秘密の悪役令嬢
昔々あるところに美しいお姫様と、格好いい王子様がいました。
2人はとても愛し合って居ましたが、2人の仲を引き裂こうとする悪い女があの手この手で2人を襲います。
しかし、愛し合っている2人はその試練を乗り越えて、更に絆を強め悪い女をやっつけました。
そして、幸せに暮らしましたとさ。
お終い。
パタンと本を閉じてメリア・ローレ男爵令嬢は素敵と緑の目を輝かせてため息をついた。
「ごめん、何が素敵か全く理解できない」
そう告げる冷ややかな声が聞こえていないようで、今年で10になる愛くるしい容姿の彼女は桃色の柔らかい髪を弾ませ、白い肌を未だにうっすらと紅潮させ物語の内容にうっとりとしている。
そんなメリアに呆れて、傍で退屈そうに物語を聞かされていたご近所に住むレース・ファイ伯爵令息は、あくびをしながらソファーで背伸びをした。
近所に住んで居て、今年15となる彼は近所ではメリアと最も年が近い。
家も近くわりと年が近いので、出会ってからはよくこうして一緒に遊んでいる。
そのせいか、何時の間にか爵位の差を越えメリアはレースを兄様と慕うようになっていた。
そして、レースもそれを気にするそぶりもなく受け入れていた。
因みに2人は婚約者でも、なんでもない。
只のご近所貴族。
「あら、素敵じゃない! この悪い方のお陰で平々凡々な愛の日々がより一層刺激的で、物語史上最高のヒロインにさせてくれるのよ!」
割と力をこめて言って見たものの、ご近所に住む兄様には伝わらなかったようだ。目を向ければレースは更にあくびを続けている。
「もし、兄様に愛しあう方がいらっしゃったら私、兄様の愛を燃え上がらせるために、この悪い方のようにお手伝いいたしますね!」
1人で盛り上がるメリアにレースはあくびではなくて、今度はため息をついた。
「……俺は、そう言うのいいよ。勘弁して」
「えー! じゃあ、兄様がこの悪い方のように、私が愛しい人を見付けたら悪い人になって私達の愛を燃え上がらせてくださる?」
ソファーに近づきメリアはキラキラした緑の瞳でレースを覗き込む。
そんなメリアの目を残念そうな顔でレースは見つめた。
「…………嫌だね」
レースのその一言で、メリアはがっくり肩を落とした。
「兄様の意地悪」
うな垂れるメリアをみてレースはまた、ため息をついた。そして、何かを思いついたように徐に起き上がると優しくメリアの頭を撫でた。
「メリア……、わかったよ。俺の好きな人はメリアにコッソリ教えるから、そしたらメリアは俺と彼女が激しく愛し合えるように密かに悪役令嬢になって? 誰にもいっちゃだめだよ。バレたら本の悪役みたいに怒られるからね。俺の愛しい人を誰にも言わないで秘密に悪役令嬢やれる?」
その一言でメリアの気分は急浮上する。
「わかったわ! 任せて兄様! もちろん誰にもバレないし、迷惑かけないわ! その人と兄様が絶対絶対絶ー対離れないように、兄様がその方を溺愛しちゃうくらい私頑張りますわ!」
メリアは再び瞳を輝かせて肯く。
そして、満面の笑みで抱き付くメリアを優しく受け止めると、レースは約束だよと小さく呟いた。
☆☆☆
(……どうしてこうなった?)
それから6年の月日がたった。
メリアは16歳の美しい少女に、レースは21歳にして領地を上手く経営出来る立派な青年になった。
そして、今……。
レースはメリアを自身の膝の上に抱き、利き手ではない方の手でメリアのお腹をしっかり抱きしめながら書類を書いて仕事をしていた。
「……兄様」
溜息混じりでメリアが呟けば、ピタリとレースは手を止めてペンをおく。
「メリア? 兄様じゃないだろ?」
先程までペンを握っていた手は早々にペンを放り出し、今はメリアの柔らかくぷっくりとした薄紅色の唇をなぞっていた。
そして、子供の頃のイタズラっ子のような面影を少し残した青色の瞳を細め、メリアを見つめる。その顔はとても甘い。
「っ……。れ、レース、様」
そんな甘い顔で改めて見つめられたら胸が高鳴り、そわそわとしてしまい居心地が悪い。
顔を赤らめてメリアはレースから目をそらし、俯きながら消え入りそうな声で名前を呼ぶ。
「メリア……お仕置きされたいの? 様は今更いらないし、兄様はもうダメ。約束だろう? もう一度ちゃんと呼んでごらん?」
何時の間にか男らしくなった大きな手がメリアの顎を引き寄せる。
「メリアが協力してくれたから、俺らは愛し合えるんだよ? 昔メリアが言ってただろ? 絶対絶対絶対愛しい人と、俺が離れないように、愛しい人を溺愛するようにするって」
レースは、今度はメリアの髪を1房とりそこにキスをおとす。
「ッ!! で、で、で、でも! それは私とじゃなくて、愛しい人とって言ったじゃない!」
恥ずかしくてたまらなくて、メリアの声がうわずる。
「メリアとじゃなくて、なんて一言も聞いてない。それに俺の愛しい人はいつだってメリアだけなんだけど? 愛してるよ愛しい人」
さらりと言ってのけるレースは、真っ赤に染まって身動き出来ずにいるメリアを尻目に、今度はメリアの手を取るとわざとメリアの反応を楽しむように指の1本1本に優しくキスをした。
(くっ……はめられた……)
メリアは更に顔を紅く染め上げた。
心臓の鼓動が煩い。
あの約束の後、レースは貴族達が通う学校に通い出した。
そして、学校に通ってすぐのある日、レースはメリアに約束通り愛しい人が居るんだと打ち明けてくれた。
その時、学校でできた愛しい人と兄様の燃えるような愛の成就の為に、悪役令嬢が出来るとメリアは単純に喜んだ。
だから、まさかはめられていたなどと気付く事はできなかった。
(今思えば、子供だったわね……)
今ならわかるとメリアは、レースの膝の上で遠い目をした。
(兄様は、確かに学校でできたとは言わなかったわ……)
因みにメリアの指は全てにキスをされたあと解放され、レースはまた書類に目を戻していた。
忙しいのならば、メリア自身も解放してくれれば良いのにまだ膝の上に乗せられたままだ。
よく考えるとレースは愛しい人が居るんだと言っただけで、それがいつから出来た相手なのか、何処の誰かまでは教えてくれなかった。
だけど、メリアは勝手に学校の生徒だと思い込んでしまっていた。
そして、何処の誰だかわからない人と兄様をくっつけるために立ち上がった。
しかし、メリアは学校へ行くことが無いため、愛しい人に近寄れない。ましてや見たことも無い兄様の愛しい人にどうすれば嫌がらせが出来るのかおもいつかなかった。
それでも、大好きなご近所の兄様の幸せがかかっているのだ。
相手がどんな人かわからなくても、手を抜いてはいけない。
悩んだ挙げ句、見たことも無い彼女に宛ててメリアが手紙を書いて、それを兄様から愛しい人に渡すように頼んだのだった。
手紙にはいかにメリアが兄様を大切に想っていて、貴方なんぞ兄様と私の間に入れないと言ったような事を書いた。
できるだけメリアが悪役令嬢になれるように、高飛車に、相手を傷つけられるように、メリアという存在が2人の愛の障害となり、それをきっかけにして愛の炎を燃やせるように書いた。
もちろんレースには愛しい人に兄様の事をオススメするように書いて置いたわと嘘をついて渡していた。
そうすれば中身を知らないレースは、彼女にその手紙を渡すだろうと信じていたから……。
手紙を受け取った愛しい人は、自分と兄様の間の障害になやみ、嫉妬に狂い悲しむだろう。
結局、良い作戦が思いつかなかったメリアは本の悪役令嬢のしたことを真似をする事にしたのだ。
後は兄様が愛しい人を支えれば完璧だ!
兄様なら何でもこなし、必ずや愛しい人との運命にゴールするだろう。
何たって私の自慢の兄様だ。
子供だったメリアはそう思っていた。
それから毎回学校から戻って来た兄様は、メリアに毎回手紙のお陰で僕の彼女に対する愛は深まっていく、ありがとうメリアと喜んでいた。
そのことがメリアを、兄様の役にたてていると思わせて嬉しくてどうしようもなくした。
(今思えば、彼女はどんな反応をしていたか聞いてないわ……。いつもレースが喜んでいただけ……)
遠い目を戻して、レースを見るとレースはまたメリアに視線を戻して、ニコニコとメリアをみつめていた。
「そう言えばメリア? 俺の名前ちゃんとよんでもらってないよ?」
ニコリと笑みを強められれば、逆らえない。
「れ、レース」
呼び慣れない呼び方は、メリアの体を疼かせる。
(恥ずかしい……)
思わずまた頬が赤らめば、レースは益々上機嫌になっているようだ。
おでこにキスを落とされた。
「よく出来ました。それで、何? メリア?」
「……どうしてもっと早く真実を教えてくれなかったの?」
メリアが諦めの溜息をつくと、レースは嬉々として口を開く。
「メリアが余りにも情熱的に俺らの関係を手紙にかくもんだから嬉しくて、ついね。あ、勿論その手紙のお陰で君のお父様や家のオヤジ達も納得させられて君と婚約出来たんだけどね」
その手紙を見る? と言ってのけるレースの顔は憎たらしい。
メリアは心の中で小さく舌打ちした。
メリアが嫌がらせのつもりで書いていた手紙は、どうやら毎回御丁寧にもレースがキチンと読んでくれていたらしい。
更に、御丁寧に全部取って置いてあるようだ。
「毎回毎回、私は兄様を愛していますって書かれていたから、本当に嬉しくってさ。だけど、メリアが言ってた通りだったな?」
ニヤリと笑うレースの笑みは何処か胡散臭い。
「なにが?」
「悪役令嬢がいてくれると、ヒロインをより一層愛せるようになるんだな」
「兄様! 悪役令嬢の使い方が正しくないですわ!!」
プイッと顔を背ければ背後でレースは声を出してはいないが、笑っているのが振動で伝わってくる。
しばらく笑うとレースはメリアを呼ぶ。
(簡単に向いてやりませんわ!)
それでもそっぽを向いていると、甘い声が耳元で囁く。
「メリア、早くこっちを向いて、ちゃんと俺の名前を呼ばないと……そうだな。悪役令嬢様からの嫌がらせの手紙を全てこの場で朗読するぞ?」
「レース!」
バッとレースを向き名前を呼ぶメリアに、レースは今度こそ声を出して笑っていた。
(もうっ!)
声を出して笑うレースの胸にメリアはポスンと頭を預けた。
レースがメリアに愛しい人との婚約が決まったと、告げに来たのはメリアが15歳の時だった。
メリアは2人をくっつけようと頑張っていたはずなのに、レースの婚約を聞いた途端胸が苦しくて、悲しくて黒い感情で覆われてしまった。レースの前でこそ顔には出さないように振る舞ってはいたが、レースが帰るといつもベッドで塞ぎ込んでいた。
私の大事な兄様なのに……。
取らないで……。
その時やっと気付いたレースへの恋心。
自分はなんてバカなことをしてしまったのだろうと、メリアは落ち込んでしまったがもう後の祭りだ。
兄様はもう愛しい人と婚約をしてしまった。
だから辛すぎてレースともう会わないと告げた日に、レースが慌ててメリアに全てを白状したのだ。
それから1年。
今年メリアとレースは結婚する。
「……レース」
小さく小さく呟いただけなのに、レースはちゃんと何? とメリアの方を向いてくれた。
メリアを見つめる優しい瞳。
「悪役令嬢って、もしかしたらヒロインよりもずっとずっとヒーローが好きなんだと思うわ。ヒロインにヒーローを取られると思ったら胸が苦しくて苦しくて沢山泣いてしまうもの」
そう言えばレースは目を細め、両手でメリアを優しく抱きしめる。
「メリア……俺は君がヒロインでも、悪役令嬢だとしても愛してるよ。君だけが俺の愛しい人だから」
メリアもレースにそっと腕を回し私もと呟き、2人は見つめ合った。
それから、レースはそっと優しくメリアの唇に自分の唇をおとしたのだった。
昔々あるところに少女をとても愛する青年と、自分の気持ちに気付かない少女がいました。
そんな少女は青年の為に悪役令嬢をする事で、青年への気持ちに気付くことができました。
そして、2人はいつまでもお互いを思いやり幸せに暮らしましたとさ。
お終い
ここまでおよみくださりありがとうございます。
ぜひ評価、コメントよろしくお願いいたします!
うちの、他の作品もぜひ見てみてください!