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序
「ならば、何も言うまい」
そう言い、彼女は武器を構えた。
突風のように吹きつける殺気を受け、彼もまた両手に得物を握り締める。
彼女は全霊をもって戦いに臨むと彼に告げた。本気で彼女は、自分を殺しにくる。その確信と気構えがある意味、彼の油断となったのだろう。
彼女は手中に武器を留めたまま、朗々と言の葉を紡いだ。
「果てなき悠久の刻に囚われるがいい。〝其は糖蜜のごとく、甘き夢――〟」
聞き憶えのある口上に、彼は騒然となる。
その御技の正体を、彼は知っていた。あの技に殺傷力はない。あれはただ、相手の動きを止めるだけの力だ。それを自分はこの眼で確認している。
だが、どうする?
あれをどう回避する?
いや、そもそも避けられるものなのか?
狂おしいまでの焦燥が、その後の彼の明暗を分けた。
歌うような旋律で、彼女は力を編み上げる。
其は糖蜜のごとく甘き夢。
其は野に遊ぶ蝶なり。
──すなわち、胡蝶の夢と。