第04話 ナラク・バンデッドの過去
森は2人の邪魔をしないように不気味な程静かであった。
どちらも相手の答えを聞く前に距離をさらに詰め、ルヴィアは目を瞑り、ナラクはミスリルの剣を握る。握るだけで、この剣がどれほどの業物かを感じていた。
――そして一気に剣を引き抜いた。
ルヴィアの体から剣先を追うように血が噴き出す。
ナラクはルヴィアを押し倒し、彼女の噴き出す血を浴びながら、白く豊満な胸に牙を食いこませ、噛り付き喰い千切る。
どんな高級な肉よりも舌触りがいいだろうそれは、噛まなくともあまりの柔らかさに口の中ですぐ溶けていき、あっという間に喉を通過し、またナラクは極上の肉に齧りつく。
本来人を食べるという行為は、鬼にとって禁忌とされている事であり、ナラクにとっても忌み嫌うものであった。
鬼族は人食の時代が原因で町や村から追放され、鬼族は人里離れた所に村を造り、とても長い間鬼のみで暮らしていた。
しかし、200年前新しく長に就いた族長ランガ・ウルナイズは、積極的に他の種族とも友好を結ぶようになり、鬼の世間からのイメージを一新し、鬼は多くの種族に受け入れられる事となった。
鬼は体が頑丈なだけでなく、力が強く、村や街の脅威である魔物を狩るのに大いに貢献し、ついには人間と結婚する者までいた。
しかし、10年前、ナラクが7歳の時、ランガ・ウルナイズの孫にあたる現族長でもあったリカルド・ウルナイズが、息子のガルム・ウルナイズに殺された。
リカルドには二人の息子がおり、弟であるガルムは族長の子供という立場を利用し、傍若無人で暴力も珍しくなく村人からは嫌われていた。
逆に兄であるアルド・ウルナイズは武力に優れ、頭が良く、村人にも友好的であったため、信頼が厚く慕われていた。
見た目はとても似ていたが、性格は真逆であった2人は度々衝突していた。
リカルドを殺したガルムは、さらに刃向かう兄を卑怯な手を使い殺し、新たな族長に君臨した。
そしてガルムは…新しい一つの規則をつくった。
その規則とは――“週に一度人を食べなければならない”――という、かつての鬼の過ちを繰り返すものであった。
ガルムは小さい頃から、かつての人食の時代の人を食べれば食べる程強くなるという俗説に興味を持っていたのだ。そうしてガルムの指示のもと、村に来た商人だけでなく近くの町や村を襲い始めるようになった。
反発するものは幽閉され、人以外の食料が与えられず、飢餓となり死ぬか、食べて生き残るかの2択を迫られた。
ナラクの家族は肉を食べず、幽閉される前に他の鬼と一緒に逃げおおせたが、再び人を食べるようになった鬼を他の者達が許すはずもなかった。
鬼の犠牲となった人間が、同じく被害を受けた獣人ドワーフエルフ等、他の種族と手を結び鬼族を滅ぼす大規模な討伐隊が結成されたのだ。
ナラクの父は討伐隊からナラク達家族を守るために囮となって殺され、母ともその後離れ離れとなった。ナラクはその後、共に村から逃げていた同い年で幼馴染のリッカ・アルヴァと二人で逃げ隠れ、ルヴィアと出会う事になるこの森で1年間を共に暮らしていた。
だが、討伐隊に見つかりリッカとにナラクは捕まってしまい、人間の貴族の奴隷となった。
それが8年前、当時ナラクが9歳の時であった。
そこでナラクは奴隷の証でもある奴隷の首輪をつけられ、貴族の道楽で色んな種族の肉を食わされていた。最初は抵抗したがリッカを人質にとられ、「食べなければこいつを殺す」と脅されたため、ナラクは仕方なく口にした。
さらに、その日食べる肉は同じ奴隷や魔物であり、大勢の貴族の見世物として、食べる前に殺し合いを強要され、その際に殺したものを……ナラクは食べさせられていた。
まだ9歳のナラクには鬼よりもよっぽど人間の方が恐ろしく見えた。
殺した相手の血肉をナクラは喰らい、時には負ける事もあったが、鬼の高い回復力により辛うじて生き残る事が出来ていた。
殺して食べて吐いて殺して食べて吐いて殺して食べて吐いて食べて吐いて殺して食べて食べて吐いて殺して食べて食べて食べて吐いて殺して食べて食べて食べて食べて食べて食べて吐いて殺して殺して食べて食べて食べて殺して殺して殺して食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて………
それが8年間続いた。
食べても吐かないようになった頃、ナラクの体は一回り以上大きくなり、殺し合いも同じ奴隷の中では1人を除いて負ける事はなくなっていた。
ある日夜中に寝ていると門番の話し声が聞こえ、リッカがとうの昔に売られている事を知った。
ナラクは今まで騙されていたのだと怒り、牢屋を壊し門番を気絶させると、ナラクを奴隷にし彼の主でもある男の寝室に押し入り、メイドと情事中であったそいつを――殺した。
殺す前にリッカの居場所を聞いたが、どうやらオークションに出し、どこかこの町でない別の誰かに買われたとの事だった。
首に着けられた奴隷の首輪は、本来主人に逆らったり無理矢理外すと猛毒のついた針が首に刺さるのだが、ナラクの体は様々な種族を食べたおかげか、毒如きでは死なない体になっていた。
しかし自身の回復力に影響が出てしまい、普通の人間よりはマシと言える程の回復力しかもたない状態となっていた。さらに手足に麻痺が残り、満足に動けなくなってしまったため、集まった屋敷の護衛と騒ぎを聞きつけた町の衛兵に致命傷を負わされ、何とか町から出たがもう長くはない事を悟り、リッカと1年間暮らしたこの森で死のうと思いここへやってきたのだった。
そしてナラクは――自らの運命を変える…血に塗れた美しい吸血鬼と出会った。