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「なんだ?用件があるなら手短に、だ」
「さもないと頭が吹っ飛ぶとでも?」
「当たり前の事を言ってどうする、どうだ?私のポルシェに乗りたいか。死体になってもいいなら幾らでも乗せてやる」
「ここは日本だぞ」
「だからどうした」
深零は一発、外して拳銃を撃つ。FNX-45タクティカル。銃口にはオスプレイサプレッサー。ブラックフレーム。
45口径の弾頭が男の左頬を掠める。血だ。血が滲み出るというには強く、吹き出すというほどには弱く、その姿を外界へと現す。
「僕なら頬ごと飛ばしちまいそうだ」
「無駄口を叩くな、ただでさえ私は機嫌が悪い」
「なぜ?」
「お前は知らなくていい、これが最後だ、用件はなんだ」
もう一発。右頬を掠める。切り傷のような鋭利なラインが付く。血が滲み出てくる。
「次は首だ。声も出さずにお前は死ぬ。見ろ、そこにお前の助手が転がっている。気を失っているだけだがあいつも殺す」
「…」
「シロナ?閉鎖終わった…?うん…ありがと、チップは弾んどくわ」
通話が終わる。
地下駐車場。尾行がいたのは気づいていた。ポルシェの後にぴったりとつけて来た銀色のファミリーセダン。二流なんてもんじゃない、三流、いや四流とでもいうべき下手さで逆にあきれ返る――警察ではないのはすぐ分かった。探偵事務所でももう少しは上手くやる。凛と志保を原宿で降ろし、自身は駐車をする為に渋谷のタワーマンションの地下駐車場まで来ていた。知人が管理人をしている。想定外の事態が起きた為に今は車と人の両方、出入りという出入りをシャットアウトさせた。目撃者は少ない方がいい。その方が手間が省ける。
「用件は?」
「僕が誰かも聞かないのか」
「知ってる、書ヶ谷について真実虚実ごちゃまぜにして面白おかしく仕上げた文章を掲示するネットブログ、いやネット週刊誌とでも言うべきか。そこの管理人だ」
「なぜ知ってる」
「今まで殺されなかった事を幸せに思え不潔デブ。あの銀色の貧相な車が時折、書ヶ谷を出入りするのはあそこの住人なら全員知っている。見過ごされていたのにも気付かずに調子に乗って。気に喰わない。ネットっても書いていい事悪い事があるんだよ。お前みたいな社会不適合者は一生家の中で生活して死んでおけばいいのに。そこに転がってるモヤシと合わせてラーメンにでもするか?お前はチャーシューだ」
「名前は」
「管理人としての名は綾本美琴、本名は田中洋一だ…ゲームならレイチェルだのゆいだの女みてえな名前ばっかり使ってるのも知ってるさ。正直いい…?キモい」
「なぜ」
「お前んとこの端末は全部掌握済みだよ。私のウィザードみたいな友達が全部クラックしてる。何から何まで把握してる。定期的に報告が来るんだ…お前が見たセックスムービーまで何もかも。そこまで不都合な事は書かれてなかったからよかったがイザとなったら手を打てるように監視はしていた、という事だ。お前、光栄に思えよ。ここまで手を掛けられていたんだ、もう少し、いやもう少しではないが頑張ればベールに閉ざされた書ヶ谷を露に出来たのかもしれないのに。それにしても本当に気色が悪い。そういや残念な知らせがあるの…お気に入りの“はずき”の新作動画は二度と見られない。何故かって?私が殺したからだ」
「嘘だッ」
「嘘じゃない。マンションのバルコニーでヤクをキメて乱交してる所を私が撃ち殺した。話が長くなった、用件はなに?」
小太りの男は黙っている。人間、こうも焦るとまるでアニメかマンガのように汗をかくらしい。深零はその様子がおかしくてたまらなかった。この距離でも臭う。色褪せたシャツとデニムが如何にも、という感じだった。
左足に向けて撃つ。骨を外して肉。ふくらはぎだ。筋肉と脂肪を45口径が通り抜ける。どっかの馬だか犬だかのように「やあ」とは挨拶しないだろう。声にならないうめき声。
「痛いだろう?銃で撃たれるなんて一生で一度あるかないかだ。味わえ」
「狂ってる」
「狂ってる?それがお前の用件なの?そう…」
一発。右膝。膝蓋骨を砕く。男が叫び声をあげる。立っていられなくなり力を失って倒れこむ。
「どう?このまま失血死する方がいいかな?それとも何か最後に聞くか」
「君がゲームか…?」
「君と、これだからお前みたいなオタクはキライなんだ。私の友達にもオタクはいるがお前みたいに気色悪くない。そうよ、私がゲーム。どうもネット社会ではそう呼ばれているらしい…キナ臭い。誰が言い出したんだか。最後だから教えてあげる。私の名前は守嶋深零」
「深零?まさかそんな名前だとは…それだけ聞ければ十分だよ…我々には同志がいる」
「同志?笑わせるな、家の外にさえ出れないようなヤツが同志だと?ロクに風呂にも入らず服も洗わずカビだらけの部屋で、そんなのが同志か。それともこれは偏見、とでもいうか?共産主義よりクソだ。ああイライラする…」
我慢の限界だ。深零は三発、男の腹に連射する。血が滲み出る。
「フルメタルジャケットだ。お前みたいなのなら知ってるでしょ?急所は外している…だからあの微笑みデブのようには即死しないわ。でもその醜くてクッサい腹に向かってありあまる程に撃ち込みたい。あら、まだ意識があるの?」
必死の形相。最早声も出ない。
「苦しそう」
右足のつま先へと一発。神経が集まっている。更に苦痛が浮かぶ。消えゆく意識の中でこの男は何を思うのか。痛みか、それとも家の御自慢のパーソナルコンピューターだろうか。
「しぶといね。映画みたいにパーっと死んでくれない?」
微かに動いている右手へ一発。手の付け根。そこから先は分からない、マガジンが空になりスライドが後退するまでロクに見向きもせず撃ち込んだ。蜂の巣。
「シロナ?掃除の方、お願い…うん。無論。更にチップは弾むわ。あと、一人生きてるのがいる。後は…任せるわ。海に投げ捨ててもいいし可愛がってあげてもいい、煮るなり焼くなり好きにして」
「ネメシスよりミディエイターへ。民間人死亡。二名。加工処理済み。ロクでもないヤツだったから清々した…普通に処理して。ヘマしたら現職警察官が殉職するわ。あなたもまだこんな事でその座を降りたくないでしょう?ってヤツに伝えて頂戴。毎度の事…よろしく」
閉鎖しているとは言えサプレッサーを装着していて助かった。発砲事件としてこんな真昼間から警察を呼ばれたんじゃたまったもんじゃない。しかも何といっても連れがいる。というか楽しい筈だった大切な時間が台無しだ。クソ。あの豚とモヤシめ。爪でもひん剥かれて可愛がられればいい。
さて地上でタクシーでも拾おう。深零はサプレッサーを外すと銃器をケースに収納する。そしてそれをカバンに入れた。全く。こんな地下駐車場だというのに空調が完璧だ。金持ちの道楽と言ってしまったらそれまでだが、今度の引っ越し先はここにしようか。ただ、あんな物騒な人間が管理人をしているマンションに住むと考えると身の毛がよだつ。朝を迎えられず、無意識の内に綺麗に解体処理されているかもしれないと思うと気が引けた。いいヤツだが、それでもというものはある。
凛が前に選んでくれた服を血で汚すわけにはいかなかった。血の付いたまま二人の前に姿を現す訳にはいかないし、それによって買い替えたくはない。この髪の色だって、服だって、靴だって、ほぼ全て凛のセレクトだ。決して自分が着るわけでもないのに一方的だが親身になって服を選んでくれる。そして喜ぶ。深零も悪い気分はしなかった。そんな知り合いは凛と志保くらいしかいない。
遅いと思ったのだろう、凛や志保から連絡が何件か入っている。
手短に返事を返すと深零は地上へと向かうエレベーターへ足取りを進めた。