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「ナインだ」
「nine?」
「流暢に言わんでいいよ。遂に記録として捉えたって事だ」
9。この数字は多くのフィクションや個人の創作、ありとあらゆる場所でキーワードとして利用されてきた。米海軍SEALチームの欠番。ポール・ニューマンとトム・クルーズの映画ハスラー2で人気を博したのもナインボールだった。何とかっていうゲームでも最強の敵として出てきたはずだ。警察特殊部隊の祖、GSG9も9を冠している。何かしらに縁がある、9という数字は。一桁台最後の数字として、アルファベットのZと同じような人々を惹きつける魅力が確かに。
「物事には順番って物があるけど手短に教えて頂戴?」
「私兵集団。どこの軍にも政府にも所属していない、完全な私兵集団」
「よくそんな話を嗅ぎつけてくるわ」
「情報ってのはアヤフヤだ…何もかもが当事者にとっては事実かつ嘘に過ぎん。私が知ってるのもあくまで集めた話でこの情報が君にとって正しいかは分からん」
「続きを聞きましょう」
「最近、主に中東で暴れまくってる謎の部隊がいるって話。まあ中東だけじゃない。ヨーロッパ、アメリカ、アジア。とにかく世界中。ターゲットは基本的に殺されてる。テロ組織の大幹部から危険思想に陥りつつある研究者。俗にマッドサイエンティスト、なんて陳腐な表現をされる連中、超が付く“思想家”とか、とにかく腐るほど」
「へえ」
「そいつら…ま、公式には手出しをしにくい、というか保留にしている連中と言った方がいいのかな、目の上のたんこぶ、みたいなね。そういうのを片っ端から何の署名もどの国の議会も関係なく殺して回ってる」
「そいつは物騒だ」
「表面上は完全なPMC。社名は「ハズロック」。退役軍人とかを雇って後方補給なんかをメインにやってるって話。無論、その為の人員もいるし実際にその業務もやってる。NATOお墨付きで。作戦業務も行える人材も持ってる――行き場のない元特殊部隊員なんかを拾えば装備を与えるだけで即席のオペレーターが完成するからね。こいつらは“シルフ”なんて立派なネームで呼ばれててアフガンで活動してるし大物の首も狩ってる。評価は上々、米軍は実際にデルタを撤退させてる…。ただそんなのはカバーに過ぎん。ナイン、って呼ばれてる部隊がミソだ。実際に何処の政府も何も関与してない。恐らく監視目標が謎にドンドコ殺されて逆に各国の諜報機関は大忙し…ってのが現状だろう」
「で?」
「で?なんだい」
「続きは?」
「いや、流石に私でもここまでしか知らないよ。あくまでウワサ話ってヤツなんだから」
「ここまで楽しみにさせといてどうなるか分かってるんでしょうね」
「だから私に銃を向けないでくれ…って銃は向けられてないか、まあ睨まないで落ち着いて深呼吸して深零ちゃん。今日のお代はチャラにしてあげるからね、ね?」
「当たり前よ」
「いやホント、どっちが年上なのか」
「ウルサイ。で分かったけど、何でこの手慣れの連中がナインって分かるのさ?」
「この射殺されてるヤツ、国際指名手配されてる中島亨ってヤツだ。間違いない」
「中島って…あの?」
「そう。このエラく高解像度のデータのお陰で見えるんだが、まあこれを撮ったオモチャはとんでもない高性能だ…4年前かな、大使館連続爆破事件。覚えてるか」
「覚えてる。ちょっと殺しとしてはポリシーが合わないから余計に」
「ポリシーに合うかどうかは別として。こいつ、ちょっと前まではフランスにいたって話だったんだが、ここ最近で日本に再入国したって話が入ってた。そしてそれを日本の公安部が見事に掴んで逮捕…だな。しようとしてたんだ。だがあっちも手慣れだ。なかなか捕まらない。まあ最後がセックスしようとしたところで殺されるなんて人間臭くていいじゃないか」
「本題はそこじゃないよ」
「ゴメンゴメン、つい、クセでさ」
「なんでそのヤクキメセックスパーティーに国際手配のテロリストが?」
「さァ?私にも分からん」
「…」
「いや、逆に疑問だが“言ってしまえば日本のアメリカ大使館とイギリス大使館を爆破しただけの男”が何故ナインに殺される必要がある?」
「それを調べるのがあなたの仕事でしょう」
深零はポケットから煙草を取り出す。
ライターのガスが切れている。
「クソ」
「深零、火がいるか?」
流暢な日本語でキューを携えた一人のロシアンマフィアがジッポーを投げて寄越した。深零はそれを片手でキャッチ、火をつけると同じように投げて返した。
「ロシア人がジッポーを使うなんてなんか面白い話だわ」
「我々は国を持たない」
「アナタそれでもロシアンマフィアとしての誇りあるの?」
「それはどうかな」
「ありがと、返しも気に入った。借りにしといてやる新顔」
「あれ誰?見ない顔だけど」
手に火が灯されたタバコを挟んだ深零は振り返って優に尋ねる。
「目の前で未成年がモクモクしてる事から突っ込むべきか」
「は?」
「あーコワイナア。やめてくれ。グラズ、アイツの通称だ。お前と同じく殺しを見込まれてこの地に来た、ってか送り込まれたヤツだよ。それなりに叩き上げ、場数は踏んでるらしいが」
「敵にしたくないわ」
「君の口から語られても何の説得力もないな。てか、たばこ変えたのか」
「変えた。DHの6mmファインカット。最高」
「ジタンはおしまい?」
「ジタンだけに時短だからね」
「ここは笑うべきなのかい?」
「笑いたければ笑えばいい」
「どうやらここは笑いをこらえて正解だったらしい。で話が戻るけど」
「ナインよ。今まで話を聞いてて一つ疑問に思う事がある」
「?」
「あなた共同作戦…って言ったよね。国籍もなく命令もなく、ただただ殺しを遂行し続けてるベールに包まれた不確定な部隊が日本国に雇われたって事なの?」
「そうとしか考えようがないかな。諜報機関が焦ってる、ってのもあくまで国のトップからのプライベートオーダーでは分からない事もあるだろうし、それで外から見るだけだと何の命令もオーダーもなく狂人を処理する部隊が暴れ回っているという事に」
「ふーん。あんま自信なさそう。こーゆー時、大概外れる」
「いーや、そんな事はないね。私の予想はよく当たる、本気を出したら競馬も競艇も資金難になるぐらいだから」
「よく言うよね」
優は目を逸らしつつ液晶モニタのコントローラを手にすると電源を付けた。カウンター脇に置かれた筐体の画面に地上波が映し出される。
「あれ?」
「どうしたの」
「ここ、私がさっきまでいた場所」
「え?」
「クソ、私を売りやがったか、殺してやる!!!!!!!!!」
「落ち着け!まずはゆっくり見てみろよ。そうと決まったわけじゃない」
優は飛び出そうとする深零を止めるとチャンネルを変え始める。どの局も即席の大量の警察官によって作られた人壁のバリケードに中継カメラを携えたカメラマンが制止されているか、その様子を映し出している。
「後処理にでも失敗したか」
「いや…」
「戻して!今のチャンネルだけヘリからよ」
「ふむ」
「カモンカモンカモンカモン」
「ガッチャ」
ヘリからの中継画面。ビルの脇、あまり見かけない警察車両を三両、囲むようにして配置された警察官が迫りくる報道機関を押しとめている中、車両の内部からはグッタリと力ないアーマー類を装備した人間を必死に引きずり出す救急隊員の姿が見える。そうしていると二両目の救急車が到着した。
「なんだこりゃ。こいつらSATだぞ間違いない」
「仕事場が荒らされた訳じゃないのか、ならいい」
「興味を失うのが早すぎるだろちょっと」
「もっとズームしろズーム!」
深零がモニターの前で叫ぶ。大声に驚かされたロシアンマフィア達の視線を背中に一挙に集めつつ、まるで指示を受けたかのように中継画面は精一杯にズームを行った。
“兵士…でしょうか?自衛隊か警察組織かは不明ですが負傷している模様です”
“救急車より救急隊が現場へと走っていきます、救護活動を始めました”
“状況は不明ですが上空よりお送りしています…”
馬鹿め警察と自衛隊の区別もつかないのなら報道記者なんてやめちまえクソ野郎、等と届かない罵詈雑言を深零がボヤく中、優は静かに画面を見つめていた。
「優サン、見たって無駄だよ」
「どうして」
「あそこにいる連中、全員やられてる。救護なんてしたって意味がない。死者を蘇らせる手段があるなら別だけど」
「なぜ分かる」
「においがする。プロとかいうレベルじゃない」
「…」
「そしてこれは直感だけど」
「ど?」
「やったのはその例の…えっと、ナイン。仕事場を守った…ただそれだけの話。SATが始めから捨て駒なんてのはないでしょう。ただの警察官ならともかくあんなに金をつぎ込んで訓練してるんですから」
悠々とタバコをふかす深零を数秒見つめると、再びモニターに目をやる。背後でビリヤードを楽しんでいたのも束の間、集団は何やら慌ただしくなる様子を一瞬見せ、外部と連絡するとすぐさま一万円の札束を置くと言葉もなく挨拶だけで店を後にしていった。
「利用料金にしちゃ高すぎるな、片付け料の込みかな?」
「こりゃ忙しくなりそう。私もどうなるか」
「もう帰っちゃうのかい」
「いや、私はフリーだから」
「じゃあもう少し詳しく話を聞くとするか」
「もう一杯頂戴、ジンがいい」
「仕方ないなナァ」
「そう、仕方ない。仕方がない」
タンカレー、悪くない。ぼやくにしては大きすぎ、独り言にしては小さすぎ、深零の一声を聞いて優は口角を上げた。