武井さんだが――

 裏面を見るとその顔は一変する。

 文面を目にした瞬間に震えだし、今まで最高に表情が緩んだ。


「Lâcheté(卑怯)、卑怯です、こ、こんなの」


 授業中にもかかわらず、武井さんを見ていたのは俺だけではなくクラスメイトの視線の何割かは向いていて――


「おい、武井さん見てみ。ああいうのが心の底からの笑顔っていうんじゃね?」

「松井君が何か魔法でも使ったんだよ、きっと」

「いいよなぁ、あんな天使みたいな笑顔を向けられてえ」


 あれ、少しおかしな方向に行っているような……

 どうせ一緒に帰ることになるだろうから、手間を省いておいただけなんだけど、まあいいか。


 今日はきちんと家まで送っていこうと決めた。

 近所に武井という表札がない理由もこれできっとわかる。

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