表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネメシス・デイ  作者: EYE SHADE
社会透析001
5/28

001/103

 *** 


 電車を乗り継ぎ約一時間。最寄りの駅に到着した深零がタンメンと餃子にありつき、その熱いのを冷ましつつ胃にかきこむ事は許されなかった。時は深夜、昼間とはまた別の顔をくっきりと見せる駅前の市街地に繰り出した深零は何軒かの中から自身が食べたい物を食べられる行き先を選び、電話をしたところまだ営業していた馴染みの中華料理店に足を進めようとしたところで端末から発せられた通知がイヤーセット越しに響くのを感じる。

 うんざりする。行き先を変更せなばなるまい。


 こうして夜を歩いてみれば寂れている、と言われがちなこの街も案外そうでもないと思わせるほどの活気に溢れていた。慣れている、と言えば慣れているが、鏡の世界のよう、まるで人だけを入れ替えたような綺麗とは言い難い華やかさと人間が集まる事の熱気は衰える事はない。若人が多い。みな夜は帰ってくるのだろう。

 そんな駅前の喧騒をよそに更に十数分歩く。飲食店のキャッチを取り締まる警察官に見つかり補導の流れだけは勘弁だ。荷物を開けられたが最後、“最終的には謎の力が働いて帰してもらえる”、が時間だけは確実に取られてしまう。

 取り締まりの場所は分かりきっている。深零は一帯を避けつつ可能な限り目立たぬよう、自身の空気と周囲の空気を馴染ませる事を意識しながら速足で、かつ堂々と歩く。それだけを意識する。やや景色が変わり、色っぽいネオンばかりが灯る路地へと差し掛かれば後は問題なかった。ここまで辿り着けば現在の深零はただのコスプレをしたヘルス嬢にしか見えない。

 だがその顔は通っている。店への勧誘等をする男がいればその男は何の掟もルールも知らない新人だ。そして数日後には顔を見かけなくなる。深零の餌か、もしくは餌になる前に何らかの方法で行方不明になった。最悪、その場で深零によって立ち上がる事すら許されない程に潰されるか、深零の機嫌が悪ければの話だったが全身に穴を空けられる事になる。銃を持つ、と言うのは日本の徹底的な銃規制でアウトローの道を行く者でも簡単には成し遂げられない事だったが、少なくともこの地域では深零を始めとしてその取り巻きや特定のレベル以上の人間にこのルールは適用されない。そういった人間には容赦なく撃たれたし、警察も黙認という名の非介入を貫き通している。説明しようのないパワーバランスがこの場所にはあった。

 更に奥まった領域、花街や屋敷が存在する普通の人間ならば近づく必要すらなく、その気すら起こらないであろう境界線サイレントラインとピンク街。このあやふやなラインを通り越せば空気は一気にホットになる。


 深零は橋を渡る。


 書ヶふみがや。明るい世界はともかくとして、裏世界での日本の中心はこの場所で間違いない。一般人なら誰も近づかない危険地帯。法治国家の日本に於いて唯一の無法地帯と言っても過言ではない。治安組織も何もない。黙認地域ではなく無法地帯だ。ここまでは深零の足でも一時間弱、掛かる。街の清浄化は無理と判断され、周囲は人口の川で覆われている。正に陸の孤島。出入りは自由だが幾つもある橋の全てに設けられているカメラに捉えられ、興味本位で立ち入った者が基本的に出てくる事はない。

 と言うのもタクシーを拾ったとしても行き先を告げただけですぐに降車を懇願される、そんな場所だった。世界中のありとあらゆる不法集団の支部が集まっている。近づかない、立ち入らない、気にしない。それがただでさえ低所得層が集まっており治安が世辞にも宜しくない周辺の住民にとっての暗黙のルールだ。タクシーの代わりに迎えを要請すれば大層なリムジンか完全防弾仕様の装甲車並みのセダンが駅前に現れるので今日ばかりは歩く事とした。深零の趣味にはやや、合わない。


「よう深零、久しぶりだな」

「チャオチャオ、相変わらず流暢な日本語で驚くよ」


「ミレィ、元気?」

「元気にしてる、ジェーン」


 とにかく顔が利く。表世界、学校では無口かつ近づきがたい一生徒に過ぎないが、この裏世界では深零の顔を知らぬ者などいないに等しい。この街で最も優れた、そして世界を含めて屈指の指折りの殺し屋。それが守嶋深零の真の顔。


 掛けられた賑やかな声に応えつつ、慣れた足取りで目的地へと辿り着いた深零は一軒の店へと入った。表向きは「ビリヤード・ノア」と古びた看板が掛かっている。世辞にも綺麗とは言い難い、時を感じさせる建物のやたらと分厚い鉄製の扉を開けて階段を登った。フレグランスのラベンダーの香りが、この場所へと戻ってきた事を実感させるのだった。

 先程とは打って変わり、対照的な木とガラスの軽い洒落た扉を開ける。


「おはよう深零チャン。金と車の準備は出来てるよ」

 短くも長くもない絶妙な長さの髭を蓄え、丸眼鏡をかけたフランス映画にでも出てきそうな中年の男。年の割には背が高く、そのがたいも立派だ。

「じゃなきゃわざわざ私を呼んだりしないでしょ?」

 当たり前だが、馴染みの面子がいる。

 無論、ただのビリヤード屋ではなかった。


 *


「短機関銃、アサルトライフル、DMR、スナイパー。一通り欲しい。いいヤツを」

「そいつは無茶な相談だなァ…って既に良いの持ってるじゃない?まだいるのかい」

 ポケットテーブル一つ。キャロムテーブル四つ。その全てが埋まっている。ここにいるのは各組織の中でも位の高い、そうエリートの連中が大多数だ。今日はロシアンマフィアの人間によって店はほぼ貸し切り状態になっている。玉突きに興じる屈強な男達を横目に深零は店の端にあるカウンターに座った。

「株式会社ガラークチカ、ホント何回聞いてもフザけてる名前だよ。銀河って何なんだ」

「そんな口を聞けるのはキミくらいだっての…」

 深零が言及したのはこのロシアンマフィアの日本での表向きの名前だ。業務内容はロシア産食品の販売、ロシア観光業の手配。その実態は日本で最大のロシアンマフィアのグループだった。その傘下にも腐るほどの組織があり各方面とのコネもある。

 目の前で洗い終えたグラスをクロスを使って磨く中年男の名前は霧島優と言った。ビリヤード・ノアの主人にして書ヶ谷の中でも数少ない完全な中立地帯の主。凄まじい腕前のビリヤードプレイヤーにして、ウェポンディーラーでもある。情報屋としても最高の逸材だった。この男の手に掛かれば持ってこれない銃器などない。銃器商人を通り越して武器商人という方が近いだろう。

 笑みを浮かべつつジョークを全開で飛ばすどうしようもない男だが、自身が選んだ人間相手には手を尽くす。今、優にとって最大の顧客は深零だが、その他の名簿の中には各グループの最高幹部が名を揃えており、深零が聞いた話によれば自衛隊の特殊作戦群も顧客の一部であるらしい。今でも自衛隊の一部隊が何故こんな男の手を借りなければならないのか不思議でしょうがないのは間違いない。

「聞いてよ優サン。やっぱりうちの情報部、クソよ。クソ。気が乗らないけどやっぱりあなたから買うしかないみたい」

「お国の諜報機関でダメなのを私がどうにかは出来んなあ」

「積み立てればどうにかするの、私、知ってるの」

「まあそうなんだけど…」

「後、精度の良いセミオートマチックのDMRが欲しいの」

「G28、あれじゃダメかい」

「重いかな」

「あれドイツ連邦軍に納入される予定のをチョロまかして入手したんだよ?大変だったんだから」

「重いものは重いのよ」

「ワガママ女め。まあ何とかしてみる、時間は貰うけどいいかい」

「そりゃもちろん。優サンには逆らえないわ。あとSRSのコンバージョンキットを一つ。COVERTにしたい。もしくは丸ごとでもいいから」

「あれ気に入ったのか」

「軽いし最高だった。前に使ってたM24とは大違い。あれは正解。高い買い物だったけど」

「そこについては容赦してくれ。ここまで持ち込むのが大変だからな」

「後は…」

「まだ欲しいのかい!?」

「最新のMP7。手に入る?」

「MP7の最新モデルか…ちょっと難しいかもしれないね。てか支給されてるんじゃなかったの?」

「旧モデルは支給されてるけどグリップが使いずらくてさ。レールじゃないから」

「フン、わがままな子だねぇ。これに関しては善処するとしか言えない」

「NATOからチョロまかせばいいだけのハナシでしょ、チョロいもんだよ」

「国公認の殺し屋がそんな事言うなんてなァ…でもカワイイ子に言われるとウレシイからオジサン頑張っちゃおうかなァ!」

 この男、大分チョロかった。

「一杯頂戴」

「えッ、ダメだよ。制服着てるじゃないか」

「グダグダうるさいなあ、面白い話を持ってきたから見せてやろうと思ったのに」

 深零は先程にゾイから渡されたデータで目の前のチョロい中年男に対して揺さぶりをかける。無論、食いついた。掌をクルクルさせる。

 カウンターにはチューチップグラスに注がれたコニャック。

「これ」

 端末にメモリを差し込むとファイルを表示する。ゾイの腕前に間違いはなかった。振り込む金には撮影料とメモリ本体代を追加。

「ゾイ曰く見た事がないらしい。無論、私も。優さんなら分かるかなーって」

「ゾイ?ああ、あの前に紹介したヤク中の変人か…もう死んでんのかと思った。まだ生きてんだな」

「最近はもっぱらレズセックスに夢中で現場には来てくれない。私も久しぶりに頼み込んで来て貰ったの」

「本来ならば制服を着たオンナノコがここに座ってて酒を飲みながらレズセックスとかいう単語を発してる時点で驚かなきゃいけないんだが慣れちゃったな、怖いなあ」

「そう、しかも今日は狩りの帰りなの。生首は持ってないけどね」

「あー…おっかねぇ、歯向かわないようにしようッと。で、本題」

「コイツら誰?警察関連、と言うか法執行機関の関係であることは間違いないだろうけど」

「装備の質がダンチだな。パッと見なら欧米の予算が充実してる部隊だ」

「日本にこんな部隊いたかなあ?」

「最近はSATも充実してきてるぞ、だが比じゃない。暗視は四ツ目だし銃もSCAR、相当予算を食ってる。俺も知らない装備がケッコーあるな、自衛隊関係の部隊じゃないだろう、もしや…」

「何か知ってる?」

「深零チャン、今日やったヤツってどんなの?」

「香港とロシアに繋がってる裏ビデオのトップ。女子高生、休日は有名コスプレイヤー」

「だけ?」

「少なくとも私がやったのはソイツだけ。同級生なの。いや、だった。か」

「なら有り得ない。いや、知ってる事は知ってる。知ってるんだけど」

「勿体ぶらずに教えて?」

「動画はある?」

「あるよ。長くはないけど」

 深零はやや勿体ぶった表情を浮かべて動画を再生する。

 篠崎望の死体を死姦する二人の男。見かけてきた中ではまだ良い方だ。ただ、あまり興味をそそられる代物ではない。どちらかというと胸糞が悪くなる。

「オーホッ!こりゃ刺激が強すぎるゥ」

「高く売れるかなあと思って」

「ま、ドがつく程のレベルじゃないピンク屋には」

「来る、ここから」

「フム、…手際が凄まじくいい。慣れてるな。訓練だけじゃない」

「確かに」

「アッ、今、止めろ」

「?」

「一人だけ射殺されてる。抵抗してないのに。なら最初からコイツは殺される手筈だ」

 動画には抵抗せず素直に両手を上げる男…恐らく男だが、二発で胸と頭を綺麗に射撃される一人の姿が捉えられていた。ゾイは普段は流石にお目に掛かれない光景を目の当たりにして夢中だったのだろう。だが基本報酬はやはり減額だ。雇っている以上は仕事を完璧にこなして貰わなくては困る。

「それは初耳。私にやらせてない?」

「ご不満?ってか見てないの?」

「ええ。すぐ撤収に入ったからね。ちょっとタイクツ。大物なら少し満足したと思うのに」

「深零、君は囮…というかカバーに使われたんだ。不測の事態に備えて」

「はァ?」

「ヒエーッ、そんなオジサンを怖がらせないでくれよォ。…まあ正確に言えば囮じゃない。共同任務って言った方が正しい。君の射殺確認が合図で部隊は安全に突入、そういう手筈だったんだろうね。彼等…もしくは彼女等に目の前で死体が転がってるという情報が与えられていたかどうかは別として、だ。そしてコイツらはSATでも自衛隊でもない」

「知ってるのね」

「うん…多分だけど」

 優の情報屋としての能力でも確信を持てない存在。少し、いや相当気になる。

「ナインだ。ナイン」

「ナイン?」

「そう、ナイン」


 ナイン。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ