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第09話 独りきりだった吸血鬼の変化

 物思いに耽っているトゥーレにルヴィアが話かける。


「けどトゥーレもナラクの事知っているんですね?」

「当たり前です。彼は1年間ここで暮らしていたのですから。この森の中で起きる事は全て私には見えています」

 

 直接見ているわけではない。ここで育つ樹や花や草を通して間接的に見ているのである。

 トゥーレは基本的にはここを動く事が出来ない。もしこの大樹から出てしまえば、1時間ともたずに死んでしまうだ。


 「だからナラクはこの森で人間に捕まるまで生きていく事が出来ていたのですね」

 「ほんの少ししか手は貸せませでしたけどね」

 

 当時ナラクは8歳の子供であった。

 もう1人彼の幼馴染がいたが、ナラクよりもずっと力がなくて臆病であった。

 彼らは鬼であったが子供が森の中で生き抜く事は難しい。

 何故なら通常森のような所には魔物の影があるからである。


 魔物。人とは違う生き物。人よりも知能はなく、本能で考え動く。

 人の臭いを見つけ、嗅ぎ分け、襲い、殺し、食べる――非常に危険な生き物である。

 魔物によって町や村は勿論、国さえも壊滅に陥った事がある。

 そのためにどこの国にも冒険者という魔物を狩るのを主な生業とする者達がいる。


 ここにいる魔物はそれ程危険ではないが、いたとしても力のある成人男性が3人がかりでなら倒す事の出来る魔物が精々である。

 

 だが子供のナラクには厳しい相手であった。

 

 だからトゥーレはさりげなく、魔物が嫌う臭いを近くの植物たちに出すように指示し、彼らに近寄らせないようにしていた。

 実は昨晩ナラクが森に入ってきた時もトゥーレは行っていた。

 でなければ血の臭いにつられて魔物が彼を襲っていただろう。

 

 しかしトゥーレは彼らが人間に捕まる時は手を一切貸さないでいた。


 この森で日に日に笑顔が増え、逞しくなっていく彼らを見守ってはいたけれど、この森の外で起きた事が原因で起きてしまう事象には、干渉してはいけないのが昔からのこの森の決まりだからである。

 実は魔物を寄せ付けないようにするのも、ギリギリなのであった。

 

 ルヴィアもトゥーレがナラクを人間の手から守る事も出来た事を知っている。

 だからこそルヴィアはトゥーレに、


 「ありがとうトゥーレ。彼らを守ってくれて」


 感謝の言葉を伝えていた。


 トゥーレは目を丸くする。

 てっきり文句の1つでも言われるものだと思っていたからだ。


 「口が少し開いているわよ。トゥーレのそんな顔は初めて見たわ」

 「ふふ、さっきのお返しですか」

 「違うわよ。本当にトゥーレがいてくれて良かったと思ってる。たった1年間だったとしても優しい貴女が彼らを見守っていてくれていた事は、ナラクや幼馴染の子にとって、きっとここは…安心して眠る事の出来る場所であったと思うの」

  

 「今もほら――とても安らかに眠ってる。それは貴女がいるから。貴女が生きる森だから。貴女の優しさがこの森中に根付いているから。だから本当にありがとう、トゥーレ」


 「……。本当に変わりましたね、ルヴィア」


 ――彼女の中に生まれた新たな感情がここまで彼女を変えたのでしょうか

 ――きっとこれからもっと……ルヴィアは素敵な女性になっていくのでしょうね

 ――本当に楽しみです


 少なくとも昔のルヴィアでは見るとしても表面までであった。その裏側を覗こうとするどころか、横目で見る事も視界に入れようとする事すらもして来なかったのである。

 ルヴィアは他人に興味を持つ程、他人に期待をすることがなかった。


 そんなルヴィアが誰かのために感謝の言葉を言うなんて、ルヴィアを知る者なら誰だって信じられないだろう。


 「当たり前です。女の子らしい口調を覚えた私に欠点はありませんよ」


 ――変わったと言ったのは口調の事じゃないんですが…と思うトゥーレだったが、まぁいつか自分で気づく時がくるでしょうと放り投げた。


 「そうですか?けど1つ間違っていますよ」

 「いいえ間違っていません。私は常に完璧です」

 「いえいえ。こんな簡単な事にも気づいていないのですから、とても完璧には程遠いと思いますよ」

 ルヴィアが心外だと眉をつりあげる。

 「何に気づいていないと言うのですか?」

 「彼が今安らかに眠っているのは…貴女が傍にいるからですよ。心を交わした貴女が彼の想いを理解し、苦しみを取り除いてあげたからこそです」

 「……そっそんな事は知っています!私は彼のこっ、恋人なんですから!!」

 口調とは裏腹にルヴィアはニマニマと嬉しそうに笑っていた。


 ――ああ本当に良かった


 トゥーレはナラクに感謝していた。


 ルヴィアはいつもつまらなそうな顔をし、独りでいるのが楽だと言っときながらいつも寂しそうであった。

 だから今、色んな顔を見せてくれるルヴィアを見る事が出来、その姿を見せる要因であるナラクに深く感謝していた。


 ――彼女と出会ってくれて本当にありがとうございます―――

 

 と。


 ルヴィアとトゥーレはこの後昔と同じように他愛のない会話を始めた。

 だが、ルヴィアの表情は昔と違ってコロコロと変わり、トゥーレの声も心なしか弾んでいた。


 「んっン――」もぞもぞ

 

 ナラクが身じろぎをする。

 

 ルヴィアとトゥーレが話始めてから2時間が経過しようとしていた。


 「どうやら彼が目を覚ますようですね」

 「そうみたいです」


 トゥーレの体が現れた時と巻き戻りのように姿を崩していき――幹の中に沈み込んでいく。

 どうやらナラクとは顔を合わさずにするみたいだ。


 そしてナラクが目を覚ます。

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